何度も書き直したんだ
何度も書き直したんだぜ?
だけどどうしてか、清楚がヤンデレにしか見えない……何故だ⁉︎
川神は様々な風を呼ぶ。
始まりの風、終わりの風、変化の風、危険な風……。運ばれてくるものは全てが真新しく、それでいて絶え間ない。
今日は、そんな強い風を感じられる日だった。
気のせいと言ったらそれまでになる。これは別に決まり事でも、伝承でもなんでもない。ただ、俺がそう感じているというだけの話。
予感が当たることもあれば、外れることだってある。五分五分な占いのようなものだ。
だけど、今日だけは違っていた。
なんだって今に限って、予感が走ったのやら……。
夏の日差しに晒され、過ぎ去る風が髪を揺らす。
時刻は昼休憩。食事も終えて、残った時間をいつもの通り葉桜清楚のクローン元について調べることに潰していた。
屋上のベンチに腰掛け、手に持っているのは一冊の資料のみ。
ページを捲る音が、屋上の静寂に透き通る。
一ページずつ、一行ずつ。一文字も見逃すことなく、文字の羅列に目を走らせていく。
文章を綴る視線とその表情は険しい。これで間違い無いという答えを得ているというのに、ユウの心はいまいち納得しかねていた。
そのいまいちというのが、私情から来ているわけで……。頭の中では、受け入れている自分と受け入れ切れない自分が取っ組み合いをしているのが現状といったところか。
そんな折、下から大歓声が打ち上がる。
耳をすませば、グラウンドから聞こえてくる刃の混じり合う金属音が学園中に響き渡っていた。
決闘が行われている。気配からして、義経だ。
恐らく挑戦者との試合をしているのだろう。
あの歓迎パーティから、クローン組と生徒達との距離はかなり縮まった。物珍しそうな目は数を減らし、畏まった姿勢もなく会話をしているところをよく見かけるようになった。
源義経達は英雄としてではなく、同じ川神学園に通う仲間として溶け込めるになっていった。
これで一件落着———となれば、どれだけ楽か。
生憎、ここは川神。矢継ぎ早にトラブルが舞い込む変人の巣窟であることを忘れてはいけない。
気が休まる日などありはしないのだ。
一つの風が過ぎ去れば、また一つ新たな風が吹く。パワースポット川神たるや、ユウはその力場の効果をしみじみと感じていた。
改めて資料に目を通す。
開いたページには、とある中国の戦国武将の歴史が綴られていた。
指でなぞり、ユウはその名を読み上げる。
「——————…………………………項羽」
噛み締めるように、記された武将の名を呟いた。
西楚の覇王と言われた、中国歴代最強の武人。それが今、ユウの中で最も清楚の正体である可能性の高い英雄だった。
葉桜清楚———これを葉桜と清楚に分ける。
次に葉桜を『はおう』と呼び、覇王に変換。
同じく清楚を西楚に変換。
この二つを逆にすると西楚覇王で『西楚の覇王』になる……。
つまりだ、
———無理矢理なダジャレで決めるのやめてね。
前に言われた清楚のツッコミがいやに頭に響く。
葉桜清楚は覇王・西楚で、西楚の覇王である。
下らない言葉遊びと言われたらそれで終わりなのだが、清楚が項羽だと言う要点はまだある。
というより、これが決めてだった。
彼女がいつも身につけている、ヒナゲシの髪飾り……。ヒナゲシの別名は虞美人草。項羽に生涯付き添ったと言われる妻、虞美人の名前を取った花。
乗っている自転車も騅……。項羽の乗っていた馬の名前だ。
最初は偶然だろうと思ったが、何から何まで清楚という少女を構成しているピースを繋いでいくと、必ずこの結論に達してしまうのだ。
これが水城ユウの出した結論だった。だとするならば、嫌なほどこれまで感じてきた違和感と矛盾が合致していく。
特筆すべきは、彼女の腕力だろう。
以前、この身で受けた清楚のパンチ……。と言うべきなのか。ただのじゃれ合いで小突いただけというのに、やけに重かった記憶がある。
明らかに文学少女に備わっていい、軽い運動なんかで手に入れられる身体能力では無かった。
武道家としての強さでなく、基礎スペックが高すぎる。最初から備わった素養、つまりそれは元となった英雄の実力に直結していることになる。
ここまで揃っていれば、もはや確定であった。
しかし、
「どうやって説明したもんかな……」
確定したところで、どう明かすべきか。
清楚は、自分の英雄が文化人であると信じて疑っていない。それを、バリバリの戦国武将ですと説明するのは、どうにも気が引けた。
「正体探すよりハードル高くねぇか、これ?」
吐き出した重たい息が屋上の空気に霧散する。
どうやって説明すべきか。悩み続けていると、ギィ……。屋上の扉が開かれた。
「ユウくん、ここにいた」
緩やかな風に乗って伝わる、女の声。
ズッ……と。心臓が嫌な脈動を鳴らす。
視線だけを向ければ、そこには思った通りの人物がいた。今はちょっと話しずらい相手、葉桜清楚だ。
探していた男子の姿を見るやいなや、嬉しそうに顔を綻ばせ、小走り気味にユウの隣に腰掛ける。
ふわりと、花の良い香りが鼻をくすぐった気がした。
「三国志……。調べてたの?もう、お昼の時間まで使わなくたっていいのに……」
「俺が好きでやってるだけだ。清楚が気にすることは何もない」
「そっか」
短く、清楚が返す。それ以上なにも言わなくなったと思えば、整った顔立ちが若干朱に染まっていた。
(……なんか、近い)
やけに近い。肩なんて完全に触れている。
清楚の甘い息遣いまでもが耳に入り、その熱量は空気を伝ってユウの体温と混じり合おうとしてくる。
並んで座っているだけだと言うのに、なんなのだろう……。この言いようのない距離感は。
清楚と並んで歩く、座る、本を読む、食事する、会話をするなんていつもしていることだ。
なのにここ最近、歓迎会の時から感じるようになった、彼女からの微細な変化。
別に悪い意味ではない。
同学年だけでなく、後輩とも楽しく会話もしている。護衛効果もあって邪な者は近づかず。一切の問題も異常も起きていない。
前条にもあるように、歓迎会の影響は良い傾向を齎したのは確かだ。
だが、
「ふふ」
コテン、と肩に生じた小さな重み。
目だけを横にやると、隣に座る清楚が頭をユウの肩に乗せていた。遠慮なく身を傾けて寄りかかり、体重を預けてくる。
伏せ目がちに瞳を細めて、僅かに緩めた口元。今にも溶けそうな……砂糖菓子を口の中で転がすように、幸せそうな笑みを彼女は浮かべていた。
しなだれかかる文学少女の体重に……
(重い……)
確かな重量というものを感じさせられる。
物理的にではない。存在感からくる重みというべきか、彼女の内に秘めた膨大な気を感じてならない。
表面は柔らかいのに、その中に大量の水が内包されている巨大な水風船のような、それがのしかかってくる……といったイメージだ。
この感じを、水城ユウは知っている。
強大な存在に寄りかかられている。
側から見れば羨ましく見えるこの状態。晒されている本人からしてみれば気が気じゃない。
この命の危機とさえ感じられるような緊張感はそう、百代に絡まれている時と酷似していた。
勿論、そんなことは口には出さない。
それぐらいのデリカシーは備えてあるし、百代のようなタチの悪い部類ではない。ただたんに甘えているだけに過ぎないと言われれば、それまでだ。
故に、違和感を感じて仕方がない。
明らかに、他と水城ユウとで清楚の対応が違う。
差別や優先順位などと言えるほどではないが、彼に対してのみ距離感が大いにバグるのだ。
視線を横にずらせば、そこには引き込まれそうな魅惑的な瞳があった。
ユウくん……と名前を呼んでくる彼女の瞳はどこか熱っぽい。美しくも底の見えない瞳に見つめられるだけで胸が高鳴るのは、男としての本能か。
それとも……。
「お……俺の顔に、何かついてるか?」
「ううん、呼んでみただけ」
「そうか……」
他にも変わったといえば、百代との関係だろうか。
別に仲が悪いというわけではないが、時折二人して無言で見つめ合う時がある。清楚はいつもの柔和な笑みで、対する百代は試合時の獰猛な笑み。
確実に双方だけのナニかがあると分かる。
何事もないのなら、今はそっとしておくのが正しい選択だろう。喉奥に詰まって違和感を飲み込んで、資料に意識を戻すのだった。
清楚もまた、何事も言うことなく静かに開かれた資料に視線を落とす。
ページに記された武将項羽。戦国の世を駆け抜けた軌跡、その伝承に登場する一人の女性に、彼女の目が止まった。
「虞美人……」
小さく、謳うかのようにその名を口にする。
これまでにない、初めての反応だった。
葉桜清楚はなんの英雄なのか。正体を探るべくありとあらゆる時代、国、ジャンルの偉人を調べ尽くした。そのどれもが彼女の心に止まるものはなかった。
それが今、彼女の心は虞美人の……。否、項羽の伝承全体に意識が向けられている。この反応が何よりの答えであり、ユウの中で確信を齎した。
「私、この人好き」
呟き、虞美人の項目を細い指が優しく撫でる。
虞美人———項羽が生涯愛したとされる女性。
最強の武将として恐れられ、戦場を駆け抜けた獣は彼女をこよなく愛し、大切にしたという。
虞美人も、その死ぬ間際まで付き従ったという。
その記録を読む清楚の眼差しには、どこか羨望のような光が宿っていた。
「私、この二人の関係が好きなの。最後には死んじゃったけど、想いあって朽ち果てるなんて素敵じゃない?」
「三国志にハマったきっかけって、これか?」
うん……。と小さく頷いて、清楚は瞳を細めて微笑んだ。
それはいつもの可憐な花のような美しさではなく、どこか妖艶さを含んだ……。一瞬だけ、目が赤く染まったように見えた。
「いつの日だったかな……。昔、中国の勉強をしていた時。……何か、思い出せそう。こんな感覚、昔にも一度だけあった。そう、あれも確か……な、なんだっけ……あぁ。この文だ」
「清楚……?」
酸素の味が変わる。
いつもの清楚とは違った雰囲気に、ユウの喉奥から震えた声が溢れ出た。
それでも彼女は気に留めず、手にした資料に視線を落とす。そこに記された文面をゆっくりとなぞり、読み上げる。
「力山を抜き……気世を蓋う……」
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
「時利あらずして……騅逝かず……」
様子がおかしい……。なんてものじゃない。
覗き込むと、読み上げる清楚の顔に意思というものが見られなかった。まるで、誰かに操られて文を読んでいるかのように。
違和感は彼女だけでなく、周囲の空気そのものをも自分色に染め上げていく。
侵食、というのだろうか。
「騅の逝かざるを如何せん」
周囲に渦を巻く圧力の気配。
それらは人の範疇を超えた、異質なナニカ。
清楚の口から読み上げられる言葉は、いつの間にか別のものに変わっている。
無理矢理にでも止める———と思い切った時には、既に遅かった。
いや、遅すぎたのだ。
今ではなく、もっと前。
あの夕日の下で、頼まれた時に……。
「虞や、虞や、若を如何せん——————」
唱え終わると同時に、それは起きた。
凝縮、圧縮……。
解放、放出……。
奥底に押し込められていた波が暴れ狂い、清楚を中心に強烈な風が吹き荒れる。風に靡く長髪の隙間から見えた瞳は、淡い光を宿していた。
まるで時が止まったかのようだった。
何かが起きているのかは分からないが、よくないモノが解き放たれたという事実のみが、危機感によって理解できる。
本能が告げている———逃げろ、と。早鐘を鳴らす警告の通りに、ユウは屋上から一時離脱した。
この瞬間、学園を膨大な気の嵐が駆け抜けた。
異質も異質……。世界を激震させる程の気の爆発は奔流となり、津波のように上から下へと、荒波の如く荒れ狂う。
膨張した気配は、川神に住まう強者達、本能に生きる獣達だけに留まらず、風に乗って武人ですらない人間達さえも驚愕と共に立ち上がらせた。
この力が、一人の少女から生じたものであるとは、誰も知るよりもない。
武神と呼ばれた美少女が。
この学園を統べる武の化身が。
最強の執事が。
そこに例外はなく。
最強と呼ばれる者達が、無意識に覇王の目覚めを脅威と認識したのだった。
———発信源は屋上。
いつ爆発するか分からない爆弾を真上にして、ありとあらゆる勢力が迅速な備えに入る。
ある者は原因を突き止めるべく。
ある者は対応に追われ。
ある者は主人を安全な場所へと移動させる。
川神でもそうそう起きない。つまりは、それほどの事件が起きたということだ。
川神全土を巻き込む異常事態の始まり、この脅威を創り出した最高責任者の耳にも届いていた。
「おい、何の事故かわからんが。目覚めたぞ、項羽が」
「なんだって?最近様子が変だとは思っていたが……。いったい何が?とにかく、すぐに従者部隊を動かしな」
そして彼女もまた、川神に住まう強者の一人。
お昼時———。友達と会話をする穏やかな一時に突如、重圧なプレッシャーが降り注いだ。
まるで津波、飲まれた直後は呼吸を忘れる、コンマ数秒の放心を強制された。
真剣勝負ならば、その時点で決着のつく決定的な無防備状態。
だが、そこは剣聖の娘。壁を超えた武士。
無意識でありながら、その手にはしっかりと刀が握られていた。
「ッ!この気はいったい……⁉︎」
我に返る。
気の出現から何時間経った?と、辺りを見渡すも、時計の秒針は五秒も進んでいなかった。
時の感覚さえ狂わせてしまう程の、驚異的かつ圧倒的な存在感。それがすぐ真上……屋上にいる。
漸くそれを理解した黛由紀江の表情は、お昼時のゆったりとした少女ではなく剣士となる。
「まゆっち?」
「伊予ちゃん、離れないで……!」
大切な友達を守るよう彼女を背に移動させて、常時抜刀できる姿勢を取る。いつもは喧しい松風が喋らないというのは、つまりそう言う事だ。
剣聖の娘として、壁を超えた者として、この異様な威圧感には身震いを禁じ得ない。
「ッ、来る!」
接近の気配。
屋上から飛び降りた一つの気配が、一直線にこの教室へ向かってくる。落下ではない、明らかな目的を持った移動だ。
真意は分かりかねないが、由紀江は撃退の姿勢を維持する。気配の移動先を読み、予測した出現場所に凛とした剣気を向けた……その時だ。
「黛ッッッ!!!」
「ユウ先輩⁉︎」
焦燥に満ちた叫びが、C組の教室のみならず一年生のフロア全体に広がった。
その声は、由紀江が放つ剣気に負けずとも劣らない鋭い圧を感じさせる。しかし、その声の持ち主である現れた人物に、彼女は驚愕するしかなかった。
張り詰めた戦意を解く。
喚起のために開けっぱなしになっていた教室の窓から現れたのは、敬愛してやまない先輩だったからだ。
水城ユウの存在をその網膜で認識すると、構えていた剣を下す。いったい何事なのかと、未だに状況が飲み込めない周囲を他所に、二人は歩み寄った。
「この気はいったい……!」
「お前刀持ってたよな?真剣のやつ貸してくれ!」
「ええ⁉︎」
「頼む!今は説明してる暇はない!この気を感じればわかるだろッ⁉︎レプリカじゃダメだ!真剣じゃねぇと!」
いつにない焦り。この先輩が感情を荒げる時は、大抵は百代にちょっかいを受けている時だ。
しかし、今のユウは普段とはまるで違う。
これ以上ない程の危機感に対する焦燥に彩られている。ここまで動揺を隠せず、気が動転している姿はこれまで見たことがない。
武神に対して一切の遠慮も見せない男が、見ての通り追い詰められている。ただごとではない事態であると理解するには、十分だった。
一度大きく深呼吸をして、刀袋から真剣の刀を取り出す。これは訓練で使う模造刀ではない。正真正銘の真剣だ。
由紀江は説明よりも、先輩への信頼を取った。
「どうぞ!」
「恩に着る!」
差し出された刀を手に取り、再び窓から外へと飛び出して屋上へ。
説明はない。だが、由紀江に疑う余地はない。
ユウが真剣でなければならないというのならば、そうしなければならない理由があるということだ。
事情はわからない。けれど先輩の言葉を信じよう……。と由紀江は不安を押し殺し、伊予の手を握るのだった。
「流石は黛十二段の刀……。レプリカなんかよりも、ずっといい」
握る鞘越しの真剣の感触に、ユウは深く頷いた。
正直なところ、本物を使っても心許ないが、レプリカよりマシだ。
「清楚の気配は……屋上か……」
あの場から一歩も動いていない……?
いや違う……。
そうだよな。お前は放っておかねぇよな。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
こんなの初めてだ、血の気が引くなんて。
ジジイに本気の仕置きをされた時……。
ユウとの試合で、ちょっとヤバいかも?と焦った時……。
ヒューム・ヘルシングに背後を取られた時……。
違う違う違う、どれも違う。
それらとはまるで別の異質な危機感。
そう、私の魂は今脅威を感じている。脅かす者の出現に、鳴り止まない本能からの警告が心地いい。
何が原因かは知らないが、出現した気配を感じたと同時に、瞬間移動で発信源のいる屋上へ移動する。同時に、のしかかる圧力に骨が軋んだ。
パンピーですら察しがつく空気の激変に、異常事態の予感。しかもこいつは、いつもの川神で起きるバカ騒ぎの比じゃない。
ヤッバイなこれ、隕石で落ちたのか?そう思っても仕方がないほどの強烈な気配が、人の形を成して屋上に立っている。
おいおい、ついにバグったぞ私のセンサー。これが人一人が放つ気配かッ……。単純な気の内包量は確実に私と同等かそれ以上。
強い……。まだ相対していない時点で、目の前にいるこいつは確実に此方側だと理解した。
この領域に踏み入れられるのは私とユウ、あとはギリギリまゆまゆぐらいか。ジジイと師範代は生徒の避難、ヒュームさんは紋ちゃんの護衛か。
ユウの奴はどこだ?微かにだが、屋上にあいつの気配を感じたんだが……。まぁいい。
要するに、だ。
私の独り占めって訳だな。
「んはッ!あーっはっはっはっ!漸く目覚めたぞ!そして、素晴らしいぞッ……この力ぁ!」
天を衝く歓喜の声。
一呼吸毎に、溢れる気が波紋となって空気を吹き荒らす。ビリビリと皮膚が悲鳴を上げて、自然と唇が弧を描く。
口調も雰囲気も、立ち振る舞いに至るまで……。いつもの日常で見せていた彼女の原型と言えるものがまるでない。
いったい何があった———。なんて、無粋な質問はしない。そこにいるのは、確かに同年代の私の友達だった。
同じ男に恋した恋敵の名をはっきりと口にする。
「やぁ、清楚ちゃん。」
そんなバカな、あり得ない、人違いだ。誰もが口を揃えて驚愕することだろう。
私だって最初はちょっと驚いた。
だが、時折清楚ちゃんから向けられていた貫くような殺気———。剥き出しになって、中身が出てしまった以上……。こいつは間違いない。
これが、謎に包まれていた葉桜清楚の正体……!
「凄いな清楚ちゃん。楽々壁超えてるぞ、この力」
「無礼者め。俺のことは覇王と呼べ、百代」
清楚ちゃんが振り返る。
いいや……。そこにはもう、葉桜清楚と呼べる文学美少女はいなかった。
姿形こそ変わっていない。
だが、その存在はもはや別人だ。
一人称や口調を変えたとか、そんなイメチェンレベルの話じゃない。全身から溢れ出る圧倒的な覇気が、彼女の魂を別人に変貌させたのだと分かる。
自信と威厳に満ちた表情は、誰もが息を呑むことだろう。
覇王、か。
確かに、今の彼女に相応しい名前だ。
どこの英雄かは知らないが、成る程……。九鬼め、とんでもない奴を現代に甦らせたもんだ。
しかし、にしてもギャップが凄いな……。
まさか清楚ちゃんの口から……。
「ヘェ〜、呼び捨てにされちゃった」
「んん?今闘志を剥き出しにしたな、俺に向かって。なんたる無礼な奴よ。手打ちにしてやろうか!」
普段清楚ちゃんが使っていない表情筋も稼働させて、張り付いた表情は凶暴を絵に描いたよう。……多分、今の私も同じ顔をしている。
「それが本性なのか、別人格なのか……。フッ、随分強そうだ。いいよ……手打ちにしてみなよ」
「ハッ!百代……。お前は俺が寝ている間に、好き放題我が所有物をベタベタと触ってくれたようだな。この全てを統べる覇王の、伴侶に!」
「伴……侶……ねぇ」
大きく開いた口から放たれた一言は、私の胸に闘志とは別の感情を孕ませた。
仲間や友達といった類いのものに対する気持ちとはまるで違う。
燃え盛る炎の下からどろりと……。
形容し難いマグマが漏れ出るように……。
今のは覇王の言葉なのか、それとも清楚ちゃんの言葉なのか……。どちらにせよ、今のは私にとって魔法の言葉であることは間違いない。
……悪い意味でな。
「やっぱ清楚ちゃんもユウを狙っていたかぁ、しかもワイルドな清楚ちゃんは伴侶ときた。あっはっはっは!……ざけるなよ、人の獲物を横取りするなよな」
「バカめ、水城ユウは俺のものだ。我が覇道を共に歩む、夫だ。貴様如きには勿体無いわ」
「私はなぁ、清楚ちゃん。別に恋心まで否定する気はないんだ……。言う通り、あいつはいい男だしな。みんなが惚れるのも分かる」
まゆまゆが、あいつのために弁当を作るのも……いい。
マルギッテが、あいつと仲良く鍛錬するのも……いい。
弓が、あいつとデートするのも……いい。
梅先生が、あいつに熱っぽい視線を向けるのも……いい。
最近、九鬼のメイドがあいつと仲良さげなのも……いい。
何事においても、踏み込んではならない領域というものがある。それさえ脅かさなければ、大抵のことは許容するさ。
だが……。
「やっちゃったなぁ———…………一線踏んだぞ」
それは、越えてはならない一線だ。
そのやらかした女が今、目の前に立っている。
決定的に踏み込んだからには、もう友達も仲間も同年代も知り合いも、その限りじゃない。
「よし、覇王たる俺が。お前への罰を決定した」
踏み出したのは同時。
拳を握り、脚に力を溜めて、正面へ叩き込む———!
「川神流・無双正拳突きッッッ!!!」
———川神の空には、よく人が飛ぶ。
それはこの地の伝承でもなければ、比喩でもない。物理的な意味で、その青空にはよく人間が過ぎ去っていくところを目撃される。
それも、拳によって。
ソフトボール大のたった一つの拳が、大の大人を天高くまで打ち上げる。なんて非常識な、そしてこれが川神の常識である。
住民からはいつもの事として、観光名物としての面もあった。そこには必ず侍がいる、強者がいる、武神がいる。
だが今日この日、青天を奔る人型の流れ星は……いつもと違った色をしていた。
これこそが、覇王覚醒の序章であった。
百代はお星様になったのだ、
今後の展開の為にな
誤字脱字があれば、報告お願いします
お気に入り登録・感想・評価など、反応を頂ければ幸福の絶頂であります
モチベーションにも繋がりますので願いいたします
前作のような修羅場が見たいかどうか、アンケートをとります
取り敢えずこの結果で、今後の展開を決めていこうと思います
前作程の暴走はありませんが、大和との【修羅場】見たいですか?
-
見たい
-
見たくない