まだ1巻の半分もいっていないという。
一夜を終えて朝を迎えた王我とセシリアはシャワーを浴びて汗と汚れを落とした。
その際、洗いっこしたが本番はやめておいた。
今日で日本へ帰国するので出発は10時、到着は22時。
プライベートジェットなので待つ必要はないのだが、そこはスルー。
それまで暇なので王我はシュナイゼルとチェス、そしてセシリアは、
「ノクトさん、わたくしと模擬戦をしていただけませんか?」
突然こんなお願いをしてきた。
「私とですか?」
「はい。今のわたくしでは王我さんやあなたには遠く及ばない。けどせめてその背中だけは追いかけたいと思っております」
「…Yes、構いません」
「ありがとうございます」
「ならば私も混ぜてもらおう」
セシリアがノクトにお礼を言ったところでコーネリアが話に入ってきた。
「よろしいのですか?」
「構わん。お前の実力が上がれば我が国の株も上がるというものだ」
コーネリアはもっともらしい意見を口にする。
「アーニャとキャサリン、お前達も入れ」
「了解」
「…りょうか~い」
素直に従うアーニャと上官の指示に渋々従うキャサリン。
それからの時間は地獄だった。
1人ずつ交代でセシリアの相手をして、特にコーネリアの指導の時の口調は千冬を思い出させるものだった。
「武器の展開が遅い!」
「接近されたくらいでいちいち狼狽えるな!」
「ビットを動かす時は止まるな!」
など教官のように問題点を指摘されまくった。
終わった頃には体力なんて残っていなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…ありがとうございました…」
息を切らしながら模擬戦を受けてくれたことにお礼を言ったのだった。
◇◇◇
「チェックだ」
王我が宣言した。
「やれやれ、これで私の51勝49敗か」
「違う。俺の49勝50敗1分だ」
「ユフィが邪魔をした時のことを言っているのかい?残念ながらあれも私が勝っていた。分かっているのだろう?」
「いや、俺が勝っていた」
15歳と35歳とは思えない言い合いをしている2人。
そんなことをしていると王我の端末からアラームが鳴る。
「時間か。いくぞ」
「実に楽しかったよ。また来てくれたまえ」
「二度とくるか」
そう捨て台詞を吐いて部屋を出る王我だが、その表情はどこか楽しそうであった。
◇◇◇
お別れの時間が来てアーニャ、キャサリン、ユーフェミア、スザクが見送りに来た。
シュナイゼルとコーネリアは仕事があるので不在である。
だがここで問題が発生した。
アーニャが王我に抱きついて離れないのだ。
「アーニャ」
「いや」
「離れろ」
「いや」
「俺は学園に戻らなきゃいけないんだよ」
「私も行く」
「お前は教師じゃねぇだろ」
「じゃあ生徒になる。王我と同じクラスになる」
「いくつだと思ってんだ22歳」
「女性に年齢のことを言うのはマナー違反」
とこんなやり取りをしている2人。
「アーニャ、王我を困らせてはダメよ。それにあなたには騎士としての仕事があるでしょ」
ユーフェミアがまるで母親のようにアーニャを宥める。
「むぅ…」
頬を膨らませながらも言うことを聞いたアーニャは王我から離れる。
「また来てくれる?」
子犬のような眼で見つめてくる。
「…まだシュナイゼルに勝ち越してないからな」
「分かった」
王我の答えを聞いたアーニャの表情が笑顔に変わった。
「じゃあ、帰る」
「ええ、お気をつけて」
ユーフェミアが見送りの挨拶をして、スザクが会釈した。
◇◇◇
空港までは行きと同じでダージリンの戦車で送ってもらった。
そして、何事もなく22時に日本に帰国してIS学園に戻ってきた。
王我はある場所に入った。
そこは学園の寮の部屋ではなく寮から離れた50㎡の立方体の施設。
その規模は高級住宅ぐらいの広さがある。
中に入ると大きいモニターが1つといくつもの機材が揃っていた。
そう、ここは王我専用のラボである。
生徒の中には自分のラボを学園内に所有していることが少なくない。
しかし、これ程の規模のラボがあるのは王我だけである。
寮にも部屋があるが基本的に王我はここに帰っている。
IS学園の予算は日本政府から下りているがそれだけでは足りないので企業や他国から寄付を受けている。
『シルバーキングス』もその1つなのだがその寄付金は全体の8割を占めており、その代わりに学園内の土地を一部買い取って巨大なラボを作ってしまったのだ。
つまり金の暴力である。
《トリィ!》
まず出迎えたのは緑色のロボット鳥のトリィだった。
バサバサと翼を動かして王我の肩に止まる。
《ハロハロ!元気?》
次にピョンピョンと跳ねて来たのはソフトボールくらいの球体だった。
ガンダムシリーズでお馴染みのハロである。
1体だけでなく10体くらいいる。
《お帰りなさい。マスター》
さらに女性の声が聞こえる。
「アイ、この前言ったデータはまとめたか?」
《既に完了しています》
王我の問いに女性の声は答えた。
これは人の声ではなく王我が作ったAIプログラムの機械音声であり、『アイ』という名前もAIから取った単純なネーミングである。
「シャワーを浴びたら確認する」
《了解です》
王我は部屋を出てシャワールームに行ってしまった。
このラボには研究室の他に浴室、寝室、屋内プール、地下にはトレーニングルームまであり、もはや家である。
飛行機でたっぷり寝たのでシャワーを浴び終わった後も徹夜したのだった。
◇◇◇
数日後、セシリアと一夏の決闘の日が来た。
一夏はピットで待機していた。
「なあ、箒」
「何だ一夏」
一夏は箒と名前を呼びあっていた。
だが、そこに甘酸っぱい雰囲気はない。
「気のせいかもしれないんだが…」
「そうか。気のせいだろう」
「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」
「…」
「目·を·そ·ら·す·な」
初心者の一夏は箒からISについて教えを乞うはずだった。
しかし、この1週間でやったのは剣道の稽古のみ。
「し、仕方ないだろう。お前のISもなかったのだから」
自分のせいではないと主張する箒。
「まあ、そうだけど…じゃない!知識とか基本的なこととかあっただろ!」
「…」
「目·を·そ·ら·す·なっ!」
一夏は箒を睨み付ける。
とはいえISの知識がないのは彼がISの参考書を辞書と勘違いして捨ててしまうという馬鹿な行動をして知識0で入学してきたことも理由の1つである。
彼の専用機はまだ来ていない。
今もまだ来ていない。
「「………」」」
沈黙する2人。
このまま不戦敗かと思ったその時。
「お、織斑君織斑君織斑君!」
何度も名前を呼んでピットに駆け足で入ってきたのは1組副担任の真耶。
大きい胸が振動でブルンブルン揺れている。
「山田先生、落ち着いて下さい。はい深呼吸」
「は、はい!すぅ…はぁ…すぅ…はぁ…」
「はい。そこで止めて」
「うっ」
一夏がノリで言ったら真耶が本気で息を止めた。
酸欠で顔が赤くなっていく。
「…ぶはあっ!ま、まだですか?」
パァンッ!
「目上の人間には敬意を払え馬鹿者」
弾けるような打撃音が響く。
「千冬姉…」
パァンッ!
「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」
弟に厳しい千冬。
「そ、そ、それでですね!来ました!織斑君の専用IS!」
真耶が慌てて報告する。
「織斑、すぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ一夏」
「え?え?なん…」
「「「早く!」」」
3人の声が重なった。
ピット搬入口が開くとそこには1機の白いISが待機していた。
「これが…」
「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」
「体を動かせ。すぐに準備しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。できなければ負けるだけだ。分かったな」
千冬に急かされて一夏は純白のISに触れる。
「あれ?」
試験の時に彼が初めてISに触れた時の感覚はない。
ただ馴染む。
理解できる。
千冬の指示通りにISを装着する。
体を前に傾けてアリーナに入場した。
◇◇◇
セシリアから観に来て欲しいと言われて王我は暇潰しにアリーナの観客席にやって来た。
「王我様、こっちです!」
2組のクラスメイトが立っている王我に手を振る。
「王我様、今日も素敵!」
「王我様!」
「王我様!」
このように2組では最近、王我様呼びが流行っている。
セシリアに勝利してから王我の株は爆上がりである。
愛莉とノクトの間の席が空いているのでそこに座る。
王我の存在に気づいたセシリアが一瞬嬉しそうに笑顔を浮かべてすぐに気の引き締まった顔に戻った。
◇◇◇
「待っていましたわ」
現れた一夏にセシリアが告げる。
「主役は遅れてくるって言うだろ」
「減らず口は相変わらずですわね。ですが油断も手加減も一切致しませんわ!」
そう言い放って『スターライトmkⅢ』を構える。
「望むところだ!」
一夏もそう応える。
試合開始のブザーが鳴り響いた。
開幕の一撃はセシリアの先制レーザーから始まった。
「うおっ!」
一夏は白式のオートガードで直撃を免れたものの左肩の装甲が吹き飛ばされた。
「装備…装備は!」
白式の装備を確認する一夏。
「1個しかないんだが…」
『近接ブレード』しか表示されなくてメーカーに問い合わせたいところだが今はそんなことをしている場合ではない。
「ええい、ままよ!」
『近接ブレード』を展開して握りしめる一夏。
「やってやるさ!」
◇◇◇
「中距離射撃型のセシリアさん相手に近距離戦なんて何を考えているのでしょうか?」
愛莉が隣の王我に問う。
「さあな」
王我は興味なさげに返す。
「どうやら装備があれしかないようですね」
ノクトが観察した感想を口にする。
「メーカーがポンコツなのか、機体が我が儘なのか。どちらにせよピーキーな機体であることにかわりはない」
王我はそれだけ言ってセシリアに視線を移した。
◇◇◇
「ブルー·ティアーズ!」
セシリアは『ブルー·ティアーズ』を射出してレーザーで一夏に攻撃する。
「くっ!」
王我戦で予習しているとはいえ、見るのとやるのでは全く違い防御と回避が精一杯の状況だ。
装甲もはがされシールドエネルギーもガンガン削られていく。
「左足、いただきますわ!」
装甲を失っている左足に直撃を食らえば『絶対防御』が発動してシールドエネルギーが0になり敗北となる。
「ぜあぁぁぁ!」
一夏は一か八か無理やり加速して体ごとセシリアのライフルにぶつかって銃口を逸らした。
「なっ!無茶苦茶しますわね。けれど!」
セシリアは距離を取って左手を横に振り『ブルー·ティアーズ』を一夏に向けて飛ばす。
すると一夏はレーザーをくぐり抜けて『ブルー·ティアーズ』1基を真っ二つに切り裂きセシリアに斬りかかる。
「くっ…」
後方に回避したセシリアは『ブルー·ティアーズ』を2基を飛ばす。
「この兵器は毎回お前が命令を送らないと動かない!しかも…その時、お前はそれ以外の攻撃ができない。制御に意識を集中させているからだ。そうだろ?」
一夏が『ブルー·ティアーズ』をさらに1基落とす。
「…」
セシリアの右目尻がひきつる。
己の欠点は自覚していた。
コーネリアからもそれは指摘されていたし、訓練もしてきた。
とはいえ一朝一夕で王我のようにできるわけもない。
今できることは冷静になること。
「(ないものはないのです。今わたくしが持てる武器を全て出し切って勝つのみ。心は熱く頭は冷静に)…ふぅ…はぁ…」
セシリアは深呼吸してから目の前の相手を見据えた。
冷静に観察すると相手が調子に乗っているのが分かる。
ノクトやコーネリアも言っていた。
相手が勝利を確信した時こそ最大の勝機だと。
一夏が加速して間合いを詰めてくる。
振り下ろした刃で『ブルー·ティアーズ』を破壊しようとしたその時、『ブルー·ティアーズ』が距離を取って離れた。
「なっ!」
狙いが外れたことに驚く一夏。
セシリアに視線を移すと彼女は後ろに下がったまま『ブルー·ティアーズ』を操作していた。
右手で『スターライトmkⅢ』を構え、右手で『ブルー·ティアーズ』を操作しながらバックしている。
並列操作はまだできないがバックしながら攻撃くらいはできる。
セシリアと『ブルー·ティアーズ』は一定の距離を保っていて接近させてくれない。
今まで自信に溢れた強者の闘い方ではなく堅実で基本に忠実な闘い方。
これもコーネリアやノクトから教えられたことである。
応用とは基本の積み重ねの先にあるものだと。
「だったら!」
一夏は一気に決着をつけようとセシリア本体へ急加速する。
「(スピードはこっちの方が上だ!)」
セシリアの後方はアリーナの遮断シールド、逃げ場はない。
「(獲った!)」
しかし、『ブルー·ティアーズ』2基がレーザーをクロスして一夏の行く先を阻む。
「くっ!」
罠だった。
レーザーの先で待っていたのは2基のミサイルだった。
「やっべ!忘れてた!」
予習していたことを忘れる。
それが織斑一夏。
ドガァンッと爆発が一夏を包み込む。
大勢が息を呑む中、
「ふん。機体に救われたな馬鹿者め」
千冬が鼻を鳴らした。
爆煙が晴れた後、そこには純白の機体がいた。
真の姿を現して。
《フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください》
一夏は機体に促されるまま確認ボタンを押す。
光の粒子が一夏を包み込み、機体が形を変えていく。
「これは…」
失われた装甲が元に戻り、いや新たに作り替えていく。
「ま、まさか…一次移行!?あ、あなた…今まで初期設定の機体で闘っていたって言うの!?」
セシリアが驚きの声を上げる。
一夏が改めて機体を見ると最初の工業的な凸凹は消え滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的などこか中世の鎧を思わせるようなデザインに変わっている。
何より変わったのが武器。
近接特化ブレード『雪片弐型』。
日本刀のような見た目で光が漏れ出ている。
「(雪片…かつて千冬姉が振るっていた専用ISの名称。刀に型成した形名…それが雪片)…俺は世界で最高の姉さんを持ったよ。俺も俺の家族を守る。とりあえずは千冬姉の名前を守るさ!」
一夏は『雪片』を構える。
「勝つのはわたくしですわ!」
初めて見る機体にセシリアは冷静に『ブルー·ティアーズ』2基を射出する。
「(見える!)」
一夏は『ブルー·ティアーズ』2基が距離を離れる隙も与えないスピードで両断する。
爆発の隙を突くようにセシリアがミサイル型の『ブルー·ティアーズ』を2基放ってくるが一夏はそれも二閃で切り裂いた。
「おおぉぉ!」
爆発の衝撃より速くセシリアに迫る。
『雪片』の刀身が光を帯びて強い力を一夏に伝えてくる。
「(いける!)」
セシリアの懐に飛び込んで下段から上段へ逆袈裟払いを放つ…直前に決着を告げるブザーが鳴り響いた。
《試合終了。勝者 セシリア·オルコット》
一夏の顔がアホ面になっている。
千冬はやれやれといった顔をしている。
「茶番だな」
王我は席を立った。
こうして一夏は負けた。