キーンコーンカーンコーン
「ほら予鈴が鳴ったから戻れ」
「押忍!」
「はい。また」
王我に言われて2人は1年3組に戻っていった。
その直後、ドタドタと足音を立てて鈴音が戻ってきた。
「あいつ、覚えてなさいよ…」
何か恨み言を呟いているが王我はスルーした。
「また騒がしくなりそうだな」
◇◇◇
昼休み、食堂で王我達が昼食を食べていると何やら騒がしかった。
どうやら鈴音が一夏に絡んでいるようだ。
「どうやら凰さんは織斑さんの幼馴染みのようです」
耳のいいノクトが教えてくれた。
「へぇ…」
王我は興味無さそうに返事してから目の前に座っているフーカとリンネを見た。
「師匠、放課後特訓に付き合ってください!」
「私もお願いします」
「いいぞ。ただ俺も忙しいからな。ラボでな」
「「ラボ?」」
2人がまるで双子のように首を傾げた。
「王我君は学園の敷地を一部買い取ってそこをラボにしとるんよ」
「寮にも部屋はあるけどほとんど物置き状態だしね」
「なるほど。さすが師匠!」
「感心しないでください。ただ非常識なだけです」
目をキラキラさせるフーカを愛莉が窘める。
「あれからお前達がどれだけ強くなったのか見せてもらおうか」
「押忍!」
「勝ちます!」
「ジルのトレーニングも乗り越えられたみたいだからな」
紅茶を一口飲んで言った王我。
「うっ…」
「あれはキツかった…」
2人がまるでトラウマのように震える。
2人のコーチをしているジル·ストーラという女性コーチのトレーニングメニューは嘔吐して当たり前くらいハードなものだ。
「じゃあ放課後な」
「押忍!」
「はい!」
2人は元気に返事した。
◇◇◇
放課後。
日も落ちてきた頃にフーカとリンネがラボに到着した。
トレーニングウェアを着て準備万端だ。
「師匠!」
「お待たせしました」
2人のやる気も十分。
「よし…やるか」
王我はTシャツにズボンのラフな格好。
しかし、2人は全く気を緩めない。
王我の強さを彼女達は知っているからである。
合図などない。
リンネが飛び出して右ストレートを繰り出す。
彼女の腕力は500kgのサンドバッグを粉砕するほど、つまりゴリラ並である。
しかし、王我はそれを片手で受け止めた。
リンネが左脚を蹴り上げると王我はバックステップで避けた。
リンネと入れ替わるようにフーカが飛び出して左ジャブを繰り出すと王我はそれを手刀で受け流す。
フーカは左手を引いて右ストレートを繰り出す。
彼女の拳は当たればそこが急所になり、ついた異名が『クリティカルヒッター』。
王我がそれも受け流すとフーカとリンネが同時に攻撃してパンチとキックを次々と繰り出していく。
そのスピードはもはやドラゴンボール並。
王我はその全ての攻撃を捌ききっている。
「「はぁっ!!」」
2人の気合いが入った拳を手のひらで受け流すとその顎にアッパーを当てた。
「ぐっ!」
「ガハッ!」
動きが鈍ったところへ手首を掴み地面へ投げ倒す。
2人の視点は気づけば天を向いていた。
その顔に王我は拳を振り下ろし寸止めした。
これで2人の敗北が決まった。
拳を引いて王我は背筋を伸ばし、2人は立ち上がる。
「やっぱり師匠は強い…」
「まだまだ鍛えないと…」
2人は改めて王我の強さに感心する。
「それじゃあ寮に戻れ」
「送ってください」
王我の言葉に対してリンネはそう返した。
「もう暗いですし」
日も落ちてすっかり夜になっていた。
「女2人だけじゃ何が起きるか分からないので」
それはあくまで建前で本音は王我ともう少し一緒にいたいということだろう。
そもそもこの2人を襲う者がいたとしても返り討ちに遭うだけだ。
「はぁ…分かったよ」
王我の返答に2人は小さくガッツポーズした。
◇◇◇
2人を寮に送り終えた王我がラボに帰ろうと歩いていると中庭のベンチで誰かが座って泣いていた。
鈴音だった。
「…はぁ…めんどくせ…」
王我は一度どこかへ行った後に戻ってきた。
それから鈴音の元へ近づいていく。
「すん…ぐすっ…」
「おい。チャイナ娘」
「っ!誰がチャイナ娘よっ!」
思わず立ち上がった鈴音の目の前に何かが投げつけられてきた。
慌ててキャッチするとココアの缶だった。
「…なんの真似?」
鈴音は王我を睨み付けた。
「別に。ただ目に入っただけだ」
王我は鈴音の隣に座った。
「飲まないなら返してもいいぞ」
「…飲まないとは言ってない」
鈴音は王我の隣に座った。
「普通こういう時ってコーヒーじゃない?」
「俺はコーヒーは嫌いだ」
「何よそれ…」
鈴音はおかしくなって小さく笑った。
王我は黙ってココアを飲んでいる。
「話せ。お前の涙の訳を」
「あんたには関係ないでしょ」
「1つ教えてやる。不満や悩みっていうのは関係ない奴に話すのが一番楽だ」
「…実は」
鈴音は何があったのか王我に話した。
彼女は昔、一夏に逆プロポーズをしたことがあった。
毎日味噌汁を酢豚に置き換えて。
中国人である彼女なりの言い方なのだろう。
直接的ではない言い方だが、それで通じると思っていた。
しかし、一夏は理解できず解釈を間違えてしまった。
約束を忘れられたと思った彼女は涙を流し現在に至るという訳だ。
「なるほど。プロポーズね…」
「なに?あんたもあたしが悪いっていうわけ?」
「さあな。ただ、それがお前の精一杯の気持ちの伝え方だったんだろ」
「え?」
王我が鈴音を否定しなかったことに虚を突かれた。
「女からプロポーズするっていうのもなくはない話だが、女っていうのは誰だって男からプロポーズされたいものだろう。大切な思い出にしたいなら尚更な」
「それは…まあ…」
王我の言葉に納得する鈴音。
「ってあたしは別にあいつのことなんて!」
「いやもうおせぇよ」
「うぐっ…」
一夏への好意を否定する鈴音だが、今更だろう。
「…そういうあんたはどうなのよ?彼女とかいるわけ?」
「彼女はいないが婚約者ならいる」
「婚約者!?」
一歩先を進んでいた王我に驚く鈴音。
「俺の隣にいた黒髪の女、ノクトが俺の婚約者だ」
「じゃあプロポーズも…」
「ああ、した」
「どんな感じだった?」
こういうところは年頃の乙女なようで気になるようだ。
「…俺が人生で唯一跪いた日だ」
◇◇◇
約1年前。
王我はノクトとホテルのレストランで食事を取っていた。
しばらくして食事が終わったところで、
「ノクト、ついてこい」
「Yes」
ノクトを屋上へ誘った。
屋上には他に誰もおらず王我とノクトの2人きりだった。
「ノクト、見ろ」
「っ!」
王我がノクトを呼んで見せたもの、それはまさに100万ドルの綺麗な夜景だった。
ノクトは目を見開き感動していた。
王我はその様子を微笑ましく見た後、一歩下がった。
「ノクト」
王我に呼ばれてノクトが振り返ると、なんと王我が跪いていた。
「結婚してください」
両手で持ち、開いた小箱の中にはダイヤの指輪が輝いている。
「Yes、もちろんです」
ノクトは微笑んでそう返事した。
これが王我がノクトにプロポーズした日の出来事である。
◇◇◇
「素敵ね…」
王我の話を聞いた鈴音は羨ましそうにそう言った。
「まあ、これはあくまで俺の話だ。お前はお前の気持ちに従って行動すればいい。それだけだ」
そう言って王我はその場を去った。
「そうね。だったらあたしは…」
◇◇◇
翌日、事態は急展開を迎えた。
クラス対抗戦の組み合わせ表が校内に張り出されていた。
その1回戦の組み合わせに、
1年1組 織斑一夏 対 1年2組 凰鈴音
運命かはたまた宿命か、いずれにしろ2人の闘いが始まろうとしていた。