「ここは…」
ザァー…ザァァン…
遠くから聞こえる波の音に誘われるまま、一夏はどこともつかぬ砂浜の上を歩いていた。
足を進める度にサクッサクッと足元の白砂が澄んだ音を立てる。
足の裏に直接感じる砂の感触と熱気、海から届く潮の匂いと波の音、それに心地よい涼風とジリジリと照りつける太陽。
「夏なのか?今は…」
ここがどこで今がいつなのか分からない。
一夏は何故か制服を着ていて、そのズボンの裾を折り返した状態で素足のままで砂浜を歩いていた。
手にはいつ脱いだのか靴がある。
その時、歌声が聞こえた。
とても綺麗で、とても元気な歌声。
一夏はなんだか無性に気になって声の方へ足を進める。
サクッサクッ、サクッサクッと足元の砂が軽快に鳴る。
「ラ、ラ~♪ラララ♪」
少女はそこにいた。
波打ち際、僅かにつま先を濡らしながら、その子は踊るように歌い、謡うように躍る。
その度に揺れる眩いほど輝かしい白い髪。
それと同じワンピースが風に撫でられて時折フワリと膨らんで舞った。
「ふむ…」
一夏は何故だか声をかけようとは思わず、近くにあった流木へと腰かけた。
その木はずいぶん前に打ち上げられたのか樹皮は剥げ落ち色も真っ白になっていた。
一夏はボーッと少女を見つめた。
波の音が聞こえる。
時折吹く風は心地よくて、一夏はただただぼんやりと目の前の光景を眺めた。
◇◇◇
その頃、束はというと、
「きゃあ~!おーくん、カッコいい!」
ドローンで中継した空間ウインドウの映像の前で盛り上がっていた。
その格好はピンクの法被、両手にペンライト。
まるでアイドルファンのようだ。
呼び方もいつの間にか王我からおーくんに変わっていて、
法被には、
お L
| O
く V
ん E
と書かれている。
「束様…」
クロエの態度はどこか呆れていた。
束は王我に夢中で気づいていない。
これがISを開発したあの天才科学者、篠ノ之束だと誰が信じるだろうか。
◇◇◇
黄金のアカツキと『銀の福音』は向かい合っている。
王我はレンタル機体、ハマーンは遠隔操作。
お互いに万全の機体ではないにも関わらず、その戦闘はまさに一流同士。
《惜しいな。それだけの力を持っていながら使い方がなっていない。天道王我、私と来い。お前と我々の力があれば世界を支配できる》
「お断りだ。万年独身女」
《…ならばここで消えろ》
『銀の福音』からISのエネルギーとは違うピンク色のオーラのようなものが溢れる。
頭部の翼からエネルギーの翼が拡張された。
『二次移行』である。
「フッ…」
身体の奥底で何かが弾ける音が響いた。
王我が不敵な笑みを浮かべると、同じようにアカツキから銀色のオーラが溢れる。
互いのオーラがぶつかり合い、波が揺れ、大気が震える。
まるで覇王色の衝突のように。
◇◇◇
そのプレッシャーは千冬達にも伝わっていた。
映像はなく、マップの位置情報と通信の音声のみで観測していたがそんなことは関係なかった。
「なんだこれは?何が起きている?」
《知りたい?》
状況を確認しようとした千冬に対して、空間ウインドウのモニターがマップから束とのモニター通信に切り替わる。
「束…」
《ちーちゃん知りたい?知りたいよね?》
ウザ絡みしてくる束。
「さっさとしろ」
《いいよ~見せてあげる!…ほいっ!》
束がモニターを王我と『銀の福音』の映像に切り替えた。
「『銀の福音』…姿がデータと違う。『二次移行』か」
常人ならパニックになりそうなところを即座に理解する千冬。
位置情報と音声で一夏の墜落とアカツキの存在は既に知っている。
しかし、データでは計れないプレッシャーがモニター越しに伝わってきていた。
「うっ…」
教員の1人が吐き気を催して退室してしまった。
そんな中、千冬は王我に通信を繋いだ。
一夏の墜落はショックだが、今は冷静に対応しなければならない。
「天道、織斑だ。聞こえてるか?」
《ええ、聞こえてますよ》
王我から返答が来る。
「増援はいるか?」
《必要ありません。すぐに終わります》
「そうか。あとこれ、何とかしてくれないか?」
千冬はこの威圧感のことを言う。
《分かりました》
王我がそう言うとオーラが相殺して打ち消された。
千冬達は威圧感から解放されて息を整える。
「織斑先生!増援を向かわせるべきです!」
その時、教員の1人が声を上げた。
「君、勝手な行動は慎みなさい!」
その教員は矛先を王我に向けた。
《勝手な行動?そちらこそ、これは軍に報告した上での行動なんでしょうね?》
「くっ…」
痛いところを突かれる教員。
「天道、こっちはこっちで処理する。お前は戦闘に集中しろ」
《分かりました》
王我の返答を聞いて、千冬は通信を一旦、切った。
「織斑先生!」
なおも食い下がる教員。
「もういいだろう。これ以上は…」
千冬が言葉を続けようとしたその時、カチャッと音がした。
教員が拳銃を取り出して銃口を向けたのだ。
その行動に周囲の警戒心がMAXになる。
「ひえっ!」
スレッタが悲鳴を上げる。
「認めない!あんな男に手柄を取らせることも、あんな男がISを使えることも!私は認めない!」
この発言からして教員は女性権利団体の一員だった。
女性権利団体。
ISを使える女性こそが男より立場が上だと主張する団体。
元々は男女平等のために女性の権利を主張していたのだが、ISが世界に認められてからは女性は男性より立場が上だと主張するようになった。
要するに、IS使える、女偉い、男は下という頭の悪い団体である。
「あなた達、今すぐ出撃しなさい!」
教員は銃口をセシリア、ラウラ、シャルに向ける。
「お断りですわ」
「同じく」
「ご主人様の命令だし」
「「ご主人様?」」
「え、あっ…」
セシリア(前回の国際問題の反省を活かして)とラウラ(ドイツの軍人として弁えて)がシャル(王我の犬)が漏らした一言に引っ掛かる。
「この小娘共!なぜ分からない!世界は私達女が評価されるべきだということが…」
「それは違います」
教員の言葉を遮ったのは愛莉だった。
「社会とは性別によってではなく能力によって評価されるもの。それが正しい社会です。上が無能だと下は苦労しますからね」
愛莉はサラッと毒舌を吐いた。
「知ったような口を…私達女が世界を導くべき…ぐっ…」
教員が最後まで言葉を口にする前に千冬が背後に回り込んで首に手刀を叩き込んで気絶させた。
しかし、刺客は1人ではなかった。
さらに2人が拳銃を取り出そうとする。
「「はあぁぁぁっ!!!」」
そこへフーカとリンネが飛び出して、フーカが顎にアッパー、リンネが腹にボディーブロー(手加減あり)を叩き込んで気絶させた。
「助かったぞ。2人とも」
「押忍!」
「ありがとうございます」
千冬が2人にお礼を言うと、2人もお礼を返す。
「天道も肝が座っているな」
「いえ、あ…彼女が私に銃口を向けたことは兄さんには内緒でお願いします。でないと彼女、兄さんに殺されちゃいますので」
愛莉は笑顔でそう言った。
「分かった。………」
千冬は倒れた教員を見下ろすと、
「生徒に銃を向けるとはお前は教師失格だ」
そう吐き捨てた。
だが、彼女も今の自分の立場に悩んでいた。
生徒を守る教師でありながら、上の命令に逆らえず、生徒を戦場に行かせて死の危険に晒している。
立場を捨てて自由に出来たらどんなに楽か。
生徒を見捨てることも出来ず教師を続けている。
「(ああ…転職したい)」
まるでOLのような願望を抱く千冬だった。
「千冬さ…織斑先生!」
そこへ鈴音が声をかけてきた。
「何だ?」
「あたしを行かせてください!」
「なぜ行く?」
「人命救助です!戦闘には参加しません!」
「…分かった。急げ」
「はい!」
千冬が少し考えた後に答えると、鈴音は元気よく返事して走って退室した。
◇◇◇
千冬が通信を切った後、王我は『二次移行』した『銀の福音』と戦闘を続行することになった。
《さあ、第二ラウンドだ》
次の瞬間、『銀の福音』が両手両足の四ヵ所同時着火による『瞬時加速』によって王我の眼前に迫った。
ビームの効かないアカツキに対して『銀の福音』は格闘戦オンリーで攻めてくる。
王我が実体シールドを構えると、『銀の福音』は急転換して王我の背後に回る。
「もう飽きたよ。お前のスピードは」
王我は振り向きざまにビームサーベルを振るう。
『銀の福音』はなんとその刃を掴んだ。
下手をすればパイロットの腕が焼き切れる危険があるが、遠隔操作のハマーンはそんなことは気にしないのだろう。
王我は慌てることもなくもう片端からビームサーベルの刃を展開させると分離して二刀流になり左手のビームサーベルで『銀の福音』の胸部装甲を斬る。
「(浅いか)」
直前でバックした『銀の福音』は装甲の表面に傷が入るだけで済んだ。
《貴様の方は決め手に欠けるようだが、私は違う》
『銀の福音』が翼の装甲を展開すると、光のエネルギー弾丸を放った。
それらはアカツキではなく密漁船を包囲するドラグーンのビームバリアに飛んでいった。
弾丸はバリアに阻まれて爆発して消滅する。
《どういうつもりかは知らんが余程あの船が大事らしいな。こうして攻撃し続ければ貴様のエネルギーが切れる方が早い》
ハマーンは勝ち誇ったように言った。
きっとどこかの潜水艦の中で笑っているのだろう。
実際、アカツキはビームバリアを展開し続けているだけでエネルギーを消費する。
そこに攻撃が加われば消費量はさらに増える。
「…フッ」
だが、王我は笑った。
《何がおかしい?》
ハマーンの訝しげな声が聞こえる。
「悪いが…切り札は常に俺の手の中にある」
王我は再度、不敵な笑みを浮かべてそう口にしたのだった。