※この作品はR-18です。

愛妻サキュバスの疑似NTR   作:大鑑舟平

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②愛妻サキュバスと夫の過去

 

 それから3日後の夜。

 

 俺と妻は夕餉も入浴も全て済ませ、ベッドの上に正座で向き合っていた。

 妻が身に着けている寝間着は、露出がほとんどなく飾り気の薄い地味なデザインだ。

 なのに、その身体からは匂い立つような色気を放っている。

 

 約束通り、この3日間妻を抱いていないし、自慰もしていない。

 正直、こうして顔を見ているだけでも襲いかかりそうになる。

 こうやって焦らして俺の劣情を誘うのが狙いだったのだろうか。

 鼻息荒く伴侶を見つめる俺を、妻はきゅっと細めた瞳で見据える。

 

 

「私は考えました」

 

「何をだ?」

 

「あなたがああいったものを見て忌避感ではなく安堵を感じてしまうのは、あの本やビデオの内容を完全に他人事として捉えているからです。自分の妻がもしああなったら、と想像する危機意識がないからです」

 

 

 真剣な表情でそう言い放つ妻に対して、思わず噴き出してしまう。

 

 

「そりゃそうだろ。妻になったサキュバスの不貞を疑う夫がどこにいるんだ」

 

「ええ。私達はそういう存在ですから。堕落していながら貞淑という二律背反を叶える魔の者。運命の相手と出逢うまで純潔を誓い、契りを交わした後も決して裏切ることはありません」

 

 

 可憐な唇から、はぁと小さく息が漏れる。

 

 

「ですので、私は心を鬼にします。あなたがカケラも疑う必要がないと無邪気に信じている聖域を容赦なく壊して、二度とあんなもので安心感なんて持てないようにしてさしあげましょう」

 

「えっ」

 

「そうすれば、あなたの倒錯なさったご性癖も解消されるでしょう?」

 

 

 絶句。

 

 妻の言葉はつまり、自分はこれから浮気をしますと宣言したようなもの。

 サキュバスの不貞なんて前代未聞だ。

 根は真面目な妻にこんな突飛なジョークが言えるなんて思わなかった。

 

 だが、いつまで待っても妻のネタばらしは来ない。

 いつもと変わらず美しい相貌を湛えて、小さく微笑んでいるだけだ。

 いや待て、まさか3日間時間をくれと言ったのは……!

 

 

「う、うそだろ……。うそだよな……?」

 

「安心してください、あなたが考えているようなことではありませんよ」

 

「なんだ、びっくりした。驚かせないでくれよ……」

 

「ええ。だって私が今からお話するのは ず〜っと昔の出来事 なんですもの」

 

「……………………は?」

 

「あなたに貰っていただくはずだった私の操がいかにして喪われたのか。それを今からじっくりと教えてさしあげましょう」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 私とあの人が出会ったのは、お見合いの席でのことでした。

 高貴なるサキュバスの家柄に生まれ落ちた私は、幼い頃から自らを取り巻く環境に倦んでいました。

 名前も知らないような大量の俗人と付き合っていくことを強いられ、本家の息女だからということで行きたくもない会合へ引っ張り出され、たくさんの注目を浴びる毎日。

 時には、下卑た笑いを浮かべる人達に不躾な視線を向けられることもあって。

 

 そんな日々を過ごしていた私は、すり減った心の中へ次第に閉じこもるようになり、齢10を超える頃にはすっかり何も言わない子供になっていました。

 今もあの人の前以外ではあまり変わらないと思いますが、あの頃の私は今よりもっと無口で、ぶっきらぼうで、つまらない女だったはずです。

 

 日々の実務に忙殺されて機会はあまり設けていただけませんでしたが、お母さまとお父さまの傍にいる時と、お姉さま方の輪の中にいる時だけが幸福でした。

 どちらも良家の生まれだったお母さまとお父さまは歌劇のような恋をして、頭首と散々揉めた末に自分たちの結婚を認めさせたのだそう。

 あなたにもいつか運命の人が現れるわ、と塞ぎ込む私に優しく諭してくれたお母さまは、私の人生の道標でした。

 

 でも、巨大な家の頭首として辣腕を振るうお母さまとそれを完璧に補佐するお父さま、そして息女の務めを全うするお姉さま方を見ていると、惨めな自分を実感してしまうのです。

 私にあんな煌めきを持った人はもったいない。

 こんな臆病で、根暗で、非才な自分があんなに輝く人の隣に立つなんて夢物語だと。

 自分に運命の人がいるとすれば、きっと枯れ木のように寡黙で何も語らないような方、こんな自分に付き添えるのはそんな人くらいだと真剣に考えていました。

 

 それから暫く経った頃の私は、頭ばかり高くなった方々からいい齢になったと見做され、しばしばお見合いに参加させられていました。

 しかし、私の生来の性格からして、マンツーマンで男性と話すなんて無理な話でした。

 中には失望せざるを得ないような人格の方と席を共にすることもあって、もう見合いなんて嫌だと強く感じていました。

 

 そんな時に出会ったのが、あの人だったのです。

 家同士の付き合いということで設けられた見合いの席での出来事でした。

 初めて目を合わせた瞬間に淫魔の本能で気づいてしまったのです、この人こそが私の伴侶だと。

 

 でも、想像していたような方とはまるで違っていました。

 社交的で、若木のようにエネルギッシュで、だけど心は少し繊細で。

 本当にこんな人がと思いながら、私は自分の心がどんどん彼に惹かれていくのを感じていました。

 初めての席ではろくにお話をすることもできませんでしたが、それでも一縷の望みを託して、もう一度あの方と見合いをセッティングしていただけないかとお母さまにお願いをしました。

 後にあの人と一緒になってから知ったのですが、向こうも同じことを考えていたのだとか。

 

 

 何度か顔を合わせるようになって、次第に私達の関係は深まっていきました。

 喋ることに慣れていない私に根気強く付き合ってくれて、いつの間にかお互いに軽口を叩けるような間柄になっていました。

 そのお陰で、少しずつ私も自分を外に出すことができるように変わってゆけて。

 

 偶然の出会いで生まれた、一緒にいて居心地の良い関係。

 その縁が、清いお付き合いに発展するのにそう時間はかかりませんでした。

 

 しかし、私達を取り巻く環境はとっても複雑で、その行方は悪い方へと舵を切られてしまいました。

 お母さま方は必死にその流れを止めようと尽力してくださりましたが、それも及ばず。

 私達は、いつ引き離されてもおかしくない状況へと次第に追い詰められていったのです。

 

 ある日の逢瀬のこと、私達の間を飛び交う会話は随分と乏しくなっていました。

 お互いにもう残された時間は少ないことを理解しているせいか、いつものように他愛もないことを話す気になれずにいたのです。

 いつもなら何てことはない沈黙も、今日に限っては気まずく感じます。

 

 もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思うと、たまりません。

 

 だから私は心残りを生まぬようにと、今まで勇気がなくて訊けなかった疑問を、思い切ってあなたに尋ねてみたのです。

 

 

 どうして私を選んでくれたのですか、あなたならもっと良い人だっていたでしょうに。  

 

 

 あなたは少し考え込んで言いました。

 

 

 俺は、小さな頃から行きたくもない会合なんかに主席させられてな、どんどん人間嫌いになっていってたんだ。

 愛想よく笑って、おべっかを使って、顔も見たくない爺の名前を覚えなきゃいけなくて、もうたくさんだってな。

 家のためにいい評判を作らなきゃって必死に外面を飾り立てたけど、もうそれに疲れ果てていたんだ。

 常に媚びへつらっていたから胸の内がどんどん外面の卑屈さに侵食されていって、何が自分の本心なのか分からなっていく気がして。

 そんな時に、付き合いで行きたくもない見合いに参加しなくちゃいけなくなったんだけど、そこで出会ったご令嬢がまあ変な娘でな。

 

 

 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべて、彼は続けます。

 

 

 無口な上に蚊の鳴くような話し声で、侍女を通してじゃないと何を言ってんのか分かんねえ。

 普通は令嬢っていったら愛想がいいのに、全くの無表情でニコリともしねえ。

 こりゃすげぇのが来たなあって内心思ってたよ。

 

 むうっ。

 確かにそれは事実ですが、言い方が酷すぎます。

 もっと言葉を選んでくださいませ。

 

 

 そう頬を尖らせて抗議すると、あなたはハハハと笑い飛ばします。 

 

 

 でもな、不思議と一緒にいて居心地が良かったんだ。

 ああ、この娘を憎からず思っているのは間違いなく俺の本心なんだ、俺はまだ自分の心を喪ったわけじゃねえんだって感じられて。

 君のお陰で、曖昧になってた心の輪郭をやっと取り戻せたんだよ。

 この人にならありのままの自分を見せてもいいんじゃないかって、そう家族以外に思えたのは生まれて初めてだったんだ。

 

 ……っておい! 

 なんで泣いてるんだ。

 あっ、ひょっとしてすげぇのとか言っちまったからか、すまん、悪かったよ。

 

 

 私がそんな取るに足りないことで泣きますか。

 あなたがそんな生い立ちを抱えていたなんて。

 あの爽やかな笑顔の下でそんな苦しみを抱えていたなんて。

 そんなあなたの痛みを、知らず知らずの間に私が癒してさしあげていたなんて。

 

 私は悲しみと嬉しさが綯交ぜになった胸をそっと抑え、頬を落ちる涙を拭うのも忘れて想いを伝えます。 

 

 

 いいえ。

 この涙は、悲しくて流しているのではないのです。

 ずっと私は思い悩んでいました。

 あなたは明るくて社交的で、私は暗くて伏し目がちで。

 斯様にご立派なあなたに、全く似通っていない私が本当にふさわしいのでしょうかと。

 

 でも、大切な処は同じだったのですね。

 あなたも、心を擦り減らしていたなんて。

 あなたも、逃げたいと願っていたなんて。

 内に籠もるか、外に晒すか、私達の違いはそれだけだったのですね。

 

 

 ほろほろと溢れる涙を垂らしながらそう伝えると、あなたも目尻に光るものを溢れさせて、私を強く抱擁します。

 当時の私達は、恋仲とはいっても今から思えばままごとのような触れ合いしかしていませんでした。

 だから、こんな情熱的なアプローチを生まれて初めて受けた私は、淫魔だというのに驚いて固まってしまいました。

 衝撃で石のようになった私の耳元で、小さくあなたが呟きます。

 

 

 ああ、家なんか捨ててえな。

 お前とずっと一緒に、何のしがらみもない暮らしがしてえ。

 それさえ叶うなら、何もいらねえ。

 

 じゃあ、捨てちゃいましょうか。

 

 

 私の芯から溢れたその言葉は、自分でも驚くほどするりと口から飛び出しました。

 ずっと心の奥に閉じ込めていた本音を、あなたのお陰でようやく自由にすることができたのでしょう。

 

 

 一緒に捨てちゃいましょう。

 あんな嫌な思い出ばかりなところ、いない方がずっといいはずです。

 

 そりゃできるんならそうしたいが、ダメだよ。

 窮屈な所とはいえ、そこで生きていくのが俺達に課せられた運命なんだから。

 そこから逃げるのは、ただの堕落だ。

 俺は堕落した生き方はしたくねえ。

 

 あら、大丈夫ですよ。

 大切なのは逃げた先でどう生きるかです。

 流れ着いた場所で努力を続けてひたむきに生きるなら、私達は今と同じ貞淑なままでいられます。 

 

 それは詭弁だ。

 結果がどうであれ、今のあるべき立場から楽な方へ逃げるのなら間違いなく堕落だ。

 堕落しているのに貞淑な存在なんて、この世にいるわけないだろ?

 

 いいえ、おりますよ。

 あなたの腕の中に。

 

 

 きょとんとした顔を浮かべるあなたに、私はそっと微笑みます。 

 

 

 お忘れですか?

 私はサキュバス。

 堕落していながら貞淑という二律背反を叶える魔の者。

 私がいれば、あなたは何があってもずっと貞淑でいられますよ。

 それでも勇気が出ないのなら、私が分けてさしあげます。

 

 

 小さく背伸びをして、私の蕾をあなたのものに押し付けます。

 生まれて初めて口にした精力のお味は、甘くて、刺激的で、ちょっと意地悪で。

 まるで、あなたがそのまま溶け込んだような風味でした。

 ごちそうさまです。

 

 

 ああ……こりゃ、とんでもないもの貰っちまった。

 俺の覚悟だけじゃとても足りねえな。

 他に何かいるかい?

 

 あなたと共に生き、共に果てること。

 それがただ1つの対価です。

 それさえ叶うなら、何もいりません。

 

 微かに力を増した腕の中で、あなたの温もりを感じる幸せ。

 私は、叶うのならこの温もりがずっと続けばいいのに、と淡い願いを想っていました。 

 

 

 

 

 

◇◇◇ 

 

 

 

 

 

「どうです。懐かしかったでしょう? 私達の馴れ初めは」

 

「いやこんな状況で話すことじゃないだろ!」

 

「あの頃は大変でしたね。駆け落ちは最後の手段にしましょうと誓い合った後に一旦別れて、お互いの家で分からず屋な人達を三日三晩かけて説き伏せて、やっとあの家を離れられたのですから」

 

「そんなしみじみ振り返ってないで、早くさっきの不穏な発言を説明してくれ!」

 

「まあまあ、美しい思い出というのはいつ振り返ってみても良いものですよ。いっその事、このまま夜が更けるまで語り明かしましょうか」

 

「はよせえ!」

 

 

 妻のこっ恥ずかしい昔話がようやく終わった。

 うそだろ……あの頃の俺ってあんな臭えセリフ吐いてたのか……。

 妻のことは覚えてても、自分のことは忘れてるもんだな。

 ていうか今思い返せば、こいつも相当恥ずかしいこと言ってねえか?若さって怖えな。

 

 あの時の名言をもう一回言ってくれよって今度からかってやろうかな、何か躊躇いゼロで言いそうだけど。

 

 

「はい。おふざけモードはここまでにします。ここからは真面目なお話です」

 

「ハナから真面目にしてくれ」

 

「考えておきます」

 

 

 耳を塞ぎながら涼しい顔でそう答える妻。

 ああ……昔の寡黙でシリアスなお前はどこに行ったんだろうな……。

 元から天然のきらいはあったが、今じゃ完全にボケに回ってるよ。

 まあ、それだけ妻が元気になったってことか。

 

 程なくして、さっきまで楽しそうに喋っていた妻が、ジッと俺を見つめたまま口を噤む。

 ふわふわとした和んだ空気が、ピリッと引き締まった気がした。

 ここからは本当に真面目にというサインだろう。

 

 昔話の前に、妻が話していた内容を思い出す。 

 さっき妻は『俺が貰うはずだった貞操を喪失した』と確かに言ってた。

 事故でうっかり……なんてわけないよなあ……。

 無性に胸騒ぎがする。

 

 

「なあ、お前が話したいことって何だ? 辛くて言いたくないならそれでいいから、教えられる範囲で教えてくれ」

 

「承知しました」 

 

 

 妻は瞳を閉じ、深刻な顔でじっと黙りこむ。

 どこまで話すか、何を話すのか頭の中で咀嚼しているようだ。

 暫しの時を置いて瞼を開き、ゆっくりと重い口を開いた。

 

 

「夫であるあなたが勇気を持って全てをお話しになったのですから、妻である私が臆するわけには参りませんね。墓場まで持っていくと決めていた私の薄汚い秘密を、包み隠さずお話しします」

 

「薄汚い秘密……?」

 

「そうです。私はあなたと清いお付き合いをしていた身でありながら……他の方と秘密裏に関係を持った過去があるのです」

 

「……それは、誰かに強要されたとかではなく?」

 

「ええ。これは最初から最後まで私が自らの意思で行った不貞行為です」

 

「そうか……」

 

「本当にごめんなさい。言い訳するわけではないのですが……何と言いましょうか……やむにやまれぬ理由があって、どうしても自分を抑えられなくなってしまって……」

 

「今はもう、そいつとの関係はないんだな?」

 

「もちろんです。詳しく説明しますが、あの方とそういう仲になったのは、あなたの代替が必要となったことが発端なのです」

 

 そう言うと、妻は事のあらましを説明する。

 事の発端は、俺と妻がお見合いで互いに一目惚れした時にまで遡る。

 

 当時、俺達は両家の中枢にまで入り込んだ老害ジジイ共に執拗な邪魔を受けていた。

 携帯電話でのやり取りどころか、手紙すら検閲されていた程に。

 あの頃の俺達が正々堂々と会えるのは、忙しい日々の合間を塗って開かれたお見合いの場だけで、そんな毎日を送るうちに妻はどんどん寂しさを募らせてしまった。

 妻は一見クールで打たれ強く見えるが、単に表に出る感情が少ないだけで、その内面はとてもナイーブで寂しがりやなのだ。

 見初めた男と時に数カ月もの間引き離される辛苦は、愛に生きるサキュバスにとって大きなストレスとなっただろう。

 

 そのうえ、家の繋がりを強めるための婚姻道具である子息や息女は家訓で婚前交渉が禁止されていたのも良くなかった。

 俺と妻が結婚前にした一番深い交わりは、家を捨てることを決めた際のキスまでだ。

 俺の方は、ヤりたい盛りとはいえ年が近い兄弟や親戚も皆我慢してるし、いざとなれば自分で発散させればいいから大した苦でもなかった。

 

 だが、妻の方はそうはいかない。

 運命の相手を見つけたサキュバスは、その相手が近くにいないと徐々に発情が進行するという性質があるのだ。

 おそらく、攻めっ気が足りない臆病な性格のサキュバスを後押しするための生理機能なのだろうが、これが最悪な形で作用した。

 俺と一緒にいられない妻の身体は常に発情しっぱなしになってしまったのだ。

 

 ただ発情するだけなら何も他の男に抱かれなくともと一般には思われるかもしれないが、それは違う。

 淫魔たるサキュバスの性感は想像を絶するレベルで過敏だと、俺は身を以て知っている。

 

 

 結婚して少し経った頃のこと。

 俺は交合中に魔術で感覚共有して欲しいと妻に頼んだ。

 理由はただの興味本位。

 いつも妻が気持ち良さそうに喘ぐのを見て、サキュバスが味わう快楽を味わってみたいという軽い気持ちしかなかった。

 それがあんな悲劇を起こすとは夢にも思わず。

 

 妻と感覚が繋がった瞬間、わくわくしていた俺を襲ったのは、脊椎から脳にかけて走る強烈な衝撃。

 妻の柔らかな肉穴に咥えられた陰茎が爆発的に脈打ち、何も言えぬまま身体が崩れ落ちて、一瞬で意識を失った。

 次に目が覚めたのは、泣き崩れた妻が突っ伏した病院のベッドの上で、治療を担当した医師からは妻ともどもこっ酷く叱られた。

 医師いわく、俺は妻の胎を一瞬で満たすほど多量の精液を噴出しながら気絶したらしく、妻が魔術を解除するのがあと一歩遅れていたらテクノブレイクで死んでいただろうとのことだ。

 

 それ以降、あれ程の快楽を注がれてもケロッと回復する妻に畏敬の念を持つようになった。

 サキュバスの発情というのは、人間には決して理解できない感覚なのだ。

 

 ともかく、これで当時の妻が置かれていた状況は分かった。

 伴侶に会えない寂しさと、全く解消できない欲求不満な身体。

 おまけに、いつまで耐えればいいのか先行きも全く見えなくて。

 それを抑える方法は1つしかなかった……ってわけか。

 

 

「だから代替品ってことか」

 

「ごめんなさい……。でも、信じてください。私の心と身体の隙間を埋めるのは、本当はあなたに全部していただきたかったのです。あれは本当にただの代わりで……少し遊んだだけなんです」

 

「いや……これは仕方ねえよ……」

 

 

 サキュバスという種族の特性と名家の息女という特殊な生まれが、不運な噛み合い方をしてしまっただけなのだ。

 そう思うしかない。

 

 本当はめちゃくちゃ気にしてるけど!

 相手が誰なのかとかめちゃくちゃ気になるし、一発殴るくらいはしたいけど!

 ちくしょう妻の初めてを貰った幸せ者は一体誰なんだよ!

 俺は妻に奪ってもらったのに!

 ああ……俺器ちっせぇ……きめぇ……。

 でも知りたいもんは知りたいんじゃ……。

 

 

「その、言える範囲でいいからどんな男か教えてもらっていいか……? あとできれば……その……あっちの方はどうだったのか、とか……」

 

 

 妻からの衝撃の告白を受けた俺はすっかり意気消沈し、妻の相手を務めた男がどんな奴だったのか聞く。

 経験では先んじられたとしても、せめて相性ではそいつに勝ちたいという女々しい対抗心が生まれたため。

 情けない男だという自覚はあるが、妻の中で何か自分が勝っている所を聞きたいのだ。

 

 

「はい。お母さまに頼んで、できるだけあなたに似たヒトを用意してもらったのです。素性は存じませんが、元々その手の仕事に従事されていてお金で確保できるような後腐れのない方だったそうです」

 

「そうか……。そいつは幸せ者だな……」

 

「全然注文と違ったので、無理やり造形を変えさせましたが」

 

「……ん?」

 

 

 聞き捨てならない言葉が出てきたので、思わず聞き返した。

 妻は、何でも無い事のようにさらりと衝撃的な発言をする。

 

 

「有り体に申しますと、美容整形です」

 

「せ、整形!? そこまでやるか!? だいぶ身体張ったなその男!」

 

「いえ、それでも完成度は失笑ものでした。鼻は細すぎるし、目も小さすぎましたから。結局満足できなかったので、シてる最中はあなたの顔写真を貼っておりました」

 

「いくら代替って言っても可哀想すぎるだろ!!」

 

 

 ええ……マジかよ……。

 弄るだけ弄ったあげく、やっぱお前じゃダメだって一蹴したってことか。

 中々エグい所業するな妻よ……倫理感とか情ってもんはないのか。

 お互いに長い付き合いなのに、全然見たことない一面が出てきたぞ。

 間男みたいなもんとはいえ、もうちょい良い扱いをしてやった方がいいんじゃないか……?

 

 

「おちんちんの方もですね、全くもってダメでした。硬いばかりで弾力に乏しくて、私の良い所をちっとも擦ってくれませんでしたもの。あなたのと比べれば月とスッポンです。いえ、スッポンに失礼ですね。虫畜生が妥当です」

 

「おかしいな。今俺は妻の不貞行為の懺悔を聞いてるはずなんだが」

 

「懺悔というよりもう愚痴ですね。あの感触を思い出すと腹が立ってきました」

 

「懺悔しろ!!」

 

 

 おかしい。

 さっきまでの悲壮感はどこに行った。

 妻の語り口が軽すぎるというか下世話すぎるせいで、大切な伴侶を奪われたとか取られたみたいな感情が完全に霧散してしまった。

 仮にも、恋人だった頃の妻が寝取られていた話を聞いているのにだ。

 妻よ、お前漫談家にでもなった方がいいんじゃないか……?

 

 

「ムードや盛り上げ方もまるでなってなかったです。私が頑張ってアンアンイクイクーと煽ってもガン無視でしたもの。おまけにいつも受け身。地蔵かと思いましたよ」

 

「なあ、さっきから聞いてるとそいつ何も良い所ないんじゃないか?」

 

 

 顔も似てなきゃテクも性格も0点。

 何で妻がこんなのを選んだのかさっぱり分からん。

 それほど男に飢えていたってことなのか?

 妻の実家ももう少し魅力的なやつを送ってやれよ……。

 

 

「その、精力の相性はどうだったんだ? お前のことだから避妊はしっかりしてたと思うが……口淫くらいはしてたんじゃないか?」

 

「お話になりませんでしたね。色合いこそあなたのと似ておりましたが、中身は塵芥。豆腐の搾りかすにも劣る風味でした。口の中に暴発された折には、このまま食い千切ってやろうかと考えた程です」

 

「やめてやって。そんなの向こうだってどうしようもないんだから……」

 

 

 聞けば聞くほど同情するな。

 もちろん妻ではなく相手の方にだが。

 上流階級のサキュバス令嬢を抱ける仕事と聞かされて、喜んで果たした後にこんなボロクソ貶されたら俺なら死にたくなるぞ。

 

 脳破壊の恐怖がすっかり薄れた頭を抱えて、何と言ったものか考えていると、妻がどこか自信ありげに口を開いた。

 

 

「どうですか、あなた。私の不貞をお聞きになったご感想は。そろそろ口惜しさに耐えられなくなってきたのでは?」

 

「全くと言っていいほど悔しさが消えたな」

 

「何ゆえに」

 

「相手の男がかわいそ過ぎるからだよ!」

 

「おかしいですね。事前の想定では、そろそろ情緒を粉砕されたあなたが泣きながら家を飛び出す頃合いだというのに」

 

「ガキか俺は」

 

 

 そういやすっかり忘れてたけど、そもそも俺の性癖を矯正することが目的だったな。

 いつの間にかコントみたいになって、重苦しい空気が完全に吹っ飛んでしまった。

 これでも最初は真っ当な寝取られ報告だったのに、どうしてこうなったんだ。

 

 おかしい……なぜなのです……と無表情のまま嘆く妻を尻目に、俺はその理由を何となく理解した。

 間男の扱いが憐れすぎたのもあるけど、それ以上に、たぶん妻が相手への未練を一切見せなかったからだろうな。

 もしこれが、未だに相手の肉棒を忘れられなくて……などと言われたなら俺は間違いなく大きなショックを受けていた。

 しかし、ここまでボロッカスに罵倒されていれば、相手の男に情が欠片もないのは十分に分かったし、復縁の可能性は万に一つもないだろう。

 

 だったら、もう俺が気にすることは何もない。

 過去のことはサキュバスという種族のせいで起こった不幸なすれ違いだと納得し、ありのままの妻を受け入れようじゃないか。

 

 

「ありがとな」

 

 

 唐突に告げられた感謝に不可解な表情を浮かべる妻。

 俺は軽く微笑みながら向き直って、素直な本心を口にする。

 

 

「やっと分かったんだ。さっきお前の男性遍歴を聞いてても気にならなかったのは、お前の心の中には俺しかいないことに気づいたからだって」

 

 

 はっ、と息を呑む音がする。

 

 

「ずっと抱えてた秘密を打ち明けてくれて、ありがとう。見放されるかもって悩みながら、それでも話してくれたんだよな。だから俺もその覚悟に応える。これからもずっと変わらぬ愛を捧げると誓うよ」

 

「………………」

 

 

 長い長い沈黙。

 そして。

 

 

「……ずるいです」

 

 

 重い情感を込めた声で、妻が呟いた。

 潤んだ瞳で俺をじっと見つめる。

 

 

「あなたはずるいです。この間、あなたがあんなにも捻れたご性癖を持ってしまわれた訳が、私への愛が深すぎたせいだと知って、どんなに心が躍ったかご存知ないでしょう。これはあなたの精力回復に必要なのだからと必死に自分を律して、私の最も汚らわしい本性を見せてさしあげましたのに」

 

 

 小さく震えだした妻の肩をそっと抱き寄せた。

 妻は俺の胸に顔を伏せると、やがて艷やかな声で噦り上げ始める。

 告解に混ざる嗚咽は止まるところを知らず、後から後から流れ出していった。

 

 

「こ、こんなの……ずるいです……! あなたは愛を裏切った妻に幻滅しなければいけません……! 淫乱な女だと糾弾すべきなのです……! なのに……なのに……その業すらまとめて愛すだなんて……こんな……こんなっ……!」

 

 

 感極まって何も話せなくなる妻。

 その体温は仄かに暖かく、想い焦がれた感情が熱として燃え盛っているかのよう。

 胸に籠もった啜り泣きが収まるまで、俺は小さな背中をずっと擦り続けていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ずぴっ……」

 

「ハナ垂れてるぞ。ほらティッシュ」

 

「ふぁりがとうございます……。ふ゛ん゛っ゛!」

 

「うわっ! きったねえ! かむのは自分の手でしろよ!」

 

「この方が効率的ですので」

 

 

 悪びれもせず、汚れたティッシュを処理させようとする妻。

 少々小憎たらしいが、ようやくいつもの調子に戻ってきた感じがする。

 

 

「しかしどうしましょうか。結局ふりだしに戻ってしまいましたね」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 お互いの心はさらに近づいたものの、依然として俺の性癖が改善された予感はしない。

 ちょっと秘蔵のAVを想像してみるが…………うーん、変わってねえな。

 むしろ、妻がこんな殊勝なセリフを言いながら嬲られるわけがないって確信が強まった気がするぞ。

 

 

「あなた、他に打つ手は思い付きませんか?」

 

「うーん……悪いが何もないな……」

 

 

 弁解するわけではないが、俺だってなりたくてこんな性癖になったんじゃない。

 何とか治そうと、以前から思い付く限りのことはやってたのだ。

 SMやスカ等のさらに強い刺激で上書きするとか、逆にもっと穏やかな路線で同じくらいに昂奮できるラインを探すとか。

 ここでパッと思い付くような案は、既に試してダメだったのだ。

 どうしたものかね……。

 

 

「…………」

 

 

 この時、俺は思考に意識を預けていたせいで気が付かなかった。

 妙案が思い付かず唸っている俺を、腕の中の妻がじいっと見つけていることに。

 その瞳の奥深くに、じわりと妖しげな光が灯り始めていることに。

 いつもは平坦な口角が、少しずつ、少しずつ吊り上っていってることに。

 

 

 

 

 

「やはりプランBを実行するしかないようですね」

 

 

 

 

 

 どさりと音がして、視界が大きく傾く。

 気がついた時には、俺は寝具に押し倒され身動きが取れなくなっていた。

 さらにしゅるりと音が迫り、柔らかいロープのような何かで両腕を縛られた。

 そのまま頭上に持ち上げられ、抵抗すらも封じられる。

 犯人は言うまでもない。

 

 

「お、おい……」

 

「初めからこうしてさしあげるべきでした。『夫婦の悩みは交合で解決せよ』という私の種族の金科玉条に従うと致しましょうか……♡」

 

 

 今眼前にいるのは、先程までの俺の手から鼻水をかんだ横着な妻ではなかった。

 

 地味なネグリジェを胸元までたくし上げ、曝け出されたのは指が沈み込むくらいに豊満な谷間。

 いつの間にか脱ぎ捨てられていたスウェットパンツの代わりに、秘所を覆っている扇情的な黒いショーツ。

 その上端から艷やかに伸びて、夫の自由を封じている悪戯な黒尻尾。

 鼻が触れ合いそうなくらいの至近で、甘い吐息を漂わせながら妖しく微笑む美麗なかんばせ。

 

 

 古来よりの血を引く、本物の淫魔がそこにいた。

 

 

 

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