リンドウが新種のアラガミに襲われ、任務に一人取り残されてしまった。
その一報にアナグラは揺れた。
長年極東支部で働き続けたリンドウを慕う神機使い達は数多く、その捜索に助力することを望むものは多かった。しかし、その必死の要望が聞き届けられることはなかった。フェンリルは新種のアラガミが多数出現した事態を重く受け止め、後追いが出ないようにとさらなる神機使いの投入を拒んだのである。
それはある種、リンドウの黙殺であり。
それを察した神機使いたちによって、ロビーは悲痛な沈黙で満ちていた。
その光景を目撃し、やるせなさを抱えたアキはアリサが運び込まれたという病室へと向かうことにした。
「見ないで……。もうほっといてよ……来ないで……」
任務から帰還したアリサは、フェンリルによって任務における命令違反、ならびに上官を事故に見せかけて殺害しようとした疑惑で取り調べを受けることとなった。かねてより、アリサがリンドウに対して反意を持っているという証言があり、またこれまでの任務において独善的思考による独断行動が常態化していたことから、アリサがそうしてもおかしくはない、と見なされたためだった。
ただ、その過程でアリサは精神錯乱と断定され病棟に措置入院させられることとなった。これは任務帰還後のアリサがパニック症状と見られる状態に陥っており、まともな供述も抗弁も不可能だったからである。
「……私のせい……私のせいで!!!!」
「鎮静剤を。クッションも交換しておけ」
お見舞いのために病棟に足を運んだアキは、アリサが入院しているという病室の前から動けなくなった。病室から漏れ出る声は悲痛に満ちており、安易な接触はためらわれた。面会謝絶、そう書かれた扉の前で立ち竦んでいると、中からツバキが現れた。……経過観察に来ていたのだろう。
「ああ、お前か。今は都合が悪いようだ……最低限の事実確認さえできないとは、な。アリサ自身、あまり見られたくはないだろうし、出直してくれ」
アキは頷き、しかし退去することなくツバキの目を静かに見つめた。
「……わかっている。巷の噂やフェンリル側はアリサを犯人だと断じているようだが、他ならない第一部隊のメンバーがアリサが何かした様子はなかったと証言している。……しかし状況だけ見れば疑わしいのは確かだ。言動や挙動にも、不審な点は多い。アリサの能力なら実行可能だという事実もまた話をややこしくしている」
しかしツバキはアリサを犯人扱いしているわけではないらしい。アキはほっと胸を撫でおろした。
「……ただ、このままの状態が続けば強制的に除隊処分となり、その後の処遇はどうなるかわからない。アリサ自身のためにも一刻も早く落ち着いて欲しいところだが……今、効果の高い鎮静剤を打ったところだ。あとは時間が解決してくれることを願って待つばかりだ。できれば、お前もそれとなく見守ってやってくれ」
アキは首肯し、出直すことにした。
後日、アキが病室を訪れると、アリサは眠っているところだった。呼びかけに反応することもなく、どうやら鎮静剤の効果で深い眠りについているようだ。
アナグラ内では、アリサはリンドウを背後から襲い、さらに教会を倒壊させ閉じ込めた非道の上官殺しだという噂が流布していた。
かねてからの上官に対するフラストレーションを晴らし、そしてパニック発作を装うことで追及から逃れようと試んでいるのだ、と。事実や真実など関係ない。アリサの実情が顧みられることもない。ただ、それが可能で、やってもおかしくはないから……という妄想に依拠したただの誹謗中傷である。
しかし、アリサの傲慢な態度に憤りを溜めこんでいた極東民はここぞとばかりに罵倒を重ねていた。所詮口先だけの生意気なメスガキだったな、と嘲笑して。いっそ病室に乗り込んで自らお仕置きしてやろうという男性神機使いも多くいた。
そのため、アリサの身を守るために病室の場所は機密となり、監視カメラと護衛がついた。
アキがこの場所を教えられたのはある程度親しい関係にあった第一部隊だからだった。つまり第一部隊くらいしか見舞いに来れるような者もおらず、しかしサクヤも最愛の恋人の行方がわからないとあって、アリサ同様任務どころではないほど沈み込んでいる。数少ない仲間として、また同じ女性として、第一部隊の代表としてアキが見舞いにきたのも順当な流れと言えた。
「……………………」
アキは、穏やかに眠るアリサの手を優しく握る。
周りがどんな風に言っていたとしても自分は味方だ、と示すように。
──その瞬間、霊代アキの脳内に溢れ出す見知らぬ記憶。
ロシアの雪原、寒い冬、大きな屋敷、綺麗な服、忙しい両親、
溢れ出した不満、些細なイタズラ、アラガミの襲撃、両親の悲鳴、遠い銃声、両親との和解。
神機使いへの憧れ、両親への反抗、訓練の日々、
自身の才能に対する自負、適性試験、初陣、仲間との日々、周囲との軋轢、転属、
極東、第一部隊、『魔弾』、周囲との不和、疑念と自問、
そして遠く聞こえた二発の銃声と、リンドウの笑み──。
フラッシュバックのような幻視。
あまりの情報の洪水に、こめかみが痛んだ。
思わずうずくまったアキの耳に声が響く。
「あれ……ここは……私、どうして……」
アリサが意識を覚まし、アキの目を見つめた。
「今……あな……た……の…………」
何かを言いかけたまま、アリサはそのまま眠ってしまった。しかし、今までと違って穏やかな様子だ。
アキは自らの右手を見つめる。
今の光景はなんだったのだろう。困惑するアキ、その手の隙間からは、安らかに眠るアリサの寝顔が見えていた。
◇
「……本日をもって神機──及びその適合者であるリンドウは消息不明・除隊として扱われることになった。……以上だ」
「ねえ‼こんなに早く捜索が打ち切られるなんておかしいわ!襲われた敵も場所も明らかなのに……何で!」
「……アリサのやつ、急にどうしちゃったんだろうな。アナグラでは変な噂が流れているけど、そんなやつじゃないってのは俺たちが一番よく知ってるし」
「俺、サクヤさんの様子を見てくる。アンタは新型仲間ってことで、アリサのこと見てやってよ」
◇
「……これは、どっちだろうね。リンドウも最近はウロヴォロス狩ったりして大活躍だったし、もう用済みってコトになったのか、それとも虎の尾を踏んだのか」
「
「ってことは、よっぽど探られたくない痛い腹を突っついたわけか。で、消された。不死身のリンドウさんも、背中から刺されるのには弱かったんだね」
「……一途だったからな。ホムラみたいにあちこち手を出して刺される経験なんてなかったんだろ」
「ははは、違いないねぇ」
「ソーマ。……寂しくなるね」
「…………ああ」
◇
アキは眠るアリサの顔を見つめていた。
以前アリサに触れたときに溢れ出した光景……記憶。そこに、あの日に何が起きたのか探るヒントがあるように思えて。
意を決してアキは手を伸ばした。
◇
──それは、幼い日の憧憬。
一発の銃声。
それだけで救われた何かがあった。
天啓とも呼べるような直感が、あるフェンリルの英雄と結びつき、目標になった。
いつか私もゴッドイーターになって、あの人に。
抱いた幼い憧れは、まるで白馬の王子を望むような少女の初恋だった。
大型アラガミとの不意の遭遇以来、アリサの両親は前にも増してアリサを溺愛するようになった。
安全だと思われていた居住区にアラガミ、それも遭遇例のない大型アラガミが出現した。それも目の前に。もし気まぐれで見逃されなければ2人は……そしておそらくはアリサも命を落としていただろう。
富裕層としてこれまでアラガミの脅威に直面することの無かったアリサの両親は、危機を回避した幸運に感謝すると同時にアラガミに強い恐怖を抱くことになった。これまでアラガミの脅威は対岸の火事のようなものであり、庶民の対処すべき蝗の群れのようなもの……と、どこか他人事に捉えていた2人の価値観は、ディアウス・ピターと名付けられた現実に容易く塗り替えられてしまった。
アラガミは人類が一丸となって対処すべき危難である。
夫妻が抱いたその信念は、連合軍の圧力が消え、極東のゴッドイーターたちの来訪によってもたらされた大量のアラガミ素材を手にした黎明のフェンリルロシア支部の発展を強固に後押しする原動力となった。結果、アリサの生家であるアミエーラ家は、ロシア支部を支持するパトロンとして非常に大きな権力を持つことになったのである。
だからというべきだろうか、アリサがゴッドイーターになると両親に宣言したところ、猛烈な反対を受けることとなった。
親の贔屓目を抜きにしても、アリサは利発であり優秀な娘だった。しかし、わざわざゴッドイーターに成る必要はない。アミエーラ家はロシア支部の人事に口出しできる権勢を得たのだから、最愛の一人娘はフェンリル職員にでもなり、ゆくゆくは支部長となって活躍すればいい。現場だろうと管理職だろうと人類への貢献は変わらない。アリサが危険な現場に出てアラガミに直面することはない。あんな恐怖を娘に味わってほしくない。
両親の反対は真っ当で、合理的で、貴族としても親としても道理のある言葉であり愛情だった。
しかしアリサは頑なだった。とても頑固だった。
なにしろこれまで望むものはなんでも望むままに手に入れ、あらゆる我が儘を通してきたのだ。
だから父の思わぬ反対に非常に立腹した。激おこである。
ギャオオオオオンと泣き喚き大声でばたばたと暴れまわり、ご飯もいらぬおやつもいらぬと三日三晩両親を困らせた。
ゴッドイーターになりたい。それは幼いアリサの視点からはヒーローになりたいという意志と同じである。ゴッドイーターとは世のため人のため、バッサバッサとアラガミを切り伏せ、パァンパァンと撃ち抜くヒーローである。なぜそれがダメなのか、アリサにはまるで分らなかった。
猛烈に反抗した裏には、これまでありとあらゆる我が儘を叶えてきた甘やかされた貴族令嬢としての高慢さもあったが、その奥底には『憧れの人に会いたいから』という可愛らしい秘密が隠されていたことは両親にも秘密であった。その秘密が『直接会いに行けばいいじゃない』と至極真っ当で安直な母の提案を無下にし、アリサを頑なにした。
自力で胸を張って会いに行きたかったのである。
しかし、アリサを溺愛し、甘やかしてきた両親もこのことについては一歩も譲らなかった。なにしろ事の発端がディアウス・ピターというトラウマ。いきなりひょっこり現れた時の『あっ死んだ』感は、高確率で見る悪夢として二人を苛んだ。そしてその度に覚悟をあらたにした。こんな思いをアリサにさせるわけにはいかない、と。
そんな親心もわからず、憧れの人に夢中だったアリサは両親の反対にあう度に絶対にゴッドイーターになるのだ、と決意を固めていった。自主的に訓練をし、アラガミやフェンリルの情報を集め、ついには14歳の時に適合試験を両親に内緒で受けた。そして夢だった神機使い、それもロシア支部初の新型ゴッドイーターとなったのだ。
得意満面の顔で家から出ていきロシア支部の寮に入ったアリサだったが、アリサがやんごとなき家のご令嬢であることは瞬く間に広まった。当然と言えば当然で、アミエーラ家はフェンリル上層部の一員であり、その中でも広大な領土を誇るロシア支部の顔役である。表向きには自分からゴッドイーターとなった『貴族の義務』を体現する立派な娘ともてはやされたが、実態としては腫物のように扱われることとなった。アミエーラの意志を蔑ろにすれば高確率で閑職への辞令か高難度任務が飛んでくるからである。
結果、訓練は生温く、任務に出れば護衛役が付き、事前に厄介なアラガミは排除された。危ないことなど何一つなく守られている。それにはもちろんアミエーラ家への忖度もあったが、アミエーラ家からの要望もあった。アリサを危ない目に遭わせないこと、そのためにロシア支部は奔走する羽目になった。
割を食ったのは現場のゴッドイーターだった。安全で美味しい任務、新人が成長するための難易度の低い任務がご令嬢のままごとのために浪費され、危険な任務を押し付けられる。アリサが華々しく実績を積む裏で、不満を貯めこむ者は多かった。
現実を知らない机上の理論を持ち出す解像度の低さも、潜在能力の高さから生まれた完璧主義能力主義的生意気な発言も、高飛車な態度も、嫌われる要因となった。最初は些細な嫌がらせ、私物が消えたり足を引っかけられたりといった行為から始まり、悪口雑言やセクハラ、任務中の誤射やアリサを置き去りにした任務出発などになり、最終的には不慮の事故の計画が綿密に計画されるところまで行きついてしまった。
アリサは高慢だった。フェンリルからの配慮も、護衛も、アミエーラ家からの嫌がらせと認識していたのである。挙句は一般ゴッドイーターのいじめさえもアミエーラ家からの妨害と捉えていた。全てはアリサにゴッドイーターを辞めさせ、実家に戻らせるための圧力だと。実際、アミエーラ家にはそれが可能な財力と権力があった。定期的に腕輪を封印して実家に戻ってこいという趣旨の手紙も届いていた。来るたびに燃やしていたが、両親との対立とも言える状況に胸のもやもやはなかなか消えなかった。
ただ、アミエーラ家の圧力があるから皆に嫌われている。そう思えば耐えられたのも事実だった。会うたびに舌打ちされても、高級ブランド服にボルシチをこぼされても、一人だけ任務中の会話から省かれても。
それでも、アミエーラの名前とは関係なく実力を示せば、結果を出せばきっとみんなもアリサを認めてくれるだろうから。
──極東支部への転属を支部長に提示されたことに、両親の意向がなかったとは思わない。極東に行きたいとこぼしたことはあるし、配属時にもその意志は伝えていた。……ロシア支部初の新型という建前とアミエーラの立場から認められることはなかったが。
ただ、それは栄転ではなかった。
アリサはまだロシア支部のお客様のままだった。夢に描いたゴッドイーターには成れておらず、みんなに認められてもいなかった。
身の危険があるから。
それだけを理由として濁したロシア支部の支部長の顔には『早く厄介払いがしたい』という表情だけが浮かんでいた。
極東支部への出立を見送りに来た両親とは話さなかった。
アミエーラ家のせいだ、そんな言葉を噛み殺した。それを口にするには、2人の表情は心配の気持ちが溢れていて、流石のアリサも黙ることしかできなかった。
そうしてアリサは、ただ目を背けてヘリに搭乗した。
憧れの極東行きではあったが、嬉しい気持ちにはなれなかった。それでもたしかに希望はあった。極東には『魔弾』がいて、ロシア支部にとって印象の強い伝説の第一部隊がいる。それはアリサの夢の始まりで、憧れそのものだった。実力主義の魔境と噂の極東支部であればアミエーラ家もなく、その威光が届くことはない。だから、色目なくアリサを認めてもらえるだろう。
──残念ながらその思いは裏切られることになったが。
ロシア支部での一年の経験はさほど役には立たなかった。訓練なく現場に立つことができたという意味では有用ではあったが、ロシア支部での戦闘経験と極東でのそれはあまりにもレベルが違いすぎた。オウガテイルを狩れれば一人前、コンゴウ・シユウを狩れて一流。そんな世界基準をよそに、極東では当たり前のようにそれ以上のアラガミが平然と、場合には群れを成して現れる。ロシアでの経験をはるかに上回る過酷な任務を前に、それを当然のものとして順応したコウタ・アキのような新人と実力的には大差がなかったのである。
入隊一ヵ月の新人と変わらない。
その事実はアリサの持つ、自身の才能に対する自信やプライドに罅を生じさせた。何よりロシア支部では唯一無二だった『新型』というポジションが無二ではなかったことも大きかった。むしろ才能や成長性で言えば後輩であるはずのアキの方が上回っているように感じられたことが、アリサの自尊心を傷つけた。しかしそのアキはアリサにとって数少ない無害な相手であり、仲間だった。本人の朴訥な性格もあって、ネガティブな感情を抱くことは躊躇われた。だから、嫌いじゃないけど受け入れがたい。そんな感覚だけを胸に残して、アリサにより成果を求める衝動を強めさせることになった。
なによりも受け入れがたかったのは、ロシア支部では両親の過保護で隠されていたゴッドイーターの性事情だ。セクハラ、淫語を交えた煽り合い、破廉恥なファッション、大胆なスキンシップに果ては性行為そのもの。
それらが平然と、開けっぴろげに行われていたのである。任務中、任務までの道中の車内、ロビーの陰に通路。至るところでアリサの価値観では下品と感じる行為が半ば当然のように行われていた。常識を疑う光景にカルチャーショックという言葉では表せない衝撃を受けたアリサだったが、それが極東に限らずフェンリル全体で同様の状態であると聞いたとき、一瞬帰らないと決めた実家に帰ろうという選択肢が頭を過った。
当初は年齢に見合わぬスタイルの良さと美貌を持つアリサに対する数々のセクハラを正当化するための嘘だと断じたものの、それが虚言でも騙りでもないことはすぐにわかった。ゴッドイーターに関する技術の第一人者である榊博士による説明を受け、サクヤやヒバリといったある程度信頼できる女性陣から解説され、ようやく身の回りの光景をなんとか呑みこむに至った。それでも新型として旧型の持つ強力な性衝動を理解できないために共感をもつには至らなかったが。そのせいで、抑えられない性衝動という建前を立てることで肉欲に耽ることを正当化しているのではないか、という疑いを払拭することはできなかった。何しろ、卑猥な誘いを始め尻や胸へのボディタッチなど、ロシアではありえなかったことである。あまりの常識の違いに、極東民が色欲に塗れているだけでロシアは違う、という固定観念を捨てきれなかった。
両親の仲の良さを当然のものとして育ったアリサには、正しいパートナー以外への愛情表現は汚らわしいものである。ゆえに、当然のように発生するアリサとお近づきになろうとする一般神機使い男性の下心丸出しの誘いには嫌悪感しか抱けなかったし、浮ついた発言を繰り返すコウタやリンドウは恥ずべき人物にしか思えなかった。
アリサは、ロシアを出ても当然のように馴染めなかったのだ。
男性に対しては強い反発と拒絶を、女性に対しては高飛車と感じられる言動を繰り返すことで、アリサは極東でも孤立していった。
それでも、戦果は順調に積み上げられていった。コウタやリンドウとはそりが合わなくても、落ち着いたソーマや妹思いのエリックとは比較的にまともに付き合えたし、サクヤやアキとは信頼できる同性として親睦を深めることができた。第一部隊だけを唯一の居場所とし、それ以外の場所では排斥を受け続けた。
そして、
『馬鹿野郎!アリサ!』
アリサはあの日に至る。
堂々巡りの自問自答。その苦悩を原因とする戦闘中の思考停止。
それらはアリサの思考から明晰さと選択への自信を奪い、上官の指示に従うことを良しとしない独善を生み、最悪の状況へと導いた。
──教会での新種との戦闘、リンドウに突き飛ばされ自分が尻もちをつくまでの刹那に、バレットの光彩が教会の天井に着弾するのが見えた。
──それはきっと不慮の事故、を装ったなにか。
……ああ、私は繰り返した。
そう思ったのだ。
◇
まるで霧が晴れたみたいな、そんな気持ちです。とアリサは述べた。
「私じゃない、私のせいじゃない……なんて、バカみたいですよね。私のせいで、リンドウさんは窮地に陥ったのに。そんなの、私がリンドウさんを殺したのも同然です……」
それは違う、とアキはフォローした。
たしかにアリサの失態はある。戦闘中の棒立ちや指示に従わなかったことがリンドウを窮地に追い込んだのはたしかだ。
だが、それ以前に任務中のアリサの様子がおかしいことは明白だった。アナグラ内ではアリサが精神的に追い詰められる状況にあった。それらの問題を解決せず、アリサの異常を放置したのは、上官としてのリンドウのミスだ。リンドウはそもそも任務に出さずに休養を取らせるか、アリサの様子がおかしい時点で撤退させるべきだった。不測の事態であればなおさらだ。つまりリンドウの判断ミスが大きいと言えるだろう。
「仮にそうだとしても、私の失態が帳消しになるわけじゃないですよ……。でも、そう言って頂けると、少しだけ心が救われます。最低ですね、私……」
アリサは力なく俯いた。
華奢な手で拳を握るも、その体は小さく震えていた。
「バカみたいです。こんなことならお父さんとお母さんの言うとおり、ゴッドイーターにならなければよかった。『極東の魔弾』……勝手に憧れて、周りなんかろくに見ないで振り回して……それで嫌われて追いつめられて。それなのに、失敗から学ぶことも出来ずに、同じことを繰り返した。みたいじゃなくてバカそのものです。私みたいな向こう見ずな小娘なんて、ゴッドイーターに向いてなかった。結果さえ出せば、なんて希望に縋って仲間を死なせるなんて、無能もいいところでした。……憧れだけじゃヒーローにはなれなかった」
ぽたぽたと手の甲に涙が零れ落ちていく。
そんなアリサをアキは抱きしめる。
アリサは自分を卑下するが、アキにはそんな風には思えなかった。アリサはいつも一生懸命だった。アキの苦手な書類仕事も、嫌そうな顔をしながら手を抜かず細部まで教えてくれた。任務では誰よりも果敢で臨機応変な神機使いだった。アリサは尊敬すべき立派な先輩である。ただ、ちょっと潔癖すぎて周囲と上手くいかず、上官のフォローをろくに受けられず追いつめられてミスをしてしまっただけの、ただの15歳の(下乳が大変魅力的な美)少女だ。
「……あたたかい。……思えば、あなたはいつもそうでした。あれは、やっぱりあなたの記憶だったんですね。親もいない大変な境遇なのに、自分じゃない誰かを優先して。食事も寝床も手に入れたらすぐに他の誰かに渡してしまう。あなたみたいなお人好しがその年まで生きられたのはきっと奇跡ですよ。…………ちょっとエッチなのが玉に瑕ですけど…………」
アキは顔を真っ赤にした。
その言葉で理解に及んだのである。アキがアリサの記憶を覗き見たように、アリサもまたアキの記憶を垣間見たのだ。路地裏での日々やゴッドイーターとなってからの日常だけでなく、可愛い女の子を見るたびにエロ評価をしたり、任務から帰る度にデータベースでオナネタを漁りまくるお盛んなスケベ処女であることがバレてしまったのだ。
見られたくない記憶を覗いたのはお互い様ではある。しかしとんだ羞恥を晒してしまったアキは目を逸らした。
アキはいつも生きるのに精いっぱいだっただけだ。だから悪くない。エッチな恰好で動き回るゴッドイーターたちが悪いのだ。アリサだって時々ステップ途中でパンチラしたり乳輪をチラ見せしたりする。股間に悪い格好だ。新型だって性欲はあるのだし、ついついオナニーに耽っても仕方ない。
自己正当化に勤しむアキの内心をよそに、アリサは抱きしめる力を強めた。
「……お願い。もう少しだけ、このままで…………うぅ……うっ……ぐすっ……」
アキは抱く力をほんの少しだけ強めた。
今度は触れ合っていても、アキとアリサの間に記憶の交流が発生することはない。それでも二人の間にはたしかに、温かな感情と鼓動が伝わっていた。
霊代アキ(15) [2]
根本的に善人であり、そのために路地裏で得た食料はさらに年少の子に気前よく分け与えてしまう。そのせいで常にお腹を空かせていた。公式無職だったが、アラガミのいるフィールドに遠征して資材を回収することで資金を調達していた(なおめちゃくちゃぼったくられていた模様)。空腹と子どもを養うのに限界を感じたことで入隊を決意、適合試験を受けた。おかげでお腹いっぱい食べられるようになり幸せ。今でも稼いだお金はご飯に換えて子どもたちに分け与えている。
どんなに辛くひもじくても悪事には手を染めず、安直に売春をすることなく、自分に出来ることを貫いた。だからこそ路地裏の誰もが彼女を慕う。
それはそれとして性に強い関心を持っており、暇な時間はアナグラ内で新鮮なオナネタを探してあちこちを探索し噂話に耳を傾けている。無口だから気付かれていないオープンスケベ。NORNのデータベースから人類の叡智を発掘することに余念がない。しかし性行為には気後れがあり(というかそういう行為は恋人とするものだと信じているので)、それが最後の一線となって彼女の処女を守り続けている。たぶんそのうちホムラに破られる。