第一部隊のリーダーとしても、第七部隊のキグルミ5としても板についてきた頃、アキはまたも支部長に呼び出され直々にお褒めの言葉を貰った。
キグルミも最初こそ違和感はあったが、意外にも着心地は悪くなく、空調完備、視界も確保されておりアラガミ素材性であることもあって防御力も高い。加えてキグルミで街をうろつく行為には、露出とは別の快感があった。新たな性癖の扉を開いたおかげで、アキの順応は非常に素早いものとなった。
それによってアキはキグルミ5として破竹の勢いで成果を上げ、結果的に支部長の期待にも応えることになったのである。
エイジス計画……残された人類を全て収容可能なアーコロジーを日本近海に建設するプロジェクト……が最終段階に入った、と知らされたのは信頼の証だろう。大仰なリアクションの支部長にオーバーだなぁという感想を抱いたが、財布は分厚くなったのでヨシ!気にしない!ということにした。そんなアキの近頃の悩みはそろそろ処女捨てたいけどイイ感じの相手がいないなぁ、この金で風俗行こうかなぁ、という不埒なものである。──なお、思考回路を共有したアリサにはバレバレであり、最近は密かに行動をチェックされたりしていた。
「キミは好奇心旺盛なほうかな?」
そんな帰り道のことである。急な来客が来たとのことで支部長室を追い出されたアキは、アラガミ講座でもはや顔なじみともなった胡散臭い眼鏡こと榊博士とすれ違った。意味深な言葉を囁かれ、振り向いたアキの目に廊下に落ちたデータディスクが映った。状況的に博士の持ち物だろう。今すぐ行けば博士に渡すこともできるだろうが……それにしては先ほどの言葉が気にかかる。
結局アキはディスクを部屋に持ち帰ることにした。
◇
「最後の確認だ。考え直すつもりは無いのかい?」
「計画は最終の段階に近づきつつある。もう止められんよ……君にも、笹木くんにも」
「そうかい……じゃあ君にいい知らせだ。……これまでにない強力なオラクル結合を持ったコアが旧イングランド地域で見つかったらしい」
「わかった、暫くの間ヨーロッパに飛ぶ。留守を預かってもらえるかな」
「さて、笹木くん。出張に同行してもらおう。ああ、もちろん神機も忘れずに」
『了解です、ボス』
◇
『このディスクを拾われた方は、ペイラー・榊の研究室まで届けてください。……まさか中身は見てないよね』
ディスクの中身は映像だった。その最後にこんな文章を仕込む辺り、底意地の悪さが透けるようだ。
──映像の中身は、おそらくゴッドイーターに仕込まれるP53偏食因子の開発記録……その前提であるP73偏食因子とその人体投与に関しての映像であり、そこには今よりも若いヨハネス・フォン・シックザール支部長とペイラー・榊博士、そして支部長の配偶者らしき女性が映っていた。
内容をあまり理解できなかったので、拾った単語をデータベースで検索にかける。
P73偏食因子、マーナガルム計画。
一般に開示された文書とリーダー昇進によって開示された機密文書、それぞれの中に情報はあった。それによってアキは第一部隊の仲間であるソーマの出自を知る。ヨハネス支部長の一人息子であり、胎児の段階でP73偏食因子を投与された最初のゴッドイーター。それらの原因となった人体に偏食因子を投与するプロジェクト、マーナガルム計画と彼の母親を襲った悲劇。
「いやー、ごめんごめん、君が拾ってくれたのか!助かったよ。もちろん、中身は見ないでおいてくれたよね?……何のことはない、若き日の苦い過ちさ」
ディスクを榊博士に返却したアキは映像に関する補足説明を受け、ソーマ・シックザールに対する認識を今一度改めることとなった。第一部隊での彼は厳しいところもあるが頼りがいのあるタフな先輩である。その悲劇的な過去を知れば、歪んでいないことが奇跡のようにさえ思えた。……おそらくそこには『魔弾』やエリックといった友人の影響も大きいのだろう。榊博士の補足も同様だった。
ただ、それでもわからなかったのは、榊博士がこの情報をアキに与えた理由である。
なぜ、ソーマのことを『今』教えたのか。最近の活躍とも無関係ではないだろうが……。まさか博士に正面切って聞くわけにもいかない。
「そうだ、ちょうどいい。実は……君にお願いがあってね。──とあるアラガミのコアを入手してきて欲しい。出張中の支部長に頼まれてる仕事なんだ」
……これが本題か、とアキは直感した。
「支部長や教官にはもちろん、他の皆にも口外無用だよ」
いつの間にか詰め寄っていた榊博士が釘を差す。……支部長に頼まれている仕事が支部長に口外無用なんてバカげた話だ。背信を促されているのでは、と考えたが、その魂胆が読み取れない。アラガミのコアを探すことがどう支部長への背信になるというのか。とりあえず様子を見よう、とアキは頷いて見せることにした。
「実は、ソーマとエリック君には以前から同じお願いをしているんだ。彼らと協力して何とかしてほしい。……ソーマのことをよく知った今なら、物怖じしたりせずに接することができるだろう?」
……アキは首を傾げた。
ソーマは頼りがいのある良い先輩だ。物怖じなど初めからしていない。何なら、出会ったその日には食事を奢ってもらったくらいである。
「…………どうやら、いらない気遣いをしてしまったようだね。さっきのは忘れてほしい。…………まあとにかく、よろしく頼むよ」
言い訳をするように眼鏡を押し上げた榊博士を見て、アキはなんとなく彼の性格を掴み始めていた。──あれ、この人、状況と言動と服装が胡散臭いだけでいい人なのでは。
数日後、榊博士の呼び出しを受けたアキは特別な頼み事、と称したミッションの内容を聞き出していた。
「今日の特務にはサクヤくん、アリサくん……それにコウタくんを連れて行ってもらう。……ああ、大丈夫。特務ではあるけど、書類上は君は別の任務に赴いていて、第一部隊の方は第一部隊で任務を受注しているように偽装しているから」
さらっと不法行為を告げられたアキは、やはりこの人黒幕なのでは?と訝しんだ。なんの黒幕かは知らないが、とにかくなにかの黒幕のはずだ。
今すぐヒバリに相談……いや教官に報告、それとも上に告発……と悩みながらも、苦渋を飲んで任務に出立した。まあ、裏切るのはいつでも出来るだろう、という楽観ゆえの判断である。それよりも榊博士が何を目的としているのか、それが気にかかったのだ。
シユウを倒したアキはいつも通りコアを摘出しようと神機の捕食形態を展開させた。
特務のわりに楽な任務だったな、と思い、ああ今日は仲間がいるからかと腑に落ちた。内容自体数段落ちる難易度だったが、それ以上に仲間のサポートがあることの差異が大きい。その有難みに感謝して、いただきますと言葉には出さずに呟いたそのとき、
「それ、ちょっと待った!」
ここにいるはずのない人物の声を聞いて、一瞬思考が停まる。声の思惑通り捕食を保留し、解除したアキは振り返り、制止の声を上げた人物──ペイラー・榊博士の姿を視界に収めた。博士はソーマとエリックを護衛らしく左右に伴っており、単なる思い付きでこの場に現れたわけではなさそうだった。
なぜ、と当然の疑問を口にする第一部隊員をよそに、
「説明は後だ。とにかくそのアラガミはそのままにして、ちょっとこっちに来てくれるかな?」
任務の説明といい、状況といい、明らかに不審さを拭えない榊博士ではあったが、その声の真剣さとなにより支部長代行という立場の人間が危険を冒して現場に現れたその異常事態に何かを感じたのか、物陰に隠れようとする榊博士の後にアキたちは続いた。
数分ほど待った。
何も言わず懐中時計を眺め続ける榊博士に言葉をかけることが躊躇われ、待ち続けたアキたち。
「来たよ!」
その言葉に反応し博士の視線の先を見たアキの目に入ったのは、人影だった。
満月の光に照らされ、シユウの死体に近づく小さな人影。ボロボロの衣服を身に纏い、アキにどこか路地裏で孤児として生きていたころの自分を思い起こさせた。が、明らかに様子がおかしい。時刻は真夜中である。こんな時間にアラガミがうろつく土地を、それもアラガミの死体に向かっていく者など、孤児でも放浪者でもありえない。アラガミの死骸にアラガミが群がることは常識であり、危険を避ける人々が真っ先に警戒する対象だ。
警戒心と共に武器を構えたアキ、それに追随して部隊員が構える。
人影がシユウに触れた瞬間、全員一斉に飛び出し、その人物を取り囲んで武器を突きつけた。
「オナカ……スイタ…………ヨ?」
どこか違和感を覚える少女だった。肌から髪に至るまで大理石から掘り出したような白さで、幽霊と見まがうほど血の気に乏しかった。それでいて手足はシユウの血に塗れ真っ赤である。表情だけは唯一子どものように無邪気で、だからこそ異質なものを感じさせる。
「ええーっと……博士……っこ、この、この子は……????」
恐怖と混乱に陥ったコウタが当然の疑問を博士に突きつける。
「そうだね。立ち話もなんだし、私のラボで話すとしようか。──キミも、一緒に来てくれるね?」
「イタダキマス!」
「……………………」
「イタダキマシ……タ?」
「「「「え~~~~~~~~~~~~!!!?」」」」
「何度でも言おう、この子はアラガミだよ。ただ、よほどお腹が空いているでもなければ、人を食べることはないだろう」
白い少女。
幼子のように床に座る彼女を、榊博士はアラガミと呼んだ。
アキたちは驚きを隠せない。薄々察してはいたものの、見れば見るほどその言葉を信じられなかった。なにせアキたちが抱くアラガミのイメージとかけ離れ過ぎていた。コミュニケーションの通じない、人を見れば猛然と襲い掛かり捕食する、火や氷・雷といった現象を操る神のごとき超常の怪物。それがアラガミである。
しかし目の前の少女は人を襲わない。護送中も一度も暴れず、むしろどこか楽しげだった。意味を理解しているとは思えないが、片言の言葉を使い話しかけてくる。とてもアラガミとは思えなかった。
「この子の偏食はより高次のアラガミに向けられている。つまり我々は既に食物の範疇に無いんだ」
偏食、それはアラガミの有すオラクル細胞すべてがもつ捕食の傾向。アラガミは食事のために捕食を行うのではなく、捕食を通して進化を遂げている。その過程で何を捕食対象とし、何を捕食対象としないか選択する。偏食という性質は神機というアラガミが神機使いを捕食しない理由であり、装甲壁がアラガミの攻撃を防ぐことのできる理由である。
その性質として少女は人間を捕食しない。
人間の姿をとり、人間のように動き、しかし人間を捕食しない。ある意味では『人間』というアラガミ……そう呼べるのかもしれなかった。
──ふと、ソーマの背筋に戦慄が走る。
『例えば、人の姿をして、人みたいに考えて話して、そして人を食べない……そんなアラガミがいたら』
──人を食べないでいてくれて、同じ思いで話せるなら、たとえ人の姿をしていなくてもいいんじゃないかって。
──『自分は人間だ』……人間であろうと望むなら、どんな存在だろうと『人間』なんだと僕は思うんだ。
天啓のように蘇ったのは、ある日の記憶。人生で最も光り輝く思い出。アラガミと呼ばれ、自らを否定し続けた自分を変えた親友の言葉である。
あの日、ソーマは自分のことだと受け取った。自分は人だ、そう信じる限り……信じてくれる人がいる限り、自分は人間なのだと。例え肉体がアラガミのようであっても、心が人であるならばそれは疑いようもなく人間だ。その透き通った論理に受けた衝撃が、今日のソーマを形作った。
しかし、ソーマの目の前にいる少女…………『人間』というアラガミを前提にすると、あの日の言葉はむしろ彼女のことを指していたのではないか……?そんな風に思えてしまう。ある意味で、ソーマは『アラガミ』として生まれた人間だ。合わせ鏡のようにソーマと少女は正反対のようでいて、境界線という意味では同じ立ち位置にいる。
『人の姿をして、人みたいに考えて話して、そして人を食べない』……そんなアラガミがたしかに目の前にいる。そして自分がその論理によって人間として肯定されたのであれば、彼女もまた人間として肯定されるべきだ。
少なくとも、ソーマは、ソーマだけはその論理を否定できない。……だからこそ恐ろしい。
「アイツ…………いったい何を知っていやがった…………?」
当時、11歳の少年だ。目の前のアラガミ少女の存在を知っていたとは考え難い。
ただ、不気味なまでに状況だけが符合している。ソーマはここにいない幼馴染を問い詰めたい気持ちでいっぱいになった。──支部長に追従してヨーロッパに出張していなければ今すぐにでも博士の研究室を飛び出していただろう。
「──この子の件は、私と第一部隊だけの秘密にしておいてほしい。……まさか、天下に名立たる人類の守護者ゴッドイーターがその前線拠点たるアナグラにアラガミを連れ込んだ、なんて醜聞を作るわけにはいかないだろう?」
ハメられた──!!
と、その言葉によって第一部隊の面々はようやく気付いた。研究対象、人型のアラガミ。そういった言葉に流されていたが、そもそもアラガミをアナグラ内に故意に連れ込むことはどう考えても重罪である。そして、言い方からして榊博士は極東支部に許可を取ったうえで少女を連れ込んだわけではないようだった。つまり、第一部隊は意図せず榊博士の共犯に仕立て上げられたのだ。これで一蓮托生、もしアラガミ少女の存在が明るみになれば連座で第一部隊も処分されることになる。この弱みによって、むしろ第一部隊は事が露見しないように細心の注意を払わなければならなくなってしまったのだ。
その後は解散となり、それぞれ休息を取り始めたが、アキの疑念と疑惑は色濃くなるばかりだった。あからさまな反逆者ムーブ……やはりあの人、黒幕なのでは──?
◇
「さて……人が神となるか、神が人となるか、競争のはじまりだ」
◇
シオ。
ソーマによってそう名付けられた少女は凄まじい速度で人間を学習していった。言葉を覚えたことでターミナルを使えるようになると、アニメや漫画をはじめとするメディアを通してさまざまな知識を習得した。それによってアリサの通信端末を奪ってメールを送信したり、アリサの端末になぜか保存されていたアキ秘蔵のオカズ映像に触れてしまったことで偏った性知識を身につけてしまったりといった事態もあったが、多様な情報に触れることで加速的に人間性を獲得したのである。衣服を嫌がりすぎて脱走するなどの珍事もあったが、おおむね人らしく成長した、と言える。
シオは人懐っこく、誰とでも仲良くなることができたが、特にソーマとは特別親しく接していた。名付け親という立場もあったが、そもそも名前を付けた時点でソーマもまんざらではない様子だったことは想像に難くない。特に二人きりで音楽を聴いていた、という事実にエリックは驚きを見せていた。10年来の幼馴染以外にはありえない態度である。それほど、ソーマが他人を懐に入れる姿は珍しかった。
それにはソーマ自身、かつてのホムラの言葉が印象に強かったこともあるだろう。人であろうとする者を、人として肯定する。その姿勢を誰よりも率先したのはソーマであった。もしシオがアラガミとして暴走するようなことがあったら止められるのは同胞と言える自分だ……という思いもあり、ソーマは第一部隊の面々に先駆けてシオに辛抱強く接することを心掛けていた。そしてシオの存在を人として受容するソーマの態度に、知性を持ちながら食うか食われるかの野生を生き抜いてきた過去を持つコミュニケーションに飢えたシオもまた、特別に懐いたのである。
シオが成人に相当する情緒と知識を獲得し、同時に欧州支部に出張していた支部長が帰還したのは、三月の末頃のことだった。
支部長に呼び出されたアキは労いと称賛の言葉を受けた。しかし、それだけだった。支部長のいない間にシオ……アラガミをアナグラに連れ込むという不法行為を犯すこととなったアキではあるが、それが露見している様子でもなさそうだった。……一瞬、博士の怪しいムーブを密告しようかと考えたアキだったが、それをすればシオはどうなるか。シオの無垢な笑顔は既にアキの癒しである。それに無知シチュも乙なもの……アリサを通して間接的にシオへと尖った性知識を植え付けることに成功してしまったアキは新たな性癖に目覚めていた。同時に微笑ましく関係を深めていくソーマ×シオの推しでもあった。守りたい、あの無垢な笑顔…………とそれを穢す背徳感……。そんな風にアキは密かに欲望をたぎらせていたのである。そのため、榊博士の告発が行われることは無かった。
その翌日のこと。
ロビーに召集されたアキは第一部隊と共に次なる任務の説明を受けていた。
「今回のターゲットから……前リーダーの腕輪らしき信号が確認された」
躊躇いがちなツバキの説明に、かつて遭遇した白いヴァジュラの姿が思い浮かぶ。文句なく強敵だが、今の自分たちであれば……戦力・経験共に申し分なし。そう判断したアキが一人頷くと、サクヤとアリサが顔を見合わせて頷き合う姿を目にした。……仲間に入れてくれてもいいのに。
『プリティヴィ・マータ』と名付けられたヴァジュラ神属のアラガミは空振りだった。その際に現れた黒いヴァジュラを目撃した第一部隊は再度リンドウの腕輪信号を待ち続け、そのアラガミ『ディアウス・ピター』を贖罪の街にある教会で仕留めることに成功した。ディアウス・ピターの死骸からはリンドウの神機と腕輪が発見され、これによって正式にリンドウの殉職が認定されることとなった。
『恋人の形見』としてリンドウの腕輪を持ち帰ったサクヤは、アリサとなぜかついてきたアキを伴ってディスクの腕輪認証を解除した。中に納められていたのは人類救済計画として進められている『エイジス計画』を隠れみのに進行しているという『アーク計画』という謎の計画についての調査報告書だった。詳細は不明だがフェンリルの関係者が名簿に名を連ねており、最後にはエイジス島に侵入しようとしていたリンドウの手記で終わっていた。
「このことは忘れましょう。私も忘れるから…………この件の裏には極東支部の誰かが関わっている。そいつはもしかしたらターミナルやこの部屋の状況すら監視しているかもしれないわ」
「サクヤさん…………」
リンドウを死に追いやった謀略をサクヤが忘れるというのであれば、残るのは恋人を失った悲しみだけだ。
食い下がろうとするアリサをアキは止め、そのまま2人は退出した。
──アリサは退出する間際、覚悟を決めたように強張ったサクヤの表情を見た。
ナレ死するピター君。
この小説にアラガミの出番は(ほぼ)ない。