※この作品はR-18です。

陽はいつでも昇る   作:KKS

1 / 13
はじまりの声

 ――やっと、……た。わたしの……まに。

 少年の頭の中に、途切れ途切れだが女性の声が響く。それは夢なのか、それとも……。

 

「廣明(ひろあき)お兄ちゃん、朝だよー?」

 

 部屋のドアの開く音と共に、飛び込んでくる先ほどのものとは違う少女の声。こちらは顔を見ずとも呼ばれた少年・桂木廣明には誰なのかわかっている。

 

「もうそんな時間か。わざわざありがとな、なのは」

 

 ゆっくりと身体を起こし、声の主のほうを向く。そこには、小学校の制服を着用したなのはという少女がいた。廣明は起床に失敗して場合に備えて合鍵を彼女に渡しておいたのだが、今日はそれが功を奏したようだ。

 なのはは普段通りに薄いピンク色のリボンで、両サイドに垂らした髪を束ねている。それが身体の動きに連動するように、上下にはねている。

 

「早くしないと、朝ごはん冷めちゃうよ」

 

 急かしてくるなのはに従って、廣明は高校の制服に着替え始めた。なのははそれを微妙に顔を赤くしながらも、興味ありげに時々目を向ける。着替えと洗顔を済まし、準備してあった鞄を手に取ると廣明は家を出た。

 向かう場所は少年の家に隣接している高町家。高町なのはは、ここの末の娘であった。

 彼の両親はすでに他界している。それから親代わりを請け負っているのが、以前から付き合いの深かった高町士郎と桃子の夫妻であった。生粋のお人好しともいえる高町夫妻は基本的に、週3回以上は一緒に食事をするということを家族を亡くした少年と約束した。とはいえ、桃子の作る料理は美味い。なので実際、彼はほとんど毎日お世話になっていた。

 

「おはようございます――」

 

 高町家の玄関をくぐって挨拶をすると、奥から士郎が出てくる。

 

「やあ、今日は珍しく遅いじゃないか」

 

「ええ、少し変わった夢にうなされまして」

 

 廣明は今朝の夢を、簡単に説明した。普通ならばすぐに内容など忘れてしまうものだが、やけにはっきりと例の声が脳裏に焼きついていた。

 

「そうだったか。なら、なのはを行かせてよかったみたいだな」

 

 そんなことを話しながら、彼らは食卓へ向かう。テーブルには、サラダ・炒り卵・ハムに焼きたてのトーストという朝の定番といえるメニューが並んでいた。そこには桃子の他に、高町家の長男・長女である恭也と美由希が席についていた。2人にも挨拶を済ませ廣明は自分の椅子に座る。彼の席は、なのはの隣と決まっている。いつのまにかそこが彼の指定席となっていた。

 

「いただきます」

 

 早速、美味しそうな朝食に手をつける。どれもシンプルながらも、作り手のレベルの高さがわかるものであった。何気なく隣を見ると、なのはの頬に卵の欠片がついたままになっていた。廣明はそれを指で摘み取ると、自分の口に放り込んだ。

 

「ふにゃっ! お、お兄ちゃん、ありがとう」

 

 恥ずかしそうな仕種をするなのは。周りを見ても、高町夫妻はまだまだ新婚のような甘い雰囲気を出しているし、恭也たちも和やかそのものだ。そんな光景に廣明はしみじみと平和だなあと思いながら、まだ温かいトーストにかじりついた。

 

 

 

 廣明たちは食事を終えると、それぞれの日課に行動を移す。

 高町夫妻は自ら経営する「喫茶・翠屋」の開店準備に。恭也は大学、廣明と彼より学年の1つ上の美由希は高校、なのはは小学校へ向かう。廣明となのはは同じ聖祥大附属の学校へ通っているので、だいたい朝は一緒に登校している。

 いつものように停留所からバスに乗ると、なのはを呼ぶ声が2つ。月村すずかとアリサ・バニングス。どちらも、なのはの大親友といえる子たちである。

 

「廣明さん、おはようございます」

 

「今日も相変わらず無駄に元気そうね」

 

 どちらも裕福な家のお嬢様なのだが、気質は正反対のようで、アリサのほうはよく年上の少年に突っかかっていた。

 

「ったく……。アリサよ、すずかちゃんみたいにおしとやかにしないと男子にもてないぞ?」

 

「べ、別にいいもん! それといつも思うんだけど、なんですずかだけ"ちゃん"付けなのよ!」

 

 その質問に、廣明はいたって冷静に「アリサはお嬢様っぽくないから」と答える。それと同時に、隣に座っている彼のすねを強烈な蹴りが襲った。

 激痛に悶絶する廣明を無視するように、アリサは2人と話し出す。廣明はすずかとなのはに視線だけで労わられながらという、情けない状態でバスに揺られていた。

 

 ◇◆◇

 

 一日の授業が終わり、生徒たちは帰路につく。そんな中廣明は、校門で待っていたなのはたちと合流した。今日は3人とも塾に行く日なので、そこまで送ったあとは翠屋の手伝いをする予定であった。その道中、なのはがあるものをみつけた。

 

「ねえ、この子怪我をしてるみたいだよ」

 

 なのはが見つけたものとは、負傷して動けなくなっている動物だった。彼女は動物をそっと両手で抱え、廣明たちに見せる。確かに、全身に擦り傷などの痕があり、気を失っているようだ。このままではいづれ力尽きてしまう可能性が高い。

 

「よし、こいつはおれが病院に連れて行くよ。お前たちはこのまま塾に行ってくれ」

 

 廣明は心配そうななのはから動物を受け取り、優しくその頭を撫でた。するとなのはは安心したように表情を綻ばせる。彼は3人が塾に向かったのを確認し、動物病院へ向かう。到着した病院で、早速胸の中の動物を診察してもらった。

 結論から言えば、命に別状はないらしい。ただしフェレットに似た形状だが、病院の先生にも種類がわからないという話だ。

 とりあえずフェレットと呼ぶことになったが、その首元にはそれぞれ赤と青の珠がついた首飾りと腕輪の2本がかけられていた。もしかしたらそれがなにかの手がかりとなるのかもしれないが、ひとまずフェレットは病院で治療してもらい、廣明は翠屋に行くことにした。

 

  ◇◆◇

 

「なのは、とりあえずフェレットは病院に預けてきたからな」

 

 家に帰ってきたなのはに、廣明は事情を説明した。動物が無事だと聞いたなのはは、ほっと息をつく。

 

「わかった。それじゃあ明日、すずかちゃんとアリサちゃんとお見舞いに行くね」

 

 その夜の食卓は、謎のフェレットの話題で持ちきりだった。美由希もいたく興味を示し、なんなら家に連れてきてほしいと言うくらいであった。

 

 

 

 ――ある……ま、た……て……!

 また、頭の中にあの声が聞こえる。しかも今度は夢ではなく、少年の意識がはっきりしている状態でだ。さすがにここまでくると洒落にならない症状であった。

 なにかに駆られるように少年はそのまま衝動的に家を飛び出した。声が呼んでいるほうを目指し、ひたすら走る。途中、あのフェレットを預けた病院の壁が吹き飛んでいるのを目にした。焦りを募らせながらも、ようやく声の呼んでいる場所にたどり着く。そこで目にしたものは――。

 

「おいおい、こいつは冗談きついな……」

 

 そう言うしかない状況が、廣明の眼前にあった。しかも、あのフェレットを肩に乗せている見知った少女がそこにはいた。

 

 

 今、廣明の目の前にはとてもこの世のものとは思えない化け物と、一見制服と似ているが様々な装飾が施された服を着用したなのはがいた。はっきり言って、この異様な状況に廣明の常識的な思考は混乱しかけている。だが、明らかに危険な物体の前に、なのはを置いて逃げるという選択肢はない。

 

「なのは、一体どうなってる!」

 

「え、お兄ちゃん!? どうして……」

 

 なのはがおれに気を向けた瞬間、化け物が触手を伸ばし、無防備な彼女を襲う。廣明が声を上げるよりも早く、触手はなのはに到達した。

 

「なのはーッ!」

 

 もうだめかと思った時、強烈な光が発生する。なのはは、桜色の光の障壁により身を守られていた。化け物が混乱している隙に、廣明は彼女の傍へと駆け寄った。すると、あの声がより鮮明に聞こえてくる。

 

『主さま、わたしに触れてください!』

 

 その声に導かれるように、廣明はフェレットの持つ腕輪に手を伸ばす。珠の色は澱んだ青。少年の指がゆっくりと珠に触れる。すると珠から光があふれ出し、少年は不思議な感覚に襲われる。

 

(なんだ、この感覚……。頭の中に情報が流れ込んでくる。魔法、デバイス……。お前の名前、ライジングサンっていうんだな)

 

 どうすればいいのかを理解したように、少年は腕輪を左腕に装着した。

 

「――我ら、今ここに出会う。穢れなき魂を炎と変え、暗き邪悪を討ち払え。昇れ、黎明の使徒・ライジングサン!」

 

 起動パスワードを唱えると共に爆発的な光が少年を包み込み、心の闘志を燃え上がらせる。

 少年の意思を受け、自動的に装甲が構築される。やがて光が収束されていき、その中央に彼は立っていた。

 

「おお、こいつは……」

 

 廣明の左手には、大きな篭手のような武器が装着されていた。肘の辺りまで包み込んでいる大柄な代物であるが、不思議と重さはない。そして丈の長い緋色の外套の内側には、上半身を覆う頑強そうな漆黒のボディアーマーが生成されている。アーマーには傷のような真紅の線が幾筋も走っており、呼吸をするように点滅を繰り返していた。下腹部を包むズボンはブラック調で、ブーツも足によくフィットしている。試しに屈伸をしてみると、伸縮性も悪くなかった。

 

『あうう……ぐすっ……』

 

 腰に巻きつく銀色のベルトのバックル部分に、さっきより透き通った青色の珠・ライジングサンが装着されていた。しかし、彼女?は泣いていた。

 

「どうした?! おれはお前だけが頼りなんだぞ!」

 

『あ、えと、申し訳ありません! わたし、ようやく主になる方と出会えて感動してしまいました』

 

 廣明がライジングサンに抗議する中、なのはとフェレットは呆然としていた。その時、油断していた廣明を化け物が襲う。

 

『やらせません!』

 

 なのはが使ったもののように、廣明の目の前に黒色の障壁が現れる。激しくぶつかり合い、障壁に触れた部分の触手は消し飛ばされていた。すごい、としか形容のしようがない。

 

「いける、これなら」

 

 急に言葉を話し出すフェレット。廣明はもうなにが起きてもあまり驚く必要がないように思えていた。それだけ一時に、色々なことに出会いすぎたからである。

 フェレットの話によると、あの化け物の名前はジュエルシード。なのはの持つ杖、レイジングハートはそれを封印することができるということだ。ならば、と彼は自分を奮い立たせて化け物を正眼に据える。

 

「ライジングサン、あいつに一撃いれるぞ。なのはは封印よろしく!」

 

 そう言ってすぐ、化け物に向かって突撃する。ライジングサンは驚きながらも、魔法で主の身体を強化する。化け物に向かうと、数本の触手が空気を切り裂きながら廣明に振り下ろされる。障壁で防ぎつつ、他は左腕の篭手で打ち払う。

 ついに懐に飛び込むと、全力の正拳突きを化け物に叩きつけた。

 

「オオオオッ!」

 

 その衝撃で、化け物は叫び声を上げながら行動を停止する。そこへ殺到するレイジングハートから伸びる無数の魔力の紐。

 さらに杖先から発射された桜色の光線が、魔力の紐に拘束された化け物を襲う。光が収まると、そこには小さな宝石が残されていた。なのはがレイジングハートでそれに触れると、音声と共に見事に回収された。

 

 

 

「で、なんだが」

 

 廣明たちは先ほどの場所から離れ、一旦公園で話し合いをすることにした。とにかく情報が必要だった。魔法のこと、あの化け物のこと、そして――。

 

「お前は一体何なんだ?」

 

 フェレットを摘み上げ、半ば強引に話を切り出す。まず踏み込んだのは、冷静になればなるほど怪しいこの動物の正体からであった。

 

「僕の名前はユーノ・スクライア。スクライア一族は、発掘を生業としています。あのジュエルシードを

掘り当ててしまったのも僕なんです」

 

「そんな姿で発掘はどうやるんだ?」

 

 そんな率直な質問を廣明がぶつけると、驚いたようにユーノが声を上げた。

 

「説明がたりませんでした。今の姿は仮のものなんです」

 

 ぴょん、と彼の手から離れると、ユーノの身体が光を帯びる。すると、なのはと同年代と思わしき少年が姿を現した。だが、ユーノはすぐに地面に膝をついてしまう。

 ユーノはそれから、フェレットの姿をとっていたのはあの化け物との戦いで負った傷を癒すためであり、エネルギーの効率を良くするためだと話した。そしてまだ力が戻りきらないため、この姿でいるのは厳しいと説明してくれた。

 

『ユーノさん、 それなら主さまに魔力をお分けしていただけばよいのです』

 

「そんなことができるんだな。いいぞ、やってくれ」

 

 ライジングサンの提案に廣明は即答する。すると、左腕に付けている腕輪から光の塊が放たれ、ユーノの身体に吸い込まれていく。

 

「魔力が戻った……。それより、あなたのほうはなんともありませんか?」

 

「いや? さっきとほとんど感じは変わってないな」

 

 かなりの魔力が自分に譲渡されたため、ユーノは彼の身体を心配したようである。普通はこれだけの量を素人が一度に失うと、気絶してもおかしくないレベルだとユーノは言った。それを聞いた廣明が腕輪に向かって文句を言うが、デバイスは――主さまはこのくらいでどうにかなるような器ではありません――と嬉しそうに応じていたのであった。

 

「それで、ユーノ君はジュエルシードっていうあの宝石を集めているの?」

 

 なのはの質問にユーノは深くうなづいた。どうやらユーノは、あんな危険なものをたった1人で集めようと考えていたようだ。頭の中で情報を整理している廣明の隣で、なにかを言いたそうになのははうずうずしている。 

 

「なのは、ユーノの手伝いをしたいんだろう?」

 

 ため息をつきながら、廣明はなのはの考えを代弁した。

 

「え、その……、うん」

 

 お人好しな性格はこの少女にもしっかりと継承されているようで、ユーノが傷つきながらジュエルシードを探していることを知って、捨て置けるはずなどなかった。その気持ちは廣明にもよく理解できたが、認めていいかはまた別である。

 

「よく考えるんだ。またあんな化け物と戦ったら、怪我をしてしまうかもしれない。そうしたら、みんな悲しむだろ」

 

 なのはの表情が少し沈む。廣明の言った状況を想像したのだろう。しかし、彼女は自分の意思を曲げようとはしなかった。

 

「それでも、ユーノ君を助けたい。わがままなのかもしれないけど、わたしはそうしたいの」

 

 廣明を見上げるなのはの瞳が、いつになく真剣になる。ユーノも初めは断ろうとしていたのだろうが、なのはの想いを前になにも言えなくなっていた。

 

「……わかった。明日、もう一度だけ聞くから、よく考えて決めてくれ。悪いなユーノ」

 

 甘かったかな、と廣明は思う。だが、なのはがわがままを言うことは滅多にない。その気持ちを大切にしたいとも思ったし、少年にも魔法に対する好奇心がないわけではなかった。なのはも一応納得したようで、最終決断は明日へと持ち越されることになった。

 

 

 

 なのはを連れて高町家へと戻った廣明を待っていたのは、静かに怒る恭也と苦笑を浮かべる美由希だった。大事な妹が夜遅くにいなくなったのだから、恭也の機嫌が悪くなるのは当たり前である。しかし、この状況を予測していた廣明は、この逆境を抜け出す方法を考えていた。

 

「おい、任せたぞ」

 

 彼が小声で呟くと、フェレットモードのユーノがなのはの肩の上に現れる。

 

「うわっ、この子が話してたフェレットだね。ねえ、恭ちゃんもかわいいと思うでしょ?」

 

 美由希が早速ユーノに食いつき、冷え切っていたその場の温度が少しづつ上がっていく。さすがの恭也もやれやれといった風である。怒る気が失せた恭也さんに頭を下げ、廣明は自宅へ素早く撤退する。無論その目的は、やけに人間くさいデバイスに話を聞くことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。