――自宅に戻った廣明は、ライジングサンに質問をする前に風呂場に向かった。一度、心を落ち着かせようと思ったのである。
「くあーー!」
脱衣所で服を脱いで湯船に浸かると、言葉にならない声が発せられた。気を抜くと混乱しそうな頭の中を一旦リセットするために、身体を思いっきり伸ばす。廣明はまぶたを閉じ、今夜あったことを脳裏に描く。ライジングサンに呼ばれて化け物に出会って、それから変身して化け物を倒した。思い返すだけでも馬鹿馬鹿しい絵空事に思えてくる。
「さて、どこから聞いてみようか……」
そう彼が思案していた矢先だった。なぜか誰もいないはずの脱衣所から物音がする。人間らしき影まで動いている。警戒心を強めて風呂の中で身構えていると、ゆっくりとドアが開かれた。
「主様、お背中をお流しいたしましょうか?」
入ってきたのは強盗でもなんでもなく、きれいな青髪を肩より少し伸ばした裸にタオル一枚の女の子。しかも、年恰好はなのはたちにそっくりであった。この家はいつから同居人がいたんだという廣明の自問自答が終わる前に、その女の子は接近してくる。
「あわわ、申し遅れました。わたし、ライジングサンでしゅ。あ……」
自己紹介の最後で噛んでしまって、涙目になる女の子。その聞き覚えのある名前に、廣明は違和感を覚えた。
「ライジングサンって、あの小さい珠じゃなかったのか?」
「あれは魔力消費の少ない待機状態です。こちらがわたしの実体化した姿になります」
唖然とする廣明。他のデバイスもそうなのか一応聞いてみたが、そういうわけではないらしい。自立機能を持つデバイスをインテリジェント型というが、ライジングサンはそれよりもより特別なデバイスであった。さらに、このデバイスは自分の持ち主たる者を探して旅をしてきたという。
それが偶然発掘先でユーノに拾われ、彼では起動できずにいたところに廣明を見つけたというわけである。立たせておくのも悪いので、廣明は彼女をとりあえず湯船に招き入れた。自分の反対側に座らせたが、じっくり観察すればするほどやはり人間以外には見えない。廣明の視線に恥じらうところなど、しっかりと女の子らしさも兼ね備えている。
「しかも、すごく可愛いし……」
「へうっ、恥ずかしいです」
そう、思わず声に出てしまうほどである。ずっとこうしているのは精神的に辛い、そう思った彼は話題を考える。
「一番の条件は、主様の魔力総量の器が大きなことですね」
とりあえず、廣明は気になっていたライジングサンの求めていた条件を聞いてみた。魔力量の話は、ある一定以上でなければ彼女は起動すらしない。そして、次はマスターの人格の問題。これは契約してみないとわからないものであるが、彼女が独自に判断するという。そのあたりには結構なこだわりがあるようである。
「あと……そうだ、一々ライジングサンじゃ言いにくいから、サンって呼んでいいか?」
「わあっ、呼び名をいただけるなんて光栄なことですよ。よろしくお願いいたします、主様」
嬉しそうに喜びを身体全体で表すライジングサン改めサン。しかし、勢いあまって湯船から立ち上がったため、幼い肢体を隠していたタオルは無情にも水面に落ちてしまう。薄い胸の2つのふくらみの真ん中に存在する、可愛らしい桜色の乳首が廣明の目の前にある。そのまま視線を下にやれば、身体に比例したかわいらしい恥丘があるのは間違いなかった。ごくり、と唾を飲み込んで喉が鳴る。一方、サンはこの緊急事態に口を開けたまま固まっている。両者ともに、妙な汗を額にかいていた。
「……なあ、サンにお願いしてもいいかな」
「は、はい!」
やがてこの状況を打開するために、廣明はサンに命令を下した。
◇◆◇
「そうそう、いい感じ。もうちょっと強くこすってくれてもいいぞ?」
「んしょ、ん。おっきいですけど……、主様のために、がんばってご奉仕させていただきます」
サンのたどたどしい手つきが、廣明には少しくすぐったく感じる。それでも悪い気がしないのは、きっと彼女が一生懸命だからなのだと思う。結局、廣明はサンの最初の目的である背中を流すという目的を遂行させていた。風呂用のイスに座る廣明の背中を、サンがタオルに泡をつけて懸命にこすっている。人に身体を洗ってもらうことなど何時ぶりか忘れたが、これはなかなか気持ちのいいものだと彼は思った。
そういえばもうひとつ、彼には聞くのを忘れていたことがあった。
「なあ、本当におれがサンのマスターになっていいのか?」
鏡に映るサンは不思議そうな顔をしているが、それが率直な思いだった。話を聞く限りサンは相当特別なデバイスで、廣明のような魔法の素人が戦えたように優秀なサポート能力もある。それこそちゃんと修練を積んだ魔導師と組めば、さらに力を発揮できることは間違いないことである。
「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。さっきお話したように、失礼ですけどわたしもマスターは選んでますから」
「でも、どうやって」
えへへ、と鏡に映る彼女が少し得意げな表情になる。
「先ほど初めてセットアップした時に出た光、あれは主様の心の本質を表すといってもよいものなんです。主様のは温かくて優しくて、世界に広がっていくような光でした」
「なんというか、ありがとう」
そこまで言われては、納得するしかない。照れくさそうに、廣明は下を向く。それからしばらくは新たな同居人に背中を預け、上機嫌な彼女の鼻歌交じりの奉仕に任せるのだった。
風呂から出た廣明は、短く切りそろえた黒髪を拭きながら台所で軽食の準備をしていた。サンにはなのはが置いている宿泊用のパジャマを着せて、リビングのソファーに座らせてある。小腹を満たすために作った茶漬けを2人分お盆にのせて、テーブルに運ぶ。作る前に確認したのだが、サンは食事も可能ということである。
「主様、いただきます」
器用に箸を使って、茶漬けを食べるサン。その仕種には、デバイスの機械らしさがまったくない。自宅で誰かと食事というのは久方ぶりなこともあって、ついつい廣明も頬が緩んだ。
「どうだ、口に合うか?」
その質問に、彼女はやわらかく笑って――はい、とっても、と答えてた。夜食のあとは、廣明は魔法のことを彼女に教えてもらっていた。念話という魔導師同士の会話方法や、射撃魔法も使用可能であることがわかった。それから――。
――主様、朝ですよ。お目覚めになってください。
声とともに、廣明の身体が揺さぶられる。意識が定まらない中、彼は近くにあったものを引き寄せた。
「ひゃう。し、しっかりしてください、主様!」
「……あれ、なのはじゃない」
廣明はゆっくりと目を開けながら、昨日のことを回想した。自らの胸の中にい女の子を確認すると、昨日の怒涛のような出来事が現実であったのだと改めて感じる。
「おはよう、サン」
彼は、どうやら自分が昨晩は話の途中で寝てしまったらしいことに気づく。掛け布団は部屋からサンがわざわざ探してきてくれたようである。愛玩動物にするように頭をなでると、彼女は不思議そうな顔をしていた。というわけで、朝はそのまま自宅でサンと2人で食事をすることになった。
「お兄ちゃん! ……て、どちら様ですか?」
まだ学校まで時間があるためのんびりしていると、いきなりの来訪者が現れる。きっと改めて自分の気持ちを伝えに来たのだろうが、なのははサンを目にして出鼻をくじかれた格好になる。不審に思うなのはをとりあえず座らせ、ライジングサンのことを説明する。一応は納得した素振りを見せるなのはだが、なにぶん廣明自身が彼女のことを完全に把握しているわけではないので、我慢してもらうほかない。それに、彼女の目的は別にある。
「一晩考えたけど、わたしはやっぱりユーノくんをお手伝いしたい。できる力があるのにしないのは、絶対にいやだよ。お兄ちゃんがしてくれたみたいに、わたしもユーノくんを助けてあげたいの。1人ぼっちが寂しいのは、よくわかるから……」
語気を強めてなのはは言う。
「お前がそこまで言うのなら、おれは止めないよ。だけど、無理無茶は絶対しないこと」
なのはの目線に合わせるようにかがんで、諭すように廣明は語った。ジュエルシード集めをすると決めたからには、全力でなのはを護ろう。士郎たちを悲しませないためにも、少年は心の中で誓った。
◇◆◇
その日の夕方、廣明はなのはと神社へ向かっていた。その方向に、ジュエルシードの発動した力を感じたからであった。境内につながる階段を駆け上がると、そこにはジュエルシードと融合して暴走してしまっている犬のような生き物がいた。その凶悪な面構えに、廣明たちは一瞬怖気づく。
「ガアアアッ!」
本能のまま牙を剥き出しにして襲い来る獣。その攻撃になのはの反応が遅れる。
「きゃっ!」
咄嗟にバリアジャケットを発動した廣明は、なのはの前面に立って獣の巨大な身体を受け止めた。衝撃が身体を突き抜け、組み合う腕の骨が軋む。ここからどう巻き返そうか。そう考えていた時、彼の目の前に桜色の壁が現れる。
「お願い、レイジングハート!」
なのはの防御魔法が、獣を弾き返したのである。ユーノはなのはの魔導師としてのセンスに驚きながらも、冷静に指示を出す。
「ヒロアキさん、いまです!」
ユーノの号令と同時に、廣明は左手を獣に向けてかざした。
「いけるんだよな、サン?」
『調整完了。いつでもどうぞ!』
篭手に内蔵されているタービンが、唸りを上げて回転する。すると廣明の足元に魔法陣が展開され、掌に炎を宿した魔力が集められていく。
「アサルトフレイム、いけ!」
廣明の命令に応じて拳大の魔力弾が発射される。熱弾は高速で目標の獣に辿り着き、直撃した。攻撃を受けた獣は反撃しようとして立ち上がるが、ダメージにより身体に力が入らないようであった。すかさずなのはが前回のように魔法を発動させ、獣が身動きを取れないように拘束する。
「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアルⅩⅥ、封印!」
そこへなのはの封印魔法が炸裂する。獣は抵抗することができずに、ジュエルシードの暴走は止んだ。残されたのは、子犬と小さな宝石だけ。ジュエルシードを回収し、なのははその場に座り込んだ。
「やったな、なのは」
封印を終えて一安心、といった様子の彼女に廣明は手を差し出しながら声をかける。立ち上がり、なのははバリアジャケットを解除する。
「うん。でもやっぱり、お兄ちゃんは頼りになるよ」
なのはの見せる、少し大人びた笑顔に廣明はどきりとする。まだまだ幼くて脆いところもあるのだろうが、そこは年上の者として支えてやればいい。廣明は大切な妹分の成長に目を細めながらも、今日の戦いを振り返ってより強くなることの必要性を感じていた。
「さ、帰ろうか」
小さいけどあたたかい。そんな彼女の手を握って、廣明はその場を後にした――。