「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアルⅩⅩ、封印!」
いつもの様にレイジングハートから、封印の魔法が放たれる。宝石となったそれを収めると、なのはは深く息をついて疲れを露わにしていた。
「大丈夫か?」
廣明が心配するのも無理はない。現在、彼らは休日の夜の学校にいた。普段であれば、家で就寝しようかという時刻に小学生が魔法を行使しているのである。それにつけて、なのはは用事がない日となれば律儀にジュエルシードを探して街を歩いているのだ。
「なのは、明日は捜索はやめて休もうよ」
これで彼女に倒れられでもしたら、ユーノは申しわけが立たない。――あんなものを掘り起こさなければよかった――、そういつも思うユーノであったが、今日はなおさらである。
「にゃはは……、そうだねえ」
誤魔化すようになのはは笑う。それが空元気であることは、一目瞭然であった。
「なら、明日はジュエルシードのことは忘れること。いいな」
「うん、わかったよ」
廣明の手をとり、歩き出すなのは。こういう信念を曲げないところはなのはの美点だと思うものの、少年の心は晴れないままだった。
「今日ね、お父さんのところのチームが試合なんだよ。ヒロアキお兄ちゃんも見に行こうよ」
翌日の日曜の朝、廣明が高町家にやって来て開口一番なのははそう言った。彼女の言うお父さんのところのチームというのは、高町士郎がコーチ兼オーナーを務める少年サッカーチーム「翠屋JFC」のことだ。今日の試合には彼女も応援に行く約束であった。
「ああ、いいよ」
「それじゃあ、アリサちゃんとすずかちゃんも来るから一緒に応援しようね」
◇◆◇
「よし、いいぞみんな!」
翠屋JFCの選手たちが、相手チームのゴールに攻めかかる。士郎も、激励の声に力が入っていた。元気に走り回る男子をベンチで見ながら、廣明はふとあることを思う。その間にもパスがつながっていき、ボールは次々と違う選手に渡っていく。
「やっぱりなのはもさ、ああいうスポーツが得意な子がいいのか?」
「ふえっ、それは……その」
自分が小学生だった頃を思い返して彼は言った。連れてきたユーノと念話で話していたなのはは、急なことに驚きの声をあげた。
小学3年生ともなれば、想い人の1人もできておかしくはない。廣明にそんなことを気にする必要はないといえばないのだろうが、なにぶん大切な妹分のことにかけては人一倍心配性なのである。そういった部分では、士郎や恭也にも負けない自身は少年にもある。
「ちょっと、それ聞いちゃうのはデリカシーないわよ」
慌てた様子のなのはをかばうように、横槍を入れてくるアリサ。いつも一緒にいるアリサやすずかには、なのはが現在誰を想っているかは察しがつくことであった。それだけにもどかしくて、金髪の少女はむっとした表情で少年を見る。
「なんだよ。じゃあ、アリサは誰か気になる子はいる?」
仕方なく、廣明は標的をなのはからアリサに切り替える。すると、自分に振られることを予想していなかったアリサは顔を真っ赤に染めた。
「そ、そんなのここで言えるわけないじゃないの、バカ!」
「アリサちゃん、落ち着いて……」
すずかの静止を無視して大声でアリサは怒鳴る。なのはとすずかは苦笑いを浮かべ、その場に微妙な空気が流れる。よほど気に障ったのか、アリサはそれからしばらく口を開こうとはしなかった。
『主さまには、大切な方はいらっしゃるのですか?』
それまで黙っていた腕輪状態のサンから念話が発せられ、彼に疑問をぶつける。話を聞いているうちに、なぜだかサンは気持ちが落ち着かなくなっている。それがどういった理由からなのかは、彼女に確かめようはなかった。
『大切な人……なあ。サンもなのはも、士郎さんたちもおれの大切な家族だし、誰がってことはないかな』
両親を失ってこの方、廣明は人との絆を一層大事にするようになっていた。だから特別に1人を選べといわれても、みんな比べることのできない宝物なのだ。
『そう、ですか。でも、とっても主さまらしいです』
残念な気持ちと嬉しい気持ち、それらが交差してサンの心をまた1つ成長させる。そして、まだ彼には告げていない姉妹機も、いつかその家族になれたらいいなと彼女は秘かに夢想するのだった。
「お、試合が終わったみたいだな」
ホイッスルが鳴り響き、グラウンドでは選手たちが互いに礼をしている。試合は翠屋JFCの勝ちに終わり、機嫌の戻ったアリサたちからも歓声があがる。
「士郎さん、お疲れさまです。いい戦いぶりでしたね」
試合に快勝し、少年たちに混じって喜び合う士郎に廣明は声をかけた。
「ああ、ありがとう。このあと翠屋で祝勝会をやるんだけど、来るだろう?」
「お手伝いしにいきますよ」
これだけの人数がいるのだから、さぞ店内は賑やかなことになるだろう。廣明は桃子たちの補助をするつもりで、誘いを快諾した。
「どうぞ、お嬢さまたち」
店内のことをひとしきり終え、廣明は外のテーブルで談笑する少女3人に飲み物の入ったグラスを配る。そのテーブルの中心では、ユーノがアリサに体中をいじくりまわされている。
『ははっ、なんだか楽しそうなことになってるな。かわいい女の子に囲まれるなら、その姿もいいんじゃないか』
『笑いごとじゃないですよ!』
念話でユーノをからかいつつ、3人の前にグラスを置いていく。アリサはフェレットのユーノを堪能したらしく、つぎはすずかのところで彼はかわいがられている。なのははその真の姿を知っているだけに哀れんだような笑みを浮かべているが、ほかの2人はそんなことはおかまいなしである。
「気のせいかな……」
そばを少年が通り過ぎた一瞬、なのははジュエルシードのような気配を感じる。しかしほんの僅かな違和感のようなものであったため、それ以上はわからなかった。
「それじゃあね、なのは」
「なのはちゃん、またね」
出かける予定があるというので、アリサとすずかは席を立った。店から出てきた士郎と友達を見送り、なのはも帰宅することにした。
「それじゃあ、おれも帰るかな」
なにも起こらなければ今日は体力を温存しよう、そう思って廣明もなのはたちに続いた。
◇◆◇
一組の少年少女が、赤信号の横断歩道で待っている。少年がポケットから美しい宝石のようなものを取り出し、少女に見せる。その宝石が光を見せた時、街には想像し得ない光景が広がった。
「ユーノくん、こういう時はどうすればいいの?」
ビルの屋上に、少女はいた。――自分さえしっかりしていれば止められたはずなのに、そう思うと悔しくて胸が痛む。街にはこの世界ではあり得ない大きさの巨木が出現し、地面を割っている。人間の想いを受けたジュエルシードは、願わずともその力を最大限に発揮していた。
「なのは……」
なのはが魔杖を強く握る。いつもならいるはずの少年が、こんな時に限ってはいない。待っている時間もきっとない。なのはは、決意をこめて肩に乗るユーノに言葉を向けた。
「発動の中心地点を探そう」
ユーノの言葉にうなずいて、なのはは意識を集中させる。桜色の魔方陣が足元に広がり、探索の魔法が発動する。
「見つけた!」
「でも、近づかないと封印はできないよ」
レイジングハートが、なのはの想いに応えてその形を変えていく。そして赤い宝玉を中心に、杖の先は砲身のように再構成されていた。そこから光の羽が出現し、なのはは目標に狙いを定めた――。
その少し前、なのはと同じくジュエルシード発動に気づいた少年は街を駆けていた。
「今度のはかなりやばそうだな……」
遠目にも、今回の発動のしかたがいつもと違うことがわかる。それだけに、一刻も早くなのはと合流しようと彼は足を動かす。
とある通りに差しかかった頃、その眼前で空間が歪む。その空間から出てきたのは、動く西洋風の鎧だった。
「そんな……」
魔力と次元の揺れをほとんど感知させずに行使される転移魔法。それを使えるものを知っているサンは、驚愕で声を上擦らせた。
「なんなんだよ、こいつは」
サンの動揺に気をはらう余裕もなく、廣明は戦闘態勢をとる。辺りには人間はいない。バリアジャケットを纏い、敵であろうそれを睨みつけた。
「アサルトフレイム!」
明らかに異質な敵に突っ込むのは危険だと判断し、廣明は魔力弾を放って牽制をした。だが、着弾するかと思われた魔力弾は、鎧の防御魔法により防がれた。
魔法自体の威力不足というのもあるが、調整をするライジングサンが混乱をしてしまっていることも大きな要因であった。鎧はつぎはこちらの番だと言うように、じわりと近づいてくる。
「サン、余計なことを考える暇はないようだぞ!」
鎧の拳が振り上げられ、廣明はそれを防御魔法で受けようとする。
「ぐは……」
無力にもそれは打ち砕かれ、とっさに腕で身体をかばったものの吹き飛ばされる。
『主さまーッ!』
サンの悲痛な叫びが、廣明の頭に響く。萎えそうになる気力をなんとか奮わせ、彼は立ち上がった。味わったことのない危険に、廣明の身体中に嫌な汗をかいていた。
また一歩、鎧はあざけるように少年を追い詰める。
(これが絶体絶命ってやつか)
半ば諦めの境地で、廣明は捨て身の突撃に打って出た。一か八か、その身を運に任せて。
『いけません、主さま』
彼女の静止も間に合わず、どんどんと鎧との距離は縮まる。あと数メートルといったところで、異変が起こる。上空には桜色の光線が走り、つぎに街に現れていた巨木は姿を消す。
「助かった……のか」
廣明と対峙していたはずの鎧も、再び歪みの中に吸い込まれていった。身体の力が抜け、バリアジャケットを解除した廣明はその場に呆然と立ち尽くした。
(あれは、あの魔法は……)
その一方、サンは鎧を送り込んできた敵の正体を思い、絶望に暮れていた。あの高度な転移の術を姉妹機が使えるのは、百も承知のことである。その力に対抗するためには、いまのままでは不可能なことも彼女は理解していた。
「なのは、こんなところに……」
ビルの屋上で、少女は膝を抱えてうずくまっていた。ユーノが励ましているようだが、少女は沈んだままだった。少年の足音に気づいて、ようやく少女は顔をあげた。その姿を確認すると、彼女は少年に抱きついた。少年には、ただ彼女の背中を優しくなでてあげることしかできなかった。
「そっか」
ユーノから一部始終を聞いた廣明は、彼女の肩に手を置いて目線を合わせる。
「わたし、これからはお手伝いじゃなく自分の意志でジュエルシード集めをする。精一杯より全力でやって、もうこんなことにならないように」
「わかった、おれもとことん付き合ってやる。全部守れるように、もっと強くなってみせる」
それぞれの決意を表すように、一段と夕焼けが赤く燃えていた。
◇◆◇
その日の夜、なのはは桂木家にいた。しっかりとパジャマに着替えて、髪もリボンをほどいておろしている。ユーノは家を出る前に美由希が攫っていったためにいない。廣明と2人きりというのはライジングサンがいるので違うが、珍しく腕輪のままで彼女は沈黙していた。
「それじゃあ、寝ようか」
寝室にはベッドとその隣に布団が敷かれていた。時折彼女が家に泊まりに来ると、廣明はベッドを明け渡して敷布団で寝ていた。当然、今日もそのつもりで支度をしていた。
「ね、お兄ちゃん」
「なんだー?」
掛け布団をめくりながら、廣明は返事をする。
「その、一緒に寝たいな、って」
ベッドに腰掛けるなのはは、頬をかわいらしく染めながらそんなことを言う。ジュエルシード集めの決意とともに、彼女は少年への想いを今日この時にはっきりさせるつもりだった。もしもそれが拒絶されでもしたら、泣いてしまうかもしれない。それでも、なのはは前に進むために必要なことであるように感じていた。
「めずらしいな。ちょっと狭いかもしれないけど、我慢しろよ」
寝ているうちになのはを落としてしまわないように、壁側に彼女によってもらって廣明はベッドに潜りこんだ。見慣れているはずの少女の顔が数センチ先にあり、彼は少し緊張する。
「お兄ちゃん……」
なのはが、向き合っている少年の手をベッドの中で握る。どんどんと、心臓が緊迫のために暴れている。――どんな風に想いを伝えればいいのか、自分自身へと問いかける。早くしてしまわないと、彼が寝てしまうかもしれない。とうとう少女は、結論に辿りついた。
(サンちゃん、ごめんね)
少女は目を瞑ると、少年のくちびるに自分のそれを押し付けた。作法もなにもない、気持ちのままのキス。予想外の不意打ちに、少年の目は瞬きをすることを忘れていた――。