週末の早朝、廣明は体力作り兼ジュエルシード探索のためのジョギングを行っていた。まだどこも人がまばらで、小鳥のさえずりがよく聞こえる。日も昇りきっておらず、薄暗いような時間帯であった。
ジョギングの半ば、廣明は街外れの高台に足を運んでいた。汗を含んだ肌にそよ風が心地よい。息を整えると、彼は左腕のパートナーに声をかける。
「よし、いいな」
「了解です」
操れる力が強くなったと一口で言っても、使ってみなければわからないものである。廣明の言葉に応じて、ライジングサンは腕輪から変化し、ベルトの形態で彼の腰に装着される。意識をリンカーコアに集中させていき、魔力を高める。廣明はサンとのつながりを確認し、外連味たっぷりに言い放った。
「変身」
青い宝玉から輝きが放出され、彼の全身を包み込んだ。篭手、ボディアーマーと順に生成されていき、最後に外套が翻る。その風体は変わらずとも、廣明は明らかに変化を感じ取っていた。
「バリアジャケットの防御力、放出可能な魔力レベル、すべてにおいてこれまでとは比べ物になりません」
サンの分析に、安心したように廣明はうなずいた。バリアジャケットを解除し、虚空を見つめる。その瞳には、屈辱を味わわされたあの鎧の姿が焼きついていた。
高台から帰宅した廣明は、風呂で汗を流していた。
「このくらいでいかがでしょう?」
「うん、随分上手くなったと思うよ」
彼の背中を、サンが楽しそうにタオルでこする。入浴時に廣明の背中を洗うのは、もはや彼女の日課のようなものであった。そのためたどたどしかった手つきも、いまや堂々としたものとなっている。さすがに身体の前まで洗わせてしまうと毎回大変なことになってしまうため、廣明もそれは遠慮していた。
「午後からは、お出かけになるんですよね」
サンは湯を張った浴槽に身体をつけている。その様が板についてきたことをほほえましく思いながら、廣明はシャワーで泡を流している。
「ああ、おれはいいって言ったんだけど」
このあと、廣明はなのはと月村家へ遊びにいくことになっている。なのはによるとせっかくだから、月村家の人たちを紹介するということらしい。
「好きな方とは、少しでも長く一緒にいたいものなんですよ」
なのはの気持ちを代弁するようにサンは語る。その点、彼女はほとんど離れることなく過ごしているので、それはデバイスならではといえることであった。
◇◆◇
「それじゃあ、行くか」
高町家で昼食をとったあと、廣明・なのは・恭也の3人はバス停に向かった。目的地までは途中の景色で暇をつぶしながら、到着するのを待つ。走ること数十分、月村家近くの停留所にやって来た。
「これはまた、立派なもんだな……」
まさに豪邸といえる邸のたたずまいに、思わず廣明は息を飲んだ。なのはが玄関のチャイムを鳴らすと、中からメイド服を着用した女性が現れる。
「恭也さま、なのはお嬢さま、いらっしゃいませ。廣明さまも、お話はよくうかがっていますよ」
「ノエルさんだよ、お兄ちゃん」
本物のメイドというものをその目ではじめて見た廣明は、その立居振る舞いの美しさにある種の感動を覚えていた。軽く自己紹介をしてから、邸の中をノエルの先導で進む。ガラス張りのよく陽の当たるテラスに、すずかたちはいた。
すずかがイスから立ち上がり、なのはを出迎える。すずかの姉である忍には廣明も過去に翠屋で面識があるが、もう1人メイドであろう少女が控えている。
「ファリンさんは、すずかちゃんの専属メイドさんなの」
「よろしく、ファリンさん」
ファリンに廣明が挨拶をすると、彼女は元気に応じる。ノエルとは正反対な雰囲気を持つファリンに、メイドさんにもいろいろあるんだなと廣明は思う。
忍と恭也は自室にいき、メイド2人はお茶を淹れるために一旦下がった。
「すずかちゃん、なんかおれまでお邪魔しちゃってごめんな」
「いえ、それに……」
すずかの目線が、アリサと談笑するなのはに移動する。それに意味深長なものを廣明は感じるが、すぐになのはを心配してのものだとわかる。
「なのはちゃん、廣明さんがいてくれるほうが元気を出してくれると思ったんです」
「最近たまに元気がなさそうにしてるんだから、友達なら気になるのは当たり前でしょ?」
2人の想いに、なのはは胸が熱くなるものがあった。それでも、無闇に魔法のことをばらして相談することはできない。仕方のないことだが、親友に嘘をつくのはなのはにとって辛いことであった。
「きゅー!」
なのはの足元を、ユーノが駆け抜ける。フェレットモードの彼は、月村家が飼っている猫に追い回されていた。必死に逃げようとするユーノ。そこに、お茶の準備を終えたファリンが帰ってきた。
そのファリンの周りを二匹が駆けずり回る。驚いた彼女のバランスがわずかに崩れる。なにか嫌な予感が、廣明にはしていた。
「おっと!」
ぐらぐらと、トレイの上のポットと食器が揺れる。落ちそうになるそれを、廣明がファリンの手をつかんで静止させる。そして彼女の身体をなのはとすずかが支えたため、大惨事は免れた。
「ほんとに、猫がいっぱいだな……」
『でも、本当にかわいいです』
外に場所を移して仕切りなおしをした廣明たちは、菓子の置かれたテーブルを囲んでいた。どこもかしこも猫だらけという状況に、廣明はもはや感心してしまう。サンもわざわざ念話で感想を伝えてくるほどであった。
しかし、暢気に紅茶をすすっていた廣明を、いまは感じたくない反応が襲う。
(ジュエルシードかッ!)
「ユーノくん!?」
ユーノがなのはの手の中から抜け出し、ジュエルシードの反応がある方向へ走り出す。それを追いかける形で、なのはも向かう。
「おれも様子を見てくるよ。すぐに戻ってくるから」
ついで廣明も立ち上がる。置いていかれたすずかとアリサは不思議そうな顔で2人を見送った。こんな厄介ごとに彼女たちを巻き込みたくはない。廣明は、急いでなのはたちを追った。
◇◆◇
ユーノによって、結界が発動される。それとほぼ同時にジュエルシードが発動し、まばゆい光が発せられる。廣明たちはどんな怪物が出てくるのかと警戒を強めた。
「なんだ、こりゃあ……」
ところが、そこに現れたのは超のつくほど巨大な一匹の猫。あまりにもファンタジーなそれに、全員が言葉を失っていた。子猫の大きくなりたいという素直な願望。それが、今回のジュエルシード発動の要因であった。
「でも、早く元に戻してあげないと」
気を取り直してユーノが言う。いくら幼気(いたいけ)な姿といえども大きさが大きさである。なのはがレイジングハートを胸から取り出す。これならすぐに封印できるだろうと踏んでいる。
その時、金色の魔力弾が猫を攻撃する。猫は攻撃に苦悶を浮かべ、悲しげに鳴く。連続して、容赦なく魔力弾が猫に叩きつけられる。
「お願い、レイジングハート!」
「サン、変身だ!」
変身を完了したなのはが自然に空中に飛び立った。靴からは光の羽が生え、彼女の飛行をサポートしている。猫の空中に静止したなのはは、防御魔法で猫への攻撃を防いだ。
1人の少女が、木の枝に舞い降りる。長い金髪が風になびく。黒を基調とした薄手の格好にマント。金色の宝玉が印象的なその手の杖。紛れもなく、それは魔導師のもの。その双眸は、しっかりとなのはを捉えている。杖から音声が発せられ、形を変る。先端から魔力が吹き出し、鎌の形状をとる。
「ジュエルシード、ロストロギア……」
少女が呟き、ユーノが驚愕の表情を浮かべる。
「申しわけないけど、いただいていきます」
弾けるように、少女の身体が飛ぶ。少女は狙いをなのはに定め、鎌を振り下ろす。寸でのところでなのはが飛び上がった。少女のデバイスが発光し、追い討ちをかけようとしている。
「サン、やれるな!」
「はい!」
廣明が駆け出す。意識を空中に向けて踏み出すと、その足の下には魔法陣が顕現し、彼を空へ導く。階段を上るように2、3歩いったところで、一気に上空へと飛翔する。金髪の少女の放った魔力の斬撃となのはの間に身体を入れる。廣明は衝撃に少し顔を歪めるが、強化されたバリアジャケットはびくともしていない。間髪入れずに追撃をしてきた少女のデバイスを廣明は受けとめる。
「なんでこんなこと」
「言っても、意味がない」
廣明の疑問を冷たくあしらい、少女は素早く蹴りを繰り出す。意表を突くその攻撃に、廣明は距離を離される。
少女となのはがそれぞれのデバイスを構え、射撃の態勢となっている。ほんの小さな隙を見逃さず、少女はなのはに魔力弾を撃つ。廣明には、その口がなにかを言っているように見えた。
「くそッ!」
防御をすることができなかったなのはの身体が宙を舞う。廣明は落下地点まで一直線に走り、その身体を抱きとめる。
そうしている間に、少女は猫に向かって封印魔法を行使する。魔力に撃たれた猫の身体から、宝石が出現する。
「ロストロギア、ジュエルシードシリアルⅩⅣ……封印」
上空から大魔力が召還され、猫に降り注ぐ。雷のような強烈な光が打ち付けられたあとには、力なく横たわる子猫と、ジュエルシードが残されている。その封印の過程を、廣明は唖然として見ているしかなかった。
「きみは……」
少年の胸にもたれかかるに短く目をやり、無言で金は飛び去った。
すずかたちのもとへ、廣明に抱きかかえられてなのはが戻ってくる。
「あはは……。ちょっと転んじゃった」
なのはが無理に笑う。こんな些細な嘘であっても、彼女は大切な友達を騙したくなかった。
「……なんだかわかんないけど、あんた、ちゃんとなのはを守ってあげるのよ」
アリサが廣明の足を弱く蹴る。それが照れ隠しなことは、彼にはよくわかっていた。廣明は言葉の代わりに、アリサの頭をなでる。
「わたしからも、お願いします」
同じように、すずかの髪をなでた。
「アリサちゃん、すずかちゃん……」
2人の優しさに、なのはの目から涙がこぼれだす。止めようとしても、奥からいくらでもあふれ出してくる。泣きながら、なのははあの少女の悲しみを帯びた瞳を思い出していた。なにもわからないまま戦うことは、できればしたくない。言わなければ伝わらないことが沢山あることを、なのはは知っている。
涙を流す彼女の額に、大きくてあたたかい手が触れられる。
「あり……が……えぐ」
ありがとう、そう言いたいだけなのに、声が嗚咽にかき消される。アリサもすずかも笑ってくれている。きっといつか、あの子も一緒に笑顔になれる日が来る。そう、なのはは信じていた――。