「おー、何だこれ」
意識が水面下から浮上してくる.ガンガンと痛む頭を押さえながらゆっくりと起き上がった。
あれ、俺は何をしていたんだっけかな。確か、夏休みになって大学が休みになるからハメを外して、フラフラになりながらアパートに戻ったところまでは覚えているのだが…そこからの記憶がない。
「んー?」
ここがどこかは知らないが、内装はかなり豪華なものだった。
真っ白でシミ一つない壁と天井。
頭上では、木製のファンがぐるぐると回っている。
ベッドもフカフカで身体を動かすと、柔らかく身体を受け止めてくれる。適度な反発があるお高い品だ。
「うーん…」
回らない頭をなんとか動かしながら床に足をつけてみると、足触りの良いカーペットの感触が伝わってくる。そのままパタパタと動き出しベランダの方へ向かって窓を解き放つと、窓からは温かな風が吹き込んできた。
真っ白な砂浜が太陽光を浴びて光るオーシャンビュー。水平線の向こう側には白い雲と青い海が流れていく。
気分は高級リゾートに来た観光客だが、それにしてはここに来るまでの記憶が一切ないというのがおかしい。
失われた記憶、見覚えのない景色。そこから導かれる答えは一つ。どうやら誘拐されたらしい、ということだ。
そんな人に恨まれるような事したかなぁ、と思いつつベッドに再び腰掛ける。
「いや、そもそもおかしいだろそれ」
ここにいても埒が明かない。無意識のうちにこの部屋に来てしまった可能性もある。どちらにせよ、誰かに事情を説明して保護してもらわなければならないだろう。
「すいませーん!」
ドッキリを期待して、部屋の中で大きく声を張り上げるが、物音どころか、誰かが動く気配すらない。
取り敢えず、埒が開かないと扉を開けようとドアノブを握ってみると、ピピッという電子音と共にドアが開いた。静脈認証か何かの機能があるらしい。
外に出るてみると、強い風が頬を撫でて行った。長く続く木製の廊下には綺麗に手入れされた様々な南国の花が咲いている。手入れも行き届いているので、もしかしたら誰かがいるのかもしれない。
艦内に入って人を探しみるが、フカフカの絨毯が特徴な広大なホールにも、何かの会議に使われる会議室や、多人数が同時に食事をとれる規模のレストラン、そして運動用のスポーツジムにも人影どころか気配すらない。
「困ったなぁ」
誰の物か分からないものを勝手に弄るわけにはいかないが、人間生きてれば腹が減る。
食堂で拝借したハンバーガーをつまみつつ(お金は置いておいたので窃盗ではない…筈)、捜索を続けていると、ふと地下に続く道を見つけた。
staff onlyと看板が掲げられているので少し躊躇うが、誰かに助けを求める方が先決だ。無断侵入の件は後から謝るとして、まずは両親に連絡を取る方法を教えてもらおう。
青白い線が壁や床を流れていく、美しい階段を下っていくと、不意に巨大な施設に到達した。
中心には巨大なプラズマボールとでもいうのだろうか。稲妻が中で暴れる巨大な球が鎮座している。
「うわ、すげぇ…」
思わず感嘆の声をあげながらそこに近づく。その球の間近まできた瞬間、カチとスイッチを踏むような不思議な感覚がした。
「え?」
足元を見てみると、紋章のようなマークのある床を踏み込んで、床の一部が沈んでいた。なんだろう、まさか地雷じゃないよね?と思っていると同時に周囲から淡い光の粒子が立ち上り始めた。
施設全体が青白い光に包まれる。足元からは、丸い円と十字架のような模様が折り重なったものと、何かの儀礼的な文字が刻まれた特徴的な紋様が浮かび上がる。
「これって…FGOの召喚システム?」
パッと見だが、俺はとある作品のことを思い浮かべてしまっていた。
作品名は“fate”。日本の、特にオタク界隈では知らぬ者はいない人気作。海外でも多くの人気を集め、ハリウッド俳優にもファンがいるという創作界のビッグタイトルだ。
“聖杯”という願いを叶え願望器力を求め、七人のマスターが過去に存在した英霊を”サーヴァント”として召喚し、聖杯を求めて血みどろの闘いを演じる…というのが大体のあらまし。
現在ではいくつもの派生作品が作られているが、中には今まで登場したサーヴァントが総出演するお祭り作品にあたるゲームがあり…。
というか、目が覚める前にプレイしていたアプリゲームFate/Grand Orderに出てくるに出てくるサーヴァントの召還媒体とよく似ていた。
「いや、まさか、そんな、馬鹿な…」
自分で言っておいてなんだが、そんなものあるわけないと否定した。
向こうのは虚構の世界、作者様の創造が生み出して非現実。俺が生きてきたのは、そんなありえない世界を、本や漫画という媒体で楽しむ事が出来ない現実。
だが、それでも“もしや”という期待を拭い去ることが出来ない。気分は、アニメの世界をテーマでにした遊園地を訪れた観光客の気分だ。
「満たせ満たせ…後は分からないから以下略!」
俺は遅ばせながら詠唱を唱えながら腕を掲げる。触媒がないと動かなはずでは?いや、狙ったサーヴァントを呼べないだけか?つまり、今まさに、俺にぴったりのサーヴァントが召喚されようとしているということか?
光の量が増大すると共に、右手が熱くなる。令呪が刻まれているのだ。それは
召喚陣からいくつもの光の玉が浮かび上がり、それがグルグルと旋回をはじめ、三本の光の帯が現れる。それらの色は瞬く間に、黄金色へ変化した。
その偉人に関連するものがあれば、狙ってその偉人を召喚することができるが、逆に何もない場合その人の在り方に沿ったサーヴァントが召喚される。
爆発的な目に見えない何かの奔流。思わず目を瞑る俺の耳に聞こえて来たのは、ガチャリという金属の音だった。
「サーヴァント“バーゲスト”、召喚に応じ参りました」
その存在は、まさしくfate。
召喚陣の中心には、甲冑に身を包みんだ大柄な成人女性が立っている。
顔立ちは日本人らしからぬ、堀の深い西洋人のそれで、切れ長の瞳がクールだ。
髪の毛も無理矢理染めたような不自然な物ではなく、産まれながらに備わった金色で、本当に金を紡いで作った金糸のように美しい。
何より、瞳の色が左右で違う、所謂オッドアイが珍しく、召喚室のわずかな光でそれぞれ違う輝きを魅せてくれる。
ファンタジー好きならすぐに連想できるような、白銀の大きな甲冑には、傷どころか、くすみ一つもなく、彼女の几帳面さやまじめさが伝わってくるかのようだ。
そして、彼女の腕に携えられた大剣は、そのポテンシャルを示すかのように、静かな紅色の炎を揺らめかせていた。
俺は彼女の事を知っている。黒犬妖精バーゲスト。
現実世界においては妖精の一種。フェイトグランドオーダー略してFGOの世界線においては、諸事情により人間ではなく妖精が住まう島になってしまったイギリス、もといブリテンにて女王の妖精騎士として猛威を振るった“黒犬公”その人だった。
ストーリーで諸々があった後、召喚サーヴァントとして
「あなたが私のマスターでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ!そうだね。初めまして、ヨロシク」
俺は心配そうに差し出された彼女の手を握り返すと、一方的に立ち上がらされた。または、引っ張られた、持ち上げられたという感じだった。
女性だというのに、力を入れたという感じもない。流石は筋力B+。まぁ、男の俺からしたら敗北感が半端ないのだが。上背も俺よりも上だし…。
「あ、ありがとう。というか、よく俺の問いかけに答えてくれた。あー、それよりも先に自己紹介だね。俺の名前は…
取り敢えず、自己紹介をしながら繋げたままの手を振って挨拶の意を示す。
その態度を黙って見ていた彼女だったが、不意に柔らかく微笑んだ。どうやら、ファーストインパクトとしては好印象だったらしい。
「はい、改めましてよろしくお願いしますわ。さて、私もサーヴァントの端くれ。こうなった経緯は理解しております。早速ですが、何から致しましょうか?他陣営を攻撃致しますか?それとも拠点をお守りに?」
「あー、待って待って、それについて何だか、少し説明しないといけない事があってね…」
どうやら、彼女は聖杯戦争を始める気でいるらしい。そんな彼女に向けて俺は事情を説明する事にした。
「確かに、俺は貴方をサーヴァントとして呼んだんだが…すまない。その聖杯戦争はどうやら起きていないっぽいんだ。
「聖杯戦争が無い?」
彼女はすこぶる怪訝そうな顔をしているが、それが事実なんだから申し訳ない。
「戦争が始まる前日、っていう感じでもない。そも、俺はここがどこだかわからない。気づいたらここに…というか、別の部屋で目覚めたんだけど探検しているうちに召喚陣を見つけて、たまたま君をサーヴァントとして召喚したんだ。とりあえず、申し訳ない」
彼女は拳を顎に当てて少し考えたあと、コクリと頷いた。どうやら、彼女の中で何か折り合いがついたらしい。
「承知致しました。何にせよ、
「あぁ、ある程度は調べてあるんだ。案内するよ」
そう言って踵を返し、バーゲストを建物のなかに連れて行こうとするが、彼女はそんな俺を制した。
「お待ちをマスター。例え一度調べたとて、同じ場所が安全とは限りません。私の後ろを歩いて下さい」
「あ、はい」
俺はガチャガチャと音を立て、階段を上がっていく彼女の背中を見上げた。
昔見たマテリアル通り、彼女の中で自分より弱いものを守るというのは守るべき絶対的なルールのようだ。
男として、女性に守られるという事には何も思わないでもないが、それが彼女の矜持だというなら、それを守ってやろう。
俺は我が強い魔術師ではなく、主人公よりの一般人。こちらが危機を感じない限りは、出来るだけ彼女の要望に応えてあげることにする。彼女がそうありたいと願うならそうしてあげよう。別に、俺に被害が出ることはないし。今のところ。
いや、まぁ、そんな事よりもだ。
俺、fateに出てくる魔術師みたいにサーヴァントを召喚出来ちゃったんだけど。つまり、俺の体には魔術回路が備わっていたということか。
夢…じゃないよな。
プレイしていたゲームで何度も見た彼女から漂う気配、匂い、声、その全てが目の前で起きている事が現実だということを思い知らせてくれる。
経験したくても出来ない、ゲームのキャラと話をし、時間を共有するなんて元の世界じゃ絶対に出来ないからな。
「マスター。この施設には、マスター以外の人間はどこにもいないみたいです」
その後、彼女と歩いてみて回ったが、大きな発見をすることはなかった。
一応、遊戯室や大浴場、図書館等の施設を見つけることが出来たし、地下には巨大な魔力タンクともいうべき貯蔵施設も発見できた。
彼女曰く、ここから自身がいる為のエネルギーが供給されているという。
話によると、まだまだ召喚できる余地があるらしい。なら、FGOのように同時に複数体のサーヴァントを召喚できるかもしれないらしいので、後で試してみよう。
だが、その施設を利用する生身の人間はついぞ見かけることはなかった。まるで、この施設だけ残して忽然と消えてしまったかのようだ。
確かめてはいないがここ以外の施設にもいないのだろう。まるで幽霊船ならぬ幽霊屋敷である。
ゴーストは見当たらないけど。
「人っ子一人いないんだ。こんなのおかしいよね?」
「はい。何らかの理由で放棄したと考えるのが妥当かもしれません。それが、毒や危険物が原因ならマスターは今頃生きていないですわね」
「さらっと怖いこと言うね…」
後でじわじわくる系は嫌だな、と怯えているとバーゲストは踵を返してこちらに向き直った。
「では、マスター。時間も経ったことですし、そろそろお食事になさいますか?」
「え、出来るの?」
「えぇ、嗜み程度ですが」
「あ、そうなんだ」
聞いておいて何だが、彼女は作中でも腕を振るった御馳走でFGO主人公達もてなしていた。この質問は愚問だったかもしれない。俺は、うーんと考えた後、うん、と頷いた。
「わかった。機会があるうちに腹ごしらえしておこう。この後何があるかわからないし。手伝い程度ならできるから。このまま作っちゃおうか?」
「承知いたしました」
そういったバーゲストだったが、手際良く調理された料理は、嗜みレベルではなく一流のシェフ、といった腕前だった。結局俺が出来たのは給仕かかりだけ。
…些か量がビッグサイズというのは気になる部分ではあったが。
その日はそんな感じで一日を終えた。正直、昼夜や日付も曖昧なので、どこからが今日で、どこからが明日なのかはわからないが、それは良しとして、精神的に疲れた俺は“食”という喜びにありついた。
「あ、美味しい」
人外の存在である彼女と話、食事を楽しむ。この世界に来る前に異性と仕事以外の場でまともに話した事がなかったので、つい浮かれてしまった。
掌に現れた令呪が示すクラス名も考えず、会話が出来る、喋れる彼女の本質というものを理解した気になり、失念しまっていたのだ。
久々に小説が作りたくなって執筆しました。仕事や勉強の間の暇つぶしになればと思います。