八月の終わり。残暑というには、厳しすぎる熱波がオレを襲う。
これなら、やっぱり家でダラダラ過ごしているんだった。そういう後悔を抱えながらも、道を進む。
左手にはノート。オレが
「はあっ……。つ、着いた」
スターリーの外観が目に入る。足を止めたせいで、前髪の先で堪えていた汗がぽとりと鼻のてっぺんを濡らした。どうせ山田ちゃんに忘れ物を届けるだけだから、と思い特に見てくれを気にすることもなく建物に近づく。
まさか、こんな短期間で再訪することになるとはな。結束バンドのメンバーも、今日はきているんだろうか。
いい加減、虹夏ちゃんにはまともに挨拶しておきたいんだけど。山田ちゃんとの会話の中で何度も名前を聞いているから、オレにとってはいまじゃプチ有名人だし。
「ふっ、ふふっ、ふふふっ……」
「えっ、こわ……」
地下入り口に続く階段のすぐそばに、どす黒いオーラをまとった女が陣取っている。普通におそろしくなり、しばらく遠巻きに観察することにした。
山田ちゃんなら気にせず横を素通りするのかもしれないけど、しがない小心者にとっちゃこのシチュエーションはかなりキツい。
「は、墓? そこ、なにかの墓なの?」
ざくっ、ざくっ。怨嗟の声を洩らしながら、女が花壇と思わしき場所に卒塔婆を突き立てる。
もしかして、これは悪い夢なのか。実はオレは眠っていて、なにもかも現実の出来事ではなかったりするのでは……。
試しに、頬を全力でつねってみる。めちゃくちゃ痛い。加えて、目覚めるような気配はどこにもない。つまり、これは。
「はぁ、まじかよ……。ホラー映画の撮影、なんかじゃなさそうだし」
くだらないことを口走ったのが、きっといけなかったんだ。
必死になって卒塔婆を打ちつけていた女が、ゆっくりと振り返る。どす黒いオーラに、自分まで侵食されてしまうような感覚。全身から、嫌な汗が噴き出した。
「ふひっ……? あ、ああっ……」
ロボットのようなぎこちない動き。まともじゃない姿勢で、女が身体を硬直させる。このままじゃ、間違いなくやられる。逃げろ。逃げるんだ、オレ。
両足が鉛のように重い。声も、すぐには出せそうになかった。
「あわっ……。あっ、うあ……」
女がなにかを呟く。意識がこちらに向けられていることだけは、確かだった。手にしていた卒塔婆が、地面に落ちてからんと音を立てる。
伸びた前髪のせいで、女の表情はよく見えない。この夏の日に、長袖長ズボンのピンクジャージを着込んでいるのも妙じゃないか。
「ももっ、もっ……」
どういうわけか、女がその場で小さくジャンプしはじめた。得体のしれない現象に直面しているせいで、思考は完全に置いてけぼりになっている。
ここでは、女の動きを目で追うだけで精一杯だった。
「こっ、ここっ、こわいっ……」
「はっ……?」
呻きながら女が飛び跳ねる。
ぽよん。ぽよん、ぽよん。観察していて気づいたことだが、どうやらかなりの巨乳の持ち主であるらしい。ジャージ越しでもはっきりとわかる二つのボールが、揺れる揺れる。脳が現実逃避をしたがっているのか、いつしかオレの視線は上下する胸に釘付けにされていた。
「ぽよん、ぽよんぽよん……」
「お、おお、お金とか全然、これっぽっちも持っていませんので。はあっ、はあ……。も、もう、許してぇ……」
「え? なに、お金……?」
女の口から洩れる言葉。ようやくはっきりと聞き取ることができたのだが、余計に意味がわからなくなる。
それにしても、見事なモノをお持ちで……。
「ぽよん。ぽよんぽよん」
「うひっ……!? や、山田ちゃん」
突然、すぐ近くから声がしてきた。山田ちゃんが、隣でぴょんぴょんかわいらしく跳ねている。微塵も接近に気づいていなかったから、本気で心臓が止まりかけた。
山田ちゃんの顔が、じわりとオレの方を向く。
「お兄さんが、ぼっちと楽しそうなことしてたから。ついでに、私も混ざってみた」
「ぼっち……? ぼっちって、まさか」
「へっ、あれっ……? こわそうなお兄さん、もしかしてリョウ先輩のお知り合いなんですか。髪とかすっごく赤いし、これ絶対カツアゲだと思って、お金持ってないことアピールしなきゃって……」
最後に、もうひとつぽよん。
山田ちゃんのことを認識した途端、女の発していた危険なオーラが霧散していく。ぼっち。結束バンドのギター担当である、後藤ひとり。あの日のライブのおかげで、メンバーのことはだいたい憶えている。現場を抑えられそうになった喜多ちゃんのことなんかは、特に。
というか、髪の色で判断するなら後藤ちゃんだって大概だと思うのだが。一応慰めてくれているのか、山田ちゃんの手が肩に置かれていたりもする。
「怖がらなくていい、ぼっち。お兄さんは、これでもそこそこ優しいので」
そこそこってなんだよ。どちらかといえば、かなり心の広い方だと思うんだけど。
「気合入れて大学デビューしようとした結果、滑り倒して肩身の狭い生活を強いられている。なにを隠そう、それがこのお兄さんの正体」
「そ、そうなんですか。へっ、へへっ……。なんだか、ちょっと親近感……」
「そんなこんなで、いまは私の財布として働いてもらってる。以後、お見知りおきを」
「おいこら。余計な設定を後藤ちゃんにまで吹き込むんじゃない」
山田ちゃんの鼻をぎゅっとひと摘み。抗議の視線を浴びたところで、解放する。
「あっ、あのっ、それなら……!」
両手を握りしめた後藤ちゃんが、か細い声で叫びをあげる。ここまで、一度たりとも目は合っていない。根本的に、コミュニケーションが苦手なんだろう。
隣りにいる山田ちゃんが、すっと目を細めている。この展開は、予想していなかったのかもしれない。なんとなく神妙な面持ちとなり、オレは後藤ちゃんが紡ぐ言葉を待ち構えた。
♪
客入りのまばらなファミレス。ランチ時間には早いこともあり、席はどこでも座り放題だった。
角席を確保して、後藤ちゃんと向き合う。重い空気もなんのその、オレの隣に座る山田ちゃんは、マイペースにメニュー表を物色していた。
「あっ、これなんていいかも。ぼっちは、どうする」
「えっ……? あ、あのっ、んっ……」
どうして、ノートを届けにきただけなのにこんなことになっているのか。それは、後藤ちゃんの決死の告白まで遡る。
リョウさんに貸したお金、返してください。緊張感の漂うあの場所で、後藤ちゃんはオレにそう告げたのである。
山田リョウ。ほんとうに恐ろしい女だ。オレにタカるだけでは飽き足らず、まさかバンドの後輩にまで金を無心しているとは。
塵も積もればなんとやら。表情を強張らせていたオレに対し、山田ちゃんは言い放った。
「ちょっと早いけど、ぼっちにお昼奢ってあげなよ。それで、私の借金はちゃらということで」
堂々とした物言いに、その場の誰も反論することができなかった。
そういうことがあって、いまに至るのだが。
「あっ……。じゃ、じゃあ、このハンバーグプレート、で……。ってうあっ……!? あのっ、ごめんなさいごめんなさい。ちょっと高めのもの注文しようとするだなんて、調子乗りすぎですよね。あー、どれにしよっかなぁ……? あんまりお腹すいてないし、単品のスープとか……でも」
「いいから、好きなもの食べてくれ。後藤ちゃんに、落ち度は少しもないんだし。あっ、というかずっと最初のノリで呼んじゃってるけど、平気?」
「は……、はいっ、はいっ。ミジンコ以下の女の呼び方なんて、お兄さんの好きにしてください……!」
テーブルに額がぶつかりそうになるくらいの勢いで、後藤ちゃんが何度も頭を下げる。
山田ちゃんのした借金の肩代わりをしているってのに、これじゃ立場がよくわからなくなってくる。宥めようとしたところで逆効果になりそうだし、ここはしばらく好きにさせておくほかない。というか、こうなる原因をつくった張本人は、せめて事態を解決する努力をしてくれませんかね。
イケメンオーラの漂う横顔を見つめる。なにを勘違いしたのか、山田ちゃんが肩に頭を乗せてきた。理性を狂わす甘い香り。後藤ちゃんはというと、かたまった状態でテーブルすれすれに頭を下げたまま。これなら、少しくらい羽目を外しても……。
「ここ、外なんだけど。それに、ぼっちだって」
「うあっ……。や、山田ちゃん」
テーブルの下で、山田ちゃんの指がオレの股間を撫でている。冗談で済ませるつもりなんてない。はじめから、指がそういう動きをしているように思えた。
吐息。首筋に吹きつけられると、もう意識せずにはいられなかった。じ、じじっ……。山田ちゃんの指が、静かにジッパーをさげている。少しでも正気を保つために、注文用のタブレットを手に持った。密着したまま、山田ちゃんが画面を覗き込んでくる。
「限定のカレーでよろしく。シェアしたいから、お兄さんはそっちのミックスフライにしなよ」
「嘘つけ。いつも通り、一方的にオレの食い物を奪い去っていくだけだろ」
「ちっ、バレたか……。で、ぼっちのはハンバーグ、と」
「は、はい、それでよろしくお願いします」
ようやく顔を上げた後藤ちゃんが、オレと山田ちゃんとを交互に見ている。当然のように、テーブル下でのいたずらが止まることはない。むしろ、指の動きは大胆になるばかりで。
「どうかした、ぼっち」
「えっ? いえ、あの……。すごく、仲良しなんだなって」
後藤ちゃんと会話をしながら、山田ちゃんがペニスに直接ふれてくる。それも、勃起していることを確認するように、いやらしく念入りに。
どうしようもなく興奮してしまう。こうなったら、気持ちよくなること以外なにも考えられない。オレの思考が読めているのか、外に取り出したペニスを、山田ちゃんが大きく扱く。
「お兄さんは、実は私の遠い親戚。小さい頃から、家が近くてよく遊んでた」
「へ、へえ、そうなんですね」
山田ちゃんはちっとも表情を変えていないが、嘘八百だ。一応納得してくれたのか、後藤ちゃんは両手で持ち上げたコップの水を飲んでいる。至極適当に相槌を打つオレも、完全に同罪ではある。
にちっ、にちにちっ。
ふくらんだ亀頭を、親指の腹が押しつぶす。最低限の動きなのに、オレに対する効果は抜群だ。息が洩れる。後藤ちゃんに疑われまいと、声だけはどうにか我慢した。
「ふふっ、いい気持ち。お兄さんも、そう思うでしょ」
「あっ……? き、気持ちいいって、なにが」
「お客さん少なくて、ほぼ貸し切り状態だから。虹夏たちも、呼んであげるべきだった」
「うぐっ……。そ、それやばっ……」
「なに。顔まで赤くして、なにがまずいの。ぼっちにも、ちゃんと聞かせてあげて」
「あのっ、え、え……? 私に、ですか?」
塗り拡げられた我慢汁の匂いが、顔のあたりにまで漂ってくるようだった。肩から離れた山田ちゃんは、なに食わぬ雰囲気でペニス全体に刺激を与えている。
極度の背徳感と興奮のせいで、普段とは比較にならないほど肌が敏感になっていた。
「いや、あっ、それは……はあっ……。山田ちゃんのことだし、どうせ他の二人にも、してるんだろ?」
「ん……。してるといえば、してる。ここまでのことは、絶対ないけど」
昇ってくる快楽のせいで、徐々に思考がぼやけてくる。音でバレるかもしれないとか、そんなのはもうお構いなしで。
イキたい。もっと気持ちよくなって、山田ちゃんの手で射精したい。頭にあるのは、それだけだった。寸止めで終わるつもりはないらしく、山田ちゃんの動きもラストスパートに突入している。裏筋をじっくりと責めつつ、どろどろになった鈴口をいじめ抜く。
「借金のことなら、確かに……。あの、大丈夫なんですか、お兄さん。破産、しないでくださいね」
「あ、ああ。優しいんだな、後藤ちゃんは」
「え、うへへへ……。それほどでも、あっ……」
妙な雰囲気が出来上がりつつある中、軽快な音楽に乗って配膳ロボットがやってくる。
持ってくるのが生身の店員さんだったら、結構やばいことになっていた自信がある。後藤ちゃんからは死角になっているけど、上からは勃起チンポを握っていることが丸わかりだ。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」
ロボットに何度もお礼を言いながら、後藤ちゃんが料理をテーブルに並べていく。
受け取りを後輩の仕事だと思ってくれていることが、幸いだった。山田ちゃんは、到着したカレーにちょっと気を取られながらも、手コキに余念がない。
出る。もう、射精してしまう。でも、どこにぶちまければいい。手のひら。床。どちらにせよ、隠しきれはしない。
「おっと、スプーンが」
「あっ。だ、大丈夫ですか、リョウさん?」
「いいから、ぼっちは食べてて」
山田ちゃんのスプーンが床に落ちる。かなり、わざとらしい動きだった。
手伝おうとする後藤ちゃんを制して、山田ちゃんがテーブルの下に身体を入れようとする。となると、射精間際のチンポが目の前にくることは必然で。
「わっ、チンポすご。ちゅぱっ、はむっ、んっ、んふっ……♡」
「おっ、い、いくっ……」
「ふえ? あ、あの、お兄さん?」
びくびくとふるえるチンポの先を、山田ちゃんが躊躇なく咥えた。
ぞわり、と甘い痺れが脳天まで駆け上がる。絡みつく舌。抗うことなく、オレは山田ちゃんが口内にすべてを吐き出す。
「やっ……。ははっ、はっ……。いただきます、って言おうとしただけ。ほんと、それだけだか……ら」
「あっ。す、すみません。すみません。コミュ障のくせして、変なタイミングで口を挟んだりしてしまって!」
「き、気にしないで。このくらい全然、うあっ……」
強烈な吸い付き。さすがに、腰がふるえた。思わず、山田ちゃんの頭を抑えつけてしまう。喉奥の感触をしっかりと愉しみ、残った精液を吐き出す。正直。病みつきになりそうな気持ちよさだった。
山田ちゃんだって、いつまでも股間に顔を埋めているわけにはいかない。
二度、三度。大きく爆ぜた白濁を飲み尽くすと、素知らぬ顔でもとの体勢にもどっていく。少し落ち着いて、オレは深々と息を吐いた。
「あの、リョウさん。口のところに、なにかついて」
「んむっ……? あっ、陰毛」
相手に聞き返す隙すら与えず、山田ちゃんが縮れ毛を口に放り込んだ。
悪食、ここに極まれり。すべての事情を知るオレは、山田リョウによる型破りな後始末に対し、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。