※この作品はR-18です。

山田リョウはタカりたい!   作:KKS

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オンリーロンリー

 週末の夕暮れ。いつもの帰りの電車で、いつものようにポケットからスマホを取り出した。

 特に通知がないことを確認してから、トークアプリを立ち上げる。がたん、と揺れる足元。ドアに右手をつき、ちょっと前のめりになったまま、片手で操作を続けた。

 

『聞いてなかったけど、明日どうすんの』

 

 あの女(山田リョウ)相手に、いまさら色気づいた文章を送ることはない。

 履歴を遡れば、とても彼氏彼女とは思えないやり取りが延々と残されている。あそこのカレー美味しかったから、テイクアウトしてきて。そろそろなくなりそうだから、シャンプー買っておいて。それに対し、オレが淡々と返事をしているだけの流れ。あとは、宿泊予定の確認がところどころ並んでいるだけ。いい加減、民泊かなにかの連絡用チャットかと思えてくるんだが。

 

『今週は、虹夏のウチで泊まる。これでも私、結構忙しいので』

 

 かすかな振動が、手のひらに返信があることを知らせてくる。

 ほんっとーに、つれない女だ。いっそのこと既読スルーを決め込んでもよかったのだが、律儀に文章を入力してしまうおのれの性分が恨めしい。

 

『本日はご連絡ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』

 

 定型文をさばさばと作成し、送信ボタンを素早く押す。

 宿泊はキャンセル。自動的に、仮組みしておいた予定はすべてバラシとなる。といっても、山田ちゃんが泊まりにきたところで、家にいる人間がふたりに増えるだけのようなものなのだが。

 

『なに。もしかして、すねてる?』

『そんなわけない。オレは予定の確認したかっただけだし』

『その反応、絶対すねてるよね。わかった、ちょっと待って』

 

 やつめ、画面の向こう側で絶対ニヤニヤしていやがる。

 大人げない返しをした自覚があるだけに、いろいろと突き刺すものがある。正直、恥ずかしくて死にそうだ。これが電車の中じゃなかったら、絶対どこかに頭をぶつけている。そのくらい、もぞもぞとするような感覚が全身を駆け巡っていた。

 一分、二分。『ちょっと待って』という返事があってから、時間の進みが妙に遅く思えてくる。なんだ、いったいなにを企んでいる。動悸がおさまらない。吊り革に片手でぶらさがりながら、オレはスマホの画面を凝視し続けた。

 再びの振動。少しの読み込みを挟んで、山田ちゃんから画像が送られてくる。

 全体的に真っ黒で、いまいち認識が追いつかない。タップでイメージを拡大し、画面を軽く遠ざけた。

 

「ン……、うげっ……!?」

 

 先ほどまでとは違う意味の恥ずかしさで、全身が焼かれそうになる。一瞬の判断で画像を小さくし、スマホ自体を死角に移動させた。

 黒いなにかとは、すなわち山田ちゃんの足全体を包むタイツだった。もう一度、詳細をちらりと確認。むっちり太ももは言うまでもなく、秘密の三角地帯までもが写真にはバッチリ収められていた。しかもどうやら、本日の下着は紺色らしい。

 どこにいるのか知らないけど、わざわざスカートをたくし上げてまで、こんないかがわしい自撮りを送りつけてくるなんて。

 あの女、間違いなくオレで遊んでいる。公共の場で開くことまで想定しているとなれば、これほど恐ろしいことはない。いや、それにしても。

 

「やっ、普通に興奮するんだけど……」

 

 変質者として通報されないように、ほかの乗客の目を盗んで深呼吸をする。ズボンの中のモノはすでに半勃ち。総合的に評価して、これはエロすぎる。

 乾いた砂漠に出現したオアシス。民泊の連絡用チャットが、性欲丸出しの出会い系に早変わりだ。

 

『今度会うとき、保存してるかどうかチェックするから。もししてたら、一万円いただきます。あと、使ってくれてもいいけど射精は有料で。それでは、グッドラック』

 

 親指を立てた山田ちゃんのドヤ顔が、脳裏に大きく映し出される。

 こ、こいつ。男の性欲を逆撫でするような行為をしておきながら、なんて卑劣な提案を……。

 思わず歯ぎしりしてしまうような有料オプションだった。ただの画像一枚で、今夜自分を慰めるのか。それとも、溜めに溜めた一撃を不埒な女の肉体にぶちまけるのか。

 激しく葛藤の渦巻く中、オレは数駅乗り過ごした。

 

♪

 

 そんなやり取りがあっての休日の朝。山田ちゃんがくることもないので、本気でぼんやりしているだけの一日になりそうだ。

 有料オプションつきの画像は、どうにか見るだけにとどめていた。ほんとうに偉いぞ、オレ。かたくなったアレを数回しごいたような気もするけど、あれはきっと夢。射精なんてしちゃいないし、法外な料金を請求されるいわれはないはずだ。うん、絶対にない。

 ローテブルに置いたスマホが着信を告げる。

 

「あれ、山田ちゃん?」

 

 朝の九時。無駄に精神が昂っていたせいで、今日は休みなのに珍しく早起きだ。

 トークアプリを立ち上げると、さっそくあの自撮りが視界に飛び込む。眼福、眼福。しばらく眺めてから、用件に目を通す。

 

『お兄さん。いま、勃起させてるよね。で、結局何回抜いたの』

『めちゃくちゃ忙しいから、しばらく連絡しないで。それに、抜くとか抜かないとかなんのこと』

 

 胃に汗をかいたような気分だった。

 まさか、山田ちゃんの手のひらのうえで転がされる日がくるとは。これまで散々タカられてはきているが、この状態は非常によくないぞ、オレ。

 着信。今度は、電話をかけてきたようだった。仕方なく、一旦置いたスマホを持ち上げる。無視できない性格を見透かされているようで、なんだか悔しい。

 

「現在、電話にでることができません」

「でてるじゃん。ん、おはよ」

「……はい、おはようございます」

 

 山田ちゃんに促されての朝の挨拶。育ちがいいだけあって、このあたりはしっかりしているようだった。

 

「ノート、忘れたからもってきて。曲のこととか、いろいろと書いてあるやつ。虹夏が知らないっていうから、お兄さんのところにあるのは間違いない」

「自分の家は」

「そんな大事なもの、家で失くすわけない。置く場所とか、いつも同じにしてるから」

 

 他人の家で失くすのはいいのかよ、というツッコミはどうにか飲み込んだ。これだけ自信満々に言うのだから、ウチのどこかに忘れ去られているのだろう。

 そもそも、丸々一週間姿を見てなかったんなら早めに気づけよ。

 

「見つけたら連絡する。場所、スターリーでいいの?」

「はい。なるはやでお願いします。あと、警察呼ばれたくないから、おちんちんは小さくしてくること」

 

 スマホの画面を見つめ、無言で会話終了のボタンを押す。

 ため息を吐きながら、オレは山田大先生の作曲ノートを捜索することにした。生活していることの多いベッドの周辺。それから、紛れ込んでいないか本棚の中身を一応チェック。ない、どこにもない。自分に落ち度はないはずなのに、どうしてこんなにもソワソワしてしまうのか。

 窮地に立たされたオレは、タンスをひと通り開けていくことにした。服。服。でてくるのは、当然だが服ばかり。次第に山田ちゃんの私物が出てくるようになって、それから。

 

「は? さっぱり見つからないと思ったら、なんでこんなところに」

 

 普段まず開けることのない一段。なぜなら、そこには山田ちゃんの下着が収納されているからで。

 黒と紺のいる中に、時々混じる白。色気を感じさせる下着に囲まれたノートが、羨ましく思えてくる。そして、それをちょっと興奮気味に撮影するオレ。ここが誰もいない自宅で、ほんとうによかった。

 

『さすがに引いた。そこまでして、私のパンツを見たかったとは』

『わかった。オレの尊厳のためにも、ノートはこのまま封印させてもらう。じゃあな、山田ちゃん』

『活動の成果を人質に取るとは卑怯な。正々堂々、決着はスターリーでつけよう。でないと、家までベース担いでいってぽむってする』

 

 なに、ぽむって。

 フローラルな香り漂う聖域から、埋もれたノートを引き抜く。慌ただしく身だしなみを整え、オレは一路あのライブハウスに向かって駆け出した。

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