無題 作:一家相伝トロツキスト
「なっ、何をする気なの!」
眼前には手を背後で拘束された少女が座っていた。気が立っているようで、先程からずっと椅子の上で暴れている。
私は手で支えていたお盆を机に置き、ゆっくりと息を吐いて言った。
「心外だなぁ、私はただ、お腹が空いて疲れ切った君に、ご飯を食べさせようとしてるだけなのに」
「そ、そうなの? ……いや、私は決してお前の食事なんか――」
彼女が拒否しようとしたとき、彼女の腹の虫が高らかに鳴き声を上げた。いくら頭で拒否しようと、身体は正直らしい。
私はにっこりと微笑みかけ、彼女に質問した。
「ご飯、食べたい?」
「…………はい、食べたいです」
苦し紛れに言葉を放った彼女を精一杯労うように、私はお盆にのった食器を彼女の前に置いた。
「……えっ……?」
彼女は目を丸くし、息を吞んだ。彼女が見ている椀の中には、桃色の準個体の物質の上に、彼女の肌と遜色ない色をしたクリームが浮かび、白くてドロドロとした液体がひたひたになるまで注がれている。彼女は「これを飯と呼ぶのか」とでも言いそうな顔をして私を見つめた。そして、屈託のない笑みを浮かべる私を確認した後、視線を器に戻した。椀は得体の知り得ない何かで満たされている。当たり前だ。単体ならまだしも、混ぜて胃の中に入れる組み合わせではない。私でさえそう思っているのだから。
暫時黙っていた少女は疑念を帯びた指先を椀の中へ向け、ようやく声帯を震わせた。
「あの……これは……」
「あぁ、フルーチェにカスタードクリームと生クリームを混ぜ込んだものだよ。料理人が量を間違えて、生クリームは最早原型をとどめていないがね。まぁ、品質には問題ないよ」
少女は怪訝な顔をして、椀に浸かったスプーンを中で一周させた。妙な抵抗感のある物質に、彼女は額を押さえている。
「他に……ないんですか、食べるもの」
「悪いね、今はこれしかない。それどころか、明日も明後日も明明後日……ざっと100日は、三食それを食べて貰わないといけないね」
彼女は心底不快そうな顔をして、スプーンを口元まで押し上げた。
直ぐさま彼女の表情が崩れ落ちる。唇の両端からこぼれ落ちたそれが、彼女の心境をよく描写している。彼女は何度かもちゃもちゃと咀嚼し、少し喉を動かした。飲みきれなかったらしいフルーチェにカスタードクリームと生クリームを混ぜ込んだもの(以下、これをAと表記する)は、彼女の舌に沿って、机の上にこぼれ落ちた。
「……いやです」
「……?」
「こんなもの、人が食べるものではありません」
「そんなこと言ったって……それしかないんだ。それに、隣の部屋の人間は五分もかからずに平らげたんだ、君だけ食べないわけにはいかないだろう」
「いやです」
キッパリと彼女は言い放った。部屋の中で暴れていたときから予想こそしていたが、まさかここまでとは。
私は溜息をついて席を立ち、椀に手を掛けた。
彼女は、私が急遽別のものを用意してくれるかと期待したのか、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ……仕方ないね」
彼女の表情が一瞬にして歪んだ。無理もない、私が彼女の口腔に、Aを掬い上げたスプーンを押し込んだからだ。
「んんっ?!」
悶絶する彼女の声に合わせて、スプーンの掬う部分を前後運動させ、Aを扁桃腺の奥まで押し込む。声が収まった後、ゆっくりとすぷーんを引っこ抜くと、彼女はガポ、という擬音を鳴らし、咳き込んだ。
「食べて貰わなくちゃ困るんだ。食べ物が無駄になる、第一君だって飢え死になんてまっぴらだろう?」
私はもう一口分掬い上げ、彼女の口元へ押し込む。瞳孔を小さくして、絞り出すような下卑た涙を垂らしている。もう一口、二口、三口と彼女の喉奥へAを流し込むと、彼女はうがいをするように喉を鳴らし深くえずいた。ゆだれでギトギトになったAが机に飛び散った。
もう彼女は口を開かない。スプーンを前にやっても、かたくなにクチを堅く閉じている。
私は手を置き、彼女のそばに寄った。そして、彼女が口の筋肉を緩めたのを見計らい――――、口内に指を飛び込ませた。唾液とAでぐちゃぐちゃになった唇をこじ開け、人差し指と中指で歯を押し上げる。親指を彼女の舌に絡ませ、彼女が下品なげっぷをするのに合わせて、噛みつくように言った。
「折角の食事を拒否するな! お前のような人間の分際で!」
Aの椀を彼女の口に押し当て、そしてゆっくりと傾ける。
「んんっ!? んんっ、ん……」
「食事を吐き戻したこの口で、もうしませんと言え! はっきりと!」
彼女の喉を私の手でぐっと押し込むと同時に、顎をぐいっと上げてやると、彼女は目を明後日の方向へ向けてゴクゴクと喉を鳴らしAを胃へ押し込んだ。
口を自由にしてやると、彼女は案の定、Aを吐瀉物と共に吐き戻した。
「がぽぁ、んんぐっ、ぼめんなしゃい、もうしません……」
またもAの椀を傾けてやる。
「食事を無駄にするな! 吐き戻したお前の胃液まできちんと『いただきます』しろ!」
「ご゛っ、かっくああか゛っ、ぐぁか、んっ、いただきまひゅ――」
彼女は抵抗する気力もなく、豪快に喉を鳴らし、腹からちゃぷ、ちゃぷと音が聞こえるくらい、Aを体内に放り込んだ。
ようやく椀の中が空になると、彼女はよろよろと壁の方へもたれかかり、潰れるように壁を背にして座り込んだ。
衣服も口元も、Aとゆだれと吐瀉物と涙と鼻水で、目も当てられなくなっている。口より舌に流れ込んだ混合物はカピカピに固まっており、酸臭く甘ったるい異臭で滲みている。
私は冷静さを取り戻し、屈した彼女に声を掛けた。
「美味しかったかい?」
「あ、あぁくぁあ」
スプーンをちらつかせる。
「ひゃ、ひゃい……おいひかったれしゅ……」
「美味しいときは、ダブルピースして言うのがルールだよ」
彼女は震える手を二本指にし、頬の横まで上げた。
「しゅっご゛く……おいひかったれしゅ……」
その後、白目をヒン剝いて完全に横たわってしまった。視線はどこへ向かっているか見当もつかない。
私は携帯電話と取り出した。シャッター音が密室に響く。
「騒いでる君は可愛かったが、全身ギトギトになって、黙りこくって居る君はもっと可愛いよ。次の食事のときは、今日の二倍近くは用意しといてあげるからね」