トキワシティのポケモンセンターで一夜を明かした私は、朝食後に出発する事にした。
何でも、この街にもジムが在るらしいのだ。
ジムへの挑戦――それはポケモンマスターを目指す全てのトレーナーにとって避けて通れぬ試練だ。
一晩休んで皆も元気になった事だし、早速、出発進行――と、その前に。
お家と研究所に電話を入れる事にした。
昨晩トキワシティに到着して、今日はジムへの挑戦を考えていると話すと、ママは凄く驚いていた。
何でも、私のパパやお爺ちゃんは、トキワシティに辿り着く迄、3日程の時間を要したと言うのだ。
まぁ、私自身も「一切のトラブル無く到着した」と言う訳ではないが、それにしたって3日は掛かり過ぎだと思う。
研究所の方はと言えば、多忙な身であるオーキド博士本人は不在だったけど、顔馴染みの研究員の皆は私からの連絡を喜んでくれた。
冒険初日から野生のポケモンを2匹もゲットした成果を褒められ、良い滑り出しだと評価してもらえた。
最後に「身体には気を付けてね」と言われ、私はほっこりとした気分で電話を切った。
◇◇◇
そんな訳で訪れた、この街のジム――トキワジムだ。
いよいよ、初めてのジム戦だ。
ポケモン勝負の公式戦はテレビで観た事が有る。
今の気分としては、夢への階段を1歩登り掛けている様だ。
私は胸に手を当て、何度か深呼吸をする。
そして、覚悟を決めて大きな扉に手を掛ける。
確か、こう言う時の挨拶は――。
「頼もう!!」
昔から言ってみたかった挨拶と共に扉を開け様とするが……。
ガチャン! ……ガチャン、ガチャン、ガチャン!
押しても引いても、扉はビクともしない。
「あれ? あれれ? まさか、今日はお休み? それとも、一見さんはお断りのジムなの? そんなぁ~!!」
念の為、扉を叩いて、耳を当てて中の気配を窺ってみるけれど、人の気配は全くしない。
これは困った……。
◇◇◇
扉の前で項垂れ、如何したものかと困っていた、その時だった。
「そこの小娘。ジムリーダーなら留守だよ」
ゾワッ……!!
背後から声を掛けられ、私の全身に鳥肌が立った。
決して大きな声ではないのに、身体が緊張する。
自分でも理由は分からないけれど、これは俗に言う所の「本能的反応」と呼ばれる物だろう。
振り返ると、そこには1人のお婆さんが立っていた。
杖を突いている程の高齢な人なのに、普通の人の何十倍もの迫力に満ちた人だった。
鋭い目付きに、全身から漲る尋常ではないオーラ。
トレーナーとしては未だド素人の私でも瞬時に分かった。
この人……物凄く強い。
私は思わず硬直してしまうが、口振りから察するに、このお婆さんは何か知っていそうだ。
少し怖いけど、ここは頼る事にする。
「えっと……私はポケモントレーナーとして、ここのジムに挑戦する心算だったんですけど……お婆さん、何か知ってるんですか?」
「お婆さん?」
ギラリとした眼光を浴びせられ、私の背筋が「ビクンッ!」と跳ねる。
しまった。初対面で「お婆さん」はマズかったか……。
「ご、ごめんなさい、マダム!」
私が訂正すると、お婆さんはニンマリとほくそ笑んだ。
「ほぉ、機転の利く小娘だ。だが、別に構わないさ。見ての通り、私はもう年だからねぇ」
取り敢えず、怒りを買う事態は避けられたみたいだ。
良かった……。
◇◇◇
私が怯えていると伝わったのか、お婆さんは軽く笑ってから話し始める。
「そうビビる必要も無いさ。別に取って食いやせんよ。私はこのジムに用事が有った訳じゃあ無い。只、人に頼まれて様子を見に来た丈さ」
「様子を見に?」
私が小首を傾げると、お婆さんは少し面倒臭そうな表情を浮かべて頷く。
「嗚呼。ここのジムリーダーがずっと不在だって苦情が多くてねぇ……。全く、ジムを放ったらかして遊び歩いている愚か者を任命したのは何処の馬鹿だろうねぇ」
顔や雰囲気丈でなく、言葉遣いにも凄味が有る。
このお婆さん、一体何者なのだろう……。
「ここのジムリーダーが留守なのは分かりましたけど……色々と知っているみたいですね。若しかして、お婆さんもジムリーダーなんですか?」
ジムリーダークラスのベテランならば、この迫力も頷ける。
しかし、私の問い掛けにお婆さんは低い笑い声を漏らしながら首を横に振った。
「いやいや、私はそんな行儀の良い老人じゃあ無いさ」
お婆さんは笑っているけれど、目は全く笑っていない。
本当に怖い……。
◇◇◇
それにしても、最初のジムがリーダー不在とは、出鼻を挫かれた気分だ。
私がオドオドとしていると、お婆さんが1歩距離を詰めて来る。
「見た所、小娘……未だ駆け出しだね。御前さん、旅に出たばかりだろう?」
観察眼も凄い。
私は「は、はい!」と返事をすると、軽く自己紹介をしておく。
「私はマサラタウンのルリカです。昨日、故郷を出発したばかりの新米トレーナーです」
「マサラタウンだと……?」
再度ギラリと睨まれ、私は又しても「ビクッ!」としてしまう。
嗚呼、怖い……。
お婆さんは私の出身地を聞くと、只でさえ鋭い目付きを更に鋭くさせた。
「と言う事は、小娘……オーキドの奴からポケモンを貰って旅に出た訳だな?」
オーキド……オーキド博士とも知り合いなのだろうか。
私はコクコクと頷くと、ポケモン図鑑を出して見せる。
「は、はい、そうです。最初のポケモンと、この図鑑を貰いました。何でも、図鑑を完成させるのが博士の夢らしくて――」
私は答えるものの、話しの途中でお婆さんは「けっ!」と声を上げた。
「何が『図鑑の完成』だ! 昔は強くて良い男だったのに、今は如何だい?! ポケモン図鑑を作っている様では駄目だ!」
そして、私の顔を覗き込む様に眼光を向けて来る。
「ポケモンは戦わせるものさ! 御前もそう思うだろう?」
余りの迫力に思わず後退りし掛ける。
しかし、私はグッと堪えて、しっかりと前を見据えて答える。
「そ、そうですね。ポケモン勝負は、ポケモンを理解する上でとても大切な事だと思います」
私の答えに、お婆さんは口角を上げて笑う。
「そうだろう? 分かっているじゃないか。ならば――」
「ですが!!」
ポケモン勝負は純粋に楽しい。
そして、強くなる事はポケモンマスターを目指す上での絶対条件だ。
しかし――。
「ポケモン図鑑を完成させるのも、凄く大切な事だと思うんです! だって、ポケモンをより理解して、仲良くなれば、もっと強くなれると思うから!!」
そうだ。
ポケモン図鑑を完成させる――それは困難な道程だ。
だげど、その過程を経ずにポケモンマスターになる事は不可能だろう。
全てのポケモンと出会い、仲良くなる事も出来ぬ様では……屹度、真の強さには辿り着けない。
言葉では上手く説明出来ないけど、そんな気がした。
◇◇◇
暫し、ピリピリとした空気が場を支配する。
やがて、お婆さんは杖を握る手を力ませて、今迄で最も鋭い眼光を私に向けた。
「言うじゃないか。ならば小娘、聞かせろ。御前さんは何を目指す?」
問われた私は、足が少し震えてしまうけれど、ハッキリとした声で答える。
「ポケモンマスターです。それが私の夢です」
私の返答にお婆さんは一瞬、理解が追い付かぬ様子で固まったけれど、やがて面白そうに低い笑い声を漏らした。
「くっくっくっ……若いってのは良いねぇ。小娘――ルリカと言ったか? 御前の事、覚えたからね」
丸で敵として認識された様で困ってしまうけれど、お婆さんはアドバイスもくれた。
「ルリカよ。御前さん、ジムに挑戦したいと言っていたね? ならば、この先に在るニビシティを目指すと良い。あそこならば、御前さんが求める経験を詰めるだろう」
「ニビシティ? は、はい、分かりました。ありがとうございます!」
行き先に困っていた私が笑顔で頭を下げると、お婆さんは愉快そうに笑った。
そして、何故か満足そうな表情を浮かべてから立ち去って行った。
兎に角、「怖い」と言う印象のお婆さんだったけど、本当に何者だったのだろう。
結局、名前も聞いていないけれど……又、何処かで会いそうな気がした。
◇◇◇
お婆さんと別れた私はトキワシティを出て、次の街を目指した。
話を聞く限り、ニビシティに行けばジムへの挑戦も出来るみたいだ。
ニビシティは、ここから真っ直ぐ。
2番道路を北に進めば、1日か2日で到着する予定だ。
道中、私は新たな出会いも期待して、草叢にも入ってみる。
すると早速、野生のポケモンとも遭遇する。
相棒達と絆を結んだ今、初日の様な惨事は起こさない。
ピカチュウ達も私の指示通りに動いてくれる為、私自身が襲われる事も無かった。
こんな場面を想定して、トキワシティを出る際、モンスターボールを多目に買い込んでおいた。
最初は未だ不慣れだったけれど、ポケモンをゲットするコツも段々と分かって来る。
そんな訳で、新たにニドラン♂・ニドラン♀・オニスズメの3匹が仲間に加わった。
「うん、順調だね! この調子ならば、ジムに挑戦する頃には手持ちも充実していそう!」
最初、新しい友達との出会いを喜んでいた私だったけど、図鑑への登録が完了した所で一抹の違和感を覚えた。
「おや? さっきゲットした3匹……2番道路には生息していない子達だ。何だろう……迷子になっていたのかな? まぁ、細かい事は気にしなくて良いか」
後になって思えば、何処が「細かい事」だったのかと恥ずかしく感じる。
ポケモン図鑑はハイテクマシンだ。
そんな最先端の機械が私の間違いを示してくれていたのに、能天気な私は気付かずに足を進めていた。
◇◇◇
数時間程、平和な道中が続く。
やがて、私は大きな関所の様な場所に辿り着いた。
「ここがニビシティ? トキワシティには、こんな大きなゲートは無かったけど……」
私は先へ進もうとしたのだけど、扉の脇に立っていた大柄なお兄さんに止められてしまった。
「ちょっと待て、御嬢ちゃん! ここから先は、グレーバッジを持つ者のみが通れる。持っているバッジを見せてみろ」
「バッジ?」
言われた私は、キョトンとした顔で小首を傾げる。
「私、旅に出たばかりなんです。バッジは未だ1つも持っていません。と言うか……この先に在るジムに挑戦しないと、バッジは貰えない筈では?」
そうだ。ジムバッジは、ジムリーダーに勝利した証だ。
そのジムに挑戦する為に街へ入ろうとしているのに、バッジが無いと入れないなんて可笑しな話だ。
私の話を聞き、お兄さんは大体の事情を察した様子で溜息を吐く。
そして、可哀想な人を見る様な目で私を見下ろした。
「君もか……偶に居るんだよ。地図も読めない子が」
「え?」
地図? 一体、何の話をしているのだろう。
私が困惑の色を滲ませていると、お兄さんは私が来た道を指差した。
「君が歩いて来た道は22番道路だ。察するに、君はニビシティを目指していたのだろう? ならば、方角が丸で違う。駆け出しトレーナーの御嬢ちゃん。タウンマップも正しく読めん様ならば、この先に在るポケモンリーグへの挑戦なんて、夢の又夢だぞ?」
言われた私は、ポケモン図鑑からマップ機能を出して現在地を見てみる。
お兄さんが言う通り、今私が居る場所には「22番道路」と表示されていた。
その場所は、トキワシティから見て西側。
この先に在るのはニビシティではなく、セキエイ高原と呼ばれる場所の様だ。
私は北へ行かねばならぬ筈だったのに、これは……。
「全然違うじゃん! 恥ずかしいっ!!」
私は顔を真っ赤に染め、その場で蹲った。
羞恥に呑まれて悶絶する私だったが、お兄さんは優しく慰めてくれた。
曰く、月に1人程度は2番道路と間違えて来てしまう「うっかり屋さん」が居るらしいのだ。
そう――迷子になっていたのはポケモンではない。
他ならぬ、私自身だったのだ。
初日よりは上手く行ったと思ったのに……嗚呼、恥ずかしいっ!!