(前回までのあらすじ)
王国へ訪れた主人公セイタンは、『八本指』に目をつけ、組織の乗っ取りを画策する。
しかし、その中で『遊び』が高じたことにより、『蒼の薔薇』に怪しまれることになった。
王都、ソリュシャンとセバスが潜伏先としていた邸宅。その広間に、僕はいた。
そこにはモモンガさんに偽装したパンドラズ・アクターを中心に、デミウルゴス、コキュートス、ヴィクティムといった守護者達が控えている。明らかに厳戒態勢だった。ヴィクティムのような守護者を動かすということは、ナザリックの危機、もしくは攻勢を示す。
つまり、それだけの重大な事態が発生しているということだ。
問題の発端はセバスだった。
彼が報告を怠り、何やら独断で行動しているということで、反乱の疑いがかけられたのだ。その行動とは、ボロボロの女性──ツアレを大金をはたいて買い取ったこと。彼女が見捨てられているのを黙って見過ごせなかったのだろう。たっち・みーさんの正義感を受け継いだセバスらしい行動だ。しかし、彼は貴族の下僕として王都に潜入中の身。表立って娼館を攻撃することもできず、ナザリックの財産を無断で使い、自己判断で動いたことへの引け目から、報告を避けていたらしい。
だが、それも長くは続かなかった。ソリュシャンの密告により、すべてが露見した。
現在、セバスは頭を垂れ、裁定を待っている。
デミウルゴスの怒りは凄まじく、シャルティアの件に続いての問題行動に苛立ちを隠せない様子だった。「このような配下は排除すべき」という厳しい意見まで飛び出している。
デミウルゴスがここまで言うのは、忠誠心の深さ故でもあり、また僕やモモンガさんがナザリックを見限るのではないかという恐れからでもある。先日、彼にその恐れを宥めるため話をしたが、簡単には消えるものではないのだろう。
さらに、彼らの創造主であるたっち・みーさんとウルベルトさんが仲が悪かったという背景もある。デミウルゴスの感情に影響しているのは否めない。もっとも、僕から見れば二人の関係はそこまで致命的ではなかった。時折諍いはあったものの、最終的には仲間として共に行動していたし、肩を組む瞬間すらあった。実際のところ、ウルベルトさんには多少のツンデレ的な側面もあったと思う。
だが、それはさておき、今回の件について僕はセバスを支持している。コキュートスの時もそうだったが、彼らが何かを「手に入れたい」と願うなら、手を貸すつもりだ。それがたとえ一時の気の迷いであったとしてもだ。そもそも僕自身、クレマンティーヌをペットにしている。人間を引き入れること自体、初めてではない。
裁定が始まり、ツアレを殺すという話も出たが、セバスが忠誠を示したことでそれは取りやめとなった。予定通りの流れだ。そもそも僕もモモンガさんもセバスを疑ってはいない。これはあくまで守護者たちを納得させるためのパフォーマンスに過ぎない。
そして、本格的な反乱が起きている場合に備えていたパンドラズ・アクターが去り、真のモモンガさんが現れた。セバスに反逆の意思がないことが確認されると、厳しかった空気は和らぎ、部屋には談笑が戻った。
その中でツアレをどうするかが議題となった。
セバスはどうにか彼女を救おうとしていたが、デミウルゴスはそれを否定する。モモンガさんも、「
「モモンガさん、セバスのお付きのメイドにしたらどうだろう? ナザリックがこの世界を支配するのなら、人間一人程度を扱えるようにしておくべきだよ」
僕の提案に、モモンガさんは少しぽかんとした様子だったが、すぐに頷いた。
「……確かに、セイタンさんの言う通りだ。それは計画のための第一歩となるだろう。認めよう」
これで話はまとまった。モモンガさんと僕の言葉は、ナザリックにおいて絶対である。すぐにツアレを受け入れる準備が始まった。
去り際、セバスが深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「セイタン様、心より感謝申し上げます。この御恩、決して忘れません。より一層、忠義を尽くす所存でございます」
「いいよ、セバス。君たちの望みをできるだけ叶えてやりたいだけさ。モモンガさんもそれは同じだ。ナザリックのため──そう繰り返す彼の言葉には、誰よりも規範であろうという意志がある。それを忘れてはいけないよ」
「はっ!」
セバスは再び深く頭を下げ、退出していった。
僕も部屋を出る前にデミウルゴスに声をかけた。
「デミウルゴス、君の恐れがなくなることを望むが、それはまだ遠いだろう。しかし、ひとまずそれは横に置いておこう。例の計画、楽しみにしてるよ」
彼が深く頷くのを見届けると、僕はその場を去った。
* * *
ツアレが拐われた。
どうやらセバスが先日、一つの娼館を潰した際の影響で、これまで僕が潰してきた娼館の件まで『八本指』に関連付けられ、主犯と疑われたようだ。この機を逃さず、セバスを呼び出して制裁を加えるつもりなのだろう。
「はぁ……やれやれ。まったく嫌になるね、人間ってのは」
僕はため息混じりにぼやきながら、王都の街を歩く。
「ルキフェリウス様……いえ、セイタン様。やつらには必ず報いを与えます。ですから、どうかご気分をお鎮めください」
背後に控えるアジーが静かにそう言う。まるで僕が苛立って八つ当たりをしているみたいじゃないか。
立ち止まり、心配げなアジーの顔を見つめる。
「ふー……分かったよ。落ち着いて行動しよう」
従者に宥められている場合ではない。デミウルゴスが立案した作戦「ゲヘナ」を頭の中で振り返る。
この作戦は、『八本指』のアジトをナザリックの配下で一斉に襲撃すると同時に、王都そのものも襲撃して混乱を引き起こし、『八本指』を狙ったことを隠蔽するものだ。さらに、『八本指』が蓄えてきた資金を奪い取り、中枢を壊滅・乗っ取るという内容になっている。
僕はその計画に一つの条件を追加した。「決して簡単には死なせるな。できるだけ生きたまま捕らえよ」
やつらの使い道に心当たりがあるからだ。幹部以外の連中については、地獄への招待状を用意している。
セバスの件は、セバス自身に任せておけば良いだろう。デミウルゴスが何らかの指示を与えているはずだ。
そんなことを考えながら、僕は指定された場所へと向かう。
今朝方、レエブン候から依頼を受けたのだ。『八本指』の拠点を制圧する戦いへの参戦を求められ、破格の報酬を提示された。都合も良かったため、快く引き受けた。
その場所は、ちょうど作戦計画にあった襲撃場所の一つ。確か、そこにはマーレが向かっているはずだ。進捗はどうなっているだろうか、そう思いながら僕は足を速める。
到着すると、そこでは激しい戦闘が繰り広げられていた。
エントマが
「このメイド、『八本指』の関係者ですか?」
戦闘が長引けば厄介だ。僕は即座に乱入し、彼らを止めに入る。
「!? セ……誰ですか、あなた?」
エントマは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに平静を装った。僕は目で合図を送り、退却するよう促す。
「ルキフェリウス! 来てくれたのか!」
ガガーランが
「僕が来たからには、消えてもらいましょう。
僕はわざとエントマを外し、館を狙って光線を放つ。土煙を巻き起こし、彼女の姿を隠すためだ。
意図を察したエントマは、蟲の残骸を残して死を偽装し、その場を去った。
「や、やったのか?」
ガガーランは簡単に事が運んだことに疑問を感じているようだったが、僕は敢えて曖昧に答える。
エントマを傷つけるわけにはいかない。彼女を無事に退かせることで、この場を収めたのだ。
その時、イビルアイが現れた。どうやら仲間の危機を察知して駆けつけたようだが、実際には大事にはなっていないことを理解し、肩の力を抜いたようだ。しかし、僕たちの存在に気づくと、警戒を露わにする。
「……ふん。お前、何だか怪しいぞ? 本当はさっきいたメイドの仲間なんじゃないのか?」
「おいおい、何疑ってんだよ。さっきは俺達を助けてくれたんだぜ」
ガガーランがすぐに弁明する。イビルアイは本気で疑っているわけではなさそうだが、彼女の露骨な敵意は少々煩わしい。背後では、アジーが鋭い目を光らせ、クレマンティーヌが薄笑いを浮かべている。
その時、王都に異変が起きた。
高さ三十メートルを超える炎の壁が王都の一角を完全に包み込んだのだ。
真夜中にもかかわらず、炎が市街を煌々と照らし、慌てふためく市民たちの悲鳴が響いている。
──ゲヘナの炎。デミウルゴスの計画がついに発動したのだ。
この異常事態を目の当たりにした『蒼の薔薇』のメンバーは驚き、すぐさまラキュースたちと合流しようと提案してきた。
* * *
王城の一角にある一室に、僕達は集められた。
集まったのは僕達や『蒼の薔薇』だけでなく、多くの冒険者達、組合長、そしてガゼフ・ストロノーフの姿もあった。
この非常事態に会議は混乱を極めた。
敵の正体も目的もわからず、対策すら立てられない状況だった。ただ、一つだけわかっているのは、現場に謎のメイドがいたということ。
そのとき、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ──おそらくデミウルゴスが話していた王女──から情報がもたらされた。
『ヤルバオト』という悪魔が首魁であり、その目的は王都に持ち込まれた特別なアイテムの奪取。そして、悪魔の集団を召喚して王都を襲撃しようとしているという。
情報の裏付けとして、
敵の正体が判明したことで、ようやく会議はまとまりつつあった。
僕は計画通り動きやすくするため、作戦を提案した。
イビルアイは渋い態度を見せたが、ラキュースやラナーが賛成したことで無事承認された。
こうして、長引いた会議はようやく終わった。
本格的に動き出す前に、僕は集まった冒険者達と挨拶を交わすことにした。
声をかけられたのもあったが、何より交流を深めるためだ。王国で過ごしている間、こういった冒険者たちと接点を持つ機会はほとんどなかった。
そんな僕に、モモンガさんは「顔を売ったほうがいい」とアドバイスしてくれた。彼の営業としての経験からの言葉だろう。僕は素直に従うことにした。
僕の少年の姿でも、アダマンタイト級冒険者ともなれば侮られることはなく、経験豊富な冒険者達はその凄さを理解していた。
おかげで「若き天才」として必要以上に持てはやされてしまった。もちろん、アジーの戦士としての実力はわかりやすく認められ、彼女が中心人物だと思われているだろう。
しかし、偉業のほとんどをたった二人で成し遂げたと知ると、彼らには信じがたい命知らずな集団に見えたらしい。それだけ僕を称える気持ちもわからなくはない。
ガゼフとも話をしたかったが、冒険者たちと話している間に彼はどこかへ行ってしまった。
彼のことは少しばかり気になっていた。国と民に命をかけて忠誠を誓う義人──僕の好みの人間だったからだ。
少し後ろ髪を引かれる思いで、僕は炎の壁の中へ向かった。
* * *
後に続くアジーやクレマンティーヌも、次々とモンスターを倒していく。
その様子を目の当たりにした敵に押され気味だった衛士達は、次第に奮起し士気を取り戻していった。
──作戦通りだ。この「ゲヘナ」も、僕たちの名声を高める良い機会となるだろう。
とはいえ、今は『蒼の薔薇』のメンバーに張り付かれている状態だ。
彼女達に怪しまれぬよう、僕自身の強さをしっかりとアピールしなければならない。
先日、緊急措置としてガガーランとラキュースを洗脳したが、あれはあまり僕の趣味ではない。デメリットもある。
加えて、アンデッドと疑われるイビルアイは種族特性のせいで、僕のスキルが効きにくい可能性がある。安易に力を行使するのは避けたいところだ。
そんな折、6人のメイド服を纏った存在──当然プレアデスである──が現れた。
これは、事前に仕組んだ作戦通り、『蒼の薔薇』と僕たちを引き離すための動きだった。
王城での話し合いでは、《アダマンタイト級冒険者二チームで首魁『ヤルバオト』を倒す》という計画が進められた。だが実際には『蒼の薔薇』の動きは僕達にとって邪魔になる。
そこで、あらかじめプレアデスを派遣し、彼女たちを襲撃させるよう指示していたのだ。
結果、彼女達が見事に『蒼の薔薇』を引きつけ、僕達は上手く二手に分かれることに成功した。
僕達は予定通りヤルバオト──いや、デミウルゴス──の元へと足を進めた。
さて、茶番劇の始まりだ。
そこからの攻防戦は、街に甚大な被害をもたらすほど激しく行われた。
ヤルバオトの恐ろしさと僕達の強さ、その両方に十分な説得力を持たせる派手な戦闘となったのだ。
一方、プレアデス達は『蒼の薔薇』を適度にあしらい、僕達が目立てる状況をしっかりと作り出してくれた。
やがて、ボロボロになったように装ったヤルバオトたちは撤退。冒険者達の間では歓声が上がり、勝利の喜びに沸き立った。
僕達もその場に溶け込むように喜びを分かち合う演技をした。
あれだけ僕達を嫌っていた素振りを見せていたイビルアイすら、この戦いを通じて僕達を見直したらしい。一転して、手放しで称賛してきた。
プレアデスは非常に強力で、全く歯が立たず、更にそれを統べるヤルバオトは別格だと彼女は感じたらしい。
そんな敵を退けた僕達に、彼女は尊敬の念すら抱いているようだった。
加えて、僕が適当に口にしていた「神聖攻撃」に関する台詞も、印象を良くする一因となったのかもしれない。
──何はともあれ、作戦は予定通り完了した。
目立ったトラブルもなく、計画通りに事が運んで何よりだ。あとはデミウルゴスからの報告を待つばかりだ。
僕達は『蒼の薔薇』に別れを告げ、宿屋へと帰路に就いた。
* * *
後日、王から短剣を贈られた。
先日の活躍により、僕達の名は王都中に知れ渡ったようだ。どうやらガゼフのように配下に加えたかったらしいが、僕はその申し出をきっぱりと断った。面倒なだけだし、
そこで代わりに感謝状と短剣、さらには通行税の免除というおまけが届いたのだった。通行税免除はありがたい。それなりに役立つだろう。
「この短剣、まだ諦めてない証拠じゃないのか?」
なんだかんだで仲良くなったイビルアイは、そう笑いながら指摘してきたが、まあ問題ない。僕達はあくまで表向きにも、王国の人間ではないのだから。
それはさておき、作戦『ゲヘナ』は無事に成功した。
ナザリックへ戻った僕は、作戦の中で配下に集めさせた人間たちを保管している場所へ向かった。そこに用意したのは、悪名高きアイテム──『蠱毒の壺』だ。
『蠱毒の壺』とは、蟲を壺に閉じ込め殺し合わせ、生き残った蟲の毒を利用する呪術に基づいたアイテムだ。しかし、この壺はより凶悪だ。壺の中に閉じ込めたモンスターを互いに殺し合わせ、最後に生き残った者を素材として利用することを目的としている。さらに壺の中では、様々な要素──たとえば特定のアイテムや魔法──を加えることで、異常な進化や変化を引き起こすことができるのだ。
今回、彼らには地獄を味わってもらい、苦痛と怨嗟をもって「人間」という種を超越してもらうことにした。
壺の中に武器は持ち込ませない。だが、安物の青ポーションだけは用意した。無駄死にされても困るからだ。王都で奪った最低限の食料も与えた──いずれ争いを煽るための餌だ。病気が蔓延するよう、汚染物質も投入。さらに種族変化のアイテムを追加しておいた。監視用に召喚した小悪魔も壺へ放り込む。もちろん、こいつも出られる道はない。良質なエッセンスになるだろう。
壺の中で始まった惨劇を、僕は小悪魔の視点を通して鑑賞した。
最初の数時間で、裏社会の人間達が争い始める。食料を奪い合い、醜く殺し合う姿は滑稽だ。だがそれだけではつまらない。絶望に飲み込まれた彼らに、希望という毒を与える。壺の中から脱出できる可能性──もちろん嘘だ──を囁くことで、より激しく足掻かせるのだ。
日が経つごとに、壺の中の地獄は加速する。病気が広がり、種族変化のアイテムが作用し、次第に人間ではない姿へと変わっていく者が現れる。その中の一部は、ついに「人を喰らう」存在へと変貌した。食人者を倒しても、新たな食人者が生まれる。終わらない殺戮の輪廻が形成され、狂気は狂気を呼び込む。青ポーションの効果で簡単には死ねず、苦しみは果てしなく続いた。
『蠱毒の壺』の中では時間の流れが異なる。外界の一日が壺内では何十日にもなるのだ。小悪魔の視点で眺めていると、ついに彼自身も成長した「何か」に襲われ、肉を食い尽くされた。どれだけ目を背けようとしても、圧倒的な狂気が画面越しに匂い立つ。
そして数日後──壺がついに完成を告げる光を放った。
壺から現れたのは、まるで悪魔のような人型の亜人だった。だが、完全な悪魔とも違う。角と鋭い爪を持ち、知性を感じさせる瞳を持つ。新種だ──これまでに見たことのない、異形の存在だった。
「君、種族名は?」
僕の問いに、その亜人は静かに頭を垂れた。
「ソドム、あるいはゴモラ……。貴方がたユグドラシルでお生まれになった存在とは、まったく異なる新種であります」
新種──そんなものが本当に作れるとは思わなかった。驚きと興奮が胸を突く。遊び半分で試した実験が、ここまで興味深い結果を生むとは。
「へぇ……見たところ男っぽいけど、合ってる?」
僕の言葉に、彼──いや、彼女? ──は一瞬悩んだように口を開く。
「……いえ、閣下。男性器はございますが、自ら子を産むことも可能です。よって、性別を何と応えてよいか判断に迷います」
アジーと同じ両性具有か。どうやら本人にもよくわかっていないらしい。これはまた、新たな実験の材料になりそうだ。
「とりあえず服を着て、僕についてきて。モモンガさんに報告しないとね」
こうして僕は、『蠱毒の壺』が生んだ新たな生命体とともに、ナザリックの主のもとへ向かった。モモンガさんなら、この成果をどう評価するだろうか。楽しみで仕方がない。
遊興から生まれた新たな生命──その価値を測るのは、これからだ。
変なオリキャラ追加です。