──もう長くありません。親族の方はいないとの事ですが、身辺整理をお勧めします。
白で囲まれた無機質な部屋で、平坦な声が響く。
形式張った台詞は、空々しく冷たかった。あまりの予定調和に、思わず笑ってしまう。滑稽なくらいに「予定通り」の死が、ここに宣告されたのだ。それでも言わなければならない彼に、少し同情心を覚えた。
こうなることは以前から
倒れるのは初めてではなかったし、痩せ細った体はすでに、生き長らえることを拒んでいる。
それでも、自分がこうして朽ち果てていくのを、傍観するしかない事実が耐え難かった。
魂が欠けていく感覚。欠けている端から輪郭がボヤけていく。そして、グラデーションのように徐々に消えてゆく。
それでも──……。
──許せない、許せるものか。何故僕だけが──。
強烈な怒りの感情が、心の奥底で火を揺らめかせていた。
どんなに奪われようと、怒りだけは僕とともに在った。
* * *
柔らかなぬくもりとともに目が覚めた。
うっすらと目を開けると、正面にアジーの姿があった。
彼女らしい冷たい表情に少しばかりの微笑みをくわえ、さながらキリストの亡骸を腕に抱くマリア像のように、抱え込みこちらを見つめていた。
「おはようございます……セイタン様……」
余韻を持って話すのが、彼女の特徴のようだ。
お気に入りの、しかも、自身が極限までこだわり抜いた造形の美女に起こされるというのは、なかなかに気分が良い。いや、最高だ。
「おはよう、アジーちゃん。お陰様で最高の気分だよ」
彼女の笑みがわずかに濃くなった。どうやら喜んでくれているらしい。
しかし、寝ている間に元の姿に戻らなくて本当によかった。あの姿は大きいし──ベッドもかなり大きめだけど──寝ぼけて暴れたりしたら大変だ。
ふと、彼女の体を見て気づく。
昨夜の痕跡が、それはもう存分に残っていた。かじりまくりだしアザだらけだ。
「あぁ~……ゴメン。回復魔法で消えるかな……」
忘我の名残がそのまま残るのは、さすがに気恥ずかしい。
「……え? け、消されるのですか……?」
彼女の慌てた声に、少し驚く。
何故だろう。多少の傷程度では、彼女の美しさは損なわれていないが、傷がないに越したことはない。
「……昨夜のセイタン様は、なんだかもう、すごく可愛かったなあとか……創造主様に求められるって最高っとか……記念に、いっそタトゥーで残したいっ……とか、そんな事は考えていないんですけれど……も、もったいないなーって……」
何やら早口でまくしたてている。
視線を逸らしながら人差し指を突き合わせる仕草が、とても可愛い。こういう表情もできるのか、と少し感心する。
僕は、ほっこりとした気持ちになりながら、
「あーっ!」
悲鳴が響く。
うん、傷跡はすべてきれいに消えた。彼女の肌は以前と変わらず、美しい。
僕は爽やかな朝を清々しい気持ちで迎える事が出来た。
* * *
それから、しょんぼりしてしまったアジーを慰めているうちに、再戦することになってしまった。
今回は、昨夜のように獣のように嬲るのではなく、優しく彼女を可愛がる事にした。
どうやら被虐趣味のある彼女は、傷を負うことを望んでいたようだが、一旦はお預けだ。
「しょ、しょんなに優しくされてはっ……お、おかしくなりましゅぅ……っ♡」
彼女の声は、どこか困惑しながらも甘い響きを帯びていて、どんな演奏家の奏でる音よりも心を和らげる。
触れるたび、色艶の善い肌がわずかに震える。その柔肉は、掴めば指が沈み込む程に柔らかい。汗の香りはほんのりと甘く、まるで熟れた果実のように芳しい。漏らす吐息はオスを卒倒させるような、まさしく催淫性のガスだ。
何度目かの頂を越え、彼女の息が絶え絶えになった所で、僕らは休憩することにした。
仰向けで自失し、首を仰け反らせ舌を突き出す彼女が、どこで正気に返るのか
僕は、どうやら謎多き異世界へ放り込まれたようであり、ゲームと同じ力も手に入れた。
この力を使えば、どんな人間でも従わせることができるだろう──少なくとも、あっちの世界ではそうだ。
それなら、この世界で僕は何を成すべきなのだろう?
何を成したいのだろう?
少し考えてみたが、答えはまだ見つからない。
今は情報収集の途中で、この世界がどんなところかすら把握していない。
とはいえ、鎖を断ち切られた欲望が、今か今かとジリジリ外に溢れ出そうとしている。
冷静にならなければ──慎重なモモンガさんを見習って、まずは足元を固めよう。
アジーが起きたら、ナザリックの内部を少し見回ってみよう。うん、そうしよう。
そんなふうに当面の目的を決めた所で、部屋の入口である扉を見つめる。
ずっと気になっていたのだが、扉の向こうに誰かがいる気配がする。ひょっとして、盗み聞きしていたのだろうか。
……そういえば、ナザリックにはメイドがいたっけ。
ホワイトプリズムさんとかヘロヘロさんとかが頑張って作っていた気がする。おそらく、僕の世話役として来たのだろう。昨夜の階層守護者たちの忠心を思い浮かべながら、声をかけてみた。
「そこの君、入っておいで」
「は、はいぃ! 失礼します!」
慌てた様子で部屋に飛び込んできた彼女は、興奮気味にこう言った。
「わ、私もセイタン様のご寵愛を頂けるのでしょうか!?」
確かに、部屋の状況やこれまでの音を聞いていれば、そう勘違いするのも無理はない。
しかし、残念ながら、今は胃袋が獲物を求めて哭いている。
「食事を頼むよ。昨日から何も食べていないんだ」
にこりと微笑み、彼女に準備をお願いした。
残念そうに項垂れた彼女に、次いで部屋の掃除も頼んでおく。更にガクリと首が落ちた。
申し訳ないが、アジー以外の相手はモモンガさんに相談しておきたい。
しばらく待つと、豪華な食事がテーブルに並べられる。香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がり、思わず息を飲んだ。
こんがりと焼き上がったトーストは、表面がカリッと香ばしい一方で、中はふんわりと柔らかい。上に溶けかけのバターが乗っており、その香りがさらに食欲をそそる。
ゆで卵は程よい半熟で、割るととろりとした黄身が顔をのぞかせた。ハムは薄切りながらジューシーで、噛むたびに肉の旨味が口いっぱいに広がる。サラダは緑と赤の色鮮やかな野菜が盛り付けられ、シャキシャキとした歯ごたえが心地よい。チーズの濃厚な風味と、冷たい牛乳が全体をまとめ上げる。
いただきます、なんて言葉を隅に放り投げ、無我夢中で食事にかぶりついた。
美味い! 美味すぎる。思わず涙がこぼれそうになるほど、手を合わせて感謝したくなる味だ。
あっちの世界にはこんな食事はなかった。庶民は
何より、ここ数年、固形物をほとんど食べていなかった。胃は点滴される液剤に飼いならされていて、腹が減ることさえなかった。
異形とかした今、初めてヒトの喜びを得た気分だった。
気づけば、皿は空になっていた。
それだけではない。胸の奥が幸福で満たされている。隣に控えていたメイドに、料理長への感謝を伝えるよう頼むとともに、褒美に欲しいものがあれば申し出るようにと伝えた。
しかし、彼女は「我々は仕えるだけで十分です」とやんわり断ってきた。だが、従者ならば褒美を貰うべきだと思う。それに、これほど美味い食事が毎日味わえるのなら、
よし、褒美の件はモモンガさんに相談しよう。元はNPCだった彼らに何が適切なのか、僕一人では判断がつかない。設定でも読めれば、少しはヒントになりそうだが……。
そんなことを考えながら新しい課題に思いを巡らせていると、いつの間にかアジーが身なりを整え、食事を始めていた。頬に赤みが残っているが、それ以上の問題はなさそうだ。どうやら清潔
「アジーちゃん、食事を終えたらナザリック内部を見て回るよ。ついでにモモンガさんに挨拶していこう」
* * *
モモンガさんは儀仗兵をぞろぞろと引き連れ、九階層を視察していた。
すれ違う者たちは皆、深く頭を下げ、崇敬の念を示している。その様子はまるで大名行列のようだが、心なしかモモンガさんは気疲れしているように見えた。
「モモンガさーんっ! おはよー」
声をかけると、彼は一瞬ビクリと反応し、控えめに答える。
「あ、ああ。セイタンさん、おはよう。……調子はどうだ?」
どうやら部下の手前、いつもの調子でで話すのが難しいらしい。大勢の従者を引き連れて歩くのは、小市民な性格の彼にとって少し負担が大きいのかもしれない。
ちなみに僕にも従者がつこうとしたが、アジーがいるので丁重に断った。仮に戦闘になっても、彼らが彼女以上に頼りになることはないだろうから。
アジーは僕の背後にぴたりと張り付き、「これが私の正位置です」と言わんばかりについてくる。思えば、ゲーム時代から彼女を連れて歩いていた。自慢のNPCであり、優秀な盾でもあった。
ただ、今はその距離感が少々近すぎる。胸が頭に当たっている気がするんだけど……まあ、気にしないでおこう。
「いやー、アジーちゃんとラブラブに過ごしたし、食事はめちゃくちゃ美味しいし、最高だよ!」
「えっ? あ、コホン! そ、そうか。セイタンさんが楽しそうで私も嬉しい。……できれば一緒に食事をしたいのだが、この体は食事の必要がないのでな」
ああ、そうだ。モモンガさんはアンデッドの体だから、食事を摂ることができないんだった。
申し訳ないことを言ってしまったと反省する。あんなに美味しい食事を、彼はもう二度と味わえないのだ。せめて何か喜びを得られるものを見つけてあげたい。
「モモンガさんっ! 絶対僕がなんとかするよっ! 楽しみは多くあるべきだし」
「え? ……ふふ、分かった。解決できるか分からないが、楽しみにしておく」
そうだ、モモンガさんも人との愛を育む機会を得ることはできるはずだ。彼には食欲も睡眠欲もないが、性欲はわずかに感じられる。
僕には欲望を見抜く特殊なスキルがある。もともとゲーム時代には、相手のステータスを覗き見る情報収集系の魔法だったが、今ではより直接的に相手の欲望を視覚的に捉えられる。人の周りに浮かぶオーラのようなものを見て、それが何を欲しているか直感的に分かるのだ。
昨日、アジーと過ごして気づいたが、彼女のオーラが何を求めていたかは言うまでもない。
モモンガさんだって、初日にアルベドの胸を揉みしだいていたのだし、興味がないわけではないだろう。
何とかして彼にも悦びを得てもらおう! そう思うと、新たな目標ができた気がして楽しみが増えてくる。
こうしてモモンガさんと別れた後、僕たちはナザリック内部の散策へと向かった。
* * *
元NPC達はそれぞれ個性的で、自由意志を持って行動していた。特に、執事助手のエクレアは、設定通りナザリックの簒奪を狙っている様子だった。ペンギンの姿をした彼の言動には愛らしいギャップがあり、ついアドバイスをしてしまうほどだった。
「モモンガさんや各階層守護者がいる以上、力で支配を狙うのは難しいだろう。だからこそ、君の得意な『掃除』を活かして、ナザリックの隅々まで清掃してみるといい。僕らだってすべてを把握しているわけじゃない。ナザリック全体を管理する存在になれれば、そのうち実効支配も見えてくるんじゃあないか?」
もちろん、適当な妄言である。
彼にとっては途方もない挑戦だろうが、応援くらいはしてあげよう。餡ころもっちもちさんも、きっとこういうキャラクターを目指してデザインしたんだろう。うん、実に素晴らしい。
僕の言葉に奮起したエクレアは強く頷くと、手下たちを引き連れて意気揚々と去っていった。
元NPC達は、命を懸けて僕らギルドメンバーを守るという強い使命感を抱いている。戦闘用でないメイドたちでさえ、自らの役割以外には興味を示さない。それが彼らの存在意義なのだろう。作り手としては嬉しく思う反面、ちょっぴり寂しさも感じる。もっと自由に振る舞ってほしい。欲を持ち、それを追い求める姿を見たい。
その点、エクレアは設定とはいえ反骨心を持っていて、少し嬉しく思う。欲を持つ存在には、どこか惹かれるものがあるからだ。
欲に忠実であることこそが、生きている証だ。ゲームの楔から解き放たれたのならば、自由意志を持ったならば、すでに生は始まっているのだ。僕と同じように。
そんなことを考えながら、ナザリックでの日々は過ぎていった。
そして、次に待ち受けていたのは、待望していた
モモンガさんが、
そういえば、こんなアイテムもあったなと懐かしく思う。ユグドラシルのプレイ環境が成熟し、使い所を失って久しかったため、僕もログインできなくなる前にはほとんど使わなくなっていた。
試行錯誤を繰り返すモモンガさん越しに、その風景を眺める。
それは、あちらの世界では環境破壊に押しつぶされ、もはや映像の中でしか見られない姿。草原がただ広がるだけの風景だが、異世界のものと思うと途端に興味をかき立てられる。
ところで、僕が個室でアジーと戯れている間に、モモンガさんは一人で外の世界へ出ようとしてセバスに苦言を呈されたらしい。
僕も誘ってくれたらよかったのに、と一瞬思ったが、たまに届く
次こそは、と思いながら、この遠隔視の場に立ち会っている。
だが、傍らに控えるセバスに苦手意識を持ったらしいモモンガさんは、ため息ばかりついている。
「セバスも心配で言ったんだしさー、モモンガさんも支配者なんだから、もっとワガママ言っちゃえば?」
「そ、そんなこと、できませんよ! ……それに、なんだかたっちさんを思い出しちゃって」
ああ、なるほど。確かにセバスは、彼の創造者であるたっち・みーさんに似ている。
正義感が強く、怒ると非常に怖い人だった。るし☆ふぁーさんと組んで悪戯をしていた僕は、何度か本気の雷を落とされた記憶がある。その迫力は、今思い出しても体が震えるほどだ。
「申し訳ありません。もし私が邪魔ならば、席を外しますが……」
「い、いや問題ない。そのまま私のそばに控えておけ」
モモンガさんが悪戦苦闘する姿を眺めながら、しばらくの時が流れた。
やがて彼は、
鏡に映るのは、麦畑と村が広がる牧歌的な風景。
だが、それは一瞬で赤黒く塗り替えられた。
刺しては刺し、噴き出す血は赤から黒へと変わる。騎士たちは悲嘆と苦痛を笑みに変え、悲劇の祭典を楽しむように、鋼で大地を赤黒く染めていく。狩人たちの宴が、村の惨劇を彩る。
僕はその光景に目を奪われていた。どこかで舌打ちが聞こえた気がした。
だが、そんなものは意識の外に追いやられ、鏡に釘付けになった。
人が人を殺し回る残虐な行為に、どうしようもなく惹かれていたのだ。
こういったグロテスクな映像は、あちらの世界でも見たことがある。
スナッフビデオと呼ばれる悪趣味な動画は、科学が進んだ世界でも、一部でひそかな人気があった。
だが、この感情は単なる興味や嗜好を超えた、
嫉妬と羨望、そして憤怒。
人間如きが何をしているのかという妬み。どうせなら僕がやりたかったという望み。そして、それを見せつける人間たちへの傲慢なる怒り。
悪逆とは、
「セイタンさん! ちょっと落ち着いて……!」
気づけば、モモンガさんに肩を揺すられていた。
はっとして顔を覆う。その手の内側で、僕は笑みを浮かべていた。
「あ、あぁ。モモンガさん、ごめん……。ちょっと混乱してたみたいだ」
「い、いえ。大丈夫です。ところで、どうします? これ……」
村の光景を指しながら、モモンガさんが目を細めた。
その表情のない骸骨の顔は、何も感じていないように見える。実際、彼はこの光景に心を動かされてなどいないだろう。死の概念を失ったアンデッドである彼にとって、命の喪失は単なる事実に過ぎないのだ。
それでもモモンガさんは言葉を詰まらせた。僕の混乱した様子に気づき、慮ったのだろう。そして、鏡越しに映る村人の屍を見て、ある決意を固めたようだった。
「ふっ……たっちさんに助けろって言われた気がして」
「……うん。たっちさんならこんな時助けに入るだろうね。正義の味方みたいな人だったし」
僕の言葉にモモンガさんが小さく頷いた。
たっち・みーさん─―かつて彼を救ってくれた
「セイタンさんは、ナザリックの防衛にあたってもらっていいですか? ……少し調子も良くなさそうですし」
「あー、うん。わかった。確かに今の僕が行くとまずいかもね」
言葉にしながら、自分が抑え込むべき衝動を自覚する。
騎士たちが村人を切り裂く光景を思い浮かべるだけで、血の歓喜に酩酊してしまいそうだ。もし僕が村に降り立てば、衝動に任せて全てを蹂躙してしまうだろう──村人ごと、何もかもを。
「いざとなったら、頼みます! それでは──」
モモンガさんは転移門の前に立ち、セバスに指示を与えながら鏡越しに少女たちを一瞥した。その背中には、迷いがない。きっと彼はやり遂げるだろう。ナザリックの支配者として、そして、かつての仲間への恩を果たすために。
僕は椅子の背もたれに深く寄りかかりながら思う。彼の行動は秩序と利益のため──美しい理想だ。
けれど僕は、違う。胸の内にあるのはただの欲悪だ。僕の衝動は、利益や理想では覆い隠せない。
鏡の中の光景を見つめながら、その後の成り行きを見届けることにした。
* * *
予想通り、モモンガさんは順調に騎士たちを倒し、村人を救っていった。
予想外だったのは、そのあまりの簡単さだ。
この世界そのもののレベルが低いのか、それとも騎士たちがただ弱いのか──判断はつかないが、少なくともナザリックの戦力が異質であることは明白だ。
傍らにはアルベドが控えている。ナザリック最大の防御能力を持つ彼女なら、モモンガさんを守るのに不足はないだろう。しかし、どこか退屈そうに歩いているのが印象的だった。
彼女は人間を嫌っているのだろうか?
この数日で分かったことだが、元NPCたちはどうも人間を下等生物として認識しているらしい。ゲーム時代、他のプレイヤーたちに攻め込まれた記憶も影響しているのだろうし、そもそもナザリックのキャラクターたちは「悪の組織」として設定された存在が多い。それを考えれば、彼らの認識はある意味、当然ともいえる。
視線を横に移すと、僕を抱えるように支えているアジーの顔が目に入る。
彼女は元NPCたちとは異なり、人間を好いている──表面上は。
アジー・アシズ。彼女のモデルはとある堕天使だ。
人間に惹かれ、人間のために堕天した存在。それに倣い、彼女もまた人間への愛を抱いている……と、僕は設定した。だがその愛情は、いつの間にかねじれた形に変わっていた。
今、彼女は死の騎士に惨殺されていく騎士たちの姿を目にし、興奮した様子で見つめている。
その褐色の肌にはしっとりと汗が滲み、握り込んだ拳が震えているのが分かる。
「楽しいかい?」
そう問うと、彼女は一瞬だけこちらを振り返り、唇を舐めながら答えた。
「はい……たまりません。この無力な人間たちが崩れ落ちる様は、最高です……」
その声色は艶を帯び、少し上ずっている。彼女にとってこの光景は、最高のエンターテイメントであり、同時に欲望を刺激するものなのだろう。太腿をすり合わせる仕草に、歪んだ興奮が露わになっている。
僕は小さく笑った。自分が与えた「人間が好き」という設定が、カルマ値とのギャップによってこうも歪むのか──それが、どうにも可笑しく、同時にたまらなく愛おしい。
だが、笑う僕もまた歪んでしまっている。同じように興奮しているのだから。
ふふ、と共に笑い合う。
嫉妬も、羨望も、憤怒すらも、遠い過去の亡霊となり、今、胸にあるのは穏やかに燃える悦びだった。
その温もりを確かめるように、ゆっくりと味わう──まるで極上の果実を口に含むように。
絶望の騎士たちは、とっくにこの世からの退去命令を受け取っていた。それでもなお、自分だけは救われると信じ、泥のように藻掻いて命を散らしていく。
なんて愚かしいのだろう。散々他者を蹂躙し、奪い、屍を積み重ねた者たちが、どうして自分だけは違うと、何故思えるのだろう。
死の支配者が降臨したこの場では、ただ受け入れ、頭を垂れる他に道など残されていないというのに。
鏡の向こうで繰り広げられる光景は、全てが無音だった。
叫び声も、剣が交わる音も、息絶える瞬間の呻きすらも届かない。
だが、その静寂がかえって僕の想像力を刺激する。
彼らの断末魔がどんなものであったか、わざわざ聞かなくても分かった。
その苦痛と嘆きを、僕は肌で感じるような気さえしていた。
鏡越しに映った騎士の唇が、僅かに動くのが見えた。
「神様、だってさ」
そんなやつ、
僕は思わず嘲笑を浮かべた。いたとしても、何もしてはくれはしない。役立たずの紛い物だ。
そうして僕は、唐突に理解した。
神はおらず、罰するものもいない。世界はあるがままに残虐で、この手で掴んだものにこそ、祝福は与えられる。
僕はやっと、奪えるのだ。
ちょっと話が右往左往ちゃってますね、、