※この作品はR-18です。

Over World:愛欲楽土   作:ぬっ

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(前回までのあらすじ)
主人公は異形(セイタン)として生まれ変わり、新たな生の欲求を得た。


002_冒険者ルキフェリウスとアシエル その1

 斯くして、カルネ村は危機を免れた。

 村を襲っていた「騎士」たちの正体は、スレイン法国の兵士が装備を剥ぎ取り、偽装していたものだったらしい。

 隊長のニグンは、モモンガさんの圧倒的な力を前に為す術もなく、あっけなく捕らえられた。

 彼から何か有益な情報を引き出すつもりらしい。

 

 一方、王国戦士長ガゼフは、モモンガさんに渡されたアイテムによって命を救われ、どうやら一定の信頼関係を築いたようだった。

 目を引く男ではあったが──まぁ、今は記憶の片隅に留めておくことにする。

 

 そして、スレイン法国──面白そうな名前だ。

 神を信仰する宗教的な勢力だろうか? もしそうなら、僕としては無視はできない。

 どうやって関わろうか──いや、それは今後の楽しみに取っておくことにしよう。

 

 ナザリックへと帰還したモモンガさんは、アインズ・ウール・ゴウンという名を広めることを決めたようだ。

モ(・)モ(・)ン(・)ガ(・)と(・)い(・)う(・)個(・)人(・)名(・)を(・)そ(・)の(・)ま(・)ま(・)に(・)、ギルドの名をこの世界全土に知らしめる。

 伝説を刻み、ギルドの逸話でこの世界を塗りつぶすことで、こちらに来ているかもしれないギルドメンバーにその名が届くことを願っているのだろう。

 

 僕はその考えに賛成した。

 アインズ・ウール・ゴウンは、ユグドラシルで悪役を演じ、多くのプレイヤーと敵対してきたギルドだ。

 だが、それはあくまでゲームの中での話。今ここは現実であり、善悪が入り交じる残酷な世界だ。

 僕はこの世界を楽しむことに決めたし、ナザリックのためになるのなら、全力で協力するつもりだ。

 

 そして、従者達によって掲げられた「世界征服」という言葉──。

 最初に聞いた時は思わず笑いそうになったが、よくよく考えてみたら、それもまた悪くないと思えた。

 作劇の中で悪役たちは、力も思想も足りずに敗れてきた。だが、僕らが「悪(アインズ・ウール・ゴウン)」という旗を掲げつつ、それを超えたものを見せられるなら──それはきっと、ナザリックの新たな物語になる。

 

 それに、僕の目的とも一致する。

 このナザリックが繁栄し、名を轟かせる中で、僕もこの世界で遊ばせてもらうつもりだ。

 

 この世界は、美しく煌めく宝石箱であり、僕の手に収めるオモチャ箱でもある。

 せいぜい楽しませてもらおう。

 

 

 * * *

 

 

 モモンガさんの個室へ向かう途中、廊下でシャルティアを見つけた。

 今日もおめかしをして可愛らしく着飾っている。

 

「やあやあ、シャルティアちゃん。今日もモモンガさんに会いに来たのかい?」

「これはセイタン様っ。はいっ、君命に従い、しばしナザリックを離れるため、ご挨拶をした次第でありんす。しかし……モモンガ様は本日も変わらず美しいお姿でありんしたっ!」

 

 相変わらず特徴的な廓言葉だ。

 モモンガさんへの愛情は留まるところを知らないようで、頬を染め、くねくねと体をよじっている。その様子に思わず微笑んでしまった。ペロロンチーノさんとモモンガさんの友情が、シャルティアの愛情表現に影響しているのだろうか?

 元NPC達は、設定を超えて創造者の影響を受けている節がある。

 

 ふと背後を振り返ると、アジーが無言でシャルティアを見つめていた。僕の視線に気づいた彼女は、静かに僕を抱きしめる。

 

「きぃーっ! アジーはご寵愛を頂けて羨ましいでありんすっ! わたしもいつかモモンガ様にご寵愛を……!」

 

 腕を振り回しながら地団駄を踏むシャルティアが可愛い……いや、可哀想だったのでフォローしておくことにした。

 

「まぁ、そのうち可能性はあると思うよ。……僕に少し考えがある」

「ほ、本当でありんすか!? ぜひお考えをっ!」

「ごめん。期待させて悪いけど、それはまだ内緒」

「なっ……そうでありんすか……」

 

 がっくりと肩を落とすシャルティアに、「時が来たら教える」と告げて別れた。

 アルベドもシャルティアも、あれだけ望んでいるのだ。モモンガさんには、彼女たちの想いを受け入れてもらうべきだ。彼もそう悪い気はしないだろう。

 

「僭越ながら申し上げます……モモンガ様のお体はアンデッドのため、その……あれが……」

「ははっ、ないって? まぁ、それをどうにかしようと思ってね」

 

 困惑するアジーに僕の計画を伝える。

 上手くいけば、彼女たちが抱く不安も解消できるだろうし、モモンガさん自身もナザリックを見る目が変わるはずだ。永遠の孤独を彼に与えるつもりはない。

 

 アジーが多少納得したようなので、当初の目的であるモモンガさんの個室へと向かった。

 情報を得た今、僕にはやりたいことがある。それを彼に相談しなければならない。

 

 

 * * *

 

 

 バハルス帝国やスレイン法国との境界に位置するリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテル。その中でも市民のための区画に広がる中央広場を、僕らは歩いていた。

 

 活気あふれる広場の喧騒の中、騎士風の装備を纏った高身長の美女と、神父のような服装の少年。

 そんな異質な二人組に、多くの視線が向けられているのを感じた。ざわめきがその証拠だ。

 

 騎士風の美女はアジーだ。

 日差しを反射する褐色の肌に、黄金の蜂蜜色の髪。冷たい面持ちと赤い瞳が放つ妖しい色香に、艷やかな唇がさらに拍車をかける。黒く無骨な鎧が、彼女の美貌を際立たせるのだから、その存在感は広場の人々を釘付けにするのも当然だろう。

 

 一方の少年──僕は、カソックに逆(・)十(・)字(・)のストラを纏い、目元を隠す仮面をつけている。

 長く邪魔な黒髪は後ろで結い、さっぱりさせているが、やや怪しい雰囲気が漂っているのは否めない。注目されるのはアジーだけでいい。僕の瞳は少々危険なのだ。

 

 さらに僕達は、角(・)も(・)羽(・)も(・)な(・)い(・)。スキルとアイテムで人間に姿を変えているのだ。

 この街には亜人がおらず、彼らは嫌悪されているという情報を事前に得ていたため、余計な騒ぎを避けるための配慮だ。人間のふりをしていれば、多少注目されても問題にはならない。

 

 そんな僕らは「冒険者組合」を出て、宿に向かう途中だった。

 本当はこのファンタジーらしい街をじっくり見て回りたかったのだが、街に入った瞬間からの過剰な注目を受け、一旦宿に落ち着くことにした。

 

 とはいえ、僕の気分は高揚しっぱなしだった。

 燦々と降り注ぐ太陽。埃を巻き上げる土混じりの風。雨の後だろうか、ぬかるんだ道の湿った感触。そして、読めない文字の看板や、何が売られているのか分からない露天商。

 中でも目を引いたのは、香ばしい匂いを漂わせる吊るし肉だ。その匂いが鼻をくすぐり、僕の食欲を刺激する。

 

「アシエルちゃん! あれ、あれ買おうよ!」

「セ……ルキフェリウス様……あまり無駄遣いしては、モモンガ様に叱られてしまいますよ」

 

 アジーに窘められる。だが、これも実地調査の一環だ。

 食べずにその価値が分かるはずがない。僕は駄々をこね、吊るし肉を購入することに成功した。

 ちなみに、調査するにあたって名を変えている。僕達の正体を悟られないためだ。

 

 一口齧ると、肉汁が溢れ出し、鼻を突き抜ける香辛料の香りが広がる。噛むたびに濃厚な旨味が舌を包み込み、思わず目を閉じてその味わいに浸る。

 ナザリックの食事ほど洗練されてはいないが、赤身の多い野性的な味わいがたまらない。きっと近郊で獲れた獣を捌いて調理したものだろう。特有の臭みは香辛料で巧みに抑えられ、むしろ食欲をさらに煽る刺激となっている。

 

「うん……美味い!」

 

 満足げに何度も頷きながら、僕はぬかるんだ道を歩く。

 

 これが僕のやりたかったことだ。人間社会での実地調査。

 人間に化け、彼らの生活や文化を知ること。この世界を実際に見て触れること。

 そして、どのような強者がいるのかを確認すること──ナザリックが「世界征服」を成すためには、まず征服すべき対象を知らねばならない。

 

 この計画をモモンガさんに話した時、彼も同じことを考えていたらしい。

「世界征服」という言葉には少し戸惑ったようだったが──冗談が大真面目に拡散されたのだからしょうがない──僕の意見に賛成してくれた。

 

 彼自身も外の世界を見たがっていたが、守護者たちの反対があったため断念したようだ。

 僕も反対されたが、必要性を説き伏せ、どうにか許可を得た。もちろん単独では許されず、アジーを同行させる条件付きだったが。

 

「やっぱり、アシエルちゃんが一緒なら安心だね」

 

 そうつぶやきながら、吊るし肉をもう一口齧り、僕は道を進んだ。

 

 しばらく歩いていると、目的の「絵」を見つけた。

 この国の識字率はどのくらいだろうか。見た目や雰囲気から中世ヨーロッパを思わせるが、識字率はさほど高くないだろう。その証拠に、冒険者組合の受付嬢は、僕たちが遠い国から来た巡(・)礼(・)者(・)であることを聞くと、宿の場所を教えてくれただけでなく、簡単な地図や文字の説明までしてくれた。

 きっと文字を読めない冒険者が多いからだろう。それに、この手の職業には、上流階級の人間が就くことは少ないはずだ。

 

 二段ほどの階段を上がり、扉を押し開けると、いかにも冒険者のたまり場らしい酒場が広がっていた。

 丸テーブルが並び、その多くには冒険者らしき男たちが腰掛けている。入ってきた僕たちを値踏みするような視線が突き刺さる。粘り気を帯びた視線はまずアジーに、次いで僕に注がれている。

 知らない人間に対する本能的な反応なのだろう。獣と同じだ。縄張り意識が強いのは、人も同じということか。

 

 僕は気にした素振りを見せず、にこりと笑いながら奥へと進む。

 カウンターでは、顔に傷のある男がこちらを上から下までじろじろと観察している。彼がこの宿屋の主人なのだろう。

 

「神官……? しかもガキ連れとはな」

 

 低くしゃがれた声で彼がつぶやくと、すぐに「何泊だ?」と聞いてきた。

 どうやら泊めてもらえそうだ。断られるかと思ったが、僕の首元に下がる銅の冒険者プレートを見て納得したらしい。おまけにスレイン法国の神官とでも思われたのかもしれない。名(・)が(・)売(・)れ(・)た(・)と(・)き(・)、誤解されたままだと厄介なことになりそうだ。早めに否定しておこう。

 

「一泊でお願いしますっ」

 

 僕は可愛らしさを意識して返事をしたが、主人は眉間に皺を寄せ、少し黙り込んだ。

 

「銅のプレートなら、相部屋で一日五銅貨だ。ボウズ」

 

 ぶっきらぼうな態度で、続けて食事の手配についても教えてくれる。

 だが、相部屋だけは勘弁してほしい。この店に屯している連中は臭うし、何より僕は本気でここに泊まるつもりはないのだ。寝る時はナザリックに転移し、自分の部屋で休むつもりだった。いやはや、魔法とは便利なものである。

 

「いやー、相部屋はちょっと……。二人部屋にしてくださいっ」

 

 その言葉に、主人の表情が険しくなり、相部屋の必要性について滔々と説教を始めた。どうやら、経験の浅い銅プレートの冒険者が個室を頼むのは生意気だと思われたらしい。確かに子供の姿では説得力に欠けるかもしれない。

 口は悪く、態度も粗野だが、根底には親切心があるのだろう。だが、その親切心は僕には必要ない。

 

 粘り強く断り続けると、主人は渋々ながらも七銅貨を受け取った。

 

 部屋の場所を聞き、階段に足を向けると、不意に視界の端に足が飛び出してきた。

 それは近くのテーブルに座っていた男のものだった。ニヤニヤと薄笑いを浮かべる男。その仲間たちも同じように下卑た笑みを浮かべている。

 

「おいおい、何てことすんだよ、ガキ」

 

 僕が足を避けようとした瞬間、男は勢いよく足を蹴り出してきた。

 ため息を吐きながら立ち止まる。周囲の人間は止める様子もなく、むしろ興味深そうに成り行きを見守っている。

 

 男は、僕が怯えていると勘違いしたのか、ニヤニヤしながらこう言った。

 

「あぁん? 生意気に個室を頼んだかと思えば、ただのガキかぁ? ブルブル震えて何も話せねえってんなら、こちらのオネエチャンにお願いしようかぁ?」

 

 その視線がアジーに移った瞬間、頭が沸騰するような怒りが込み上げる。だが、その刹那──男は空中に放り出されていた。

 

「どけ……」

 

 アジーが男を投げ飛ばしていたのだ。

 男はテーブルごとぶち壊れ、皿やジョッキの割れる音が宿屋内に響く。遅れて女性のつんざく悲鳴が上がった。

 

「アシエルちゃん。ごめん助かったよ~」

「いえ……セ、ルキフェリウス様のお世話は私の仕事ですから……ところで」

 

 アジーは冷たい目を男たちに向ける。その目は鋭く、氷のような威圧感を放っていた。

 男たちは青ざめ、何度も頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。

 

「今度は気をつけてくださいね。それと、修理代は払ってもらいますよっ」

 

 そう告げると、僕たちは再び階段へと向かった。

 

 だが、そう簡単には事が運ばなかった。

 先ほど悲鳴を上げていた赤毛の女性に足を止められる。

 二十代そこそこの鋭い目つきをした顔立ち。健康的な小麦色の肌に、鍛え上げられた体。手の剣ダコが、戦士としての経験を物語っている。華やかさはないが、どこか目を引く魅力を持つ女性だった。

 

 彼女によると、先ほど投げられた男がぶつかった拍子に、大切なポーションが壊れたらしい。怒りを露わにしながら、弁償を求めてくる。

 悪いことをしたかと一瞬思ったが、正直言って手持ちの金は少ない。困った僕は、先ほどの男たちに請求するよう促したが、彼らも支払える様子はまるでなかった。

 

「回復ポーションで……間違いないですね?」

 

 沈黙を破ったのはアジーだった。彼女はポーションを取り出し、物々交換を申し出る。

 

「え、ええ……ひとまず、それで問題ないわ」

 

 女性は訝しげな表情でポーションを眺めていたが、やがて渋々受け取った。奥歯に何か挟まったような口調が少し気がかりだったが、追及は避けておこう。

 それよりも、僕はアジーの行動に目を引かれた。彼女がこうして僕以外に関心を示すことは珍しいのだ。ナザリックでは、常に僕のそばに控え、他者と会話する姿はほとんど見たことがない。「人間が好き」という設定は与えたものの、その性質は歪んでしまっている。

 

 赤毛の女性が去った後、部屋に入った僕は尋ねた。

 

「アジーちゃん、彼女のことが気になる?」

「はい……可愛い女でした。……どう鳴くかが気になります」

 

 アジーは遠い目をしながら呟き、僅かに歪む唇に欲望の色を滲ませた。

 そうか。「人間が好き」という設定には、続けて「特に女を好む」という言葉を並べていた。元ネタに沿った形だったが、それが強い欲望として現れたのだろう。

 

 僕は微笑みながら軽く肩をすくめる。

 

「アジーちゃん、そのうちいい玩具を用意してあげるからね」

「恐れ入ります……ですが、期待しております」

 

 淫靡な笑みを浮かべるアジーに、今後の予定を伝える。

 モモンガさんから託された任務は二つ。

 

 一つは、冒険者として身分を確立しつつ、この世界の強者やユグドラシルのプレイヤーに関する情報を探ること。特に、我々と同じユグドラシル出身者の噂があれば、それを掴む必要がある。

 二つ目は、金を稼ぐこと。

 ナザリックは現在、資金が不足している。ユグドラシルの金貨はあるが、この世界の通貨とは異なるため、使用すれば痕跡が残りかねない。そのため、この世界で人(・)間(・)と(・)し(・)て(・)稼ぐ必要がある。

 

「この二つの課題に応えていかないとね。モモンガさんのためにも」

「畏まりました……全力を尽くします」

 

 任務は簡単ではないが、やり甲斐はある。

 先ほどの騒ぎのような小さなトラブルも、一つの楽しみに変えていこう。多様な人間たちを観察し、彼らをどう遊ぶか考える。それが、この世界を知る一歩でもあるのだから。

 

「よし、明日は冒険者組合に行こう」

「承知しました。モモンガ様のご期待に応えられるよう、尽力いたします」

「うんっ! いっぱいお金を稼ごうね」

 

 そうして僕たちはナザリックへと帰還した。

 念のため、シモベを一体だけ宿に残しておいた。不測の事態があっても、情報が漏れる心配はないだろう。

 

 その夜、清潔なナザリックのベッドで、僕はアジーと共に休む。

 彼女の温もりを感じながら、明日からの冒険に思いを馳せた。

 

 

 

 翌朝、僕たちは冒険者組合を訪れた。

 奥にあるカウンターには、三人ほどの受付嬢が立ち働いている。右手の壁にはボードがあり、そこに貼られた数枚の羊皮紙がおそらく依頼内容を記しているのだろう。だが、残念ながら僕には文字が読めない。

 昨日の受付嬢にはそのことを伝えたが、今朝の彼女たちにも伝わっているのだろうか──不安がよぎる。

 

 仕方なく、冒険者の相手を終えたばかりで手が空いた様子の受付嬢に声をかけ、文字が読めないことを再度伝える。少年の姿であることはこういう時に便利だ。彼女は親切に、そして手際よく説明を始めてくれた。

 本来なら聖職者である僕が文字を読めないなどあり得ない話だが、ここは異国の地。多少の不自然さは大目に見てもらおう。

 

 説明を聞きながら、どの依頼を受けるべきか悩んでいると、別の受付嬢がこちらに声をかけてきた。

 驚いたことに、僕たちに「指名依頼」が入ったというのだ。その場にいた冒険者たちは一斉にこちらを注目し、ざわめきが広がる。

 

 依頼を出した人物は、ンフィーレア・バレアレという少年だった。

 はじめまして、と丁寧に挨拶をする彼に、内心驚きながらも表情には出さず応じる。

 彼の話を聞くうちに疑問が湧き上がり、思わず問いかけた。

 

「何故、僕達に依頼を? つい最近この街にやってきたばかりの新人ですが……」

 

 有名らしいこの少年に、名指しされる心当たりはない。僕の眼(・)で彼を視ても、大きな悪意や隠れた欲望は感じられない。だが、もしも彼がユグドラシル出身のプレイヤーだったら──そんな考えが脳裏をよぎり、眉間に皺が寄る。

 

「ああ、宿屋の件をうちの店に来た方から聞いたんです。あっという間にランクが上の冒険者を吹っ飛ばしたって」

 

 なるほど。理屈は通っている。

 だが、それだけで依頼を出すものだろうか? 訝しむ僕に、少年は冗談めかした口調で胸のプレートを指差し、続けた。

 

「それに、銅のプレートの方ならお安いじゃないですか。今のうちにお付き合いをしておきたくて」

 

 青田買い、というやつだろうか。ならば納得がいく。

 すべてが正直とは限らないが、彼はそう悪事を働けるような人物には見えない。

 

 僕は少し考えた後、彼の依頼を受けることにした。

 護衛という内容が少々面倒だが、何とかなるだろう。それに、道中でモンスターが襲ってきたら耳を取り、ついでに小遣い稼ぎをするつもりだ。

 

「依頼を受けさせてもらいます。よろしくお願いします」

 

 僕が答えると、ンフィーレアは嬉しそうに微笑んだ。

 これで少しは金を稼げそうだ。悪くない取引だと思う。

 

 隣にいるアジーと目を合わせると、彼女も小さく頷いた。

 さあ、これからどんな冒険が待っているのだろうか──。

 

 

 * * *

 

 

 エ・ランテルから東北に位置するカルネ村まで向かい、薬草を採取して帰る──これが今回の任務だ。僕たちの仕事は、その道中でンフィーレアを護衛することにある。

 馬車で向かうルートは二つあるそうだが、僕らはモンスターとの遭遇率が高い、より危険な森の周囲を通るルートを選んだ。

 最初、ンフィーレアは渋い顔をしていたが、僕が第三位階魔法まで修めた信仰系の魔法詠唱者だと説明すると、しぶしぶ納得してくれた。

 彼の安全はもちろん保証するが、それ以上にモンスター討伐で金を稼ぐ必要がある。ここら一帯のモンスターを根絶やしにするくらいのつもりだ。

 

 馬車を走らせるうちに、正午の陽が頭上高く昇る頃、遠目に鬱蒼と生い茂る原生林が見えてきた。

 木々が折り重なるように立ち並び、濃密な緑が視界を覆い尽くしている。あちらの世界にはなかったこの風景に、思わず目を奪われる。だが、森の奥に潜む闇はどこか不気味で、木々の間から今にも敵が飛び出してきそうな不安を煽る。

 

 森を眺めていると、ンフィーレアが申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「この辺りは、森の賢王という強力な魔獣の縄張りなんですよ。その影響で、あまりモンスターは現れないと思います……」

「はあ、森の賢王……」

 

 彼の話によれば、森の賢王とは魔法を使う恐ろしい魔獣で、数百年もの間森の奥深くに住んでいるという。蛇の尾を持つ白銀の四足獣──まるで妖怪じみた存在だ。

 あまり興味はないが、アウラあたりが捕まえたら喜びそうだ。プレゼントにしようかなあ。

 

 しばらくモンスターの襲撃がなさそうだったので、ンフィーレアと雑談を交わした。

 彼からカルネ村の話や薬草の種類、錬金術師という仕事について聞いていくうち、モモンガさんに救われたエンリという少女が、彼の想い人であることを知った。

 エンリの話をする彼の頬はわずかに紅潮し、声が上ずっている。恋に臆病な彼は、彼女に踏み込めずにいる様子だ。

 

「欲しいものがあるなら、全力で手に入れにいかなくちゃ」

 

 能天気にそう助言しながら、僕は彼をからかう。いざとなれば、背中を押してろう。唆(・)し(・)は得意なのだ。

 

 そんな雑談をしていると、アジーが真剣な表情でこちらに声をかけてきた。

 

「ルキフェリウス様……何やら気配を感じます。モンスター共が近づいてきたようです」

 

 彼女に渡しておいた探索系アイテムが早速役に立ったようだ。敵の位置を知らせてくれるだけの安物アイテム(外れガチャ)だが、十分役に立つ。

 

「ンフィーレアさん、少し下がっててくださいね。僕らで片付けます」

 

 アジーが指差した方向に目をやると、木々の間から小鬼(ゴブリン)たちが次々と姿を現した。その後ろには、巨体を揺らす人喰い大鬼(オーガ)までいる。森から這い出した彼らは、草原に足を踏み入れると僕らを見下ろしてきた。距離はあるが、数は多い。早めに片付けないと危険だ。

 

「アシエルちゃん、頼むよ」

 

 僕の指示に応じると、アジーは雷光の如き速さで駆け出した。その剣技は鋭く、鮮やかだ。

 彼女は戦士系の職業(クラス)であるウェポンマスターを持ち、武器の扱いにおいては並外れた技量を誇る。元(・)ネ(・)タ(・)の逸話を反映して生産系の職業(クラス)も与えたが、コキュートスには及ばないものの、ナザリックの中でも高い戦闘能力を誇っている。

 一方で僕は、魔法詠唱者でありながら、ウルベルトさんやモモンガさんほどの力はない。嫌がらせ系のスキルには自信があるが、正面からの戦闘はアジーに頼ることが多い。

 

 アジーが剣を振るい、小鬼(ゴブリン)達を直線上に追い立てる。それを見計らい、僕は雷撃(ライトニング)を放った。稲妻が閃光となり、敵を貫く。悲鳴と共に崩れ落ちる小鬼(ゴブリン)達──心地よい爽快感が胸に広がる。

 

 残る獲物(オーガ)達も同様に狩り尽くしていった。顔を傷つけないよう慎重に切り倒し、耳を収集する。金稼ぎのためには必要な作業だ。

 

 気づけば、平穏が再び戻っていた。草原にはモンスターの屍だけが残り、静寂が漂っている。僕はその場に立ち尽くしながら、満足感に浸った。

 

「これで、金が稼げたね。次もどんどん狩ろうか」

 

 アジーに軽く笑いかけ、僕らはカルネ村への道を再び進み始めた。

 

 

 * * *

 

 

 日が高いうちに、僕らは野営の準備に取り掛かった。

 三人しかいないので、テントも僕とアジー、そしてンフィーレアの分だけだ。

 初めて組み立てるテントに四苦八苦していると、見かねたアジーがすべての作業を引き受けてくれた。その手際の良さは、まるで熟練の職人のようだ。

 ふふっと微笑むンフィーレアの視線が少し痛い。きっと今までの旅路もこんな感じだったんだろうと思っているに違いない。くっ、今に見てろ。僕だっていつか立派なキャンパーになるんだ!

 

 寝床の準備が整うと、次は料理だ。小さな穴を掘り、竈を作る。

 どうやら料理はンフィーレアが担当してくれるらしい。錬金術と料理は似たようなところがある、なんて笑いながら言っていた。確かに材料を混ぜ合わせて何かを作るという点では近いのかもしれない。

 彼が事前に用意していた食材を使い、シチューを作るという。日本で馴染みのあるクリームシチューとは違い、欧米によくある所謂ごった煮だ。

 しかし、ンフィーレアが用意してくれて助かった。料理系のスキルを持たない僕達では料理そのものが出来ないのだ。

 

 日差しが傾き、薄闇が広がり始めた頃、食事の準備が整った。

 焚き火の上でぐつぐつと煮えたシチューが、香ばしい香りを漂わせている。燻製肉をベースにしたこのシチューは、塩気の効いた味わいが疲れた体に染み渡るようだ。

 堅焼きパンをスープに浸し、一口かじると、じんわりと染み込んだスープが口の中で広がる。さらにナッツの香ばしさとカリッとした食感がアクセントになり、シンプルながらも味わい深い。

 柔らかく煮込まれた燻製肉は、少し歯応えを残しつつも、噛むたびに凝縮された旨味が溢れ出してくる。パンの自然な甘さとシチューの塩気が絶妙に混ざり合い、何とも言えない幸福感が広がった。

 

「うん、美味しい! さすがですね、ンフィーレアさん!」

 

 僕は心からの感謝を述べる。彼の料理のおかげで、旅の疲れも吹き飛びそうだ。

 彼は少し照れくさそうに頬をかきながらも、いえいえ、と謙虚に応じる。

 

 そんな風に食事をしながら、話も進んでいった。話題が尽きない中、昼間のモンスター襲撃の話になると、彼の目が輝きを増した。

 

「それにしても、すごいです! あなた達がこんなに素晴らしい腕をお持ちだったなんて……!」

 

 ンフィーレアが興奮冷めやらぬ様子で言葉を紡ぐ。

 

「ありがとうございます。でも、僕たちも遠(・)い(・)場(・)所(・)からこの地にやってきたんです。それなりに戦闘の経験はありますよ」

 

「へぇ、遠い場所……そんなに離れているんですか? どんな場所なんですか?」

 

 興味津々の様子で、ぐっと身を乗り出してきた。冒険者組合で聞いた話を基に考えると、彼にとって僕たちは銅プレートを遥かに超えた力を持つ存在に映っているのだろう。だからこそ、不審に思われても仕方がない。

 

 僕はあらかじめ用意していた答え──「東の果てから巡礼の旅をしている」という設定──で話を切り抜けることにした。実際の出自やナザリックの情報は漏らすわけにはいかない。

 

 彼はその言葉に一瞬納得した様子を見せたが、まだ腑に落ちない表情を浮かべている。そして珍しいアイテムや素材についても尋ねてきたが、これについても話せる内容はない。「そういった物は見たことがない」とだけ答えた。

 

 最後に彼は珍しいポーションについて尋ねてきたが、僕は軽く首を振る。

 

「そう、ですか……うぅ」

 

 目の前で彼が落胆する姿を見ると、少しだけ罪悪感が湧いた。彼の錬金術師としての探求心は理解できるが、こちらとしても話せない事情があるのだ。

 

 そこで僕は話題を変えることにした。昼間に話したエンリという少女について尋ね、彼が抱いている想いを引き出す。案の定、彼は照れたように頬を赤く染めながら語り始めた。彼女を想う気持ちは、聞いているだけで微笑ましい。

 そんな彼に、僕はアドバイスとして色々な手練手管を教えてあげた。顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる少年にアレコレ教えるのは気持ちが良い。「キャベツ畑」や「コウノトリ」だっけ。げひひ。

 

 ンフィーレアの純朴な反応を楽しみつつ、僕らはそのまま語らいながら夜を過ごした。遠くで星が瞬き、焚火の揺れる明かりがテントの外を静かに照らしている。暖かな余韻に包まれながら、僕らは明日へと備えた。

 

 

 

 翌日、太陽が昇り始めた頃、僕たちは出立し、草が生い茂る街道を進んでいった。

 

「そろそろカルネ村が見えてくる頃だと思いますが……」

 

 明るい声色で話し始めたンフィーレアだったが、言葉は途中で止まった。彼の視線は遠くに広がる村へと向けられている。特段変わった様子はないように見えるが、彼によると、村の周囲に以前はなかった柵ができているらしい。その急な変化に驚きを隠せないようだ。

 

 僕も視線をそちらに向ける。そういえば、前回見た時にはこんなものはなかった気がする。ふと、村を襲撃された日のことが脳裏に浮かんだ。

 

 不安げな表情のンフィーレアを促し、狭い街道を村へと歩みを進める。左右には青々とした畑が広がり、穂が風に流されざわめく様子がまるで生きているようだ。高く伸びた作物が視界を遮り、森の中を進んでいるような錯覚を覚える。

 

「ルキフェリウス様……」

 

 アジーが小声で話しかけてきた。彼女が手にした探索用アイテムを指差している。それによると、近くに敵の反応があるらしい。ただ、彼女はすぐに攻撃するつもりはないようだ。その慎重な態度に、僕はふと思い出す──あの時、モモンガさんが村で何をしていたかを。

 

 そう考えている間に、脇の茂みから小さな亜人たちが飛び出してきた。リーダーらしき亜人を中心に陣形を組み、刃を抜いて構え、鋭い目つきでこちらを見つめている。弓兵らしき者たちも周囲を囲むように構え、完全に警戒態勢だ。

 

「……よく見なよ、あれ、小鬼(ゴブリン)だ」

 

 昨日遭遇した醜いモンスターとは違い、引き締まった体つきの彼らには、明らかに鍛え上げられた気配が漂っている。

 

「そっちの二人、動かないでくださいよ」

 

 リーダーの小鬼(ゴブリン)が用心深げに声を上げた。その目は僕たちを警戒しているが、無闇に戦いを仕掛ける様子はない。

 

「正直、あんた方とは戦いたくねぇんですよ。そこで質問だ。何の用でこの村を訪れたんです?」

「薬草を採りに来たんだ。安心しなよ、僕達に攻撃の意思はない」

 

 僕は落ち着いた声で答える。おそらく、彼らはモモンガさんがエンリに渡したアイテムで召喚された小鬼(ゴブリン)達だろう。ひとまず、争いを避けることにした。アジーも同じ考えのようで、攻撃の構えは見せていない。

 

「そいつはありがてぇ。あんた方を敵に回すと、ちっと厄介なことになりそうなんでね」

 

 そう言いながら、リーダーの小鬼(ゴブリン)が肩をすくめる。続けて、「姐さんを呼んできます」と言い、一人が村の中へと走り去ろうとした──その時だった。

 

「カルネ村をその姐さんって奴と襲ったのか!」

 

 ンフィーレアが突然、激しい剣幕で叫んだ。小鬼(ゴブリン)達は訝しげに彼を見つめる。

 

「……落ち着いて下さい、ンフィーレアさん。誤解があるみたいです」

 

 僕が彼を制する間に、村の方から一人の少女が現れた。

 

「エンリ!」

 

 ンフィーレアが叫び、状況は一気に収束した。彼女が現れたことで、ンフィーレアの誤解もひとまず解けた。

 

 エンリに促され、僕たちは柵の中へと足を踏み入れた。

 

 さて、村はどう変わったのだろう。

 




中途半端ですが、一旦話はここで終わりです。
どこで区切るかがホント難しい……。
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