(前回までのあらすじ)
拐われたンフィーレアを無事救出することは出来た。しかし次は、シャルティアが精神支配を受けてしまったのだった。
「──そんなに、そのゲーム、面白いんですか?」
彼女が首をかしげ、不思議そうに問いかけてきた。
「たかがゲームでしょう? 運営が終わったら、それでおしまいじゃないですか」
その一言に、思わず苦笑が漏れる。
確かに、ゲームに縁のない人間から見れば、もっともな疑問だ。
自分にとって大切なものも、他人から見れば無価値に映ることなんて、現実ではいくらでもある。
ましてや、そんなものに大金を注ぎ込むなど、理解を得られるはずもない。
「ふふっ……まあ、そうかもね。でも、僕にとっては救いだったんだ。たかがゲームだけれど、あれがあったから、生きてこられた」
そう、救いだった。
ユグドラシルの世界にいる間だけが、現実の重圧を忘れさせてくれた。
正直、ユグドラシルでなくても良かったのだ。映画でも、漫画でも、別のゲームでも──僕を現実から切り離してくれるなら、何でも良かった。
アインズ・ウール・ゴウンは、たまたまそこにいたのだ。
「そうなんですね……」
彼女が短く相づちを打つ。腑に落ちない様子を見せつつ、それ以上は深く追及してこなかった。
診察を終えると、繋がれていた器具を外し、「お大事に」とだけ告げて、部屋を出ていった。
静寂が訪れた病室の中で、僕は天井を見上げ、小さく呟く。
「……分かってるさ、そんなこと」
まやかしだ。現実逃避だ。
そんなこと、とうに理解している。それでも──。
現実がどれほど不条理であっても、あの世界があったから、僕は生き延びられた。
不貞腐れるように体を横たえ、目を閉じる。
けれど、窓から差し込む燦々とした陽光が、瞼越しに滲むように映り込む。
それが現実というものだ。逃れられない、重い現実だ。
だが、その現実に耐えられる自信は、僕にはまだなかった。
* * *
シャルティアを救うべく装備を整えようとしていた僕達だが、冒険者組合から急な呼び出しを受けた。正直、今はそれどころではなかったが、シャルティアに関係しているかもしれないという予感があった。
モモンガさんと相談し、僕が組合に向かうことにした。宿屋に待機させていたシモベには礼を述べ、ナザリックへ帰還させる。
組合の部屋に通されると、そこには六人の人物がいた。冒険者組合長ブルトン・アインザック、都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア、魔術師組合長テオ・ラケシル、そしてミスリル級冒険者三人だ。
僕はどうやら、昨晩の活躍でミスリル級に昇格していたらしい。その場でミスリルのプレートを受け取ると、冒険者の一人、イグヴァルジが鋭い目つきでこちらを睨んできた。
「その妙な仮面くらい外したらどうだ?」
皮肉交じりの発言に、僕は微笑みを返し、予め用意していた
「以前、とある魔物に呪われまして……」
僕の服装や巡礼中という設定が功を奏し、彼らも一応納得したようだ。
その後、アインザックが興奮気味に昨晩の僕らの偉業を語り出した。開放した悪魔がアンデッドを蹴散らし、その中には伝説級のモンスターもいたという。正直、特に苦労した記憶はないが、評価が上がるのは悪い気がしない。
やがて本題に入る。二日前に発見された
「やれやれ……あの子、何をやっているんだか」
あの子は何を馬鹿なことをやっているのだ。内心でため息をつく。
接した際の言動から
さらに彼らは、シャルティアと昨晩の墓地での事件を関連付け、ズーラーノーンという組織の陰謀を疑い始めた。全く無関係だが、彼らが討伐に関わると厄介なので、僕は討伐を独占することを決意した。
「……その吸血鬼は僕が以前から追っていた宿敵なのです。御存知の通り、恐ろしく強大な力を持っていて、あなた方では簡単に殺されてしまうでしょう」
魔封じの水晶を見せ、第八位階魔法を封じ込めた代物だと説明すると、アインザックたちは慄きながら僕の話を了承した。ラケシルだけは興奮して様子がおかしくなってしまったが……まあ、そういうタイプなのだろう。
報酬の件は後日話し合うことになり、僕たちは冒険者組合を後にした。
すぐに
モモンガさんは、今朝方とは違い、落ち着いた様子で僕の話を聞いていた。彼は装備を取りに宝物殿へ向かっていたはずだが、そこで何かあったのだろうか?
『……そういえば、パンドラズ・アクターはどうだった? 君の子だろう?』
その問いかけに、彼はウッと詰まった声を漏らし、呻くように答える。
『うぅ……あんなの黒歴史ですよ……可愛いとか以前に、痛々しい過去の自分が迫ってきて耐えられない……』
どうやら、厨二病真っ只中だった頃の自分を目の当たりにしているようで辛いらしい。
でもなぁ、ネオナチ風の軍服、結構かっこいいと思うんだけどなあ。
そんなやり取りの後、モモンガさんが落ち着いていた理由を教えてくれた。
宝物殿の奥には「霊廟」という場所があり、そこにはかつてのギルドメンバーを模したゴーレムや装備が祀られているという。僕は宝物殿に行く機会がほとんどなかったので、そんな場所があるとは知らなかった。
「まさか僕に似せたゴーレムまで飾ってあったりするのかな?」
そう思うと、少し照れくさくなり、思わず苦笑いが漏れる。
治療のためナザリックを離れた際に、僕の装備やアイテムの大半はモモンガさんに譲渡していた。彼はそれをしみじみと話していたが、言葉の端々に寂しさが滲んでいるように感じた。
ともあれ、彼はそこでアルベドと対話し、決意を新たにしたらしい。彼女に話を聞いてもらったことで、彼の意志がより固まったのだろう。
「アルベド、いい仕事をするじゃあないか」
心の中でそう呟く。迷う男を癒やし導くのは女の役割だ。逆もまた然り。
僕はアルベドの貢献を密かに評価し、後で何か褒美を与えることに決めた。彼女なら、きっと喜ぶだろう。
そろそろ予定の時間だ。僕はエ・ランテルの正面門へ向かった。
* * *
スーパーメガセリオンに乗り、街道を疾走する。
ただ歩くだけなら問題ないが、これだけの速度で走ると安定感に欠けて少々乗りづらい。それでも、彼女──後に判明したが、スーパーメガセリオンはメスだった──が上手くバランスを取ってくれたおかげで、なんとか落ちずに済んだ。
アジーも一緒に乗っているが、彼女は余裕の表情だ。さすがだなあ。
視線を横に向けると、四人の男達が馬に乗り並走していた。どれもそれなりに良い装備。
その中に、イグヴァルジの姿があった。彼に「同行は不要」と伝えたはずなんだけど、結局ついてきたらしい。わがままな男だ。彼の仲間には少し同情する。
しかし、彼らの行き先に待つのは栄光ではない。
すでに彼らの末路は決まっている。
目的地に到着すると、モモンガさん、アウラ、マーレが出迎えてくれた。
その姿を見た瞬間、イグヴァルジの顔が青ざめる。
「どういうことだ! お前……まさか……!」
彼の叫び声が空気を震わせた瞬間、彼らの人生は幕を下ろした。
だからついてくるなと言ったのに。
「身の程を知らないから、こうなるんだよ」
僕の声が彼らに届いたかは分からない。もし来世があるなら、今度こそ心して生きるといい。
遠くから聞こえてくる悲鳴に、内心ゾクゾクとした興奮を覚えながら、僕はモモンガさんの元へ向かった。
彼らは「吸血鬼に殺された」ということにしておこう。
これからの計画をモモンガさんと話し合い、スーパーメガセリオンを彼らに顔合わせさせることにした。
モモンガさんは、目の前に現れたハムスターのような彼女に、面食らったような表情を浮かべていた。
「……これが賢王?」
その反応に思わず笑いそうになる。
スーパーメガセリオンは怯えた様子だったが、「僕のペットである以上、妙な目に遭わせることはないよ」と伝えると、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
アジーに連れて帰るよう頼み、彼女達と別れる。
そして、モモンガさんと向き合った。彼はどこか緊張した面持ちだ。
「モモンガさん、分かってると思うけど、これしか方法はない。けれど、彼女は貴方にとって天敵だ。勝率は高くないだろうね」
「……ええ。でも、NPC達を巻き込むわけにはいかない。俺達で決着をつけましょう」
僕たち二人によるシャルティア討伐。それが今回の方策だ。
彼女を倒し、生き返らせることで精神支配を解く。それしか方法がない。
この戦いにNPC達を巻き込むのは論外だ。彼らは僕達の「子供」だ。
モモンガさんの意思は固く、話し合いの末、僕達二人だけで挑むことになった。
アウラとマーレは、万が一の際の保険だ。
二対一なら勝率は高いはずだが、僕達の
特に僕は信仰系
さらに、
正直、モモンガさん頼りの戦いだ。
だが、彼は優秀だ。一人でも勝てるかもしれない。僕は妨害役に徹し、できる限り彼をサポートする。
僕たちは互いに頷き合い、シャルティアの元へと向かった。
* * *
シャルティアとの激戦は、僕達の勝利で幕を閉じた。
終わってみれば、あっけないものだった。
彼女は所詮、NPCでしかなかったのだ。プレイヤーのような経験がなく、生まれ持った力をただ振り回す幼子のような存在だった。
僕達がこれまで相手にしてきた「人間」という生き物の意地の悪さには到底及ばない。
最後、モモンガさんがとどめを躊躇った時には肝を冷やしたが、僕がシャルティアの意識を逸らすことで何とか乗り切った。
情けは無用。こういう時こそ非情でなければならない。何事もなく済んで本当に良かった。
息をつき、散らばったシャルティアのアイテムを拾い集める。
「大丈夫かい?」
超位魔法を放ち、疲労困憊の様子のモモンガさんに声をかけた。
とはいえ、僕自身もかなりの疲労感を抱えている。
「ええ……早くナザリックに戻り、シャルティアを蘇生させましょう」
モモンガさんの声は冷たく硬い。
元凶への憎しみが滲んでいるのだろうか。
僕も二度とこんな事態はごめんだ。
だが、一つだけ確信している。
アインズ・ウール・ゴウンを敵に回したこと、その意味を敵に思い知らせてやる。
死の支配者と黙示録の獣が、低く笑った。
ナザリックへ帰還した僕たちは、玉座の間でシャルティアの死を確認した。
蘇生の手続きを進める中で、守護者たちが願い出てきた。
「万が一、精神支配が解けていなければ、私たちにお任せください」と。
帰還後、さらに僕にべったりくっつくようになったアジーも同じ申し出をした。
モモンガさんの顔を見ると、再び迷いが浮かんでいるようだったが、アルベドの言葉に背中を押され、彼の決意は固まったようだった。
正直、僕も子供同士の争いのような事態は避けたいと思う。
けれど、彼らもまた生きる存在だ。僕たちへの忠誠で縛られているとはいえ、自由な心を持っている。
ならば、その意思を尊重するべきだろう。
僕はそう心に誓った。
そんな僕を、アジーが静かに、しかし強く抱きしめてきた。
それから、シャルティアは無事に蘇生された。
精神支配を受けたことなどなかったかのように、無垢な姿で目を覚ました。
彼女の記憶は五日前で途切れているらしく、その後の出来事については何も覚えていなかった。
しばらくするといつもの調子を取り戻し、子供のようにはしゃぎ出す。
その様子に、アルベドが叱りつける。
他の守護者たちも次々と口を挟み、シャルティアと小競り合いを始めた。
その光景に、僕とモモンガさんは目を見合わせる。
そして、互いに笑い声をあげた。
かつての仲間達と過ごした日々を思い出させる光景だったからだ。
守護者達の姿は、まるであの頃の僕達を映しているようだった。
懐かしさ──ノスタルジーというのだろうか。
だが、これはただの懐古ではない。美しい思い出はこうして今、NPC達に受け継がれているのだ。
かつての仲間達の多くは去ってしまった。
それでも僕はここにいる。突き動かす衝動によって。
ゲームという幻想は、今、確かに現実となったのだ。
それがどうしようもなく、嬉しかった。
* * *
冒険者組合の廊下を歩いていると、周囲の視線を感じる。
尊敬されるのは悪くない。だが、新たに与えられた二つ名、『暁光の導き手』と呼ばれるのは少々恥ずかしい。僕達のチーム名も『暁光』とされてしまった。
暁という響きが、僕の正体を知る者からすれば皮肉にも思えるが……あの大きく破壊された戦闘跡から名付けられたのなら仕方がない。元々、有名になるのが目的だった。受け入れるしかないだろう。
「依頼が完了しました。次の仕事はありますか?」
受付嬢に、先日倒した
それも当然だろう。普通なら数週間かかるとアインザックも言っていたのだから。とはいえ、僕たちに適した新しい依頼は今のところないらしい。
挨拶を済ませて組合を後にし、『黄金の輝き亭』という宿屋へ向かう。
最近は最初に泊まっていたボロ宿とは違い、高級宿に滞在している。
ナザリックに戻らずとも清潔なベッドで眠れるし、食事も美味しい。贅沢ではあるが、これもアダマンタイト級冒険者としての見栄だ。少しばかり貪っている気もするが、必要経費だと割り切るしかない。
それにしても、最近のアインザック達の接待攻勢は目に余る。
あの手この手で美女を連れてきて、僕を誘惑しようとするのだ。
彼らの意図は分かるし、理解もできる。僕をこの街に留めておきたいのだろう。だが、今の僕にはそんな暇はない。
ンフィーレアの誘拐事件で捕らえた二人の件もあるし、『ナザリック♥ラブラブ大作戦』のための実験にも忙しい。
それに、仮に美女を用意されたところで、僕相手では彼女達が簡単に壊れてしまいかねない。ましてや、子供を作るなど論外だ。
アジーの存在も問題だ。彼女は「完全にこちらに引き込んだ相手」でないと、下手をすれば
そこで、今はクレマンティーヌをアジーに与えている。
彼女は非常に喜んでおり、冒険者の仕事の合間にクレマンティーヌの調教に励んでいるらしい。
冒険者としての依頼も一段落ついた今、少し息抜きに実験を再開しようと思う。
モモンガさんは
実験が成功したら何が起こるのか……考えるだけでワクワクしてきた。
次は皆大好きクレマンティーヌさんの話になると思います。