内容が判るように作者専用な感じのエピタイです!
エロシーンはありません。
「桜さん、ごめんなさい」
ぶつけた鼻を押さえて奈月は涙声で詫びた。だが桜は返事をするどころかぴくりとも動かない。不思議に思ってひょっこりと桜の陰から顔を覗かせた奈月は驚きに目を見張った。
ずるるるる、とラーメンを啜った一人の少年がよっ、と手を上げる。桜はそこで漸く呪縛が解けたように少年を指差した。
「なっ、なっ、なっ」
割り箸でラーメンをつかんで口に運んだ少年がまた音をたてて啜る。斎姫は広々とした生徒会室を横切って部屋の奥に設えられたソファセットに寄った。一人、腰掛けていた少年に茶をいれている。
かなり整った顔立ちをした少年の名は木村透という。奈月は目をしばたたいて透を見つめた。
「なんでこんなところにいるんですかー!」
学校中に響く声を上げて桜がいきなり大股で歩き出す。奈月は戸惑いながらも桜の後をついて歩いた。
「へえ。制服、案外似合うじゃん」
透は何故か私服の上に白衣を着ている。そんな透に歩み寄って桜が激しい音を立ててテーブルをひっぱたく。景気のいい音を立てたテーブルはその直後、見事に真っ二つになった。浮いたラーメン鉢と湯飲みを絶妙なタイミングで支えた透が声を上げて笑う。桜はぶるぶるとはっきりと身を震わせて引っくり返った声で言った。
「何しに来たんですか!」
「何しに来たって、お前の様子見に来たに決まってるだろうが」
当り前の顔で言って透が湯のみを桜に差し出す。桜はうろたえてから湯のみを受け取った。すると透がまたラーメンを啜り始める。
「ご、ご心配には及ばないとあれほど……」
そこまで言って桜がはっとしたように振り返る。いつの間にか桜の顔は真っ赤になっていた。奈月は不思議に感じて首を傾げた。確かに透とは面識はあるが、一度会っただけであの時はろくに言葉も交わさなかった筈だ。そんなことを思い出しながら奈月は桜をじっと見つめた。
「ちっ、違います、姫様!」
相当、焦っているのか桜が手を振り回して言う。その瞬間、桜の握っていた湯飲みから淹れたての茶が零れ、その場に散った。危うく茶を引っ掛けられそうになった透が箸を軽く宙で振る。すると零れた茶は瞬く間に凍り付き、小さな氷となって床に散らばった。
「相変わらず粗忽者だな。もっと女らしくできねーのかよ」
そう言って透がラーメン鉢からつゆを啜る。桜は慌てたように透と奈月を見比べてから大きなお世話です、と言った。
斎姫に案内されるままに生徒会室の奥の部屋に招かれた奈月は大人しくソファに腰掛けた。その隣には桜が、そして正面には何故か斎姫と透が並ぶ。四人の間にあるテーブルにはしっかりと四人分の弁当がそれぞれの前に並んでいた。
「桜さん、ひとつ質問があるのですけど、よろしいかしら?」
緊張しきった顔をしていた桜が何ですか、とかたい声で斎姫に応える。奈月は目の前の弁当の包みを開けるべきなのかどうか真剣に悩んでいた。とりあえずは淹れたての茶を取って静かに啜る。
「あなたは、以前、おじさまの下に居た方と、同一の存在なの?」
「転生した者を同一と見るなら同じではないかと」
桜はこれまでに何度も死んでいる。そして度々転生しているのだ。難しい顔でそのことを説明する桜の横に腰掛けていた奈月は悲しいものを感じて思わず俯いた。早速、弁当の包みを解いた透はさっさと食べ始めている。
「少なくとも力はこれまでで最強なんじゃねーの? 宝珠無しで木龍の座位を保ってるわけだし。まあ、半分は俺が作ってやった宿体のおかげだけどな」
弁当を美味そうに食べながら透が箸で桜をしめす。すると桜は困ったような何とも言い難い複雑な表情をしてみせた。奈月は戸惑いつつ透と桜とを見比べた。確かに今の桜には宝珠の存在は感じられない。
宝珠とは龍神の持つ力を現す八つの宝玉の事を指す。金、銀、紅、青、翠、紫、白、黒。これら宝珠にはそれぞれに司る力があり、それはその色の示す龍神の力に繋がっている。
「それで、おひいさんは落せたのか?」
「はうあうあー!」
それまで黙っていた桜がいきなり叫んで立ち上がる。奈月は驚きに目を丸くして桜を見上げた。桜がテーブルを乗り越えて透の腕をつかみ、引きずるようにして生徒会室に戻っていく。まだ食ってる最中なのに、とぼやきつつも透は桜と一緒にドアの向こうに消えた。
「やっぱり、とても同一人物とは思えないわ」
ぼそりと呟いて斎姫がため息を吐く。奈月は不思議に思って首を傾げた。もしかしたら斎姫は以前の桜と知り合っていて、だから今の桜との間にギャップを感じているのだろうか。
奈月もかつて立城が居た頃、何度か桜は見たことがある。確かにあの頃と比べると今の桜の性格はまるで違っているようにも見える。立城というのは先の吉良瀬の当主の名だ。木龍神の長として、そして地上の王と呼ばれたほどの力の持ち主だった立城はとある理由から水輝に討たれた。そして実質上、立城はこの世から姿を消した。少なくとも今の世には立城は器を持って存在することは出来ない。力だけが幾つもに分かれている状態なのだ。そして桜はそんな立城の使い魔だった。
「わたしは、今の桜さんが本当の桜さんだと思います」
穏やかな笑みを浮かべて奈月はそう言った。手の中に包んだ湯のみから立ち上る香りを楽しみながら静かに茶を啜る。
「わたしはおじさまの傍に居た桜さんに憧れてたから、結構複雑かなあ。そっか。あれが本性なんだ」
微笑を浮かべて斎姫が奈月を見つめる。視線を感じた奈月は伏せていた目を上げて不思議に思った。ドア越しには二人が言い争う声が微かに聞こえている。言い争いというか、一方的に桜が食ってかかっているのかも知れない。そんなことを思いながら奈月はそっと湯のみをテーブルに戻した。
「わたしと話すのは退屈?」
「いえ、そんなこと、ありません!」
微笑んだ斎姫に問われて奈月は慌てて首を横に振った。だがそこで顔に血が昇る。先ほどまでは確かに喚いていた桜の声が微妙に変化しているのだ。やがて透を罵倒していた声は止み、何かを堪えるような声が漏れ聞こえてくる。奈月は目のやり場に困って周囲に視線を彷徨わせた。
「あの! もしかして、桜さん、透さんのことが好きなんですか?」
テーブルに身を乗り出して奈月はそう質問した。すると何故かドアの向こうから桜のちがいますぅ、という呻くような声が聞こえてくる。だがすぐにその声も聞こえなくなり、代わりに泣いているような声が聞こえ始めた。
「桜さんも複雑よねえ」
ドアに背を向ける格好で腰掛けている斎姫がくすくすと笑う。するとまたちーがーうー、という桜の力ない声が聞こえてくる。次に聞こえたのは透の声だ。どうやら他に気を散らすな、と言っているらしい。
桜が残念すぎる……。