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さっきの宝珠を渡してこい。そう言われて佑は仕方なく水輝のいる部屋を出た。苺の形をした宝珠を手に廊下を進む。使い慣れた部屋のドアを開けて佑は静かにソファに近づいた。
黒い檻に囲まれたソファに優一郎が背を向けて横たわっている。檻を挟んでいるのは大きな二枚の鏡だ。取り込んだ白銀の力で、今は水輝がこれを維持しているのだ。檻の前には空の食器の乗ったトレイが置かれている。
背もたれに向かい合う格好で横たわる優一郎の背中を見つめ、佑はそっと息を吐いた。きっと眠っているのだろう。そう思って佑は手の中の苺の形をした宝珠と優一郎とを見比べた。
「優一郎」
新鮮な気分で佑はソファに横たわる優一郎に呼びかけた。だが優一郎は答えない。横たわってじっとしているだけだ。佑は仕方なく檻の前に宝珠を置こうと身を屈めた。
不意に何かが手首をつかむ。佑は驚きに目を見張って慌てて顔を上げた。いつの間にかソファから降りた優一郎が檻の隙間から手を出して佑の手首をつかんでいるのだ。
「何するの!?」
声を上げて佑は優一郎の手を振り解こうとした。だが意外な力で優一郎が手首をつかんでいるために動かせない。
「やっぱりそうだったのか。君は佑、だね?」
がむしゃらに動かしていた佑の手から苺の形をした宝珠が落ちる。優一郎の言葉を聞いた佑は慌てて顔を上げた。檻を挟み、佑の正面に腰を落とした優一郎は真剣な顔をしている。
「記憶を取り戻すのに苦労したよ。しかし、鏡を使って分離できるなんて」
考えもしなかった。そう言った優一郎が檻の前に落ちた苺の形の宝珠を空いた手で取り上げる。だが優一郎は佑の手首を握った手を離そうとしない。
「どうしてこんな酷いことするの! せっかく、あなたにそれをプレゼントしようと思って持ってきたのに!」
涙目になって佑は喚き散らした。優一郎が手の中の宝珠を見つめて微かに笑んでから佑に目を戻す。だがそれでも優一郎は佑の手首をしっかりとつかんだままだ。
「佑、水輝さんが、何をしようとしているか教えてくれないか?」
優一郎は苺の形の宝珠を大事そうに制服のポケットに入れてから顔を上げた。その顔は真剣そのものだ。佑は睨むように優一郎を見つめ、手首を拘束している優一郎の手を何とか外そうとした。
「ふたつ、条件を飲んでくれるなら、教えてあげる」
苛立ちに顔をしかめて佑はそう言った。
「一つ目は、そのイチゴ宝珠と引き換えに、あなたの青宝珠をちょうだい!」
「これ、宝珠なのか?」
驚いた顔をして優一郎が制服のポケットから苺の形をした宝珠を取り出す。まじまじと宝珠を見つめてから優一郎は何故か口許に優しい笑みを浮かべた。
「飲もう。二つ目の条件は?」
左手に宝珠を握って優一郎が頷く。佑は歯を食いしばって優一郎を睨みつけた。何故だろう。囚われているのは優一郎の筈なのに、どうしてだか自分の方が追い詰められている気がする。
「本物であるあなたなら、外の世界のことも知ってるでしょう? あなたの記憶をわたしに転写してほしいの」
先ほどから頻繁に頭痛が起こる原因は、恐らくそこにあるのだ。それに立城が誤算と言っていたことも気にかかる。佑はそう考えながら優一郎を睨むように見た。
「わかった。それも飲もう」
真面目な顔で頷いた優一郎がふと目を細める。これで水輝に迷惑をかけずに済む。そう考えてほんの僅かに明るい表情になりかけていた佑は、優一郎の視線に気づいて眉を寄せた。優一郎が佑の胸元を飾る三連のネックレスをまじまじと見つめる。
「何よ! いやらしいわね! 自分の胸見て楽しい?」
佑は自由になる方の腕で胸を隠して身体を捩った。
「いや、その……」
困ったような顔をして優一郎がしばし視線を彷徨わせる。それから優一郎は佑の首に手を伸ばし、指先でネックレスに触れた。その瞬間、佑は目を吊り上げて胸を隠していた手で乱暴に優一郎の手を払いのけた。
「何考えてるのよ!」
そう叫んで佑は優一郎の手の甲を叩いた。眉を寄せた優一郎が赤くなった手を引き戻す。だがそれでもやっぱり優一郎の右手はしっかりと佑の左手首を押さえている。
「記憶を移すには、力を混じり合わせたほうが早いと思うけど」
打たれた手の甲を見つめてから優一郎が佑に目を戻す。
「だったら、先にそう言いなさい!」
何も説明せずに触るなど、痴漢と同等の行為だ。そうまくしたてる佑を少しだけ恨みがましそうに見つめてから、優一郎は佑の胸に左手を突っ込んだ。痛みを堪えて眉を寄せる佑の器の中をしばし探ってから優一郎が困惑した面持ちになる。
「金宝珠は?」
困った顔で言う優一郎を睨みつけて佑はため息を吐いた。まだ優一郎が器に手を突っ込んでいるために痛みがある。
「説明するから、やっぱり先に青宝珠ちょうだい」
佑が言うとしばし黙した後、優一郎が静かに手を抜く。頷いた優一郎に佑は手を差し出した。優一郎が左手を胸に突っ込み、しばし無言で俯いた後、取り出した青い宝珠を佑の出した手に乗せる。
青宝珠は清んだ輝きを帯びている。佑は早速、と自分の胸に宝珠をあてがった。ゆっくりと胸に宝珠が沈んでいく。それを見た佑は少し表情を曇らせた。
「やっぱり、わたしはあなたの偽物でしかないのね……」
そう呟いて佑は宝珠の沈んだ胸に手をあてがって俯いた。水輝は他者の宝珠は通常は器に入れられないと言っていた。だからこそ、佑の胸元には水輝の宝珠が形を変えて飾られているのだ。佑は胸にあてがっていた手でそっと三連のネックレスに触れた。
人物紹介とか説明をそろそろ入れないとでしょうか……。