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プライバシーの保護のために、と与えられた個室で奈月は翠とゲームをして遊んでいた。盤に白と黒の駒を置いて遊ぶ単純なゲームだ。二人に与えられた個室には家具などはきちんと整えられている。床にはじゅうたんが敷かれていて、盤を挟んで奈月と向かい合っている翠は寝そべっている。
ふと、部屋のチャイムが鳴る。黒の駒を手にじっと盤を見つめている翠に断って奈月は足早にドアに向かった。返事をしてドアを開けるとそこには文が立っていた。失礼します、と礼をした文が一歩だけ部屋に入る。
「姫君。あなたにお客様がいらっしゃっているそうです」
そう言った文を見つめて奈月は首を傾げた。
「わたしに、ですか?」
一体、誰だろう。そう考える奈月の心の隅に水輝の姿が思い浮かぶ。だが奈月はすぐに頭を振って脳裏に浮かんだ水輝の姿を追い払った。
「お客様は校門にいらっしゃるそうです。ご対応をよろしくお願いします」
そう告げて文は礼をした後、部屋を出て行った。奈月は不思議に思いつつ翠を振り返った。翠が手にしていた駒を入れ物に戻して奈月に歩み寄る。
「わたしも行こう」
翠が奈月の手をつかむ。
「こんな時間に、お客様って……」
不安に駆られつつも奈月は翠と手を繋いで部屋を出た。もう薄暗くなってしまった校内には誰も残っていない。生徒たちは既に帰宅した後だ。地下から地上に出た奈月は校舎の間を抜けて校門を目指した。
閉じた校門の向こうに誰かが立っているのが見える。近づくにつれ、立っている誰かの姿がわかってくる。長い翠色の髪は三つ編みにされている。瞳は髪とお揃いの色をしている。すらりとした体型は変わっていない。見覚えのある青年の姿に奈月はぱっと顔を輝かせて駆け出した。
「ラスティさん!」
ラスティという名のこの一見青年に見える人物は、実は女性だ。美しいが凛々しすぎる顔や、やけに平たい胸、そして喋り方からラスティはよく男性に勘違いされるらしい。
再会の喜びに笑みを浮かべる奈月とは対照的にラスティは厳しい表情をしている。それに何故、着ているものがぼろぼろなのだろう。それによく目を凝らすとラスティの身体はあちこちが傷ついているのが判る。結界のすぐ向こうに立つラスティがおもむろに口を開く。
「悪いが入れてくれないか」
そう言ってラスティがじっと奈月を見つめる。奈月は困惑して翠を見つめた。翠は黙ったままラスティを見つめているだけだ。
「今、引き寄せます!」
そう言って頷いて奈月は言葉を紡いだ。
「時と空間を司る者よ。彼の者を我が下に」
奈月が言葉を結ぶとラスティの姿がかき消え、次いで結界のこちら側に現れた。奈月の傍に現れたラスティが唐突に言う。
「一発、殴るぞ」
奈月は息を飲む間もなく、ラスティに頬を叩かれた。痛みを感じるより先に驚きに目を見張って奈月は打たれた左の頬を手で押さえた。
「……わたしのせいで、ラスティさんたちにもご迷惑をおかけしたんですね……?」
小声で言いながら奈月はラスティを見つめた。厳しい表情をしたラスティが奈月の傍にいた翠の胸倉をつかんで引き寄せる。
「お前がついていて、一体なにをしているんだ!」
遠慮のない怒声を張ったラスティを奈月は慌てて止めた。胸倉をつかまれた翠はラスティにされるがままに揺すられている。
「翠さんには責任はありません! まだ、産まれたばかりなのに……。わたしが至らないから……」
ラスティの腕を押さえて奈月は唇を噛みしめた。胸倉をつかまれた翠は宙吊りにされている。ラスティは翠の胸倉をつかんだまま、顔を伏せて腕を震わせた。
「常磐が……常磐が……」
呻くように言ってラスティが勢いよく顔を上げる。その頬には涙が伝っていた。
「常磐が消えちまった! 常磐だけじゃない! みんないなくなっちまったんだ!」
涙声で叫んだラスティが翠を振り捨て、奈月に指を突きつける。奈月は愕然と目を見張って息を飲んだ。
「あんた、何をした!? ええ!? 何を言ったんだよ!」
泣きながらラスティが喚く。
「あ、あの、わたし……」
奈月はうろたえながら考えを巡らせた。必死で記憶を辿って思い至る。驚愕に目を見張って震え始めた奈月の肩をラスティが突く。奈月はその場によろけて力なくへたり込んだ。
「俺たちのいるところがどういうところか知ってるか!? 死んだ龍神の持ってた龍宝珠が集う世界だ! これから生まれる龍神が持つだろう龍宝珠の世界だ! だが、龍宝珠界に居る者たちには所有者はいない!」
奈月を鋭く睨みながらラスティが泣き喚く。奈月は震えながら口を手で覆った。
「ごめんなさい! わたしは、亡くなった龍神のものでも、これから生まれてくる龍神のものでもない、完全に無銘の宝珠など存在しないという意味で言ったつもりだったんです……」
「そんな事情、俺が知るか!」
涙声で叫んだラスティが奈月の胸に手を伸ばし、服をつかむ。
「返せよ! 常磐を返せ!」
胸倉をつかまれて揺すられながら奈月は呆然と目を見張った。ここではない、別の場所に龍宝珠界と呼ばれる世界はある。そこは龍宝珠たちの集う世界だ。魔法が当り前に生きるその世界にはたくさんの人々が暮らしていた。
「返せ! 返せよ!」
声を張りながらラスティが奈月を揺する。やがてラスティの手から力が抜け、その場に泣きじゃくる声が響いた。うなだれて泣くラスティが返して、と小声で言う。
「死せる龍神の宝珠と、未だ生まれぬ龍神の宝珠はこの世に存在します」
奈月は力をこめて言葉を紡いだ。その言葉に応じて世界が震える。
静かな足音が聞こえてくる。奈月ははっとして足音が聞こえる方を向いた。どうやら追いかけてきたらしい。文が静かに奈月がいるところに歩いてくる。
「姫君よかったですね。これで『これから死ぬ龍神の宝珠』はきちんと残るようになります。やがて『これから生まれる龍神のための宝珠』も増えていくでしょう」
そう言って文が嗤う。奈月は悲しみに顔を歪めてラスティに目を戻した。ラスティが唐突に奈月を突き飛ばす。悲鳴を上げて地面にへたり込んだ奈月を余所に、ラスティは傍にいた翠の胸倉をつかみ上げた。
「これは貰っていくぞ。もしかしたらこいつが居ればどうにか出来るかも知れない」
ラスティが片手に吊り上げた翠を見上げて奈月は蒼白になった。幼い翠の身体が宙に揺れている。
「ラスティさんと仰いましたか? 文の巫女として、この度の我等が姫君による醜態を、お詫び申し上げます」
静かに告げた文をラスティがぎらりと睨む。
「それで? あんたが常磐を返してくれるのか?」
鋭い目で文を睨みつけたまま、ラスティが低い声で言う。
「残念ながら。私には、無理ですね。たかが巫女ですから。そのような力はありません」
ただ観るだけです。そう続けた文を睨んでからラスティは片手に吊り上げた翠を見た。その目には深く昏い感情が燃えている。
そういえばそろそろというか、ゴールデンウィークでしょうか。
これを仕込んでいる今は超暑い日で、倒れるかと!(泣)