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「そういえば、あなたとこうして二人きりで話すのは初めてじゃないかしら?」
落ち着いた挙動で湯飲みを取って斎姫が微笑みを浮かべる。そういえばこれまで斎姫と会う時には必ず横に桜がいたような気がする。そこまで考えて奈月はあれ、と首を傾げた。斎姫だけではない。大抵、人と会う時は桜が奈月の傍にいるのだ。例外は水輝と会う時くらいだろうか。しかもそれは水輝と交わる時に限られる。考えを巡らせていた奈月は自然と頬を染めた。
「あの、もしかして、斎姫さんは、わたしに何かご用件があるのですか?」
ひとしきり水輝とのことを思い出してから、奈月は慌てて斎姫にそう問い掛けた。すると斎姫の顔がほんの僅かに曇る。
「ええ……」
しばし口ごもってから斎姫は何かを決心したような顔をして言葉を継いだ。
「あなた最近、おじさまの……立城さんの声を聞くことはあって?」
問われた意味を理解するまでに少し時間がかかった。奈月は龍神ではあるが、機械仕掛けの身体が器だ。そして奈月の機体のシステムの声は立城の声を使ってあるのだ。そのために奈月は立城の声だけなら始終聞いていることになる。
「システムメッセージ、のことではないんですよね? ありません」
確か、水輝さんとかにも聞かれた気が……。そう続けて奈月は口許を指で押さえた。あの時の水輝のことを思い出すと胸が痛む。かつて水輝は奈月に今の斎姫と同じような質問をした。その時の水輝はやけに憔悴した面持ちをしていたような気がする。
「そっか。じゃあ気のせいなのかな……」
呟くように言って斎姫が黙り込む。顔を曇らせて黙ってしまった斎姫のことが気にかかり、奈月は戸惑った顔で斎姫を見つめた。
「あなた、最近、水輝さんとは上手くいってる?」
奈月はぴくりと眉を上げて目を伏せた。水輝とは毎日のように会うし別に変わったことはない。時々、ふらりと姿を消すこともあるがいつものことだと佑は言っている。それに桜も気にすることはないと言ってくれる。
「いつもと、変わりないと思います」
吉良瀬の屋敷にはいま、主の佑だけでなく様々な者が暮らしている。水輝や奈月、桜、そして多輝や由梨佳。たまにひょっこりと木村の当主である順も顔を覗かせるようだ。ちなみに木村というのは表面上は吉良瀬財閥と並ぶ大きな財閥だ。
ただ少し寂しい。奈月はそっと視線を逸らした。水輝はこれまでと変わりなく毎日のように奈月に会ってはいる。だが奈月と一緒に眠ることはいつからかなくなってしまった。夜、水輝に添い寝をされていても、目が覚めるといなくなってしまっているのだ。
「そう、それならいいんだけど」
思案顔をして斎姫が黙り込む。次の瞬間、ドア越しに桜の悲鳴を聞いた奈月は慌てて立ち上がった。泣きそうな声で桜が姫様助けてくださいと叫んでいる。
「桜さん! 今行きます!」
奈月は意識を集中してその場から姿を消した。一度歪んで弾けた視界が瞬く間に再構成される。駆け出そうとした奈月は目にした光景に唖然となった。桜は生徒会室に並べられた机の上に立ち、何故か前屈をしているのだ。その手を透が引っ張っている。
「むっ、無理です! これ以上は!」
涙ながらに訴える桜を余所に透が渋い顔で携帯端末に何事かを打ち込む。
「えっと……あの、桜さん?」
「す、すみません、姫様……わたくし、身体がかたいそうで」
机に正座して桜が奈月にごめんなさいと頭を下げる。いつの間に弁当を平らげたのか、爪楊枝を咥えた透がおら、と桜の尻を叩く。すると桜は慌てたように立ち上がってもう一度前屈を始めた。確かに桜が自分で言っていたように、身体はやけにかたい。懸命に前屈を試みる桜の指の先端すら机に届いていない。
「やっぱこりゃ改良が必要かなあ」
がりがりと頭をかきながら透がぼやく。そんな、と泣きそうな顔をして身を起こした桜を見つめて奈月は安堵の息をついた。どうやら助けてくれ、というのは前屈の苦しさから咄嗟に出た言葉らしい。
「来月アタマの連休からめて、一週間ほどうちに来い。それまでに新しい身体用意しとくから」
医者よろしくはっきりと言ってから透は端末のキーを叩いた。すると端末の端からレシートのような長細い紙が吐き出される。数センチほど出たところで透がそれを切って桜に差し出す。はあ、と曖昧に返事をした桜は紙片を覗き込んだ途端に真っ赤になった。慌てたようにスカートのポケットにしっかりと紙片を納めこむ。
ビブラフォンで奏でられるチャイムが鳴り響く。それを聞いた奈月ははっとして桜と顔を見合わせた。午後の授業を開始する報せる予鈴だ。
「奈月さん、桜さん、そういえば、あなた達に話そうと思っていた本題をすっかり忘れていたわ」
慌てて生徒会室を駆け出そうとしていた二人を引き止めて斎姫が言う。何でしょうか、と振り返った奈月とは対照的に桜は憤慨した面持ちで胸を逸らした。
「用件は短くまとめてお願いします」
ただでさえ急いでいるのに、とぼやく桜を無視して斎姫がにっこりと笑う。
「一言で終わるわ。次の生徒会長と書記をあなた方にお願いする事に決めたから」
「嫌です」
奈月が意味を考えるよりも早く桜が即答する。端末をいじくっていた透が短く口笛を吹く。
「そう。じゃあ、奈月さん。代りの書記の人選はあなたに任せるわ。来週までに次期生徒会の準備委員会を発足させるつもりだから、そのつもりで」
「何故、姫様がそんな七面倒なことをしなければならないのですか? 生徒会など興味のある輩が幾らでもいるのですから、そちらに任せれば宜しいでしょう?」
奈月が言葉を探している間にまた桜が斎姫に言い返す。奈月は困惑して桜と斎姫とを見比べた。
「吉良瀬の姫を差し置いて、会長職を引き受けてくれるような骨のある奴が居たら、まだ一年生のあなたたちに話を振るような真似はしないわよ」
ため息を吐いて斎姫が力なく首を横に振る。奈月はあの、と桜に声をかけようとした。だがそれより早く桜がまた言い返す。
「それならあなたが留年すればよろしいでしょう。簡単なことです」
きっぱりと言い切って桜がふん、と横を向く。奈月は困り果てて斎姫と桜を見た。だが自分に斎姫の言う通りに会長職が出来るとも思えない。かと言って桜のように乱暴な方法で斎姫に次期会長を再度つとめろというのは無理な話だ。
「奈月さん、引き受けてくれるわよね?」
にっこりと斎姫が微笑めば、桜が慌てたように言う。
「まさか姫様、お引き受けになるおつもりではありませんよね!?」
冗談じゃない、とでも言いたそうな顔で桜がぎらりと斎姫を睨みつける。奈月は懸命に考えを巡らせた。本鈴が鳴っているにも関わらず、奈月の耳には届かなかった。
次期会長。吉良瀬の姫。確かに吉良瀬という苗字なだけでここではやけに注目される。だがそれなら多輝がいるのではないか。そう思ってから奈月はすぐに胸のうちでその考えを否定した。駄目だ。多輝は夏休みを境に正式にこの学校を辞めている。いま多輝が通っているのは清陵大学なのだ。
「とりあえず、異論はないようね。それではお願いするわ。頼んだわよ。さあ、早く授業に行きなさい」
奈月が何か言う前に矢継ぎ早に告げて斎姫が生徒会室のドアを指でさし示す。奈月は困惑した面持ちででも、と首を横に振った。桜がほらご覧なさい、と勝ち誇って胸を反らす。
「唐突な話ですぐに返答が無理だというのもわかるわ。とりあえず、来週の準備委員会には出席しなさい。辞退するにしても、公にしないと話が進まないから」
そう言って斎姫が手を振る。早く行け、という意味らしい。奈月は桜と顔を見合わせてから頷いた。桜も舌打ちをしてはいたが今度は斎姫には言い返さなかった。
桜が残念過ぎて!
まあでも、これが本性なので仕方ないですね!w
透は真面目なので頑張ってます。ラーメンは作者が食べたかったんだと思います、たぶん。