※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 一部 二人の水輝   作:伊駒辰葉

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このエピソードで六章は終わりです。
エロシーンはありません。


暴れる水輝としんみりする優一郎

 けたたましい音を立てて窓硝子が吹き飛ぶ。怒号を上げた水輝が椅子を振り上げて暖炉に叩きつける。部屋の隅で青白い顔をしているのは佑だ。

 

「違う!」

 

 腹の底から叫んだ水輝が机の上を壊れた椅子でなぎ払う。机に乗っていたあらゆるものが次々に壁に吹き飛ぶ。立て続けに水輝は椅子を何度か机に叩きつけた。檻の中から見える光景に優一郎は目を細めた。

 

 何事かを叫んだ水輝がベッドを蹴りつけ、両手で引っくり返す。そんな水輝の口許には鮮やかな血が伝っている。狂ったように暴れる水輝をどうすることも出来ないのか、佑は部屋の隅で震えているだけだ。

 

「水輝さん。もう諦めたらどうですか?」

「煩い!」

 

 優一郎の静かな声に叫んだ水輝が、抱えたベッドを勢いよく放る。優一郎は檻に向かって飛んできたベッドを瞬きもせずじっと見つめた。檻に当たったベッドが粉々に砕ける。水輝は叫びを上げて狂ったように頭を振った。繰り出された拳が壁に何度もぶつかって血が噴き出す。そんな水輝の様を見つめて優一郎は息を潜めていた。

 

 カーテンが千切れ、置いてあったぬいぐるみが無残に切り裂かれる。部屋中のものをあらかた破壊した後、水輝は荒い息を吐いてぎらりと優一郎を睨みつけた。

 

「物に当たっても仕方ないでしょう? それで上手くいくなら別ですけど」

 

 そう告げて優一郎は破壊された部屋の中を見回した。檻と鏡を残して殆どのものは壊れている。そんな部屋の様子を見つめる佑は泣きそうな顔をしている。

 

「煩い! いや、違う……違う、おれは、違う!」

 

 苦しそうに呻いて水輝が喚く。一旦は鎮まっていた水輝はまた暴れ始めた。破壊された家具が鏡や檻にぶつかって粉々に砕け散る。水輝は叫びを上げてその場に屈み、床を殴り始めた。

 

「何がどう違うんですか? 水輝さんは水輝さんでしょう?」

 

 呆れた面持ちで呟いた優一郎を睨んで水輝が弾かれたように身を起こす。水輝はそのまま駆け出して檻を両手につかんで腕を揺すった。ソファに腰掛けた優一郎ごと、檻が不規則に揺れる。

 

「おれは奴じゃない!」

 

 そう叫んで水輝が檻から手を放す。呼吸を乱した水輝の肩は大きく上下している。しばし部屋の中に佇んで荒い呼吸を繰り返していた水輝が、やがて深く息を吐いて俯けていた顔を上げる。

 

「具体的に、どこがどう違うのですか?」

「何がだ」

 

 急に静かな声になった水輝が優一郎に言い返す。訝りに眉を寄せた優一郎を見つめてから、水輝はゆらりと視線を動かして部屋の中を見た。それから最後に部屋の隅に佇む佑を見やる。

 

「すまない。いま、直す」

 

 血だらけの手で額を押さえてから水輝が力を現す。すると無残に壊れていた部屋のものが少しずつ元の形に戻り始めた。割れていた窓硝子が元通りになり、カーテンが直り、机や椅子、砕けたベッドが元通りの形になる。最後に直したオルゴールを片手に水輝は静かに歩き出した。部屋の隅でかたくなっていた佑の手にそっとオルゴールを乗せる。

 

「水輝さん。わたしに何か手伝えることはある?」

 

 両手でオルゴールを受け取った佑が震える声で言う。水輝はそんな佑に微かに笑ってから血だらけの手を伸ばした。佑の唇に触れるか触れないかというところで手を止め、指先で唇を撫でる真似をする。

 

「それを見張っていてくれ。いつの間にか口がきけるようにもなっているらしいが」

 

 そう言いながら水輝が優一郎のいる檻に向かって顎をしゃくる。それから水輝はもう一度、佑にすまなかったと詫びた。

 

「わたしはいいの。水輝さん。一人でかかえこまないでね。わたしだけは、何があっても水輝さんの味方だから!」

 

 オルゴールを握りしめた佑がそう言って頷く。水輝はそんな佑に苦笑をしてから部屋を出て行った。静かに閉じたドアを見送った佑がやけに大股で檻に近づいてくる。優一郎はソファに腰掛けてそんな佑を見つめた。大事そうにオルゴールを抱えた佑が檻の傍に座り込む。

 

「何、水輝さんに嫌味言ってるのよ!」

 

 憤然と目を吊り上げて佑が優一郎を睨みつける。優一郎は佑を横目に眺めて肩を竦めた。

 

「君も水輝さんも感情的になりすぎてると思うよ」

 

 もっと肩の力を抜いたほうが。そう言って優一郎は笑みを浮かべた。すると佑がふん、とそっぽを向く。

 

「あなたとわたしは敵なんだから! 敵に助言してどうするのよ!」

 

 やっぱりへんな奴。こんな奴とわたしの魂が同じだなんて信じられない! 嫌そうな顔をして言ってから佑が再び優一郎を睨みつける。

 

 水輝がこの部屋に来て急に暴れ始めた。物音に気付いた佑が部屋に駆け込んできた時にはもう、水輝は凄まじい声を上げて部屋のものを破壊し始めていた。そのことを思い出して優一郎は少しだけ目を細めた。

 

「やっぱり、水輝さんは水輝さんなんだなあ」

 

 何となくそう呟いて優一郎はしみじみと息を吐いた。すると佑が肩を怒らせて優一郎を睨みつける。

 

「当たり前じゃない! 水輝さんは水輝さん。他の誰でもないわ!」

 

 何訳の判んない事言ってるのよ! 怒りの形相で叫ぶ佑を横目に見つめて優一郎は軽く息を吐いた。

 

 佑は聞いてはいない。この部屋に来た時、水輝は暴れながら奈月の名を呼んでいた。一度きり、それもごく小さな声だったから他の場所にいた佑の耳には届かなかっただろう。その後、水輝は怒号を上げて暴れたのだ。

 

「それで、君は水輝さんに仕えるつもりなの? 使い魔のように」

 

 ゆったりとソファにもたれて優一郎はそう訊ねた。鏡に映る優一郎の近くには佑の姿はない。だが檻の横には確かに佑が座り込んでいる。佑は大事そうにオルゴールを抱えて優一郎を睨んだ。

 

「それを決めるのは水輝さんよ。わたしは水輝さんの望むように動くだけ」

 

 険しい顔をしつつも、佑の声からは少しだけ怒りが消えている。優一郎は足を組み合わせて微かに笑った。優一郎が笑ったことが気に入らなかったのか、佑が途端に嫌そうに顔をしかめる。

 

「何よ! 何か文句あるの?」

 

 声を荒らげた佑をちらりと見てから優一郎は首を傾げてみせた。

 

「別に。君は君の生きたいように生きればいい」

 

 君と僕は違うからね。そう付け足して優一郎は天井を仰いだ。この檻の中では外の力の流れは感じることが出来ない。だがその分、優一郎は落ち着いて考えを巡らせることができた。

 

 佑の記憶の中には色んな物が見えた。自分の記憶に比べると随分と少なかったが、その分、佑の記憶はやけに鮮やかに見えた。佑の持っていた記憶は殆どが水輝にまつわることだけだった。立城に育てられたという佑の記憶の中にすら、水輝はあちこちに出てきていた。

 

 結局図式は変わっていない。奈月さんの居た位置に、佑が居るだけだ。水輝さんも、結局本質は変わっていない。紫翠も封じられたままだ。内心でそう呟いて優一郎は薄く笑った。佑の記憶に見た水輝と、優一郎の知る水輝は違うように見える。だがその本質は実際のところは変わってはいないのだ。

 

 欠けたものは欠けたまま、水輝はそこに居るだけだ。

 

「何、ニタニタ笑ってるのよ! 気持ち悪いわねえ!」

 

 佑の声に我に返って優一郎は反らしていた首を戻した。佑は何が気に入らないのかずっと怒っているらしい。

 

「もしかして、まだ水輝さんに抱いてもらってない、とか?」

 

 笑いながらの優一郎の指摘に佑がぐっと声を詰まらせる。だがすぐに佑は怒りに燃える目で優一郎を睨みつけた。

 

「仕方ないじゃない! わたしに触れると、水輝さんにダメージを与えてしまうんだもの! ってやっぱりヘンタイね!」

 

 厳しい顔で叫ぶように言ってから佑が舌を突き出してみせる。優一郎は苦笑して首を傾げてみせた。

 

「別にたいして水輝さんの属性が変わっているわけじゃないし、君だって龍体を得たんだから、剥き身の力でもない。君に触れるとダメージを受けると言うのはおかしいと思うんだけど」

 

 そのへんになにかヒントがあるのかな? そう考えながら優一郎はちらりと佑を見た。佑はよほど優一郎の指摘が気に食わなかったのか怒った顔をしたままだ。だが佑が感情的になればなるほど、不思議と優一郎の心は穏やかに静まっていく。

 

「いますぐにでも、多輝くんを殺しにいくかもしれないのよ? 何でそんなに落ち着いていられるのよ!」

 

 目を吊り上げ、肩を怒らせて佑が声を張る。だがそうして感情を剥き出しにすればするほど、佑はとても小さく、寂しそうに見える。優一郎はじっと佑を見つめて微かな笑みを浮かべた。

 

「多輝は元気だよ。元気すぎるくらいだ」

 

 自嘲をこめて呟いた優一郎を佑が訝りの顔で見る。優一郎はそんな佑からふと目を逸らして正面に据えられた鏡を見つめた。

 

 外のどんな力の流れが判らなくとも、言葉は微かに聞こえてくる。誓約を交わした多輝が関わっているだけでその言葉は嫌でも優一郎の元に届くのだ。

 

 結局僕は、多輝を縛りつけて、無理を強いていただけなんだね。多輝には悪い事をした……。胸のうちで自嘲のこもった呟きを吐き出して優一郎は息を吐いた。ここから多輝の元に言葉を届けることは出来ない。一方通行で言葉が聞こえてくるだけだ。

 

 多輝が自分ではない誰かに抱かれる様も感じることが出来た。優一郎は膝の上に乗せた手をかたく握り締めた。

 

「どうしたの? 突然しんみりしちゃって?」

 

 急に黙り込んだことに訝りを覚えたのか、佑が落ち着いた声で言う。優一郎はああ、と呟いて握っていた手を見下ろした。いつの間にか力をこめすぎていたらしい。手のひらには爪の跡が残っている。

 

「なんでもないよ。やっぱり僕は囚われの身だし」

 

 ほらっ。そう言って優一郎は軽く笑ってみせた。佑がうろんな目で優一郎をじっと見る。空笑いをしていた優一郎は疲れた息を吐いて肩を落とした。




多輝が何してるか判っているので優一郎はしょんぼりですw
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