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「そういえば桜チャンは? ここにはいないみたいだけど」
ふと、学が言う。透はそういえば、と口の中で呟いた。桜はこの地下の施設に皆で移った後、少し出かけてくると言って出て行ったままだ。気配を探ってみるが、桜はこの施設内にはいない。
「もしまだアレに感染してるならトレースできる。ちょっと待て」
そう言って透は目を閉じて意識を集中した。さっき触れたあの闇の気配を探る。この施設内にはない。続いて透は探知の力を広げた。結界を越え、清陵の街にまで伸ばしたところで眉を寄せる。吉良瀬の屋敷のある辺りに微かに気配を感じられるのだが、それはどうやら残り香のようだ。他の場所には見当たらない。
「アレは俺とアンタに取り付くだけで手一杯だったみたいだな。桜は既に感染していない」
たとえ転移しても、こんなふうに痕跡を消すのは無理だからな。集中を解いて透はそう告げた。学がそう、と呟いて頷く。
「一体、どこに行っちゃったのかしら」
奈月チャンはここにいるのに。そう続けて学がため息を吐く。それから学はおもむろに立ち上がった。
「じゃ、アタシはとりあえずお部屋に戻らせてもらうわね。文ちゃんも心配だし」
「ああ。ってちょっと、待て! あんたは、なんか、重大な用件を知らせに俺達に会いに来たんじゃなかったか?」
慌てて透はそう言った。学が不思議そうに首を傾げてから難しい顔をする。
「確か……来客があって……そう! お客さんが来てたのよ」
考えながら言って学がぽんと手を叩く。透はそれを聞いて慌てて壁の時計を見た。軽く見積もっても多輝を抱き始めてから五時間以上が過ぎている。
「ちょっと、待て。確かお姫さんに対応させたんだっけか?」
「ええ。文ちゃんが倒れたのだけ判ったんだけど……」
そこまで言って学がはっと目を見張る。文が倒れるような何かがあったことに漸く思い至ったのだろう。二人は顔を見合わせて慌てて部屋を駆け出した。奈月と翠がいる部屋のドアをノックする。小さな声で返事があり、開いたドアの隙間から覗いた奈月の顔は暗く沈んでいた。
「お姫さん。入っていいか?」
やけに暗い奈月の顔に驚きつつも、透はそう訊ねた。すると奈月がちらりと部屋の中を見返る。
「わかりました……。どうぞ」
小声で応えて奈月が静かにドアを開く。透は学と顔を見合わせて頷きあってから奈月の部屋に入った。
ベッドでは翠が眠りについている。出来るだけ話は小声で、と奈月に先に言われて透は頷いた。
「来客があったって聞いたが、どうなったんだ? あと、淫魔王の巫女が倒れたそうだが」
促されるままにクッションを敷いてその場に腰を下ろしながら透は早速質問した。透の傍に学も静かに腰を下ろす。奈月は二人と向き合う格好で座って俯いた。奈月は正座した膝の上でかたく手を握り締めている。
「文さんは、大丈夫です。斎姫さんに診てもらったんですけど、ぶれーかーが作動したとかだから問題無いって。ただ学さんに無断で身体に触れるわけにはいかないから回復はさせてないそうです」
訥々と、頼りない声で奈月が話をするのを透は訝りの目で見つめた。幾ら小声で話をしなければならないといっても、奈月のこの様子は少し変だ。
「そう。判ったわ。それじゃあ、アタシは文ちゃんの具合を見せてもらうから」
笑顔で頷いて学が立ち上がる。ぽんと肩を叩かれて透は目を上げた。あとは頼んだわ。言葉にしない学の感情を読み取って透は黙って頷いた。学が静かに部屋を後にする。それを目で見送ってから透は奈月に目を戻した。
奈月はじっと俯いている。
「肝心なほうの質問の返答を貰ってないが?」
静かな声で透が訊ねると奈月がびくんと身体を竦める。痛々しいくらいに身を縮こまらせている奈月を見つめ、透はじっと答えを待った。
「いらっしゃったのは、ラスティさんという方です」
それを聞いた透は目を細めた。あの時、確か学は外人が訪ねてきたと言っていた。それがそのラスティとやらだろう。
「で、そのラスティとやらは何者なんだ? あんたが主龍神だってことを知っているなら、ただものじゃないんだろ?」
出来るだけ奈月を刺激しないように、と透は静かな声で訊ねた。すると奈月が俯けていた顔をゆるゆると上げる。その顔にはいつもの笑みはない。見張った目には涙が浮かんでいる。
「ラスティさんは、魔法士です」
「魔胞子?」
奈月の言う意味が理解出来ず、透は眉を寄せて首を傾げた。するとそこで少しだけ奈月が口許に笑みを浮かべる。だがまたすぐに奈月の笑みは消え、変わりに暗い表情が浮かんだ。
「ま・ほうし、とかまほ・うしではありません。まほう・し、です。漢字で言えば、魔法に武士の士と書くのが正しいそうです」
小声で語る奈月に透はなるほど、と頷いた。どうやら魔法士というのは魔法全般を扱う者を指すらしい。
前に奈月が魔法士をまほ牛とか間違えたんですよねw
やっぱり音声だと透も間違えるようです。