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「それで、そのラスティという奴は、何をしに来たんだ? 今は何処にいる?」
透がそう質問すると奈月の目に涙が浮かび、ほどなく頬を滑って落ちた。いきなり泣き始めた奈月に驚きつつも、透は無言で答えを待った。
声を殺して泣きながら奈月がスカートのポケットを探る。出されたものを見て透は目を細めた。奈月がそっとじゅうたんの上に置いたのは翠宝珠だった。
「翠宝珠……。あの幼稚園児のものだな? これがどうした?」
そう言いながら透はちらりとベッドに眠る翠を見た。翠は安らかな寝息を立てて眠っている。時折、ころんと寝返りを打っては唇をもぐもぐと動かしているところを見ると、もしかしたら何か夢でも見ているのかも知れない。
「これが、ラスティさんです」
涙に震える奈月の声にぎょっとして透は慌てて翠宝珠を見た。だがそこにはただ宝珠があるだけだ。
「この宝珠が? 学は変な外人だと言ってたぞ」
そう言いながら透は宝珠と奈月とを見比べた。奈月が泣きながら宝珠を大切そうに両手に取り上げる。
「あっ、龍宝珠界ってヤツか。そこの住人なんだな? その宝珠は?」
いつだったか見かけた総一郎の論文を思い出して透は宝珠を指で指した。吉良総一郎という男性は、かつて絵美佳と優一郎と共に暮らしていた。何も知らなかった子供の二人は総一郎を父だと思っていた。
吉良総一郎は不思議な男だった。ふらりといなくなったかと思うと、どこぞで拾ったと言って龍宝珠を持って帰ったりした。アニメーション番組が妙に好きで、子供の玩具にとテレビ番組に出てきた魔法の道具を作ってくれたりした。総一郎の手がけた玩具はどれもこれもが良く出来ていて、まるで本当の魔法を使っているかのような気分になった。
そこまで思い出して透は眉を寄せた。違う。使っているような気がしたのではない。総一郎の作った玩具は、本当に、現実に、魔法を使うことが出来る代物だったのだ。
いつだったか絵美佳は総一郎から大きながま口の財布のようなものをプレゼントされた。何に使うのかと絵美佳が訊ねると、総一郎は生真面目な顔で言ったのだ。それは名前を呼んでがま口を開き、中に手を入れると呼んだものが取り出せるのだ、と。そう説明しながら総一郎は絵美佳の首にその大きな財布をかけてくれた。
確か取り寄せバッグだったか。その時のことを思い出して透は思わず苦笑した。絵美佳はそのがま口を便利に使っていたが、ある日、男の子と喧嘩をして引っ張り合いになり壊れてしまった。
優秀な科学者の総一郎は論文を幾つも綴り、今でも学会に発表しているようだ。だが総一郎の発表する論文はどれもこれもが奇天烈なだけだと酷評されることが殆どだ。それは当然だ。何しろ、総一郎は龍神にまつわる多くの論文を書き記しているのだ。龍神の存在をまるで知らない人々にとって、それはただの空論に過ぎない。
「あっちの住人がこっちに来たら、宝珠に戻るのが普通じゃないのか?」
疑問を覚えて透は小声で訊ねた。むう、と小さな声を漏らした翠がころんと寝返りを打つ。そしてまた唇をもごもごと動かして寝息を立て始める。そんな翠の様子を見てから透は奈月に目を戻した。奈月は両手に大切そうに宝珠を包み込んでいる。
「ラスティさんは特別なんです。なのに……」
じわりと奈月の目にまた涙が浮かぶ。大粒の涙を零し始めた奈月を見つめて透は眉を寄せた。奈月の持つラスティとやらが特別な宝珠で、こちらに来ても人型を取れることは理解出来た。だが何故、そこで奈月が泣くのだろう。
「だから、話が見えないんだが。そいつは途中まで人型をとっていたんだろう? なぜ宝珠にもどっちまったんだ? それに、あんたに何を言いに来たんだ?」
苛立ちを何とか堪えて透はそう訊ねた。奈月が何度も手の甲で涙を拭う。だがそれでも奈月の頬には次々に涙が零れ落ちる。透はため息を吐いてズボンのポケットを探った。だがハンカチは生憎と持ち合わせていなかった。仕方なく腰を上げた透がベッドの傍に置かれていたティッシュペーパーの箱を取り上げて差し出すと、奈月はしゃくりあげながらそれを受け取った。
「龍宝珠界の住人が、ほとんど消えてしまったそうです。わたしの……わたしのせいなんです」
箱から抜いたティッシュペーパーで涙を拭っていた奈月がそう言って泣き崩れる。透は奈月と向かい合わせに座り直して考えを巡らせた。龍宝珠。龍宝珠界。胸の中で呟いた透の頭に閃くものがあった。
桜の闇の呪縛が消えたきっかけは奈月のあの言葉だった。持ち主のいない宝珠などあり得ない。そのおかげで桜にこめられていた持ち主不在の宝珠の力は消えた。だが龍宝珠界の住人は殆どは、龍神が死んだ後、または生まれる前のフリーの龍宝珠だ。持ち主がいない、という奈月の言葉が広い意味で作用したとしたら。
「なるほどな。確かにあんたのせいだ」
きっぱりと言って透は頷いた。奈月が引き結んだ唇を震わせる。恐らくラスティという龍宝珠はそのことを言いに奈月に会いに来たのだろう。もしかしたら奈月は、何てことをしてくれたのだと罵られたのかも知れない。
だがそれでもどうしてラスティが宝珠に戻ったのか判らない。
「で、なんでこいつは宝珠に戻っちまったんだ? 見兼ねた幼稚園児がやったとか?」
そう言いながら透はベッドの翠を親指でさした。すると奈月が泣きじゃくりながら首を横に振る。透は奈月が少し落ち着くのを待ってから、もう一度、ラスティがどうして宝珠に戻ったのかを問い質した。
龍宝珠というのは龍神が持ってる八つの宝珠です。
透の義父の総一郎は色々とでたらめな存在なので、かがくのちから! とかで解析してました。