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ソファに横たわりながら優一郎は本を読んでいた。余りにも退屈なために佑に適当に選んだものを持って来てもらったのだ。佑は相変わらず檻の横にじっと座っている。時折、そちらを伺いながら優一郎は静かに本を読み続けた。
ふと、部屋の扉がノックされる。佑が返事をすると部屋のドアは静かに開いた。優一郎は本を読む振りをしつつ、足音に注意を向けた。やがて鏡の後ろから和也が姿を現す。和也は銀色のトレイを両手に持って恭しくお辞儀をした。
「お夜食をお持ちいたしました」
そう言って和也が静かに身を屈めて檻の前にトレイを置く。トレイの上には湯気を立てている美味しそうなマフィンと紅茶が乗っている。
「ありがとうございます」
にっこりと笑って優一郎は手にしていた本をソファに戻した。トレイに近づいてマフィンを早速手に取る。そこで佑が口許に手をあてがって大きな欠伸をした。先ほどから佑はしきりに欠伸をして眠そうに目を擦っている。
「佑様。少しお休みになられてはいかがですか?」
静かに控えていた和也が心配顔で佑に問い掛ける。佑はもう一度欠伸をしてからふて腐れた顔で膝の上に顎を乗せた。両の膝を立ててそんな格好をすると、佑はやけに幼く見える。優一郎は横目にちらりと佑を伺ってから遠慮なくマフィンを口に運んだ。
「だって、水輝さんからあいつを見張るように言われてるもの」
優一郎を指差して佑が言う。だがその顔はやはり眠そうだ。
「ですが、ここのところお休みになっていらっしゃらないのでしょう? 少しの間、わたくしが代わりに見張りを務めさせて頂きますので」
丁重に言ってから和也が恭しく頭を下げてみせる。しばし佑は黙って唇を尖らせていた。だがやがて和也をちらりと見つめる。
「そうね。お願いするわ。あなたなら大丈夫でしょうし」
そう言って頷いてから佑が立ち上がる。どうせこの檻に入っていれば優一郎は何をすることも出来ない。それを佑も知っているのだろう。優一郎は紅茶のカップを取って喉の渇きを潤してから、マフィンの残りを片付けた。
「はい。それではお休みなさいませ」
和也が深々と佑に一礼する。佑はそんな和也に頷いてから静かに部屋を出て行った。和也がゆっくりと檻に歩み寄る。しばし和也はそのまま檻の横にじっと立っていた。
「水輝さんは外出してるみたいだね」
ごく小さな声で優一郎は言った。するとそれまで黙って檻の横に立っていた和也が苦笑する。
「ああ。そろそろ行くか」
さっき見せていた執事の顔からがらりと印象が変わり、不敵な笑みが覗く。どうやら和也は佑がベッドに入って眠りにつくのを待っていたらしい。
「いいか。何があっても絶対にオレについて来い」
小声でそう言ってから和也が横目に優一郎を見る。優一郎は黙って頷いた。よし、と言った和也が手を宙に差し伸べる。そこに現れた黒い宝珠を見て優一郎は驚きに目を見張った。和也の手の中で黒宝珠が巨大な鎌へと変貌する。
和也は鋭い息を吐いて振り上げた鎌で檻を叩き切った。立て続けに数回、鎌の刃が檻にぶつかる。だが不思議と音はない。
砕けた檻から優一郎が出た瞬間、けたたましい警報が鳴り響く。
「走れ!」
和也の鋭い声に優一郎は駆け出した。先を行く和也が乱暴にドアを開けて鎌を一閃する。どこからともなく現れた黒い獅子のようなものが和也の放った刃に撃たれて吹き飛ぶ。
階段を駆け下りた和也が屋敷の扉を開く。優一郎は必死でついて走りながら何気なく振り向いた。驚いた顔をした佑が廊下の手すりをつかんで何事かを叫んでいる。だが優一郎はそれを無視して和也について屋敷を出た。
握っていた鎌を宝珠に戻した和也が慌ただしく車のドアを開ける。優一郎は助手席に飛び込んで急いでドアを閉めた。周囲には不気味な黒い影が幾つも浮かんでいる。
「その鎌は、茜さんの……?」
「話は後だ。お前、運転は出来るか?」
厳しい顔で周囲を睨みながら和也が言う。優一郎が頷くと、和也はよし、と言って運転席から降りた。そのままひらりと車の屋根に飛び乗る。優一郎は運転席についてついていたキーを回してエンジンをかけた。
一気にアクセルを踏み込んだ車が勢いよく走り出す。その瞬間、車の上から鋭い閃光が幾つも走った。車に襲い掛かろうとしていた影が次々に吹っ飛ぶ。優一郎は車の上にいるらしい和也を案じつつも、アクセルをいっぱいに踏み込んだ。
ばらの花をなぎ倒しながら車が猛スピードで走る。どこからともなくわいてくる不気味が影が次々に閃光に打ち倒される。こすもす畑に突っ込み、車を走らせることに集中していた優一郎の視界の隅にふと光が引っかかる。車の上からではなく、少し離れた場所に見覚えのある金色の光が瞬いているのだ。だがその光景もすぐに行き過ぎて、車はやがて林道に入った。うっそうと茂る木々の間を車が走る。あっという間に車はなだらかな坂道を下りきり、たんぼや畑のある道に出た。
ふと、窓が小さく鳴る。優一郎が座る運転席の窓を和也がノックしているのだ。車の上から身を乗り出した和也の唇が停めろと言葉を刻む。優一郎は徐々にスピードを落として車を停めた。
運転席のドアを開けた和也が優一郎の頭を乱暴につかんで撫でる。
「お前、免許ねえだろう」
にやりと笑って言ってから和也が運転席に滑り込む。優一郎は慌てて助手席に移動した。ドアを閉じたところで和也が手に持っていた扇を袖の中にしまいこむ。
「無くても私有地内なら別に問題はありませんから」
にっこりと笑った優一郎を横目に見てから和也がふっと笑う。それから和也は車を走らせ始めた。静かな道を車がゆっくりと進む。あの影はどうやら屋敷の周辺の限られた範囲にしかいないらしい。優一郎は身体をシートに深く沈めて息を吐いた。
執事じゃない和也、でしょうか。出てきました。
優一郎にはバレてもいい、という判断です。