花畑がぐっちゃぐちゃになって悲しい佑です。
白い日の光が朝もやの立ち込める花畑を照らし出す。佑は暗い気分で屋敷の玄関に立っていた。屋敷を取り囲んでいた黒い影はすっかりなりを潜め、今はもう車に無残に蹴散らされたばらの庭があるだけだ。どうやら道を走るということを考えなかったようで、車が荒らした場所はばらの庭からこすもすの畑まで続いている。
「わたしのお花畑が……」
涙ぐんだ目で花の荒れた様子を見つめて佑は唇を噛んだ。
あっという間だった。警報が鳴り響いて飛び起きた佑が部屋を出た時にはもう、あの二人は玄関に向かっていた。巨大な鎌を手にした和也と優一郎のことを思い出して佑は奥歯を噛みしめた。
逃げる二人にはどこからともなく現れた影が襲い掛かっていた。あれは何だろう。水輝からも話は聞いていない。だが彼らはまんまと影をかいくぐって逃亡してしまった。残されたのは荒れた花畑と壊れた檻だけだ。
「いいのよ! 直せば!」
力をこめて頷いてから佑は両手を広げた。抱えきれないほどの光が佑の腕の中に生まれ、その光は花畑に向かって拡散した。無残に蹴散らされていた花がゆっくりと元の形に戻っていく。
ふと、人影が見える。佑は目を開いて慌てて光を止めようとした。だがそれより早く、人影は身軽に飛び上がって光を避けた。宙に浮かんだ水輝が苦笑してこすもすを撫でる光を見下ろす。
「危ないな」
そう言って水輝は宙を滑って佑の傍に着地した。その腕には一人の女性が抱えられている。短い金髪の渚を見止めて佑は軽く目を見張った。
「水輝さん! どこ行ってたの? どうして渚さんが?」
歩き出した水輝を追いながら佑は問い掛けた。すると水輝がちらりと肩越しに佑を見返る。だが水輝はすぐに正面を向いた。
「思ったより多少大きくてな。もう少し畳んだ方が食いやすい」
淡々と答えて水輝が玄関をくぐる。佑は驚きの目で水輝の抱える渚を見た。渚は虚ろに目を開いているが、どこも見ていないようだ。口許には淡い笑みが浮かんでいる。服はずたずたに裂け、申し訳程度に身体に絡まっているだけだ。
「水輝さん。その、優一郎に……」
逃げられてしまったの……。階段を昇る水輝の横を行きながら佑は消沈した面持ちで告げた。水輝が横目に佑を見てそのようだな、と呟く。だが特に佑を叱責することもなく、水輝は階段を昇り切って廊下を進んだ。寝室や佑の部屋、書斎を行き過ぎて奥の客室に向かう。
言われるままにドアを開いて佑は目を見張った。広々とした客室には大きなベッドが設えられている。その上には蒼の姿があった。ベッドの上を赤味かかった太い茎のようなものが蠢いている。壁にもたれた蒼は虚ろな目で中空を見つめてだらしなく顔を緩めていた。そんな蒼から少し離れたところに槙花が横たわっている。槙花の身体には宙を蠢く茎が絡まっている。その茎の先端は槙花の股間に消えていた。
客室の入り口で緊張に身を固めた佑の横を過ぎ、水輝が静かにベッドに近づく。しきりに腰を振る槙花の顔は快楽に緩みきっている。涎を垂らしながら犬のように舌を出して喘ぐ槙花と蒼とを見つめてから、水輝は腕に抱えていた渚をベッドに下ろした。
「渚さんも取り込むのね……?」
少し寂しい顔で佑はぽつりと呟いた。水輝がゆっくりと振り返って薄く嗤う。横たわった渚は股間に手をあてがって自慰をし始めている。
「何か問題があるか?」
平然と言って水輝はベッドから離れた。佑の横を抜けて部屋を出て行ってしまう。佑はベッドで快楽に耽る三人を見やってから急いで客室を出た。
廊下を戻った水輝が檻のあるあの部屋に入る。佑は足早に行く水輝を小走りに追いかけた。無残に壊れた檻に寄った水輝がその周囲を歩きながら壊れた具合を確かめる。佑は恐る恐るに水輝に近づいた。
「ごめんなさい。途中までわたしが見張ってたんだけど、眠くなって。重森に休息をとるように勧められて……。重森に代わりを頼んだんだけど。裏切られたみたいなの……」
「そうらしいな」
落ち込んだ顔で報告した佑に頷いてから水輝は屈めていた身を起こした。水輝が軽く手を振ると壊れた檻が消え、檻を挟んで立っていた鏡が消える。それから水輝はゆらりと歩き出して部屋の入り口に向かう。
三人の居る客間に戻った水輝が力を導き出し、部屋の壁に鏡を設える。壁を覆う大きな鏡が四方を囲むと、そこには部屋にいる者たちの姿が幾つも映し出された。続いて水輝が天井と床に鏡を設えると、客間は完全に鏡張りの部屋となった。ドアの内側にまで張られた鏡を振り返ってから、佑は部屋の中央に立つ水輝に目をやった。
窓のない鏡の部屋の中で空気が緩やかな流れを帯びる。どうやら水輝が力を使って部屋の中の空気と外の空気を繋げたようだ。これで客間には隙間がなくても風が入ってこられる。
快楽に耽る三人からは薄い力が漏れている。それはまるでドライアイスの煙のように下に流れ、ベッドを伝って鏡に落ちていた。その落ちた力を鏡が音もなく吸収している。
「代用には少し足りないが仕方ないか」
そう小声で呟いて水輝が踵を返す。佑はまた水輝を追って客間を出た。
「代用?」
「ああ。空の主の代用だ」
簡潔に答えた水輝が書斎に入る。寝室を兼ねた書斎の壁には大きな本棚が設えてある。水輝は本棚に寄って一冊の本を抜いた。分厚い表紙のつけられた本を片手にソファに寄る。水輝は脱いだコートをソファの背に放り投げ、そのままソファに転がった。足を組んで早速、本を読み始める。
この時点で水輝は渚を食うことに決めてます。
本来はあり得ないんですけども。
(水輝は昔、渚に襲いかかってもの凄く後悔しているのです)