「なるほどなあ。多輝の奴は確かに食ったら美味そうだからなあ」
イチゴみたいだし。納得顔をして頷く透を優一郎は思わず睨んだ。だがすぐに思い直して顔から険を消す。
「冗談だよ。ヤるこたああるかもしれないが。龍神殺して食う趣味は俺には無い」
ひらひらと手を振って透が軽い口調で言う。
「こっちの情報も話しておこうか。淫魔王も狙われてるらしい。ま、これは本人の自称だが」
そう言って肩を竦めてから透はまたゆっくりと歩き出した。どうやら優一郎がいなくなっていた間にこちらでも騒ぎが幾つかあったようだ。まず狙われたのは桜だという。桜は闇の力をこめられた宝珠を器にこめられ、一時的に正気をなくしたようだ。
「ま、それはたいした問題も無く収束したんだが、その過程で姫さんがポカやっちまってな」
透がぴたりと足を止めて真剣な顔をする。優一郎は少しだけ眉を寄せて透をじっと見つめた。くるりと振り返った透が優一郎を見る。
「龍宝珠界の住人をほとんど消しちまったらしい」
それを聞いて優一郎は目を見張った。龍宝珠界というのは、こことは違う世界だ。龍神が死した後、龍宝珠が行く世界であり、龍神が生まれる前の龍宝珠が控える場所だ。彼らはそれぞれが人の形を取って生きている。死しては生まれる輪廻はあるが、それも持ち主である龍神が現れるまでだ。
「で、一度あのアホがこっちに来た。翠がお姫さんを護ったらしいが、龍宝珠界から苦情を言いにきた魔法士が宝珠に戻されちまったらしい」
そう言って透が肩を竦める。優一郎は考えを巡らせてふと思い至った。あのこことは違う世界からこちらに転移が可能な魔法士となると恐らく限られる。時空の主、翠を象徴する翠宝珠、しかも一般の魔法士とは比べ物にならない力の持ち主。そういう宝珠に優一郎は一人だけ心当たりがあった。
「まさかラスティさんですか?」
「そうそう。確かそんな名前だったな」
指をぱちんと鳴らして透が頷く。なるほど、確かにラスティなら可能だろう。何しろラスティは龍宝珠界でも群を抜いた腕前を持つ魔法士だ。
「奈月さんは、それで?」
「お姫さんか……ありゃ、もうダメじゃねーかな」
渋い顔をして透が頭をかく。何事かと問い質した優一郎を気まずそうに見てから透は説明をした。ラスティを宝珠に戻され、学の巫女である文が倒れ、深く落ち込んでいた奈月はさめざめと泣いていたのだという。だがそんな奈月の元に順が言葉を寄越したらしい。くたばれ、という言葉を聞いた優一郎は深いため息を吐いた。
「そうしたらな。あの姫さん、開き直って笑いやがったんだ。ありゃあ覚悟決めたな」
そう言って透は苦い顔をした。順がどういうつもりで言ったかは判らないが、それまで落ち込んで泣いていた奈月が笑みをみせたのだとしたら、恐らくは透が言う通りだろう。
「二進も三進も行かないってのはこんな状況を指すんだろうな。でもまあ、姫さんも無駄に死ぬ気は無いつってたし、これで戦力にカウントできるようになるかもしれないから、悪いことばかりじゃないかもだが」
透はあっさりと言ってからゆらりと歩き出した。もしかしたら透は考え事をする時に歩く癖があるのかも知れない。優一郎にもその癖はある。考えをまとめるために身体を少し動かすのが丁度いいのだ。
「まあ、こっちの状況はこんなとこだ。とりあえずモモ結界で学校全体を覆って、四交替制で番をしてるから、いきなり奇襲を受ける心配はない」
モモ。聞いたことのない名前に優一郎は首を傾げた。
「モモ結界?」
「俺と翠と姫さんと淫魔王が力を併せて張った結界だ。『もしこれが一撃で破られるようなら、もうだめだ結界』略してモモ結界っつーわけだ」
あれ? 『もしこれが一撃で破られるようなら、もうどうしようもない結界』だったかな? そんなことを言いながら透が首を捻る。優一郎は苦笑して肩を竦めた。
「確かに、この学校に張られている結界が簡単に破られるようなら、もうどうしようもないですね」
苦笑しつつ言った優一郎はふと鳴り響いた音に眉を寄せた。二種類のメロディが重なっている。優一郎と透は顔を見合わせてそれぞれが白衣から携帯電話を取り出した。画面には見知らぬ番号が表示されている。訝りつつも優一郎は電話を取った。
「もしもし。吉良優一郎です」
『寝ていない割には元気そうだな』
笑い混じりの声に目を見張って優一郎は透を見た。同じように電話を耳に当てた透が優一郎を見る。
「おいっ! どこから電話かけてきてる? つーか、アンタ誰?」
透が声を張る。どうやら二人の電話に同時に同じ人物からかかってきているらしい。通話にはやけに雑音が混ざっている。耳障りな音に目を細めた優一郎の耳に笑い声が届く。
『手引きをした奴に伝えておけ。これで貸し借りはなしだ』
嘲笑うような声は水輝のものだ。優一郎は壁に寄りかかって深く息を吐いた。ただでさえ消耗しているところなのだ。疲れはピークに達している。
「もし再び会う機会があれば伝えましょう」
「くそっ、よく聞こえねえ。やっぱキャリア変えたほうがいいか……」
静かに答えた優一郎とは対照的に透が苛立ちの声を漏らす。
『そこの氷龍神。金龍神が片付いたら次はお前だ』
笑いながらの水輝の言葉に優一郎ははっと目を見張って透を見た。だが透は苛々と頭をかきながら携帯電話のボタンを触っている。
「やっぱ、K-PHONEはダメだわ。優一郎、そっちは聞こえたか?」
そう言いながら透が苛立ちの表情で電話を耳に当てる。優一郎はかたく強張った顔をして言葉を継いだ。
「今のターゲットが判明しました。金龍神です。そして」
言いながら優一郎は透を指差した。
『おれは確定したからな。近いうちに遊びに行く』
笑い声を残して電話が切れる。優一郎は黙って電話を握った手を下ろした。
「俺? つーか、金の姐さんが狙われてるのかよ! 大変じゃねーか!!」
焦ったように叫んで透が駆け出す。だがそこで透が振り返る。手から電話が滑り落ち、乾いた音を立てる。優一郎はゆっくりとその場に崩れ落ちた。
名付けした本人が忘れてどーする!w
……という突っ込みがしたくて、以前に長いエピタイにしました。
<参考 103話>
https://syosetu.org/novel/364233/103.html
今回はもっと長いです。