今のところエロはないです。
ガウンを身に着けた佑がそそくさと部屋に入ってくる。水輝は横目にそんな佑を見てから本に目を戻した。分厚い本が何冊も詰められた本棚が並ぶ書斎は静まり返っている。壁にかかった古びた時計の針の音がやけに大きく聞こえる。
水輝はソファに寝そべって本を読んでいた。身体の傷はもう治している。頭にタオルを巻き、ガウンを着た佑がおずおずと水輝に寄る。
「水輝さん……わたし」
しょんぼりとした面持ちで立つ佑をちらりと見てから水輝は静かに告げた。
「綺麗に洗えたか?」
ページをめくりながら水輝は身じろぎをした。頭の下にしっかりとクッションを敷き直す。あれほど身を焦がしていた切ない感覚は、今は満たされたものへと変わっている。
「はい。隅々までっ!」
元気よく答えてから佑が真っ赤になる。
「そいつは結構だ」
感慨もなく頷いてから水輝は細かい字を目で追いかけた。淡い藤色のしおりを本に挟んで身を起こす。水輝は読みかけの本を片手に黙って歩き出した。戸惑いの表情で水輝を見送った佑が慌てたように後をついてくる。
「あの、水輝さん……わたし、本当に必要なの?」
こんなに、失敗ばかりなのに……。消沈した面持ちで言う佑を水輝はちらりと振り返った。部屋を出て、壊れた廊下や手すりを力で修復しながらゆっくりと歩く。
「ああ、必要だな」
あっさりと答えて水輝は肩越しに振り向いた。身を縮こまらせていた佑がぱっと明るい顔になる。
「それじゃあ、何をすればいい? 水輝さん、命じて」
「付いて来い」
そう言ってから水輝は周囲を見回した。和也に壊された箇所は修復し終わった。蹴散らされた影はまた作ればいい。渚は逃がしてしまったが、今もまだ力はこちらに流れている最中だ。放置しておいてもどうせ何を出来るでもないだろう。
ゆらりと歩き出した水輝を佑が慌てたように追う。水輝は黙って廊下の奥に向かった。屋敷の中には昼食を準備するいい香りが漂っている。
「わたしの力は、どうして水輝さんを傷つけてしまうのかしら……」
今は食事を用意する匂いをかいでも食欲は起こらない。それよりは生き血を啜るほうがよほど魅力的だ。そんなことを考えながら水輝は佑をちらりと見た。佑は考えるような顔をしている。
「さあな」
素気なく答えて水輝は客間の前で足を止めた。佑もつられたように立ち止まる。水輝は軽くノブを回して客間のドアを開いた。鏡に囲まれた客間の扉を開けた途端、死臭が漂う。水輝はだが素知らぬ顔で客間に入った。ベッドの脇でしきりに蠢いていた闇色の獣たちが、慌てたように肉片を咥えて消えていく。血みどろのベッドに居るのは今は蒼一人きりだ。
「やだっ!」
死臭にあてられたのか、顔をしかめていた佑の身体から光が放射される。水輝は素早く手を動かして佑の放った光を捻じ曲げた。光が音もなくカーブして鏡に吸い込まれていく。
「何だ。佑はおれのすることが気に入らないのか?」
淡々と言いながら水輝はベッドに近づいた。槙花の残骸があちこちに残るベッドを見つめて口許に嗤いを浮かべる。蒼は相変わらずぼんやりとした面持ちで中空を見つめ、股間から伸びた陰茎はベッドの上を蠢いている。
「違うのっ! 止まらない、駄目ぇっ!」
佑が悲鳴を上げて自分の身体を抱きしめる。水輝はため息を吐いて振り返った。右手に現した銀宝珠が瞬く間に弓矢の形となる。光を無尽蔵に撒き散らす佑を目掛けて水輝は弓を引いた。腹に銀色の矢を食らった佑が鏡の壁に打ちつけられる。その直後、光は佑の腹に刺さった銀色の矢に吸い込まれ、立て続けに鏡に吸い込まれた。
「いま片付ける。少し大人しくしていろ」
不快感を滲ませてそう言ってから水輝は弓を消した。ベッドに散った血を指先にすくって口に運ぶ。どうやら槙花はしっかりその力を吸われたようだ。力の抜け殻と化した血の味を確かめてから水輝は指を鳴らした。ベッドに残っていた骨や肉の欠片ごと、死臭が失せる。その後、水輝は佑に歩み寄って銀色の矢を腹から引き抜いた。
佑の腹に穿たれた小さな穴から眩い光があふれ出す。光は続けざまに鏡に吸い込まれていく。光を吸い込んだ鏡面が煌き、溢れた光が向かいの鏡に向かって飛ぶ。水輝は銀色の矢を消してじっと佑を見つめた。佑はぐったりと鏡に持たれてうなだれている。その鏡に亀裂が走る。
光が次々に連鎖を起こし、屋敷を中心に広がっていく。やがて暗く深い場所から闇の者たちの断末魔の悲鳴が上がっていく。地を揺らす叫びが響いた後、部屋の中にふわりと立城が現れる。
『水輝。状況はずっと変化し続けてるの、わかってる?』
割れた鏡が静かに消え失せる。水輝はため息を吐いて立城と佑を見比べた。眉を寄せて、再びため息を吐く。
「すまない」
そう詫びて水輝は元通りになった客間を見回した。蒼は相変わらずベッドの上でぼんやりとしている。それを見てから水輝は立城に目を戻した。いつの間にか立城の纏っていた光のもやが減っている。
『なんのために、銀と金から取り込んだの? それとも、きみは僕ではなくて、あれ、を復活させる気?』
嗤って告げた立城を見つめ、水輝はぎくりと肩を竦めた。ごめん、と掠れた声で詫びて口許を手で覆う。そう。真っ先に銀龍神と金龍神を取り込んだのは、あれをより深い闇の底に叩き落すためだ。
『痛いだろうけど、我慢してね』
にっこりと笑った立城がくるりと宙返りをして佑を見つめる。床に崩れ落ちていた佑がぼんやりとした表情で立ち上がる。その直後、激しい光が渦となって水輝の身体に吸い込まれた。水輝は目を見張って自分の身体を抱き、内側から激しく灼かれる痛みに耐えた。全身から汗が噴出し、無意識に腕が震える。肌が内側から裂け、血が滴って服を濡らす。水輝は痛みに歯を食いしばって懸命にその場に踏みとどまった。
『予想以上に侵食されてたんだね。……ごめん』
食いしばった歯の隙間から血が滴り、唇を伝って落ちる。水輝は血を吐きながらその場に膝をついた。ゆらりと宙を漂った立城がそっと水輝の頭に手を乗せる。
「おれ、は、絶対、諦め、ない」
掠れた声で呟いた直後、水輝は目を見開いて口許を覆った。灼熱と化した光が無遠慮に器の中を駆け巡る。激しく咳き込んだ水輝の口から血が飛び散る。
『とりあえず、今回は、さようなら』
くすりと立城が笑う。水輝は呻きを漏らしてその場に崩れ落ちた。しばしの後、水輝はゆらりと身を起こした。血に濡れた口許を指で拭う。水輝は鋭い目で立城を見つめてから佑を見やった。舌打ちをして口の中に溜まった血を吐き捨てる。
水輝の様子は変ですが、佑もかなり融通がきかないw
そういう仕様なので仕方ないんですけども(汗)