黙々と要の修復を続けていた透の目の前に赤い物が割り込んでくる。どこからともなく降って来た人の首を見止めた透は全身を凍りつかせた。
「きゃああああああああ。なによ! これぇっ!」
引っくり返った声で叫んで透は慌ただしく後じさりした。要の開いた腹の上に転がった首と目を合わせてしまって再度叫ぶ。
「きゃああああああああああああああ!!」
全身を強張らせて透は声の限りに悲鳴を上げた。手近にあったものを手当たり次第に首に向かって投げる。心底、恐怖を感じた透にはそれが槙花の首であることも、投げているものが端末であることにも気付かなかった。メンテナンス台に横たわった要の腹部に色んな物が投げつけられ、槙花の首がバランスを崩して床にぼとりと落ちる。
「って、なんだ。よく見ればただの死体じゃないか」
驚かせやがって! 怒りを込めて言いつつも、透は壁の端に身体を貼り付けて床に落ちた首を遠くから眺めた。じりじりと壁伝いに動いてドアノブをつかむ。震えて笑う足を何とか動かし、透は作業室を慌ただしく駆け出した。
背後でドアを勢いよく閉め、漸く一息つく。
「どこかで、見た顔だったな……」
まだどきどきと脈打っている胸を押さえて透は考えを巡らせた。見覚えのある三つ編み、白い肌、それから首についていた顔を思い起こしたところで透は目を開いた。あれはあの時に見た槙花というメイドだ。そのことを思い出した透は慌てて振り返った。だがどうしてもドアを開ける勇気がない。
「とりあえず、冷凍びーむ!」
声を張って透は首ごと部屋の中をドア越しに凍りつかせた。そこでほっと息を吐く。優一郎が目が覚めたらきっと何とかしてくれるだろう。
あれはいつのことだっただろうか。透は幼い頃、絵美佳として存在していた頃に体験したことを思い出して身震いした。丁度、テレビ番組でホラー映画をやっていたのだ。夜中にこっそりと起きだして一人でテレビを見ていた絵美佳はあまりの怖さに怯え、寝ていた優一郎を叩き起こした。トイレに一人で行けなくなってしまったのだ。
幼かった優一郎は絵美佳に不服を唱えながらもトイレに付いてきてくれた。怖さに震えながら、絵美佳は閉めたドアの向こうにいる優一郎のパジャマの裾をぎゅっとつかんでいた。ドアの隙間からはみ出していた優一郎のパジャマの柄まで覚えている。その時のことを思い出して透は額に浮かんだ冷や汗を手で拭った。
「って、要忘れてた」
そう呟いて透はまた考えを巡らせた。よし、優一郎のところにとりあえず送っとこう。透は自分の考えに頷き、凍りついた生首だけを優一郎の部屋に転移させた。凍りついた作業室を元に戻し、恐る恐るドアを開ける。あちこちに飛び散った血を見た透の顔が一気に青ざめる。
「この部屋は不吉だ……」
自分が暴れた結果だということも忘れて呟き、透は腕を差し伸べて要の身体だけを引き寄せた。脱兎のごとく駆け出して作業室を後にする。渡り廊下を抜けて透は慌ただしく自分の部屋に駆け込んだ。
ドアを閉めて全身で息を吐く。それから両腕に抱えた要を見下ろした透は悲鳴を上げた。要の首がない。
「きゃあああああああああああ!」
要がヒューマノイドだということも忘れ、透は全身で叫んで要の身体を放り出した。ごとん、という鈍い音を立てて床に転がった要の腹部にはべったりと血がついている。
「悪霊退散!」
そう叫んだ透は恐怖のままに要の身体を凍らせた。そのまま砕いてその場から要の身体を消し去ってしまってからほっと息を吐く。
「正義は、勝つ!」
こぶしを固めて天井に突き上げてから透ははっと目を見張った。勝利のポーズを決めて硬直した透の額に冷や汗が伝う。
「まいっか。どうせボロボロで、完全に作り直したほうが良かったからな」
空笑いをしながら透は要の脳だけを保管したカプセルを作業室から引き寄せた。何もない場所に分厚い硝子に覆われた専用の保管用カプセルが現れる。それを見止めた透は反射的にカプセルを砕きそうになった。だがすんでのところで思い止まる。宙に浮かんだカプセルにまで何故か血が飛び散っているのだ。
「血は幻か、くそっ!」
そう言って透は自分の頬を平手で殴った。すると硝子のカプセルの血痕が跡形もなく消える。透は宙に浮いたカプセルを手に取って静かに胸に引き寄せた。そもそも死体の首がそれほど出血する筈がない。
「情けねえ……。要……すまなかった」
心から反省して透はそう呟いた。胸に抱いたカプセルの中には要の脳が浮いている。恐怖の余りに幻を見抜けなかったことを深く深く反省しつつ、透は目を上げた。部屋を横切って机の上に大事にカプセルを乗せる。
透は目を閉じてイメージを作り始めた。要の新しい機体の設計を頭の中で組み上げていく。
「バストミサイルはぜってー必要だよな。ついでにロケットパンチも」
以前の要の機体も戦うようには出来ていた。だが透に言わせると要の機体はどうも気取っているように見えたのだ。透はぶつぶつと口の中で呟きながら部屋の中を歩き始めた。
「アレにはこの前開発したスーパーダッチメカマンコを使って」
頭に浮かんだ骨組みに色んなパーツが組み合わさっていく。透は口の中で呟きながら忙しなく歩き回った。
不意にドアがノックされる。透は目を開けて眉を寄せた。
「誰だ?」
「悪いが開けてくれないか」
透の問いに聞き覚えのない声が答える。透は訝りに眉を寄せた。もしかしたら科学部の現部員か何かだろうか。学校は使えるようにしなければならない、と生徒たちは結界を無条件で越えられるようにしてある。
「俺は木村透。あんたは何者だ?」
慎重に訊ねた透に声が答える。
「ラスティ・ローズ。龍宝珠界の住人だ。折り入って相談がある」
驚きに目を見張って透は慌ててドアに駆け寄った。開いたドアの向こうには一人の青年が立っている。透はまじまじとラスティを見た。翠色の髪に翠色の目をしたラスティの容姿は驚くほど整っている。
「お姫さんが宝珠にもどっちまったって言ってた奴か。まあ、何も無い部屋だが入れ」
そう言って透は目で部屋を示してみせた。するとラスティが軽く会釈をしてから部屋に入ってくる。透はラスティに椅子を勧めてからドアを閉めた。ラスティが素直に椅子に腰掛ける。
「礼儀を欠いてすまないが、単刀直入に言う。俺を抱く気はないか?」
厳しい顔をしてラスティが言う。向かい合わせに腰掛けようとしていた透は唖然としてラスティを見た。ラスティはもしかして男に抱かれて悦ぶ性癖でもあるのだろうか。
「すまん。俺はノーマルなんだ」
同性を抱く趣味は無い。透は冷静に答えて静かに椅子に腰掛けた。するとラスティが無言でその場に立ち上がる。もしかして気分を害したのだろうか。そんなことを考えていた透の目の前でラスティはいきなり自分のシャツのボタンを外し始めた。
「お、おい。ま、待て! ええっ!」
透は仰天して目を見張った。シャツを床に放り捨てたラスティの胸にはきつくさらしが巻かれている。続いてラスティは黙々とベルトを外し始めた。
「まさか、おまえ、女なのか!?」
「そのまさかだな」
素っ頓狂な透の声に淡々と答えてラスティはズボンを脱ぎ捨てた。短いパンツにも似たショーツの股間は平坦で、そこにペニスはないように見える。靴下とブーツを脱ぎ捨ててからラスティはじっと透を見つめた。
「とりあえず、さらし取っていいか?」
「ああ」
頷いてラスティが軽く両腕を上げる。透は椅子から腰を上げてラスティの胸に巻きついているさらしに手を伸ばした。しっかりと留められたさらしの端を引っ張り出し、するすると解いていく。きつく巻かれたさらしが解かれると、柔らかそうな二つの乳房がそこに現れた。
「おおー! 確かに女だな!」
うんうん、と頷きながら透は喜びに顔を緩めた。何気なく手を伸ばしてラスティの胸に触れようとする。だがラスティは厳しい表情のままで透の手を叩き落した。
裸にはなってるんですよねー。ラスティ。