「触られ損はごめんだ」
眉を少し寄せてラスティが言う。
「抱けって言ったのはおまえだろう?」
怪訝に思いながら透は叩かれた手をさすった。ラスティが眉を寄せて腕組みをする。そうすると腕に押された乳房が柔らかく盛り上がる。
「抱く気があるのかないのか、まず答えて貰おう」
淡々と言ってラスティが顎をしゃくる。
「何か条件があるのか? っていうか、そういえば、どうやって宝珠から戻ったんだ?」
「気がついたら戻っていた。条件というか……」
透の言葉に答えてラスティが少し沈んだ顔をする。
「もう、久しく男に抱かれていない。身体が疼いて仕方がないから慰めてくれないか?」
少し俯いてラスティが小声で言う。それからラスティは三つ編みにされていた髪を解き始めた。ばらけた髪がふわりとラスティの背にかかる。
「あんたは、自分の住む世界の危機を救うためにこっちに来たんだろう? 何の条件も無く、ただセックスしたいと言われても、すまねーが、信じられないな」
「そうか」
寂しそうに笑ってラスティが床に落ちていたさらしを取り上げる。ラスティは黙々と胸にさらしを巻き始めた。柔らかそうな乳房がさらしに少しずつ隠れていく。
「それに、俺はバカなミスをしでかして、それをフォローしなければならないんだ。今はちょっと、そんな気にはなれねー」
そう言って透は肩を竦めた。俯いてさらしを巻いていたラスティがちらりと透を見やる。
「そうか。忙しいところ、邪魔をしたな」
巻いたさらしの端をしっかりと留めたラスティが顔を上げて言う。それからラスティは床に腰を落として服を身に着け始めた。ブーツを履き、ズボンを穿いてベルトを締める。最後に床に落ちていたシャツを羽織ってラスティは透にぺこりと頭を下げた。
「もし本当に快楽のみが欲しいなら淫魔王に頼んだほうが良いと思うぞ。あいつは専門家だからな」
いろんな趣味に対応可能だろうし。そう続けて透は何気なく頷いた。頭を上げたラスティが少しだけ笑う。
「あっちはもっと忙しそうだし、俺は他の男に抱かれる気はない」
きっぱりと言ってラスティがそれじゃ、と踵を返す。透は何度か目をしばたたいて慌ててラスティを見やった。羽織っただけのシャツをはためかせつつラスティがドアに歩み寄る。
「あのさ、おまえに会ったのは初めてだよな?」
「ああ」
透に背を向けたまま、ラスティが足を止める。透は腕組みをして首を傾げた。ラスティの口ぶりだとわざわざ透を選んで声をかけてきたようだ。だが、ラスティは透とは初対面だと言う。
透は静かに立ち上がった。次のターゲットはお前だ。電話をかけてきた水輝ははっきりとそう言ったという。透は警戒しつつ机に寄り、要のカプセルをつかんで奈月の部屋に転移をした。
翠と差し向かいでボードゲームをしていた奈月が不思議そうな顔をして首を傾げる。透はカプセルを大事に胸に抱えて周囲を見回した。だがラスティが追ってくる気配はない。
「お姫さん。突然おしかけてすまない」
目をしばたたかせた奈月がゆっくりと視線を下げる。床に横たわって白の駒を持ち上げていた翠が、小声でむぅと呟く。透は二人の間に置かれたボードゲームの盤に自分が立っていることに気付き、慌てて退いた。翠が眉を寄せてゲームが台無しになった盤をじっと見つめる。
「幼稚園児、すまなかった。謝る」
「む」
素直に詫びた透に頷いて翠が一つずつ盤に駒を乗せなおしていく。そんな翠をしばし見つめてから透は慌てて奈月を見た。
「お姫さん。聞きたいことがあるんだ。ラスティとかいう魔法士が居ただろ? あいつはどうなった?」
問われた奈月が首を傾げつつスカートのポケットを探る。そこで奈月は慌てた声を上げた。空っぽのポケットの生地をスカートから引っ張り出して懸命に覗きこんでいる。
「翠さんっ! ラスティさんがっ!」
目に涙を浮かべて奈月が言う。すると翠が盤から顔を上げて首を傾げた。ゆっくりとした動きでその場に身を起こし、翠が腕組みをする。その後、ゆっくりと首を傾げた翠を透は苛々とした気分で見つめた。
「お姫さん。そのラスティとか言う奴は信用できるのか? 俺達の味方として」
話にならないと判断して透は奈月に振った。奈月が困惑した顔をして翠と透とを見比べる。
「わかりません。ですけど……ラスティさんはわたしを恨んでいるはずです。だから……」
奈月の目にじわりと涙が浮かぶ。それを見て透は困った顔をして翠を見た。翠は床に座って首を傾げた格好のまま、何故かすやすやと寝息を立てている。それを見て透はしまったと舌打ちをした。昼食が済んだこのあたりの時間が、丁度翠のお昼寝タイムらしいのだ。
「つまり、水輝の側につく可能性もあるってことだな?」
透は奈月が涙を浮かべているのを無視して言葉を継いだ。奈月が俯いて小さく頷く。透は急いで周辺の様子に意識を向けた。だがラスティの気配はこの施設内のどこにもない。恐らく気配を隠してしまっているのだ。
「とりあえず、一人一人の部屋を回りながら集合しよう。まずは淫魔王の部屋だ」
魔法士か……実物見たことねーから、力量がはかれねー。そう続けながら透は頭をかいた。奈月の部屋を出て、近くの学の部屋に向かう。透は周囲を用心深く伺いながら学の部屋のドアを叩いた。奈月は不安そうな顔をして眠った翠を抱きかかえている。
内側からドアが開く。姿を現したのは文だった。透が何事かを言う前に文が唇の前に指を立てる。訝りながら透は首を伸ばして学の部屋を覗き込んだ。ベッドに学が横たわっているのが見える。
「緊急事態だ。入るぞ」
小声で言って透は学の部屋に入った。ベッドに近づいて学の顔を覗き込む。穏やかな寝息を立てて眠っているように見えるのに、何故か学の顔色は青い。
「おい、淫魔王!」
透は遠慮のない声を張った。だが学は目を覚まそうとしない。時折、微かに眉を寄せて苦しそうな息を吐いて、また元通りに寝息を立て始める。
「文の巫女。いったい、どうなってるんだ?」
「わかりません」
振り返って問い掛けた透にそう答えて文はじわりと目に涙を浮かべて俯いた。聞けば、十数分前に学は突然、倒れてしまったらしい。いつものように気持ち良く交わっていた文は慌てて学をベッドに寝かせてはみたが、倒れた原因は判らないという。その話を聞いて透は眉を寄せた。
「お姫さん、由梨佳さんの部屋に全員を飛ばしてくれ」
透がそう告げると奈月が慌てて頷く。
「いきます!」
両腕にしっかりと翠を抱えた奈月が声を張った後、透の視界は揺れた。見えていた学の部屋の様子が消え、代わりに不気味な黒いものが視界に広がる。だがいつまで経っても視界が開けない。透は何度か瞬きをしてみた。試しに身体を動かそうとして驚きに息を飲む。動けないのだ。しかも身体の感触がない。
「なんだ? ここはっ。お姫さん!」
透の発した声が周囲の不気味な闇に飲まれる。透は何とか動こうとして体のあちこちに力を入れた。試しに力を使って闇を払おうとする。だが透が生み出した力は悉く闇に吸い込まれた。
くそっ! 胸のうちで言って透は要のカプセルを抱きしめて自力で転移をしようと試みた。その瞬間、嫌な音がして透の腕の中でカプセルが砕け散る。感触はなかった。音だけでそのことを感じた透は目を見張って息を止めた。
闇にゆっくりとカプセルの破片と要の脳が飲み込まれていく。
「させるかっ!」
透はありったけの力を放出した。その直後、何かが透の胸を貫く。細い翠色の煌きに貫かれた瞬間、透の全身から汗が噴き出した。透の放った力は闇にあっという間に飲まれてしまう。
「くそっ、ざまあ、ねえな……」
意識が遠のいていく。その向こうで誰かが嗤っているような気がした。
透がぴんち!! です!