「まずはお前の身体を修復するのが先だな。心配はしなくともじきに淫魔の王は目覚める」
翠がそう文に囁きかけ、倒れた二人を力で浮かせてベッドに移動させる。奈月はそんな翠から視線をずらして部屋の入り口に居る順と透を見た。順の身体はあちこちから血を噴出していて、どこに傷があるのかすら判らない。左の腕は肩が異様に下がり、腕は妙な方向に捻じ曲がっている。静かに順が顔を上げると透が何度か瞬きをして息を飲む。
「あの、茜さん……」
奈月は治療の術を編んで順に放とうとした。だがその寸前に順が振り返ってぎらりと奈月を睨む。
「せっかくの息子との対面、邪魔しないでくんないかな」
余計な手は出すな。言葉の外の意味を理解して奈月はかざしていた手を力なく下ろした。それから順がへらへらと笑って透に言う。
「もー。透くんてば、諦めないでちゃんとオレ呼んでよぉ。ちょっと切ないな、パパ」
口調は軽いが順の額から滴った血がぱたぱたと透の頬に落ちている。
「オヤジ……」
「火藍ちゃんの分も生きてくれるって、約束でしょお? もー、透ちゃんってばイ・ケ・ズ」
ふざけた口調で言った順の身体がぐらりと傾ぐ。透が慌てたように身を起こして順の身体を両腕に支える。
「一度……助けてもらったから……。いや、つまんねー意地はって、ごめん」
そう言って今度は透が順に唇を寄せる。そこで順は安心したように目を閉じて身体の力を抜いた。がくん、と脱力した順を支えた透が慌てたように身体を揺する。
「とりあえず、対策を講じるのが先だが、どうする? 主龍神よ」
腕組みをした翠が冷ややかに言う。奈月は声を殺して泣きじゃくっていた。
「ラスティさんの、いえ。水輝さんが仕組んだことなんですね?」
「ああ」
事もなげに翠が頷く。それまで順を懸命に揺すっていた透ががばと顔を上げて翠と奈月を交互に見る。
「どーいうことだよ? あのラスティとかいう魔法士は、そこの幼稚園児の宝珠なんだろ? なんで、水輝に操られるんだよ?」
「違います! ラスティさんは……」
奈月はそこで声を詰まらせた。すると翠が淡々と言う。
「ラスティは龍宝珠界の守護神の一人だが、あれは水輝の持つ翠宝珠だ。他の者はわたしのものだと勘違いをしているようだが」
すらすらと言ってから翠がため息を吐いて泣いている奈月にぴったりと抱きつく。
「翠さん、ラスティさんは?」
「仕留め損ねたな」
無表情に言って翠が奈月の胸に顔を埋める。奈月はそれを聞いてほっと息を吐いた。
「お姫さん。まさか、あんた、アレが水輝の宝珠だって知ってて、この結界の中に入れたのか?」
片腕に順を支えた透が奈月を指差す。奈月は答えることが出来ずに俯いた。
「ラスティさんは、わたしに魔法を教えてくれたんです。とってもいいひとなんです」
泣きながら奈月は翠を腕に抱きしめた。かつてラスティは奈月に魔法を教えてくれた。水輝によく似た性格をしたラスティのことを奈月はとても好意的に思っていた。
「関係ねーだろ? こっちに世界に来てしまえば、あいつは水輝の宝珠。それ以上でもそれ以下でもねー」
呆れたような顔で言って透が両腕に順を抱え上げる。どうやら透は力をかなり吸い取られてしまったために、順を治すことが出来ないらしい。順はぐったりと透に身を任せている。
オヤジ、一時でも疑ってすまなかった。そう小声で呟いて透が二つ並ぶベッドの一つに順を運ぶ。血だらけの順をベッドに静かに横たえてから、透ははっとしたように顔を上げた。
「そうだ! 要! あいつは!」
そう言って透が慌ただしく部屋を見回す。転がっていたカプセルに駆け寄って抱き上げた透はほっとしたように息を吐いた。
「幻、だったのか! くそっ!」
悔しげに透が唇を噛む。奈月の胸に顔を埋めていた翠が頭を起こし、肩越しに透を振り返る。
「だが効果的だ。誰しも、心には弱い部分がある。どうやらそこを突かれているようだ」
そう言って翠は小さな手で奈月の頬を拭った。泣くな、と呟いて翠がポケットからハンカチを出す。奈月はのろのろと差し出されたハンカチを受け取った。
「効果的なのは認めるが、ひでーやり口だな」
憎々しそうに言って透が奈月を睨む。視線を受けた奈月はびくんと身体を竦めた。
「元々、青龍王の得意な技は暗殺だ。闇討ち、不意討ち、敵の背後を取って一瞬で殺戮する。一時、青龍王は冷徹、かつ凄まじい技を揮うために鬼神と呼ばれていた」
淡々と語りながら翠は静かに奈月から離れた。目の前に立つと翠の身体が少し大きくなっているのが判る。着ていた服は若干、寸足らずになっている。
「ふーん、なるほどねえ」
頷いてから透は少し笑った。何か面白いものを見つけたような目をして奈月をじろじろと見る。
「お姫さん、あんた、そのネックレスやピアス、誰に作ってもらった?」
そう言われて奈月は思わず耳朶に手を当てた。奈月の耳には美しい青い石のついたピアスがつけられている。服の中にも同じ石のついたネックレスがある。
「そのカフスは? たまにしてるサファイアの散りばめられたカチューシャは?」
次々に指摘された奈月は答えられずに俯いた。そっと胸に手をあてがう。透の言ったのはどれもこれもが水輝に作ってもらったものだ。ある時は血を、ある時は精液を基に水輝は美しい宝石を作り出す。その石は市販されているどんなものより純度が高く、美しいカッティングが施されている。
「全部、寄越せ」
真剣な顔で透が手を差し出す。奈月は顔を歪めて服の上からネックレスにつけられた石を握った。嫌がって首を横に振った奈月を透が凄まじい目で睨む。
「お姫さん。水輝の事が諦めきれないのか?」
「無理もあるまい。元々、奈月は青龍王にあてがうために作られた。諦められないのではない。他のことは考えられないのだ」
透の凄みのある声に続いて翠が淡々と語る。奈月は俯いてぎゅっと手の中の石を握りしめた。
「つまり、お姫さんの存在自体が罠ってことじゃねーか」
責任取るとか、みんなウソってことかよ。そう言って透が鼻で笑う。奈月は身を竦めて震えていた。
順がきゅーっと倒れましたw
でもって文も壊れましたので倒れてるというところです。
逆に透は復活しました。