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「だが、奈月が鍵であることに間違いはない。この場合、本人の意志や想いは無関係だ。存在そのものが鍵なのだ」
透にそう返してから翠がちらりとベッドに横たわる学を見る。
「そういえば淫魔王は大丈夫なのかよ? ってなんで文の巫女まで?」
眉を寄せて透が問う。翠は二人を見つめながら淡々と言葉を継いだ。
「文の巫女はお前達を無理に担いだ為に身体を壊した。淫魔の王は現在、全力で魔の進行を抑えている。だが時間の問題だな」
翠が難しい顔をして腕組みをする。そこで漸く服のサイズが合わなくなっていることに気付いたらしい。ふむ、と呟いて翠は軽く指を鳴らした。すると着ていた服が消え、新しい身体に丁度のサイズの服が現れる。
「担いだあ? 俺をか? この華奢な身体で?」
「奈月が赤龍王の依頼を受け取らなかったものでな。自力で赤龍王の元へお前達を運ぼうとしていたらしい」
淡々と告げて翠が透を見る。
「龍神の力は削れていても、機械を直すのは可能だろう? いま、わたしは無駄に力を消費する訳には行かない。頼む」
そう言って翠が軽く透に頭を下げる。透は戸惑いの目をして翠と文とを見比べた。
「駄目だ。文の巫女は淫魔王のものだ。俺が触れるのは悪い」
文の耳元にありがとな、と囁いて透が身を起こす。すると翠は無表情のままで言った。
「そうか。それならわたしが文の巫女の着ているものを剥ぎ取り、股を開かせた後、許可もなく性器同士をすり合わせ、射精した後に無理やり時を遡らせてもいいか?」
それなら直るのだが。翠は淡々とした口調で言って透を見た。
「わかった。折衷案で行こう。俺が責任を持って、いますぐ修理を由梨佳さんか斎姫に依頼する」
これでどうだ? 透がそう言って指を立てる。すると翠はむう、と呟いて渋い顔をした。
「そうだな。そろそろ来る頃だ」
そう翠が言った後、慌ただしい足音が聞こえてくる。足音はあっという間に近づいてきた。勢いよく部屋に桜と斎姫が駆け込んでくる。いや、正確には斎姫は桜に無理やり引きずられていた。
「はっ! 姫様はご無事ですか!?」
そう言って桜が奈月に駆け寄る。
「桜さん……」
奈月は桜に駆け寄ってぎゅっと抱きついた。そのまま桜の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。硬直しつつも桜はぎこちなく首を動かして素っ頓狂な声を上げた。
「だっ、だっ、誰ですカ!? 姫様を、泣かせル、悪い奴ハ!」
変な発音で叫んだ桜が部屋にいた透と翠を睨む。
「文句は水輝に言え。斎姫、文の巫女が故障したらしい。修理を頼む」
男の俺が見るのは悪いから。すまね。そう言って透が斎姫を見る。斎姫は慌てたように頷いて文に駆け寄った。そんな斎姫を余所に桜がこぶしを固めて叫ぶ。
「おのれ、青龍王! わたくしの姫様をよくも!」
「所有権を主張するな」
ぼそりと翠が言う。それから翠はじっと桜を見つめて舌打ちをした。
「わかったわ。文さんのことはまかせて」
斎姫が軽々と文を抱えて部屋を出て行く。それを見送った翠が低い声で言う。
「木龍神よ。幾つ宝珠を戻した?」
そう問われた桜の身体がぎくりと竦む。奈月は鼻を啜りながらのろのろと顔を上げた。桜は少し顔色を悪くして翠から目を背けている。
「つーか、もう全部戻しちまえ。そして、おまえが地上の王になってお姫さん娶ればいいじゃん」
頭の後ろに手を組んだ透が呑気に言う。その意味が理解出来ず、奈月は首を傾げた。すると慌てたように桜が両手を振り回し、一足飛びに透に近づいていきなり右手を揮った。唐突に平手で叩かれた透がびっくりしたように目を見張っている。
「なっ、なっ、なっ」
真っ赤になった桜が言葉を詰まらせている。奈月はしゃくりあげながら首を傾げた。
「ここまでの仲なんだから、今更照れることもねーだろ」
そう言って笑いながら透が何かを白衣のポケットから取り出す。透が突き出した手には一枚の写真が握られていた。写真の中では奈月が桜に抱きつかれて真っ赤になっている。奈月はそれを見止めて慌てて翠を見やった。だが翠は素知らぬ顔をしている。
「なー!!」
悲鳴なのか怒声なのか判らない声を張って桜が透の手から写真をひったくる。両手でつかんだ写真に食い入るように顔を寄せた桜がぶるぶると震える。
「お姫さんも、桜のことはまんざらでもねーんだろ? 卑怯者の水輝のことなんか忘れて、桜のものになっちまえ」
そう言われて奈月は驚きに目を見張った。じわじわと顔が赤くなる。桜が写真に顔を伏せたまま、叫ぶ。
「焼き増しは!?」
全身を震わせながら桜が言うのを聞いて奈月は真っ赤になった。
「写真部に頼めばいくらでも売ってくれる。つーか、モデルなんだから頼めばタダでもらえるだろ」
「モデル! タダ!」
素っ頓狂な声で叫んでから桜ががば、と顔を上げ、いそいそと写真を制服のポケットにしまう。それから桜ははっとしたように目を上げた。
「……なるほど。そういう手もあるのか」
それまで黙していた翠がぽつりと呟く。他にはないのか、と透につかみかかった桜を横目に見てから奈月は翠を見やった。
「あの! わたし、桜さんはその!」
奈月は真っ赤な顔をして声を張った。するとそれまで透を床に押し倒しかねない勢いでつかみかかっていた桜が慌てたように顔を上げる。
「わたくし、今日のよき日を未来永劫、忘れません!」
目に涙を浮かべて桜がうんうんと一人で頷く。
「その! 桜さんとわたしは女同士ですし! えっと! あの!」
「男になります!」
焦って言った奈月に桜が数瞬も悩む事なくきっぱりと言い切る。奈月は困惑した顔で桜と翠とを見比べた。嬉々とした顔をしている桜に比べ、翠は嫌に真剣な顔をしている。
「そゆことなら。これはもういらねーよな」
透が差し伸べた手には鮮やかな青い石のついた様々な装飾品が握られていた。水輝からプレゼントされたものがいつの間にかなくなっている。奈月は慌ただしく自分の身に着けていたものがなくなっていることを確認して目を上げた。
「姫様! ドレスがいいですか!? それともやはりここはオーソドックスに角隠しなど!」
目をぎらぎらと輝かせて桜が声を張る。
「心配するな。今の俺にはこれを壊す力は無い。ある場所に届けるだけで、精一杯さ」
そう言って透が手を宙に差し伸べる。次々に浮かんだアクセサリが瞬く間に贈答品用の包装をされ、あっという間に姿を消す。
「はしゃぎすぎだ。愚か者」
ぼそりと言って翠が小さな力を弾にして桜に飛ばす。弾に額を弾かれた桜ははう、とその場に倒れた。
「ちょっとでも撹乱になればいいがな」
倒れた桜を片腕に抱えた透がにやりと笑う。すると翠が微かに口許に笑みを浮かべた。
「上出来だろう。これは見物だ」
そう告げて翠が静かに透に歩み寄る。ぐったりと脱力した桜の頭を軽く叩きながら翠は続けた。
「これに力を全て戻すな。危険だ」
奈月は混乱に頭を抱えてその場に居る者たちを順繰りに見た。顔色を悪くして時折呻く学。血だらけでぐったりと横たわる順。透に抱えられている桜。そしてやり取りをしている翠と透。彼らを眺めてから奈月は懸命に考えを巡らせた。さっきまで泣いていた筈なのに、一体全体、何でこんなことになっているのだろう。
「お姫さん。とりあえず、いまは何も考えないほうがいい」
嗤いを浮かべて透が言う。奈月はよく判らないままに何となく頷いた。
翠の表現!! と思いますけども、これが翠のフツーです……。
奈月はアクセサリーを全て回収されてしまいました。