「力で灼けば……」
そう呟いて佑は手にしていたピアッサーを鏡台に置き、耳に手をあてがった。狙いをつけて耳朶に力を放つ。すると佑の左の耳には綺麗なピアスホールが出来上がった。佑は同じ手順で右の耳朶にもピアスホールを作り、鏡を覗き込んだ。使い捨てのピアッサーをごみ箱に放り込み、胸を躍らせながら医療用のピアスを引き抜き、その代わりに青い石のついたピアスを耳に飾る。
「んっ、ああんっ!」
甘い声を漏らして佑は身を震わせた。ピアスにこめられた水輝の力が流れ込んできて心地いい。佑はうっとりとした面持ちで鏡を覗き込み、満足をこめて頷いた。
佑は急いで鏡台の前を離れ、机に戻った。再び椅子に腰掛けて次の箱を手に取る。次々にプレゼントを開けた佑の前には数々の装飾品が並んだ。青い石のついたネックレス、カフス、カチューシャ、ブローチ。それらを見つめて佑はうっとりとした面持ちでため息を吐いた。
「全部、水輝さんのお手製だわ!」
喜びに顔を緩めて佑は一つ一つのアクセサリを手に取っては眺めた。美しいカッティングの施された青い石も、台座になっているプラチナも、ネックレスのチェーンも、ピンも全て水輝の作り出したものだ。それぞれにこめられた優しい力を感じて佑は感動のため息を吐いた。
「水輝さん……」
佑は感じた幸せな気持ちを力に変え、アクセサリを通して水輝に送った。その直後、耳をつんざくけたたましい音がする。水輝の絶叫が響き、立て続けに何かが割れる音がする。佑は驚きに目を見張って慌てて立ち上がった。慌ただしくアクセサリをスカートのポケットに突っ込み、急いで部屋を出る。
「水輝さん! おじさま! 何があったの!」
書斎の扉を何度も叩き、佑は返事も待たずに扉を開いた。
なぎ倒された本棚が佑に襲い掛かる。思わず悲鳴を上げた佑の傍に音もなく立城が現れ、佑をさらって素早く駆ける。床に下ろされた佑は暴れる水輝を見て目を見張った。あの時と同じだ。意味もなくそんな思いが込み上げる。
「違う! おれじゃない!」
悲鳴じみた声で叫んで水輝がソファをつかんで振り回す。水輝のシャツははだけていた。驚愕に息を飲む佑の間近にいた立城がふわりと浮かび、佑をまじまじと見る。
「黒い影……! これね!」
佑はスカートのポケットから取り出したアクセサリを介し、黒い影に浸食されつつある水輝の声にならない悲鳴を感じ取った。その場に向けて光を叩き込む。
腹の底から叫んだ水輝が右腕を大きく振る。すると立て続けに屋敷の窓が割れた。壁に亀裂が走り、力に裂かれた本が音を立てて次々に落ちる。シャンデリアが砕けて床に落ち、ベッドがひしゃげる。
「力はある! いける! 潰せる!」
佑は声を張って傍に居る立城から力を吸い取って影に光をぶつけ続けた。立城が僅かに目を細め、ゆらりと水輝を振り返る。
「やっと、やっと戻れたのに!」
そう叫んだ水輝が立て続けに力を放つ。周囲に無差別に放たれた力が家具や壁を破壊する。絶叫した水輝が頭を抱えてその場にのた打ち回る。力に煽られてぐらつく床にへたり込みながら佑は水輝を慌てて見やった。
「水輝さん、我慢して! もう少しで潰せる!」
そう声をかけて佑は手の中に握るアクセサリに意識を集中した。その瞬間、床にのたうっていた水輝が勢いよく身体を起こす。
「貴様か!」
血走った目で佑を睨みつけた水輝が腕を振る。激しい衝撃を食らい、佑は身構える間もなく、壁に吹っ飛ばされた。
「……どこの、誰だか、知らないけれど、あなたなんかに、水輝さんを好きにさせない!」
背を打ちつけた痛みを堪えながら佑は身を起こした。アクセサリを介して何度も力を叩き込む。駆け出そうとしていた水輝が叫びを上げて仰け反り、頭を抱えて床に崩れ落ちる。
不意に水輝が笑い出す。佑は訝りに眉を寄せて水輝を見た。哄笑する水輝の頬に涙が伝う。立城、と呼びかけた水輝の身体から力が抜け、その場に倒れる。
「消えた!? 違う、奥に逃げられたのね」
アクセサリを覗き込んで佑は舌打ちをした。それまで黙っていた立城がふわりと宙に浮かんで水輝に寄る。耳が痛くなるような静寂がその場に横たわる。
「水輝さん! 大丈夫!?」
そう声をかけて佑は水輝に駆け寄ろうとした。だが立城がそんな佑を目で制する。立城は厳しい顔をして水輝の顔を覗き込んだ。どうしてだろう。影を払ったはずなのに、立城は喜んでいないようだ。青白い顔をして倒れる水輝を真剣な顔で検分している。
「おじさま?」
不安顔で呼びかけた佑を振り返り、立城が手を伸ばす。立城はそのまま宙を漂って佑に近づくと、無言で佑の耳朶からピアスをもぎ取った。続いて佑の握るアクセサリの数点をひったくる。
「返して! それは水輝さんからわたしがもらったものよ!」
佑は身を強張らせてそう喚いた。すると立城がちらりと佑を振り返って薄い笑いを浮かべる。
『やられた。策士、策に溺れるとは、このことだね』
そう呟いて立城が苦笑する。佑は意味が判らず眉を寄せた。
「おじさま?」
呼びかけると立城はちらりと佑を振り返ってから水輝に目を戻した。しばし水輝を見つめてから、立城がおもむろに口を開く。
『まあ、僕よりもあれのほうが、よほどダメージが大きい事が救いかな』
何故か立城の服が大きくなっている。そのことに気付いた佑は瞼を擦った。服が大きくなっているのではない。立城の身体が幼くなっているのだ。
「おじさま、ごめんなさい! わたし、夢中で」
佑は泣きそうに顔を歪めて必死で詫びた。長くなってしまった服の袖を引っ張り上げた立城が宙にアクセサリの数々を浮かべる。
『佑。これは、奈月さんの持ち物だよ』
浮いたアクセサリを見つめて立城が嗤う。佑は息を飲んでアクセサリを見やった。そういえば優一郎の記憶に居た奈月の耳には青い小さな石がついていたような気がする。
「それじゃあ、わたし……」
佑の呆然とした呟きに苦笑で応え、立城がふわりと宙を泳いで水輝の上に移動する。今の立城の身体は十歳児くらいだろうか。少し前に見た大きさになってしまっている。立城は水輝の顔を覗き込みながら、そっと手を伸ばした。乱れた水輝の髪を優しく指で撫でる。
『大丈夫。まだまだ、軌道修正は利く』
悪い事ばかりじゃないしね。そう続けて立城が浮いていたアクセサリに手を伸ばす。立城の手元にアクセサリが漂う。手の中に集めたアクセサリを見つめて立城が薄く笑う。佑は所在無くその場に佇み、何となく周囲を見回した。
「おじさま? 何を?」
立城の手の中でゆっくりとアクセサリが動き始める。回転を始めたアクセサリから目を上げ、立城は微かに笑った。
『佑、もう、僕は後戻りはできない。君のことは確かに愛していたよ』
立城が静かに佑に近づく。立城の身体には光のもやが纏わりついている。宙を滑って近づいた立城を佑は戸惑いの目で見つめた。
『返して、もらうね』
にっこりと嗤って立城が佑の中に飛び込む。佑は目を見張って胸を押さえた。何事かを言う間もなく、佑の意識は暗闇に飲まれた。
佑はとても喜んで身に着けたアクセサリーをぶんどられた上、意識をなくしました。
佑の場合は……まあ……仕方ないかな……w