黙々と作業を続けていた透は深い息を吐いて疲れた肩を片手で揉み解した。昨日から集中して作業を続けているためか、それとも急に龍神の力を削がれてしまったからか、少し身体がだるい。
広い透の部屋の中央には簡素な一台のベッドが入れられている。その上に横たわっているのは作りかけの要の機体だ。
「あとはメカマンコか……」
一番重要なパーツだから、気合いれないとな。そう呟いて透は椅子を引っ張り寄せて腰を下ろした。
要の機体は基本的には戦闘用にチューンすることにしている。だが、前の機体を無視して透は独自の設計で要の機体を作ることにしていた。使えそうな部品は優一郎の仕切る地下施設に大量に保管されていたし、ここまでは特に問題もなく組み立てることが出来た。
考えを巡らせながら透はちらりと視線を動かした。部屋の奥のベッドに横たわっているのは順だ。あのまま多輝の部屋に置き去りにするのが何となく忍びなくて、透は傷ついた順を自分の部屋に運び込んだ。治療が出来る訳ではない。順の血はあらかた拭いて貰ってはいるし、必要な場所には包帯なども巻かれている。だが龍神の力で治療することは、今の透には出来なくなっているのだ。
問題の奈月は今は桜が相手をしている。昨日の件で桜は異様に浮かれている。奈月の相手をさせておくには丁度いい。
「龍神の力や魔法とかに頼っていたら駄目だ。科学とか武道とか、人が積み上げてきた力もスゲーんだってことを証明してやる!」
力強くそう宣言して透は目をぎらぎらと輝かせた。これは自分の経験から来る感覚でもある。透は使えるものは全て使うと、これまでは龍神の力を使いまくってきた。だが、結局、どんなに龍神の力を使っても罠に嵌り、幻に囚われ、挙句の果てにはあんな少女の刀すら返せなかった。そのことを思い出しながら透はかたくこぶしを握りしめた。
問題なのは力の大きさではない。使い方だ。そのことは判っていたつもりだったが、このたびの件で透のその考えは更に強くなった。
「佑だってオヤジだってそうだ。力を確かにつかっちゃあいるが、佑の強さは武道を嗜んだ者の強さだった。オヤジの強さは自己流の喧嘩作法から来るもんだ」
そう呟きながら透は立ち上がった。いつもの癖で部屋を歩き始める。
あの時、戦っていた二人の動きにはついてはいけなかったが、目には見えた。まるで不自然さのない流れるような佑の動きに比べ、順の動きは唐突で繋がりがなく思えた。二人が圧倒的に強いことははっきりと見て取れた。だが結局、順の突飛な動きに惑った佑の分の方が悪かった。
佑の動きはある一定のルールに則っている。それは武道をきちんと学んでいる証拠だ。だから逆に順の動きに対応するのが遅れたのだ。順の動きは武道ではない。あれは喧嘩だ。しかも恐らく、順は本人が言っていた通り、命のかかった喧嘩を多くしてきたのだ。それゆえの強さだ。
どちらにも利点はあるし、欠点もある。考えを巡らせながら透はちらりとベッドに横たわる順を見た。順の砕けた左の肩と折れた腕には包帯が巻きつけられている。手当てのために傷薬なども使ってみたのだが、どうやら順の身体は薬の類を受け付けないらしい。つまり、順は一度傷ついたら、その身体を薬などではなく力で回復するか、若しくは自然治癒に任せるしかないということだ。だが順の戦い方は自分の身体を犠牲にするやり方だ。だから長期の戦いには向いていない。短い時間でけりがつかないなら、順の命が危険だということになる。消耗が激しすぎるのだ。
「闇討ち不意打ち、なんでもありか」
そう呟いて透は嗤いを浮かべた。それは弱者の兵法だ。成功した時の成果は大きいが失敗時のリスクも大きい。力の強いものが使うものではない。
「あのアホはそこんとこ解っていたと、思ってたんだが……」
嗤いを納めて透は考えを巡らせた。闇討ち、不意討ち、何でもあり。自分が言ったことを口の中で繰り返しながら透は部屋の中をうろうろと歩き回った。水輝の力が強いことは判る。あれは透の知る龍神の常識を超えている。だからもっとリスクの少ない手段を選ぶことも十分に可能なのだ。
何故、そうしないのだろう。酷く単純な疑問にぶつかって透はぴたりと足を止めた。失敗した時のことを考えていない。背負うリスクの大きさに考えを巡らせていない。自分の考えを辿って透は難しい顔をした。
考える必要がなければどうだろう。いや、そんな筈はない。何をするにしてもリスクは常に付きまとうものだ。
「佑とかあの魔法士を操るとか、ぜってーあのアホらしくねーんだよな。他人に任せないで一人で背負い込んで、魔に単身突っ込んでいた奴が、なんで急に……」
小声で呟いて透は思案した。騒ぎの起こる前、これまでの水輝の行動は大体は把握している。水輝は誰に相談することもなく、黙ってあらゆるものに対峙していた。そのためにあらゆる誤解があちこちに生じたりもした。とにかく水輝は誰に頼ろうともしなかったのだ。それだけではない。上手く利用すれば楽になれる筈の周辺のものですら、何一つ使おうとはしていなかった。
なのに今回の件では水輝本人ではない別の者がしきりに使われている。最初の桜の騒動もそうだ。透はあれを紫の仕業だと思い、宣戦布告に出た。だが真相は違った。あれは水輝が裏で糸を引いていたのだ。
一人で吉良瀬トータルソリューションに佑が乗り込んできた時もそうだ。透たちは金龍神の所在確認のためと、護るためにあの場に駆けつけた。だが実際にそこに居たのは水輝ではなく、佑だった。水輝は姿を現したが、佑を迎えに来ただけだったようだ。
ラスティの件は、これは疑いようもなく水輝の仕業だろう。翠と奈月は最初から判っていたらしいが、他の皆はラスティのことを翠の宝珠だと信じて疑っていなかった。何しろあれだけの力を持っていたのだ。翠宝珠の名の通り、翠のものと思ってもしようがない。奈月が転移の力を発動した瞬間を狙い、時空の隙間から透に幻を送りこむ。時空を司る翠色の宝珠だったから出来ることだ。
「さらに裏で糸を引いてる奴が居るか、記憶忘れるなり、優一郎に潜んでいた佑のように別モノになりやがったか、あるいは」
その両方か。そう続けて透は口許に手を当てた。ざっと考えるだけで可能性は幾つも出てくる。透は難しい顔をして頭をかきむしった。
とにかく情報が足りない。分析するには正しいデータが必要になるのに、水輝に関しては圧倒的に情報が足りなすぎる。そもそも水輝は自分たちのように近年に生まれた龍神ではない。長い時を生きている筈だ。
微かな呻き声を耳にして透は慌てて伏せていた目を上げた。ベッドに横たわる順が苦しげに顔を歪めて呻いている。透は急いで順の眠るベッドに駆け寄った。
「オヤジっ!」
低い呻きを漏らした順が呼吸を乱しながら歯を軋らせる。透は慌てて順の顔を覗き込んだ。順の額に汗が浮いている。透は順の額に触れて驚きに目を見張った。怪我のためか、順は高熱を発している。
「試してみるっきゃ、ないってことか」
そう言って透は左手首に巻かれた腕時計を見下ろした。腕時計の液晶画面には小さな世界地図が表示されている。透は時計の側面についたボタンを押した。ボタンが押されるたびに世界各国の色んな都市の時間が画面に表示される。透は画面を見つめてボタンを押し続けた。やがて画面から世界地図が消え、時間だけが表示される。時間を表示するデジタルの数字は目まぐるしく進んでいた。
「これなら、二週間くらいは稼げそうだな」
そう呟いて透はちらりと順を見た。
「オヤジの次はパパに頼るってか」
カッコ悪いよな俺って、でも、それで意地張るほうがもっとカッコ悪いからな。そう続けて透は苦笑した。時間を稼がなければならないのは確かだ。自分の考えに頷いて、透は時計を操作した。
部屋全体がぐらりと揺れる。耳鳴りのような音が響いた直後、透は部屋ごと転移した。
頑張り始めた透です。