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高速のパーキングエリアを駆け抜けたところで透は舌打ちをした。どうやら今日は運が悪いらしい。早速渋滞につかまってしまった。うんざりした顔で並んでいる車を見てから透はため息を吐いた。
桜からのメールが届いたのが数分前だ。人目につかない場所を巧みに転移して、透は何とか桜の住む清陵町に入ることには成功した。だがそこで高速に乗ったのが仇になってしまった。透は渋い顔で並ぶ車を睨みつけ、上着のポケットを探った。取り出した携帯電話の画面にさっきのメールを表示させる。
挨拶も何もない文面は唐突に始まっている。このままでは姫様のお手を煩わせるような事になってしまう……そうだ! 途中でトラックに乗った親切な人が通りかかれば! それを読んで透はくすくすと笑った。
「いいよなあ、桜ちゃん」
今日の昼に会ったばかりだというのに、何だかすぐにでも会いたくなってしまう。透は笑いを噛み殺して携帯電話をポケットにしまいこんだ。
きっと桜はあの文章で助けてくれと言っているつもりなのだ。だが助けてくれという文字はどこにもない。透は屋敷の駐車場にあったピックアップトラックを早速引っ張り出してここまで来た、という訳だ。
清陵高校をわざわざ訪ねた甲斐もあり、桜の身体の調子は見ることが出来た。桜は植物素材のみで作られているからなのか、どうも冬の寒さに弱いようだ。きっと身体が本人の意志とは無関係に冬ごもりに入りつつある。あのままではじきに動くことも難しくなるだろう。
「温帯から熱帯の植物を使ったからなあ。寒地仕様も作らないとダメだな」
桜の身体を作ったのは透だ。だが依頼を受けた時に急いでいたため、手に入り易い素材しか用いなかったのだ。考えを巡らせながら透はのろのろとした流れに合わせてゆっくりと車を動かした。道路の上にある電光掲示板には渋滞2キロと書かれている。大方、先で事故でも発生しているのだ。この分ならじきに抜けられるだろう。
透の予想通り、じきに車はスムーズに流れ始めた。広々としたこの道は桜の指定した場所の脇を通る。何でも、大きなものを運んでいるらしいから車からでも見えるだろう。
そんなことを思っていた矢先、透の目に黒い箱状のものが見えた。舗道を行く箱状のものの上には人影も見える。透は早速、一番左の車線に移動して道端に車を寄せた。急に停まった車に驚いたのか、箱を引いていた少年が目を丸くする。
透は急いで車を降りて箱の上にいた桜に話し掛けようとした。だが桜がそれより先に立ち上がる。腰に手を当てた桜は透を見下ろして叫ぶようにして言った。
「まあ! そこを行くのは親切なトラックの運転手さん!」
棒読みの桜のせりふに透は思わず吹き出した。
「愉快すぎる」
遠慮なく笑い飛ばした透に失礼な、と桜が声を荒らげる。桜と一緒に箱の上に乗っていた奈月が不思議そうに首を傾げる。その隣にいるのはどこかの幼稚園の制服を着た幼い少年、翠だ。
「あ、あの? お知り合いですか?」
一人で箱を引いていた少年が言う。これは確か銀龍神だ。今は白銀というのだったか。そのことを思い出しながら透は頷いた。
「おまえ、そんな重いもん、どこから持ってきたんだよ」
箱に近づいて透は白銀に告げた。すると白銀が困ったような顔で頭をかく。
「スーパー牧原の駐車場……」
スーパー牧原。その名前に首を傾げてから透はぽん、と手を叩いた。確か、清陵市の外れにそんな名前の大き目なスーパーがあった気がする。うんうん、と頷いてから透はぎょっとした顔で白銀を見た。
「で、どこに持ってくんだ?」
「あ、清陵大学の研究室です」
確かあそこのスーパーの生鮮食品はけっこういけるのだ。そんなことを思い出しながら透は違う、と心の底で自分を叱りつけた。一体、いつの話をしているのだ、自分は。そんなものに凝っていたのはずっと昔のことだ。正確に言えば男になる前の話だ。
「……おまえ。漢だな」
呟いた透を困ったように見ながら白銀が首を傾げる。
「はあ。俺は確かに男ですけど」
どうやら性別の話だと思ったらしい。正しい意味を説明しようとしていた透のすぐ傍に桜が箱を飛び降りて着地する。
「それではわたくしたちは失礼いたしますわ、親切なトラックの運転手さん」
にっこりと笑みを浮かべて桜が優雅に礼をする。そんな桜に続いて翠を抱えた奈月が身軽に箱を飛び降りる。
「それじゃ、荷台にのせちまおうぜ。っておい、この車は五人乗れるから、おまえらもついでに送ってやるよ。大学回ってもそのほうが早えーだろ?」
「あら、そうですか? 確かに姫様をこれ以上歩かせるのは……」
しばし考えるように目を伏せてから桜がわかりました、と頷く。翠を抱いた奈月だけが困ったような顔をしている。が、透はそれを無視して箱状の機械に手をかけた。
試しに持ち上げようとしてみる。だがびくともしない。
「あ、これちょっと重いんですよ」
そう言った白銀が肩にしっかりとロープをかけて引っ張り始める。すると軋みを上げて機械の下についている車輪が回り、じりじりと動き始める。ほらね、と言って白銀がロープを外す。
「そう言えば、こりゃいったいなんなんだ? 業務用クーラーの室外機みたいに見えるが」
「ええ、クーラーですよ」
きっぱり言って白銀が透から離れて機械の裏側に回る。仕方ありませんね、と呟いて桜が箱の一端を手にかける。
「三人で同時に上げればよろしいのでしょう?」
それなら力を使っても不自然には……見えるかも知れないが、一人で持ち上げるよりはましだ。そう判断したのだろう。桜の提案に透は頷いた。
「しかし、こんなもんに台車付けて動かせるようにして何に使うんだ?」
疑問を覚えつつも透は掛け声に合わせて機械を持ち上げようとした。
「ええと、正義の味方の秘密だそうで……」
そう言いつつも白銀も透と同じように機械の下に手を入れて力をこめる。
その瞬間、何か変な音がした。ひぃぃぃ、という面白い悲鳴を上げて桜が硬直する。今の音からすると腰がいってしまったのではないだろうか。舗道に引っくり返ってひくひくする桜をとりあえず放置して、透は白銀と力を合わせて機械を車の荷台に載せた。
「……ぎっくり腰じゃないですか?」
舗道に横たわった桜の格好は、機械を持ち上げようとした時のままらしく腰は曲がったままだ。桜に駆け寄った白銀が冷静に言ったのを受けて透はなるほど、と呟いた。
「桜。お前、今日うちに来い……」
疲れた息を吐いて透はそう告げた。恐れ入ります、と泣きながら桜が答える。その傍にいた奈月は泣きそうな顔で桜を気遣っていた。
桜はここまで残念じゃなかったはずなんですけどね……。