クラスメイト達の賑わう姿を見るのも何だか久しぶりな気がする。奈月は数日振りに学校に来ていた。周囲を注意深く伺いながら奈月の隣にいるのは桜だ。
翠が桜の代わりに学校に来て以来、奈月の隣の席は桜だとクラスの誰もが認めてしまったらしい。桜は奈月の横の席について周辺の様子を探っている。時折、奈月に話し掛けようと寄ってくるクラスメイトまで視線で威嚇して追い払ってしまう有様だ。
わたしは少し調べることがある。そう言った後、翠は起きたばかりだというのにまた眠りについてしまった。どうやら翠にとっての眠りというのは、もっと別の意味があるらしい。
『神崎桜さん、吉良瀬奈月さん。生徒会室まで至急来て下さい』
教室の前にあるスピーカーから呼び出しの声が響く。奈月は桜と顔を見合わせて頷きあってから席を立った。次の授業の準備をしているクラスメイトたちの席の間を抜け、奈月は急いで教室を出た。
「何事でしょう?」
桜が訝りの顔をして首を傾げる。廊下を足早に行きながら奈月も首を傾げた。
「とにかく、斎姫さんがわたし達を呼んでらっしゃるということですよね?」
「生徒会室、ということは恐らくそうかと」
放送された声は斎姫のものではないが、他に二人をまとめて呼び出す者に心当たりはない。きっと担当の誰かが斎姫の代わりに放送を流したのだろう。
廊下を進んで階段を昇る。生徒会室のある四階まで階段を昇り、奈月は急ぎ足で進んだ。たどり着いた生徒会室のドアを桜がノックする。すると中から斎姫の声が返事した。
「どうぞ、いらっしゃい」
その声に応えて桜が静かにドアを開く。奈月は桜に続いて生徒会室に入った。窓際に居た斎姫が二人を振り返る。
「表向きは、次期生徒会役員就任への説得交渉ってことになっているわ」
斎姫の言葉に奈月ははっと息を飲んだ。そういえば前に斎姫にそんなことを言われていた。そのことを思い出して奈月は恐縮した。慌ただしかったとは言え、完全に忘れていた。
「表向き、ということは本当の用件は異なるのですね?」
黙りこんだ奈月に代わって桜が言う。
「ええ。桜さん。これを」
そう言った斎姫の胸から輝く宝珠が二つ飛び出す。一つは木龍神を示す紫宝珠だ。そしてもう片方は青い宝珠だ。その二つの宝珠を斎姫は桜の方へ弾いた。驚きの声を上げた桜の胸に二つの宝珠が音もなく吸い込まれる。
「す、全てを取り戻すのは危険だと天空の王が」
戸惑いの表情で桜が言う。
「リスクを負うのは解ってる。でも、今しかないんだ。姉さんや茜さんが戦線離脱し、僕や翠さんが寝ている、今しかね」
それを聞いた奈月は驚きに目を見張った。桜も息を飲んでいる。喋ったのは確かに斎姫だ。なのに聞こえてきたのは優一郎の声なのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 仰っている意味が判りません!」
慌てたように言う桜の顔色はなぜか悪い。奈月は戸惑いながら桜と斎姫とを見比べた。窓に寄りかかった斎姫が腕組みをする。
「重ね色目って知ってるかい? 和服で、複数の色を重ね合わせる組み合わせの名前の事を指すんだけど」
ゆっくりと語りながら斎姫が首を傾ける。奈月は緊張に身を強張らせて斎姫を見つめた。桜が唇を引き結んでじっと斎姫を見つめる。
「例えば紅梅なら、紅、薄紅、蘇芳の三色を、桜萌葱なら、萌葱、白、二藍の三色を、白桜なら、白と紫の二色を、そして」
そこで言葉を切って斎姫が深く息を吸う。その目はどこか知れないところを見つめていた。
「葵、なら翠と紫の二色を重ねたものなんだ」
そう言って斎姫がにっこりと笑う。桜が目を見張り、息を飲む。だが奈月はその意味が判らず首を傾げた。
「奈月さん、認めるか、認めないか、奈月さんの判断でお答えください」
笑みを浮かべたまま、斎姫が言う。奈月は戸惑って桜を見やった。だが桜は目を見張ったまま、少し俯いて唇を震わせている。
どうするべきなのだろう。そう考えながら顔を戻した奈月はそこに見慣れた姿を見止めて息を飲んだ。天井付近に陽炎のように水輝が浮かんでいる。水輝は苦しそうに顔を歪めて身体を抱えていた。しばし咳き込んでから水輝がゆらりと顔を上げて奈月を見つめる。
白いシャツにジーンズ、丈の長い黒のコート。だが確かにそこに浮かんでいるのに水輝の気配は異様に薄い。
「我、要求せん。わが父、神崎葵の力を不当に奪いし者から、取り戻さん事を。主龍神! 裁可を!」
斎姫が鋭い声を放つ。するとその場に佑の声が響いた。
『水輝さんを助けたいなら、認めなさい!』
凛とした声に促されるように、奈月は頷いた。
「み、認めます」
宙に浮いていた水輝が苦笑をする。それから水輝は奈月を見つめて優しい笑みを浮かべた。相変わらず気配は薄いし、実体はそこにはない。
『奈月』
そう呼びかけた水輝がゆらりと宙を泳いで奈月に近づく。
「水輝さんっ!」
懸命に呼びかけて奈月は水輝に手を差し伸べた。だが互いが伸ばした手は触れることはない。奈月は涙を浮かべて顔を歪めた。
『泣くな。おれはお前が楽しそうにしてる方が好きだ』
困ったような顔で言って水輝が奈月の頬に流れる涙を拭おうとする。だがその手は決して奈月には触れなかった。
「見えた! 我求めん。紫翠よ! 汝との面会を!」
『一分待て』
苦笑しながら水輝が声を張った斎姫を振り返る。それから水輝は奈月に向き直った。
『もう時間がない。いいか、奈月。これからおれが言うことをちゃんと聞けよ』
口早に言ってから水輝が僅かに顔を歪める。
『おれがどんなに甘いことを言っても耳を貸すな。襲い掛かってきたら、構わないから討て』
そう告げた水輝の姿が足元から少しずつ消えていく。
「水輝さんっ! 待って! わたし……水輝さんっ!」
『桜』
追いすがる奈月から視線をずらし、水輝が呼びかける。それまで俯いていた桜がびくりと震えてのろのろと顔を上げる。
『……奈月を頼む』
そう告げた水輝の身体が徐々に薄くなっていく。水輝は肩越しに斎姫を振り返って笑った。
『後は、任せた』
そう言った直後、水輝の姿がかき消える。
「斎姫、身体を借りてごめん」
そう言った斎姫の身体がその場から消える。そこには酷く影の薄い優一郎の姿が現れた。桜が呆然とそれを見てからやがて両手をこぶしの形に握る。
「いつもいつもいつもいつも、勝手なことばかり言って! あの阿呆と来たら!」
急に怒声を張って桜がぎらりと優一郎を見る。
「地上の王よ、主の護りはあなたに託されたのですから」
「あなたもです!」
びしりと優一郎を指差して桜が喚く。それから桜は頭をかきむしって地団駄を踏み始めた。そんな桜の地団駄のせいではないだろうが、急に部屋が揺れ始める。
「奈月さん、青龍王の想いを、けして忘れずに」
優一郎に言われて奈月は泣きながら頷いた。舌打ちをした桜が手の中に紫色の宝珠を現す。一振りで刀の形に変えた桜は怒りに目を吊り上げて喚いた。
「どうなってもわたくしは責任は持ちませんからね!」
その直後、桜が床を蹴って逆手に握った刀を振る。唐突に生徒会室の屋根は吹き飛び、その場に現れた誰かが桜の繰り出した刀を弾き返した。宙返りをした桜が鋭い息を吐いて刀を一閃する。壊れて落下しかけていた天井はその一振りで木っ端微塵に砕け散った。
水輝が二体(?)出ました。
やっとタイトル回収……(汗)