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「でさあ」
視線をずらして順は少し離れた場所でひっきりなしに喚いている要を指差した。
「アレ、どしたのさ?」
フロアの中央には一台の実験台のようなものが設えてあり、その上に要が横たわっているのだ。
「借りた」
笑いながら透が答える。要はなぜか猛烈に怒り狂っているらしく、戻せ帰せと喚き散らしている。順のこともしっかり認識しているのか、ろくでなしだの外道だのと喚いている。
「ま、カワイイけどね。要チャン。しっかし、キミも物好きだねえ」
そう言って順は首を鳴らした。いきなり戦うなどということは無理かも知れないが、この分なら多少動くことは出来そうだ。順はまだだるい身体をゆらりと動かして台の上で喚く要に近づいた。大きく股を開いて台に横たわっている要は、顔以外の部分が動かせないらしい。近づいた順にも喚くだけで手を出そうとしない。
「オヤジ、こいつと知り合いなのか?」
そう言いながら透が寄ってくる。にやにやと笑いながら順は要を見下ろした。要は真っ赤な顔で喚いている。
「この、ばいきん! 誰の許可を得てわたくしに近づいていますの!?」
「うん、前に嵌めたコトあるから」
要の喚くのを無視して順はそう答えた。ま、オレはお母さんのが好みだけどね。そんなことを言った順を要が怒りのこもった目で睨みつける。
「オヤジもなあ……」
透が呟いてため息を吐く。
「おやじ、見せもんじゃねーから、こいつには近づかないでくれるか? こいつは俺の玩具だからな」
そう言って笑った透にりょーかい、と頷いて順はくるりと要に背を向けた。ゆっくりと歩いて少し離れる。
「だっ、誰が玩具ですの!? おのれ、吉良絵美佳! わたくしを愚弄してぇえええええ!」
相変わらず叫ぶ要を無視して順は透に手招きをした。怪訝そうな顔をして透が順の傍に寄る。
「オヤジ、なんか良い考えでもあるのか」
小声で透が言う。順はその隙に素早く手を伸ばして透の頭を片手に支え、もう片方の手で透の身体を抱いた。口づけをした途端に透が驚いたように目を見張る。それを見ていたらしい要がぽかんと口を開けて黙る。
「オ、オヤジ!」
焦った声を上げる透から順は手を離した。あはは、と笑って屈めていた身を起こす。
「ごちそうさま。変態の基本は近親相姦よ? 透クン、素質あるかもねー」
だらしない笑みを浮かべて順は片手を上げて歩き出した。要がホモ? とぽつりと呟く。
「オヤジが女なら考えねーこともないが、俺はノーマルだっつーの!」
それまで焦りつつも冷静さを保っていた透ががなる。順は軽く笑いながら外に続く通路に向かった。要が嬉しそうにホモですわ! と声を上げる。それに答える透の声を背に聞きながら順はゆっくりと階段を降り始めた。一段ずつゆっくりと進みながら考えを巡らせる。
透の龍神としての力は殆どなくなってしまっている。唇を介して読んだことを順は真剣な顔をして思い起こした。だが今はもう奴はいない。次からはもっと容赦のない方法で来るだろう。
透明な床を降りて順は建物の外へ続くドアを開いた。爽やかな風が頬に触れる。一面の草原の中に大きな建物はぽつんと建っていた。順はだるい身体を引きずるようにして建物に沿って歩き出した。
角を曲がり歩き続けると一人の人影が見える。地面にしゃがみ込んだ白衣を身に着けた人物に順はゆっくりと近づいた。気配を感じたのか、白衣の人物が顔を上げる。どうやら植物の手入れをしていたらしい。
「はじめまして。木村順と申します」
礼儀正しく挨拶をして順は頭を下げた。軍手をつけて植物を触っていた男性が静かに腰を上げる。
「うむ。お初にお目にかかる。吉良総一郎だ」
そう言って男性が軍手を外し、手を差し出す。求められるままに握手を交わして順は少し眉を寄せた。
「申し訳ありませんが、龍宝珠界の状況をお教え願えませんか? 見るところ」
順は首を巡らせて周辺を見た。独特の気配を吸い込んでから吐き出す。
「随分と『軽く』なっているようですが」
そう言ってから順は総一郎を見た。軍手を白衣のポケットに突っ込んだ総一郎がゆっくりと周囲を見回す。
「ぱわーを介して見るとやはり、そう見えるのか」
うむうむ、と頷いてから総一郎がふと思い出したように順を見る。
「木村順どの。貴殿の名前は四画の木の字に、市町村の村、川にページで間違い無いかな?」
「あの世界の外向けの名前はそれで間違いありませんが、龍神としての名は茜と申します」
順はそう言ってにこやかに笑った。
「茜どのか、なるほど」
重く頷いて総一郎が黙想をするように目を閉じる。しばしの間を空け、総一郎は閉じていた目をかっ、と見開き、白衣のポケットを探り始めた。
「よし。これだ!」
強く言って総一郎が右手をポケットから引き抜く。総一郎の右手にはどこにでもありそうな、なまえペンと書かれたペンが握られていた。左手には変哲のないただの石ころが握られている。
ペンの蓋を口に挟んで開いた総一郎が石ころにさらさらと名を記す。達筆な字で書かれたのは木村茜、という名前だった。順は思わず口笛を吹いた。
総一郎の握った石ころが眩い光を放つ。紅の光がその場に溢れた後、石ころは美しい宝玉へと姿を変えた。その直後、宝玉は瞬いてその場に光を満たす。順は口許に嗤いを浮かべてその光景を見守った。
その場に美しい紅の女性が現れる。総一郎の手の中からは石ころが消えていた。ふう、と大きく息を吐いた総一郎がおもむろにペンの蓋を閉じる。
「うむ。仮説は正しかったようだな」
うんうん、と頷いて総一郎が紅の女性をまじまじと見る。順は苦笑をして軽く指を鳴らした。すると女性の姿が輪郭から溶け、宝玉の形に戻る。紅の宝珠はふわりと宙を泳いで差し伸べた順の手の中に納まった。
「ありがとうございます。助かりました」
にっこりと笑って順はそう告げた。おうように頷いた総一郎がペンを白衣のポケットに戻す。それを見た順は何となくとあるアニメーション番組を思い出した。
「あの。せっかくですから主題歌とか歌いましょうか?」
「いや、申し訳無いが、貴殿の歌声は今のこの世界には危険すぎる」
難しい顔で総一郎が首を横に振る。その顔にほんの少し悔しそうなものが覗いていたのを見て取って、順は苦笑を浮かべた。
「それでは私はそろそろ失礼します。界の管理者殿」
そう言って順は恭しく一礼した。胸に手を当てて優雅に身を折った順を総一郎がじっと見つめる。
「うむ。絵美佳……いや、貴殿のご子息については任せてくれたまえ」
そう告げた総一郎の顔に寂しげな表情が浮かぶ。それを見て取った順は片目を閉じてあはは、と笑ってみせた。
「も、ヤだなー! そいちろサンってば! とーるくんはばーんじおっけー、あのコはちゃんと今を生きる力があるってば!」
一転して軽薄に言って順はばんばんと総一郎の肩を叩いた。総一郎が何度か瞬きをして肩に乗る手と順とを見比べる。
「う、うむ」
調子が狂ったのか、総一郎が少し困ったような顔で頷く。順は軽く笑ってから手の中に翠色の宝珠を呼んだ。一振りで剣の形になった宝珠の柄をつかむ。
「娘を持った父親ってのはねぇ。きっと多分、いろいろ切ない気分を味わうもんなのよ」
そんじゃ、と笑って片手を上げ、順は剣を天に向かって放り投げた。地面を強く蹴って剣を追って飛ぶ。高速で宙に舞い上がった順に、地面に立つ総一郎は手を振っていた。
順が普段通りにチャラい感じに戻りましたw