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「アレがかんっぺきに誰かに操られたりするはずないじゃーん? そんな間抜けなら、にこにこ笑いながら世界を動かしたりしない訳でね」
肩を竦めて順が言う。順は部屋の隅に居る奈月をちらりと見てから薄く笑った。
「水輝さんは、やっぱり、まだ、わたしを狙っているんですね?」
震える声で奈月が言う。すると順がぴしゃりと言った。
「アンタさあ。今から喋んないでくれる? アンタが喋るといちいち大事になってるんだよねー」
嫌そうな顔をして順が頭をかく。すると奈月は悲しそうな顔をして俯いた。奈月は俯いたままで小さく頷いた。
「枷の切れたアレは容赦なんてしないだろうからね。ま、こっからマジでスタートってトコじゃない? こっちはナギちゃん、透くん、学チャンが動けなくなってる訳だけど」
まるでそこに奈月は最初からいなかったかのように、順がくるりと振り返ってへらへらと笑いながら言う。
「最終目的が読めないんです。正直な話、向こうの目的に妥協できるなら、和解を提案してもいいと思っています。ただ……」
多輝に対する水輝の宣告を思い出して、優一郎は表情を曇らせた。水輝ははっきりと言った。雷龍神を殺してもいいか? その問い掛けが誰かに操られて発されたものでなく、水輝本人のものだったとしたら。
「最終目的ねぇ……。力はある、枷は外れて自由に動ける、ヤりたきゃ相手は水輝ちゃんがいる」
順がそう言いながら指を折る。反対の手に引き寄せた煙草を一本、歯に挟んで順は呻いた。
「桜チャンはまあ、無事っしょ。幾らなんでも殺すまではしないだろうと思うよ。いちお、あれでも愛着くらいは……期待し過ぎるのもアレだけど」
渋い顔で呟いて順が煙草の先に生み出した炎を寄せる。やけに美味そうに煙を吸い込んでから順は判んないね、と呟いた。
「彼女は既に、地上の王、ですからね。そう簡単には手を出せないと思います」
今は亡き彼らは別だったんでしょうけど。そう続けて優一郎は何気なく翠を見た。翠はやけに険しい顔をしている。
「座位は変動するもんだからね。いま、桜チャンがそーだったとしても、これからずっとそうって訳じゃないしね」
呟くように言ってから順がゆらりと動く。ベッドに身を投げ出すように腰掛けてから順は肩を竦めてみせた。
「世界でも崩壊させる気かね? あんなばかでかい力、他に使い道ないしょ」
呆れたような口調で言ってから順がごろんとベッドに横になる。
「いえ、桜さんの座位には手を出す形跡が無いというか、なんというか、その……。僕にわかる範囲では限界があるんですが……」
困惑顔で優一郎が言うと、順が慌てたように身を起こす。
「は? それじゃなに? 桜チャンの座位目的で拉致ったんじゃないの?」
そう言ってから順は勢いよく立ち上がって翠に迫った。険しい表情で翠が順を横目に見る。
「……ちょっとお。話違うじゃん。ヤツが座位取り戻したらバンバンザイ、事は解決すんじゃないの?」
嫌そうに顔をしかめて順が翠を問い質す。すると翠はすまん、とぼそりと告げた。うわあ、と力ない声を漏らして順ががっくりと肩を落とす。
「だから、最終目的が読めないって言ったんです」
「うああ、ちょっと脱力しちゃった。これはアレだね。優一郎くんを抱かせて貰えないと治らないね。うん、そうだね。治らない」
勝手なことを言いながら順がうんうんと頷く。
「僕はストレートですから」
お断りします。にっこりと優一郎が笑うと順がしくしくと泣き真似をする。
「うう、優一郎くんのノリが悪いよう。透くんもノーマルだって主張するし」
あーあ、と呟いて順が無造作に自分の胸に手を突っ込む。唐突にその場に紅の眩い光が生まれた。驚きに何度か瞬きをした優一郎の目の前から順の姿がかき消える。次の瞬間、その場には紅の美しい女性が現れた。長い髪は柔らかなウェーブを描いている。白い肌に薄く形のよい赤い唇が映えている。肢体はすらりとしていて、手足は長い。
「これでどうよ? あー、オレ、優一郎くんにラブラブに抱かれないとなおらにゃーい」
口調は順そのままで紅の女性が言う。優一郎はこめかみを押さえて頬を引きつらせた。
「すいません。茜さんには感謝してますけど、ごめんなさい」
「でもさりげなく目は観察してるしー。ほーら、胸だよーん」
嬉しげに笑って順が羽織っていたシャツの前をがば、と左右に開く。そこには豊かな二つの乳房があった。先端には淡い紅色に色付く乳首がある。
「あの、こう、恥じらいとか、チラリズムとか、そういう、微妙な感覚わかりません?」
眉を寄せて優一郎はそう告げた。すると順がふむ、と呟いて自分の身体を見下ろす。順はさっきまでと同じようにシンプルな白いシャツとトランクス一枚を身に着けているのだ。
「つまんないなあ。じゃ、別の男にするかなー」
そう言いながら順が手を伸ばしていきなり翠の胸倉をつかまえる。翠はされるがままに順に引っ張り寄せられた。
「む。わたしの生殖機能はまだ確立していないぞ?」
「うあ、なんかその言い方腹立つ」
しかめ面をして言ってから順がぱっと手を離す。翠はシャツの胸元を乱したままで眉を寄せた。順が唇に指を当ててふて腐れた顔をする。
「そういえば、重森さんとは?」
優一郎が何気なく言った瞬間、順がはうっ、と呻いて胸を押さえる。順はゆらゆらと動いて優一郎を上目遣いに睨んだ。
「そっ、そっ、それは言わない約束よーん」
涙の浮かんだ目をして順が小声で言う。その後、順はもしかしたら殺されるかも、オレ。とぼそりと呟いた。
「あの重森さんが? 茜さんを?」
不思議に思いながら優一郎はそう訊ねた。すると順が頬を引きつらせて力なく頷く。
「あのヒトは真性のサドだもん。オレを傷めつけるのが趣味だもん。オレが調教中に逃げ出しちゃったから、今頃激怒よ、きっと」
呻くように言って順が頭を抱える。優一郎は自分をあの屋敷から助け出してくれた和也のことを思い浮かべてみた。確かに和也はペットをいじめるのが趣味だとは言っていた。だがどうしても執事をきっちりとこなしているイメージが強く、順の言うようなことが今ひとつイメージしにくい。
「あの、重森さんが言っていたペットってもしかして……?」
困惑しつつ、優一郎は質問を投げかけた。すると順が抱えていた頭をがば、と起こして半泣きの顔で優一郎を見つめる。
「あのヒトの趣味についてけるヤツが、オレの他にいると思う!?」
声高に言って順が頭を強く振って天を仰ぐ。もしかして順はここに話をする為に来たのではなく、単に逃げ込んできたのではないだろうか。
「もしかして、ここの結界、あてにしてます?」
「ぎくっ」
口でそう言って順があははは、と笑う。その額には冷や汗が伝っている。
「茜さんは、ヒューマノイドは好みじゃないですよね?」
真面目な顔で優一郎はうーん、と考え込んだ。順の性癖は自分とは異なっているだろう。そんな順に性欲処理にヒューマノイドを抱けと言っても難しいような気がする。
「そうだねぇ。別に出来ないってワケじゃないけど、特に好きってワケでもないね」
あっさりと言って順が肩を竦める。優一郎はそんな順をまじまじと見つめた。順の体型そのものは悪くないのだ。だがやはり生身と思うとどうも食指が動かない。
「そうですよね」
難しい顔で考え込んでから、優一郎は記憶の奥底に引っかかっていた報告を思い出した。斎姫からは常時、優一郎の元に報告が送られている。その中に一つ、興味深いものがあったのだ。
「茜さん、そういえば、僕が囚われている時に、斎姫と話をしませんでしたか?」
ふと、話を振った優一郎を見つめ、順が苦笑する。
「うん。したよ。勝手に誘っちゃってごめんね」
そう答えた順がさりげなく優一郎から視線をずらして翠を見つめ、中身は幼稚園児のままなんだねぇ、と呟く。
「僕は別にかまいませんよ。斎姫のほうも特に問題無いようですし」
抱きますか? でも、あれはちょっと特殊だしなあ。そう続けて優一郎は頭をかいた。斎姫の機体は優一郎の趣味と、とある目的のために特別にカスタマイズされたものだ。
「んー」
間延びした声を漏らして順がじっと床を見つめる。それから順はぱっと顔を上げて笑った。
「やっぱいいや。ま、オレのコレはね。ちょっとはしゃぎすぎてただけだから。本気じゃないよん」
そう言って順が胸に手を突き入れる。豊かな胸にほっそりとした手が音もなく潜った後、順の身体は静かに男性のものへと変化した。
「お役にたてず、すいません。ただ、斎姫のほうには許可を出しておきますから、気が変わったらいつでも性欲処理に使ってください」
優一郎はにっこりと順に笑みかけた。ありがと、と笑った順が片手を上げてその場からかき消える。どうやら施設の中を短距離で転移したらしい。早速、学の様子を見に行ったらしい順の気配を辿って優一郎はそっと息をついた。
奈月は誰にも叱られない子なので、順がいると丁度良いかもと思います。