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人の声がする。水輝は聞こえてきた優しい声色に耳を澄ましながら薄く目を開けた。無意識に頭を押さえようとして思わず顔をしかめる。身体が酷く痛む。少し動くだけで激痛があちこちに走る。
水輝は目を開けて深く息を吐いた。身体は随分と痛むが、心の底が妙に軽くなっている気がする。
「水輝。気分はどう?」
そう言って立城が水輝の顔を覗き込む。水輝は立城に頷こうとして顔をしかめた。少し動いた拍子に頭がぐらりと揺れる。
「身体は痛いな。だが気分は悪くない」
寝起き特有の掠れた声で答えてから、水輝は視線をずらした。ここは屋敷の寝室だ。広々とした寝室の大きなベッドに水輝は横たえられていた。その傍に立城は座っている。そして部屋の中央には桜色の髪をした女が立っている。水輝は目を細めてまじまじと女を見た。
「おれはしくじったのか?」
女は生きて、しかもしっかり自分の足で立っている。顔色は悪いし、身体を震わせてはいるが、力が減った様子もない。水輝は横目に女を見て微かな吐息をついた。
「地上の王は、僕達に協力してくださるそうだよ」
地上の王、というところに力をこめて言ってから立城がにっこりと笑う。ふうん、と呟いてから水輝はまた女を見た。木龍神、桜。別名を地上の王。胸のうちでそう呟いて水輝は笑おうとした。だが喉の奥に酷い痛みが生まれて咳き込んでしまう。痛みに呻きながら身を丸め、激しく咳き込む水輝の背を立城が優しく撫でる。
桜は蒼白な顔をして震えている。水輝はしばし咳き込んでから目を上げた。
「どうした。そんなにおれ達が珍しいか?」
薄い笑いを浮かべて水輝は小声で訊ねた。桜は震えながらベッドの水輝と立城とを見つめている。
「せっかく君のリクエストに応えて帰って来たのに、そんなにつれなくしなくても」
立城が肩越しに桜を見て言う。するとそれまで唇を引き結んでいた桜が震える声で言う。
「あなた方は……なにを……姫様に」
よほど緊張しているのか、桜の言葉は途切れ途切れで聞き取り難い。水輝はぐったりとベッドにもたれて深く息を吐いた。
「かつての主との、待望の再会だろう? もう少し喜べ」
痛みを堪えて言った水輝の口許に立城が水の入ったコップを寄せる。頭を支えて起こされた水輝は舐めるようにしてコップの水を飲んだ。水の冷たい感触が喉を過ぎると少し落ち着く。
「やっぱり、僕よりも、彼女のほうが大切?」
くすりと立城が笑うと桜がぎくりと身を竦める。青白い顔で唇を引き結んだ桜は問いに答えようとしない。
「そうだよね。彼女のために、かつて、全てを捧げた紫翠でさえ葬り去ったのだし」
それに比べれば僕なんか。寂しそうな顔で言う立城の目は笑っている。水輝はそうだな、と呟いて横目に桜を見た。憐れなほどに桜は萎縮している。
かつて桜は一の使い魔として立城に仕えていた。水輝はこれまでに桜を何度消したかを心の中で勘定した。あの時、あの時、あの時、と殺した時の情景を思い浮かべながら嗤いを浮かべる。
「水輝が怖いの? 今の君は地上の王なのに」
立城がくすくすと笑う。すると桜は伏せかけていた顔を慌てたように上げた。
「そっ、そんなことは」
「そんなことはないよな。今のおれはこのざまだ。殺そうと思えば楽に出来る」
そう言って水輝は掠れた笑い声を漏らした。その拍子に身体がずきずきと痛む。水輝は痛みを堪えて腕を動かし、そっと立城の手に重ねた。
「違うよね? 君は本当は、僕よりも水輝のほうが好きなんでしょう? だから」
そこで言葉を切って立城が水輝の指に自分の指を絡める。水輝は目を細めて二人の指が絡み合う様を見つめた。
「違います!」
唐突に桜が引っくり返った声で叫ぶ。水輝はへえ、と呟いて口許に嗤いを浮かべた。
「それならどうして処女を捧げたの?」
水輝の指を指の間で優しく撫でながら立城がくすくすと笑う。
「違います、あれは、あれは、青龍王に付き合えと、言われて」
蒼白な顔で桜が何とか言葉を継ぐ。水輝は横目に桜を見てそうか、と掠れた声で呟いた。すると桜がぎくりと身を竦める。
「桜。誓いは忘れていないよね?」
「な、何のことですか」
震えた声で桜が言い返す。水輝は深い息を吐いて立城と絡めた指を見つめた。くっついては離れ、離れてはくっつく。優しく互いの指を擦りあわせて撫でる。水輝は動くたびに走る痛みを堪えてゆっくりと指を動かした。
「やっぱり、そうなんだ……」
立城がしょんぼりとした顔をする。途端に面白いくらいに桜がうろたえた。慌てたように視線を泳がせ、立城の方に手を伸ばしかけ、持ち上げた腕を慌てて下ろす。水輝は嗤いを浮かべてそんな桜の様を眺めた。
「あ、あの、その、申し訳ありません、立城様」
小声で桜が詫びる。寂しそうに顔を伏せた立城が上目遣いで桜を見る。
「そんなに、あの姫君が大切?」
そう問われた桜が慌ただしく立城と水輝とを見比べる。全身を緊張に震わせて桜は俯いた。
「あっ、いや、答えなくていいよ。さっき、処女のことについて尋ねたときに、『童貞は姫様に!』って思いっきり聞こえたから」
そう言って立城がにっこりと笑って顔を上げる。桜が焦ったように顔を上げる。青から赤へと顔色がくるくる変わる様を水輝は笑いを堪えて見つめていた。
「ちっ、ちがっ!」
「そうか。処女だけでなく、童貞もおれに寄越すと。そういう理解でいいか?」
軽く立城の指を握って水輝は小声で告げた。ふんわりとした柔らかな枕に身を深く沈める。
「否定する? 否定すれば、あの姫君の存在は揺らぐよ」
口を開きかけた桜に先んじて立城が言う。すると桜は困惑に顔を歪めて黙り込んだ。どうするべきか判らなくなったのだろう。再び桜の顔色が悪くなる。
姫君第一な桜w