※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 一部 二人の水輝   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


夜叉と夜叉 1

「紫翠が滅びたのに、なぜ彼女が消えないか、わかるかい?」

 

 ゆっくりと語りながら立城が優しく水輝の手を撫でる。水輝は優しいその感触に目を細めて身体の力を抜いた。桜が唇を引き結んだまま、首を横に振る。それはそうだろう。桜にとって奈月とは、紫翠の想いそのものだった筈だ。

 

「雨粒がどうやってできるか知っているかい?」

「え……水蒸気が雲になって……」

 

 戸惑った顔をして桜が消え入りそうな声で言う。水輝は桜を横目に眺め、深く息を吸った。

 

「川、池、海、湖。地表にある水が、太陽の光に熱されることにより、空気中に気体となって立ち上る。空に辿り付いた水蒸気は、冷たい空気に冷やされ、雨になってまた地面に向かう」

 

 身体に障らないよう、小さな声で水輝は言った。

 

「そう。水は循環している。形を変えて」

 

 頷いて立城がそっと水輝の手を取る。両手に優しく手を包まれて水輝は微かに笑った。

 

「紫翠龍が恐ろしい力を有していたのは、紫翠龍が奴にとっての太陽であり、光であり、風であり、空気であり、地面だったからだ」

 

 小声で告げてから水輝は衝動のままに咳き込んだ。反射的に身を起こした水輝の背を立城が支える。

 

「逆に言えば、彼は、紫翠の中を循環する血液のようなものだったとも言えるね」

 

 静かに語りながら立城がそっと水輝の身体を枕に預ける。再び身体の力を抜きながら、水輝は嗤いを浮かべた。

 

「奴らは純然たるつがいだ。だが、当時の紫翠龍の力に世界は悲鳴を上げた。どだい、無茶な話なんだ。一つの存在におさまる量じゃない」

 

 喉の奥で息の通る不快な音がする。水輝は何度か咳払いをしてその音を消した。気分は悪くはないが、相変わらず身体が痛む。

 

「彼らは世界の中の閉じた小世界とでも言える存在だったからね。外の世界から内に取り込んだものは二度と外の世界へは返さない」

「ああ。奴らは強欲だからな。そして」

 

 水輝は痛みをおして右腕をゆらりと持ち上げた。手をかたく握り締める。

 

「弾けた。その時に飛び出したものの一つがあれだ」

 

 そう告げて水輝は力なく腕を落とした。だが弾かれたものの上には時が流れる。彼らが必死で覆い隠し、護ろうとした限られた世界ではなく、外の世界に出たものには他の者と等しく時が流れる。

 

「夜叉と呼ばれた彼女達は、迫害を受けながらも転生を繰り返した」

 

 二人が代わる代わるに語るのを桜は呆然とした面持ちで見ている。その視線を感じつつも水輝は掠れた声で言葉を継いだ。

 

「転生の本来の作用を知っているか? あれは、魂の記憶を浄化するシステムだ。魂に刻まれた現世の穢れや澱み、それらを払拭するために転生のシステムは世界に組み込まれた」

 

 決して同一の存在として生まれ変わることがないよう、システムは緻密に組み込まれている。そう語りながら水輝は立城を見やった。立城がもし、全く彼らと同一の存在だったとしたら、恐らく惹かれなかっただろう。

 

「想いも本当は穢れや澱みのひとつに過ぎない。純粋な想い、なんてものは存在しないはずなんだ」

 

 本来はね。そう言って立城がにっこりと笑う。桜が何度か瞬きをして何か言おうと口を開きかける。だがその度に桜は力なく肩を落として唇を引き結んだ。

 

「感情は力だ。力とは血、器を巡る熱だ。……少し喋りすぎたか」

 

 そう呟いて水輝は咳き込んだ。どうやら弱ったところを狙われているらしい。身体の中が酷く熱い。水輝は激しく咳き込みながら口許を押さえた。立城が素早く水輝の口許にタオルを寄せる。水輝は目を細めてそれを受け取った。口を押さえた指の合間から鮮血が滴り落ちる。

 

「夜叉である彼女達は、転生の浄化をかいくぐって、次代に想いを伝えることに成功した。紫翠の想いそれ自体が閉じた小世界だったから可能だったことなんだけど」

 

 気遣うように水輝を見つめて立城がそっと言葉を継ぐ。水輝は血に塗れた手と口許をタオルで拭った。酷く身体がだるい。痛みもあるが、どうやら熱が出てきたらしく次第に判らなくなっている。

 

「感情の力はしぶといからな」

 

 力なく呟いて水輝は全身の力を抜いた。水輝が手にしていた血まみれのタオルを立城がそっと取り上げ、ベッドの端に乗せていたトレイに置く。水の入ったコップをあてがわれ、水輝は少しずつそれを飲み込んだ。

 

「それでも、繰り返される転生に付随する浄化の中で、地上に散らばった紫翠の想いの多くは潰えていった。しかし、潰えた想いは消え去りはしなかった。どんどん凝縮されていったんだ」

 

 水輝の唇からコップを離し、立城が静かに語る。そうだな、と呟いて水輝はちらりと桜を見た。桜は蒼白を通り越し、まるで紙のように白い顔色をしている。血の気の失せた唇は震えている。

 

「そういうわけで、転生を繰り返すうちに夜叉は急速に数を減らしていった。しかし、その一方で夜叉一人あたりの力は逆に強まっていった。そして、最終的に夜叉は二人にまで数を減らした」

「さすがにあれが幾つもあったら、それは面倒だろう」

 

 思わず苦笑して水輝は首を傾げた。コップをトレイに乗せた立城が少し眉を上げて口許に微かな笑みを浮かべる。

 

「何度も転生の浄化にさらされ、凝縮された想いは、既に単なる力の塊と化していた。愛する対象が水輝という存在であること、それだけしか残っていなかった。真の名と呼び名の区別さえ付かないほどに、想いの本質は劣化していたんだ」

 

 穏やかな口調で語る立城を見つめて水輝は僅かに目を細めた。

 

「名の妙だな」

 

 微かに笑って水輝は桜を見やった。身体を震わせながら桜がその場にへたり込む。それではわたくしは、と桜が呟く。

 

「二人の夜叉は、水輝を愛した。ここに居る。水輝をね」

 

 そう言って立城が水輝をさし示す。うなだれていた桜がゆるゆると顔を上げて水輝を見つめる。水輝はさりげなく桜から目を逸らし、立城に手を伸ばした。血に汚れた水輝の手を立城が優しく取る。




禅問答のような!!!(汗)
当時の自分の混乱が思い出されてのたうってますw
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