嫌ですわ、とつんと横を向いた要を睨んで透はぜいぜいと息を切らした。要はさすがは機械と言ったところか。あれだけ言い争いをしていたのに少しも息を乱してはいない。
「そんなに、俺が信用できないか?」
真面目な顔で言った透に要が即座に切り返す。
「当り前ですわ! どうしてわたくしが吉良絵美佳を信用出来るとお思いですの!?」
バストミサイルも予定より時間はかかったが何とか完成した。肘から外れた腕が飛ぶ、ロケットパンチも作った。この二つの機能は重要だと要との意見も一致した。だが最後の一つ、性交渉だけが出来ない。透は苛々しつつも要と向かい合っていた。
「俺とおまえは好敵手だった。俺がずっと勝利していたが、最後の最後で、おまえは俺に勝った」
「とぉぜんですわ! やはり最後は正義が勝つ! ですわ!」
そう言い切って要が高笑いする。相手はヒューマノイドだ。無理やり犯そうと思えば簡単に出来る。しかも透は要の副マスターとして登録されているのだ。
要と透は総一郎の持つ研究施設の中の一室にいた。総一郎を頼って龍宝珠界に来てからもう二週間が過ぎてしまっている。
「おまえの中で、俺は悪なんだな?」
眉を寄せて透は自分を指差した。すると要が胸を張って透に向き直る。
「あ、た、り、ま、え、ですわ! 吉良絵美佳はわたくしの永遠の敵! ですわ!」
声高に言い切って、要が口許に手をあてがって高く笑う。
「わかった。それじゃあ、今日の作業はここまでにしよう」
「あら。随分と物分りがよろしいですわね」
そう言って要が反らしていた胸を戻し、口許にあてがっていた手を下ろす。だが透はこれ以上、要と不毛な言い争いを続ける気はなかった。何しろ朝から夕方のこの時間までずっと怒鳴りあっていたのだ。
「おまえの言う正義とはなんだ?」
透は白衣のポケットに手を突っ込んで真顔で訊ねた。すると要が即答する。
「わたくしですわ!」
きっぱりと言い切って要が腰に手を当てる。
「おまえの行動は全て正義で、俺の行動は全て悪だと、そういうことか?」
「そうですわね! まあ、ミサイルやパンチについては多少、感謝はしていますけども!」
要がそう言ってから身軽に台に飛び乗る。要は実験台に腰掛けてほほほ、と笑いながら透を横目に見た。透は力でシンプルなドレスを引き寄せ、要に着せた。一瞬で身に纏ったドレスを要が不思議そうに見下ろす。淡い赤のドレスは勝気な要によく似合っている。
「ぱんつがないですわ」
眉を寄せて要が言う。
「メカマンコの調整は全く行ってないからな。普通にしていても過熱する可能性がある。熱いと感じたら、これで冷やせ」
そう言って透は団扇を力で寄せて要に手渡した。要がふむ、と呟いて団扇でそよそよと自分に風を送る。
「それで? 一体、何がしたいんですの?」
足を組み合わせ、のんびりと団扇をあおぎながら要が首を傾げる。
「第一目標に設定してみたものの、かなり難しいみたいだな」
ふっと笑って透はじっと要を見つめた。すると要が訝りの表情をする。
「わたくしに貢物を贈るということは、ひょっとしてわたくしに傅きたいんですの?」
まあ、それならそれで考えてあげないこともなくてよ。高慢にそう言って要が高笑いする。
「いや。逆だ。おまえを惚れさせてやる。身も心も俺のモノにしてやる」
「ご冗談ですわよね? そんなことできる筈がありませんわ」
はっ、と鼻で笑って要が両手を軽く広げて肩を竦める。要ははたはたと団扇で自分に風を送りながらああ涼しい、と目を細めた。
「できるはずが無い。と否定した時が終わりだ。それに」
そこで言葉を切って透はびしりと要を指差した。
「できるはずが無い、そんなはずは無いと、固定観念にはまっている時は注意したほうがいいぞ」
「では逆におたずねしますわ」
さらりと返して要は組み合わせた足に肘杖をついた。右手に握っていた団扇の先を透に向ける。
「仮にそうなったとしてあなたに何の利がありますの?」
うろんな眼差しで透を見つめて要が言う。透は要を指差していた手を下ろし、また白衣のポケットに突っ込んだ。
「惚れた女を手に入れたいと思うのは、普通だと思うが?」
「あら、わたくしも罪な女ですわね!」
そう言って要がまた高笑いをする。それから要は背を丸めて足の上に頬杖をついた。
「傅きたいなら素直におっしゃいな。足の爪磨きくらいは担当させてさしあげてよ」
にんまりと笑って要が言う。
「有象無象と同じ扱いはごめんだ」
「あら。失礼ですわね。わたくしは彼らを愛しておりますのよ?」
意外なことを聞いた、という顔で要が言う。それから要はゆらゆらと組み合わせた足を揺らした。
「それにあなた。わたくしに惚れたと先ほど仰いましたけど、それが真実であると本心から言えて?」
団扇で透を示して要が首を傾げる。透はぴくりと眉を上げた。
「おまえは俺を信用していないのだろう? だったら、俺が今、何を言っても無駄だろう」
すると要がそうですわね、と呟く。
「それでは幾ら話し合っても無駄ですわね。わたくし、あなたを信用する気はさらさらありませんもの」
あっさりと言って要がするりと台を降りる。要は団扇で自分に風を送りながら周囲を見回した。
「どうした?」
「いえ。何でもありませんわ」
静かに言って要が再び台に乗る。相変わらず高慢に透を見つめてはいるが、その顔には少し寂しそうなものが浮かんでいた。
「早く優一郎様のところに戻りませんこと? ここにいても仕方がありませんわ」
軽く肩を竦めて要が言う。透は少し苦い気分で視線を下げた。
「向こうは戦場だ。今戻っても足手まといになるだけだ」
「あら、そうですの? では、わたくしの電源を落として頂けません?」
団扇をあおぎながら要が涼しい顔をして言う。それを聞いた透は訝りに眉を寄せた。
「どうした? どこか調子が悪いのか?」
心配して透が訊くと、要は首を横に振った。
「いいえ。違いますわ。ですが、少し疲れましたの」
そう告げて要がにっこりと笑う。よそいきの優しい笑みを浮かべる要を見て透は目を細めた。
「あちらに戻るまで、わたくしを起こす必要はありませんわ」
そう言いながら要は自分から台の上に乗った。目を見張る透を余所に、要が台に横たわる。
「言い忘れていたが……その機体には電源スイッチは存在しない」
「あら、そうでしたの?」
不思議そうな顔をして要が身を起こす。困りましたわね、と呟いてから要はため息を吐いた。その横顔に影が差す。
「要」
「何ですの? ちょっとわたくし、いまあなたと口喧嘩をする気はありませんわ」
すらすらと言って要が膝を曲げて両腕に足を抱える。透は静かに要に近づき、腕を取って力強く抱き寄せた。驚きの声を上げた要の唇を強引に塞ぐ。慌てたように身じろぎをした要を抱きすくめる。すると要の抵抗は少しずつ弱くなった。
透の努力というか……頑張りには頭がさがるというか。
ていうか! 要はかなり難しいと思うので、ここまでのやり取りで透はそーとー疲弊していると思います!w