エロシーンはありません。
我ながらしぶとすぎ……。
佑はがっくりと床に膝をつき、両手をついてうなだれた。ここは吉良瀬別邸の書斎だ。うなだれる佑の傍の机には立城がついている。
「おじさま、わたしって、もう必要無いんでしょう?」
せっかく格好良く決まったと思ったのに。そう続けて佑はのろのろと顔を上げた。
気がついたらこの部屋に居た。なくした筈の宝珠も、身体も、全てが戻っていた。佑は少し前のことを思い出して情けない顔でため息を吐いた。
「佑、僕のことが嫌いなの?」
椅子ごと身体の向きを変え、佑の方を向いた立城が哀しげな顔をする。ゆったりとした椅子に腰掛ける立城の姿は十五歳程度の大きさだ。
「そんな顔して見せても無駄よ。無駄。おじさまが、結構、わたしのこと気に入ってくれてるのはわかってるわ。だけど」
佑はゆっくりと身体を起こし、立ち上がってスカートを手で払った。いつも水輝が寝そべって本を読んでいたソファに静かに腰掛ける。
「今の状況で、わたしなんかにかまけてる余裕なんてあるわけないっていうか、わたし、水輝さんに嫌われてるわけでも無いけど、好かれてるわけでもないし。役に立たないし」
そう言いながら佑は自分の口にした言葉にどんどん落ち込んでいった。無意識に俯いた佑を立城はじっと見つめている。足を組み合わせ、頬杖をついた立城が微かに笑う。
「君は自分がどんなことを成し遂げたのか、わかってないんだね」
優しい笑みを浮かべて立城が言う。佑はのろのろと顔を上げて立城を見つめた。頬杖をつくのをやめた立城が椅子の背もたれに深く寄りかかる。
「ヘンな闇の王みたいな、水輝さんに寄生してたヘタレを倒しただけじゃない? おじさまに寄生してた回復役さえ無効化すれば、あんなの倒すの簡単よ。そのヒントくれたのもおじさまだし」
佑は両手を軽く広げてとうとうと語った。佑を笑顔で見つめていた立城が不意に吹きだす。何事かと驚いて佑が目を見張っている間に、立城は口許を押さえて声を殺して笑い出していた。
「別にわたしでなくても、あの情報さえあれば十分倒せたと思うわ。わたしより強い人なんかいっぱいいるんだし」
困惑に眉を寄せて佑はそう告げた。しばし声を抑えて笑ってから立城が佑を改めて見つめる。
「本質を見極め、機会を逃さず行動する。言葉にしてみれば簡単だよね?」
優しい笑みを浮かべて立城がゆっくりと言う。佑は笑われた理由も判らないままに何となく立城の言葉に頷いた。
「水輝さんやおじさまが昔の亡霊みたいなのに取り付かれてるって知ってかっとなって、暴走しただけよ。そんな立派なものじゃないわ」
そう言いつつも佑は何となく照れて視線を下げた。静かに立城が腰を上げ、ソファに歩み寄る。
「佑」
優しい声で呼んで立城が佑の頭を撫でる。佑は余計に恥ずかしくなって少し俯いた。
ふと、ドアノブの回る音がする。佑は慌てて顔を上げてそちらを見た。ドアを開けた水輝がふらりと書斎に入ってくる。水輝はソファに座る佑を見止めて少しだけ笑った。
「何だ。帰っていたのか」
そう言ってから水輝が本棚に寄り、本の背表紙を指で辿り始める。
「水輝さんっ! 身体は平気なの? 大丈夫?」
佑は慌ててそう言ってから立ち上がった。水輝に駆け寄りかけて踏みとどまる。水輝は本の背表紙を一つずつ指で辿りながらああ、と頷いた。手を伸ばした水輝が本を一冊抜き、表紙を開きながらソファに寄ってくる。佑は水輝に道を譲った。佑の傍を水輝が行き過ぎた時、微かにシャンプーの匂いがする。水輝は身を投げるようにソファに横たわり、本を読み始めた。どうやら風呂上りらしい。
「水輝。前に、返品する気はないかって話したけど、本当にそうしていいかな?」
ソファの肘掛に腰を寄りかけて立城が言う。水輝は頭の下にクッションを敷きながら静かな声で言った。
「別に邪魔になるでなし、置いておけばいいんじゃないか?」
あっさりと言ってから水輝がそうだ、と本から目を離す。急に水輝と視線が合う。
「さっきは助かった」
それだけ言って水輝が本に目を戻す。
「水輝さん!」
佑は目に涙を浮かべて水輝を見つめた。水輝が礼は何がいいかな、と呟くように言う。水輝の頭の傍に腰掛けた立城は微笑みを浮かべている。
「別にお礼なんて、水輝さんの傍に居られるだけで、わたし……」
「そうか。遠慮ではなく、真意だと取るが問題ないか?」
言葉を濁した佑にさらりと水輝が問いを投げかける。立城が苦笑して水輝を見つめ、分厚い本を取り上げる。おい、と眉を寄せた水輝が腕を伸ばす。だが立城は水輝の伸ばした手を避け、本を持ち上げた。
「もう、必要はないでしょう?」
にっこりと立城が笑うと水輝は顔をしかめて本に手を伸ばした。
「読みかけなんだ。返せ」
そう言って伸ばした水輝の手を立城が避ける。くそ、とぼやいた水輝が勢いをつけて起き上がる。そのまま水輝は立ち上がって佑に寄った。戸惑う佑の顎を指でつかみ、片腕に抱き寄せる。目を見張っている間に佑は水輝に唇を塞がれた。
「んくっ!」
うっとりとした面持ちになった佑をしっかりと抱きしめ、水輝が唇を開く。開いた佑の口の中に水輝の舌が入ってくる。だがこの間までのように血の味がしない。佑は蕩けた顔をして水輝にすがりついた。
「水輝! 僕を見るんだ!」
不意に立城が鋭い声を張る。佑は驚きに目を開いた。だがそんな佑を水輝はかたく両腕に抱き、嫌がるように首を振っている。立城が水輝の肩を強く引く。水輝が佑から離れ、立城を見止めた瞬間、がくんとその場に膝をつく。佑は訳が判らず咄嗟に水輝を抱え起こそうとした。
「水輝さん!」
「駄目だ。佑」
立城の制止を受け、佑はぴたりと動きを止めた。その場に崩れた水輝を立城が両腕に抱えてソファに運ぶ。あの瞬間に一体何があったのか、水輝はぐったりとソファにもたれている。
「まだ、本調子じゃないみたいだね。佑、申し訳ないけど、席を外してもらえるかい?」
水輝の顔を覗き込みながら立城が言う。佑はソファの前に膝をついた立城の背中に声をかけた。
「治療なら手伝っても」
「必要無い」
佑の声を遮って立城が言う。意外な立城の強い口調に驚いた佑は目を見張り、次いで頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
わたしのせいなんだ。そう思って佑はしょんぼりとした顔をした。すると立城が肩越しに佑を振り返る。
「水輝は大丈夫だから。だけど」
そこで一旦、言葉を切って立城がしばしの間を空ける。
「これからは不用意に近づかないように」
そう言ってから立城が両腕に水輝を抱え、部屋の奥に向かう。この書斎は寝室を兼ねている。立城がそっとベッドに水輝を横たえるのを見てから佑は俯いて踵を返した。
水輝は一応、紫翠の影響が抜けてるはずなのですが……。
まだ不安定な感じです。