エロシーンはありません。
大股で部屋に入った順は、履いていたスリッパを片方脱ぎ、それを握って奥のベッドに近づいた。
「ちょっと、いつまで寝てんのさ!」
怒鳴りながら順は右手のスリッパですぱーんと学の頭を叩いた。呻きながら眠っていた学が慌てたように身を起こす。
「いったぁぁぁあああい!」
悲鳴を上げて学が頭を押さえて屈み込む。順はスリッパを握ったまま、憤然と腕組みをして学を睨みつけた。
「さっさと文ちゃん直してあげたら? アンタが寝てるのは勝手だけどさあ。ずぅっと壊れたまんまだよ?」
そう言いながら順は学の隣に横たわる文を顎でさした。すると学がはっとしたように目を見張って慌てて文を見下ろす。
「ごめんなさい、文ちゃん! アタシがだらしないばっかりに!」
文の身体を両腕に抱きしめて学がおんおんと泣く。順は呆れた顔でため息を吐いて力なく首を振った。右手を振るって再びスリッパの底で学の頭を張り倒す。すると学は悲鳴を上げて頭を押さえ、涙に濡れた目で順を睨みつけた。
「あのねぇ。なんちゃってメロドラマしてる場合じゃないの」
「メロドラマ……そんなつもりはなかったんだけど」
ぐすん、と鼻を啜ってから学は静かに文を横たえた。それからベッドに座り直してまじまじと順を見る。ちゃっかり服の内ポケットに目薬を納めた学を見下ろし、順はこれまでの経緯を淡々と語った。だがどうやら学は寝てはいてもこちらのことは大体は把握していたようだ。
「もうね。互いにムリすんのはヤバいと思うんだよ。アンタもさ。一人で突っ走ってヤツらを止めるの、やめてくんない?」
苛々とこめかみをスリッパの先でかきながら順は低い声で吐き捨てた。すると学が大袈裟にそんなことはないと驚いてみせる。順はため息を吐いてスリッパの先を学に向けた。
「あのね。アンタ一人が犠牲になってどーこーできるレベルじゃないわけ。いいじゃん、来たけりゃ来させればさあ。人間だって捨てたもんじゃないよ?」
学が目を見張って唇をかたく引き結ぶ。順はため息を吐いてスリッパの底で再び景気よく学の頭を叩いた。学が黙って叩かれたところを手で押さえる。順はやれやれと肩を竦めて部屋を横切り、ドアを開けた。ドアの向こうで待っていた優一郎が困惑した面持ちで学と順とを見比べる。相変わらず優一郎の姿は異様に影が薄い。
「学さんが目覚められたのですか?」
「起こしたんだよん」
そう言いながら順はへらへらと笑って優一郎を部屋に迎え入れた。学のいつもの軽い乗りは珍しくなりを潜めている。
「もうちょいしたら翠さんのお昼寝タイムだからね。多分、ソコ狙われるっしょ」
軽い口調で言いながら順は学のいるベッドの傍に戻った。
「学さん、その、文さんの身体なんですけど……」
戸惑った顔で優一郎がベッドに横たわる文を見つめる。学は悲しそうな顔をして文の頭を優しく撫でた。
「そうね。アタシがこんな状態じゃね。修理してもすぐに壊れちゃうわよね」
ごめんなさいね、と学が詫びる。文の壊れた機体は何度か修復されているのだ。だが、その度に文は壊れてしまう。主である学が無茶をしていたからだ。
「お涙ちょーだい劇は大嫌いだかんね。とっとと立ち直ってぱぱっと次のステージ行こうよ」
右手のスリッパを床に落として右足に引っ掛ける。しれっとした顔で言った順を学が物問いたげに見る。
「とりあえず、今は情報が不足していますからね。守備を固めて向こうが仕掛けてくるのを待ちますか?」
腕組みをした優一郎がそう告げる。そだね、と頷いて順は片手で学の頭を軽く叩いた。
「しゃきっとしなよ、しゃきっと。アンタがそんなじゃ、文チャンかわいそーじゃん」
そう学に言ってから順はため息を吐いた。本当ならそんな真似はしたくはなかったのだが、仕方がない。
「姫君の結界はアテに出来ないからね。アレ、水輝ちゃんにはすかすかで何もないのと一緒だから」
早口でそうまくし立ててから順は頭をかいた。
「翠さんの結界は越えられないでしょうけどね」
「ん。でも翠さんが寝てる間はねぇ。どうしても弱くなっちゃうから」
ため息を吐いて順は苛々と頭をかいた。そもそも結界でどうにか出来ると思うのがまずいのだ。結界は外敵を遮断するいい方法ではあるが、絶対不可侵という訳ではない。結界の作り手によって強度や質もまちまちだが、決して破れない訳ではないのだ。
「要するに、アタシたちは奈月ちゃんを護ればいいのね?」
「そーゆーこと。……あー、イライラする」
苛立ちをこめて吐き捨ててから順は眉を寄せた。
「あと、桜さんは向こうについたと思ったほうが良さそうですよね」
「多分そーだろね。元々、カノジョは姫君じゃなくて水輝ちゃんが好きだったみたいだからね」
アンタ気付いてたんしょ。そう言いながら順はじろりと学を見た。すると学が困ったような顔をして首を傾げる。答えないが、それは肯定の意味だろう。そう取って順はため息を吐いてシャツのポケットを探った。よれた煙草を引っ張り出して咥える。
「姫君には多分、桜チャンあてがうしょ。より、ショックでかいっつったらそっちだろうからね」
オレならそうする。そう続けて順は指を鳴らして炎を呼んだ。小さな炎を煙草の先に寄せる。
「正直、ショックとか、そういう事を感じる時期はもう終わってると思いますけど。水輝さんに敵対した時点で、奈月さんのアイデンティティが崩壊しなかったほうが不思議です」
「そんなコトくらいでアレは消えないっしょ。執念みたいなもんじゃん」
憎々しさをこめて順は呻くように答えた。しかめ面で煙草を指につまむ順を学が不思議そうに見つめる。
「でもどうして急に? あなた、最初は関わる気はなかったんじゃないの?」
そう言いながら学が乱れていた髪を指で梳き始める。ふん、と鼻を鳴らして順は渋い顔をした。
そう。関わる気はなかったのだ。あの夢を強引に見せられるだけなら、別に放置しておけばいいと思っていた。だがどうも事は自分の思ったのとは違う方に流れている。
「僕はあなたが一番、奈月さんを護ることに対しては消極的だと思っていました」
「あー、今でもヤだよ。あんなの、とっとと消えればいいのにって思うし」
苦い顔のままで順は優一郎に答えた。学が不思議そうな顔をする。戸惑った面持ちの優一郎をちらりと見てから順は肩を竦めてみせた。
スリッパでパーンというのは昔のバラエティなどでよく見られた気がします。
ハリセンチョップとかもですかね。