「大体ねぇ。火藍ちゃんの緋宝珠、誰が消したと思ってんのさ。アレよ? アレ。ソコでオレはブチンって切れたね」
怒りを込めて言いながら順は煙を天井に向かって吐いた。
「父……いえ、吉良博士に貰ったんじゃなかったんですか?」
「あ、それはアリガト。って、その話はまあいいとしてだよ」
さらりと礼を言ってから順はがりがりと頭をかいた。
「透ちゃんは見殺しにしようとするわ、緋宝珠消してくれるわ、しかもその上、まだごねごねごねごね泣いてるわ、正直オレが直にぶっ殺してやりたいくらいだね」
ずらずらと文句を並べ立てて順は前髪をかきあげた。
「主龍神を弑する役割を負うのは、青龍王です」
「わーかってるよ、んなことは!」
淡々と告げた優一郎に声を荒らげて答えてから、順はごめん、と詫びた。優一郎に当たっても仕方がないのだ。
「でね。オレはこの辺りのことは読まれてると思ったんだよ。オレが真っ先にアレから離れてさあ」
気まずい気分で言いながら順は煙草をつまんだ。俯きながら煙を吐く。
「あのヒトたちはオレを殺すワケにはいかないんだよね。オレ死ぬと水輝ちゃんヤバいからさあ」
ため息混じりに言ってから順は唇に煙草を戻した。いつの間にか学は自分の膝に文を抱えている。
「そうですね。対偶の関係にありますから」
優一郎が頷いて顎に手を当てる。順はうん、と頷き返してから腕を組み合わせた。どれだけ考えてもやっぱり腹が立つ。だが、他の方法を探す間はない。
「でねー。オレ囮にして引っ張れるんじゃないかと思ってね」
奈月を守護するのは他の者でも可能だろう。直に水輝が乗り込んでくる可能性もあるが、先のことを考えるとそれは無理な気がする。今の水輝にとって奈月の消去はただの通過点の気がしてならないのだ。
「茜さんがそこまでする義務も義理もないでしょうに」
呆れたような、困ったような複雑な顔で優一郎が言う。順はそだよね、と呟いて頭をかいた。
「オレねぇ。自分が楽しけりゃ何でもいーのよ。で、このままオレがシナリオ通りにステージから追い出されるのはムカツクんだよねん」
軽い口調で言ってから順は優一郎に笑みかけた。学が疲れたようにため息を吐き、文の髪を撫でる。
「もぉ、どうしてそうなのよぉ」
微かな、殆ど聞き取れない声で学が言う。あはは、と笑って順は肩を手で揉み解した。
「茜さんがそういう意見なら、僕が降りるわけにはいきませんよね」
「降りてもいーよん? オレはたださあ。透くんにさあ」
そこまで言って順は手を組み合わせてしなを作った。
「パパってすごぉい! 世界一! 宇宙一! 愛してるぅぅぅぅぅ!」
そこまで言ってから順は手を解いた。
「……って、言われてみたいだけなんだよねー」
へらへらと笑いながら順は言った。だってそいちろパパに負けたくないんだもん、と唇を尖らせてみる。すると難しい顔をしていた優一郎が困ったように笑う。呆れたような顔をしていた学の顔にも微かに笑みが浮かぶ。
「いえ、立城さんと交渉しようと思ってたんですが、妥協が確実に成立する保証はありませんし。ただ……」
そこまで言って優一郎が視線を少し下げる。ん? と順は首を傾げてみせた。
「立城さんと、水輝さんの目標が同一だと思わないほうが良いと思います。いえ、水輝さんの意図と、立城さんの最終目的には必ずずれがあると考えるべきでしょう」
「ふむ? 根拠なんて訊いてもいーかな?」
少し興味を覚えて順は優一郎に訊ねた。そこで漸く学は二人が立ちっ放しだったことに気付いたらしい。ごめんなさいね、と詫びてから椅子を勧めてくれる。順は壁際にあった椅子を二脚、ベッドの傍に置いた。一つを優一郎に勧めてからもう一脚に自分が腰掛ける。
「佑とのリンクが切れました。僕と佑は、別人です」
魂の双子、と呼べるくらいには近いでしょうけど。そう優一郎が静かに告げる。順は驚きに目を見張った。
「それじゃなに? カノジョはキミじゃなかったって……ちょっと待って」
順は険しい顔をしてこめかみを押さえた。佑は立城がまやかしの中で手塩にかけて育てた者だと思っていた。実際、佑に触れた時にその光景は垣間見えたし、何より以前の事件で優一郎がそのまやかしを夢に見ている。そのことを思い出しながら順はこめかみを強く押さえた。
「ちがいます。なかった、のではなく、なくなったんです」
「そんなこと、出来るの?」
不安そうな顔で学が問う。順は眉を強く寄せて目を閉じた。
この世に溢れていた紫翠の力は消えた。ざっと聞いた話では、奈月の言霊、佑の絶妙なタイミングでの言葉、優一郎の召喚、それらが綺麗に重なって出来たことだということだった。佑が奈月を促したのは、恐らく夢であの光景を見せられていたからだ。
「前例はあります。実行したのは、立城さんです」
その時は僕も手伝いましたけど。そう続けて優一郎が嗤う。順は伏せていた顔を上げた。
「……なんか凄く嫌な予感がする……ていうか、最近の事件でそゆのあったよねぇ……?」
険しい顔をしたまま、順は低い声で言った。魂の双子、人形。それらのことをまざまざと思い出しながら順はこめかみを指先でぎゅっと押さえた。
「佑を再構成するために使った力は、亡くなった紫翠龍が僕の求めに応じて放ったものです。紫翠龍を討った時、最後に佑は残っていたすべての力を放出しました」
それを聞いた順は目を見張った。まさか、と呟く。無意識に煙草をつまむ指が震える。順は頭を押さえて懸命に考えを巡らせた。
「からっぽになった佑は消滅し僕に吸収される、はずでした。でもそこに介入した方が居るんです」
「誰よ、そんなヤバなことすんの!」
順は思わず声を荒らげた。あらあら、と学が灰皿を順の手元に寄せる。伸びた灰が重みに負けて灰皿の中に落ちる。
「その方、立城さんは宝珠を介して、無秩序に放たれた佑の力をコントロールしました。佑の力は紫翠龍が返還した力を浄化するのではなく」
そう言って優一郎は言葉を一旦切った。それから深く息を吸って言葉を継ぐ。
「属性を反転させて取り込んでいったんです」
「反転……」
学がぽつりと呟く。順は苛々とフィルターを噛んだ。煙草が燃える小さな音が微かに聞こえる。順は険しい表情で煙を細長く吐いた。顔を手で撫でるとすうっと順の顔つきがいつものものへと戻る。
「カノジョをそこまでして生かしとかなきゃなんない理由ってなんだろね?」
順は学の差し出した灰皿の中に短くなった煙草をねじ込んだ。
「わかりません。佑の放った力が回収を終えて立城さんの元に戻った時、僕とのリンクが切れましたから」
「ま、いっかあ」
いつもの軽い口調で言って順はゆらりと立ち上がった。無造作に胸に手を突き入れる。痛みを堪えて順は器の中の宝珠を探った。眩い紅の光がその場に溢れ、順の身体は女性のものへと組み変わった。あらぁ、と学が感嘆の声を漏らす。順は背中に長く伸びた紅の髪を手で払って腰に手を当てた。
「とりあえずは姫君死守。翠さんもね。これでいい?」
そう言って順は二人を交互に見た。学が頷き、優一郎も無言で頷く。順はよし、と二人に頷き返した。
気が付いたら小説の残弾がなくなるところでした……。
あぶないあぶない。