一直線に求めるものの場所に水輝は転移した。だが視界が開ける前に激しい衝撃に阻まれる。水輝は空間の狭間で歯を食いしばって手の中に宝珠を呼んだ。痛む腹を押さえて怒号を放ちながら手の中の光を握りしめる。
紫色の光を帯びた刀が水輝の前に立ちはだかる分厚い壁に突き刺さる。水輝は両手に刀の柄を強く握り締めて全身の力をこめた。歯を食いしばって刀を一閃する。
「奈月!」
片手に刀を握って水輝はごく微かな壁の隙間に何度も力を撃ち込んだ。だが刀に撃たれて出来た亀裂は少しずつ端から修復していってしまう。水輝は舌打ちをして唇の端に垂れた血を指先で拭った。
「翠の阿呆! 自動で修復する結界なんざ、作るなってんだ!」
憎まれ口を叩きながら水輝は刀を両手に握り直した。痛いが勘弁しろよ、と呟いてから目を閉じる。
「時とその狭間に生きる者、金色の扉、白銀の翼、紅の断罪」
言葉を紡ぎながら水輝は目を開けた。
「地上に生きとし生ける者の王、氷の息吹、淫靡な夢、地を撫でる風」
事象が変わりすぎていて呪文が組みにくい。苛立ちを覚えつつも水輝は凛とした声を上げた。
「天と地の狭間、空の主よ! 我、紺碧の沙耶が願う! かの者の阻みを消せ!」
集ってきた力を乗せて水輝は怒号を上げて踏み込んだ。両手で揮った刀が今度は易々と壁を切り裂く。水輝は迷わず砕けた結界の向こうへと身を躍らせた。
「水輝さんっ! わたしを置いていくなんてずるいわっ!」
背後から佑の声が追ってくる。水輝は空中で身を捻り、空間の狭間から躍り出てきた佑を片腕に抱きとめた。その勢いのままに身を捻って刀を逆手に握る。気合の声を発して水輝は刀を揮った。立て続けに飛んで来た紅の透明な刃が水輝の刀に打ち返される。
水輝は宙を滑って校舎の屋上に着地した。
「わたし、搦め手とか、裏から操るとかそういうのは本当に苦手なの。だけど」
そう言って佑が水輝の腕から抜け出して声を張る。
「こういう力押しならまかせてっ! 絶対、役に立つから!」
そう言って佑は光の槍を次々に生み出し、屋上の端に向かって放った。うわわわわ、と慌てた声を上げて誰かが槍を叩き落とす。
「ちょっとお。来んの、早いんじゃないのぉ?」
渋い顔をして女がゆらりと顔を上げる。それを見止めた水輝は慌てて佑に待ったをかけた。怪訝そうな顔をしつつ、佑が振り返る。
「もしかして、順?」
女を指差して水輝は眉を寄せた。すると紅色をした刀を握った女が肩を竦める。
「何でそんな格好してるんだ?」
「は?」
今度は順が間の抜けた声を上げる。何でって、と呟いてから順は頭をかいてみせた。今の順は若い女の身体をしている。紅の髪は長く、風になびいている。シンプルなシャツにジーンズといういでたちの順を水輝はまじまじと見た。
「何でって……えーと」
「いや、それどころじゃない。おれは忙しいんだ」
じゃ、またな。順に手を上げて水輝はひらりと屋上から舞い上がった。慌てた声を上げた佑が水輝を追って宙に浮く。あのー、という間延びした順の声を無視して水輝は地上を目指して飛んだ。
「ほんの少しでも時間稼ぎにはなるかなっ!」
そう言って佑が宙で器用に後ろを向き、順に光を飛ばす。眩い光が順の周囲に逆結界を築く。それを見て水輝はおいおい、と佑の頭を軽く叩いた。
「何してんだ? あいつなら放っといても心配ないだろ?」
そう言いながら水輝はひらりと地上に降り立った。後から降りてきた佑が不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ごめんなさい」
消沈した顔で詫びた佑に苦笑して、水輝は腕を伸ばした。驚いた顔をする佑の肩を自然に抱いて水輝は歩き出した。どうやら今日は生徒たちはいないらしい。静かな学校を歩きながら水輝は手の中の刀を消した。
「ええと、地下施設は、と」
「こっちよ。ってターゲットは誰?」
佑が訊ねる。佑の指差した方に歩きながら水輝は首を傾げた。地下に続く通路のある校舎に近づく。確か、と呟いて水輝は校舎に入るための硝子張りのドアを開いた。入ってすぐの場所に金属製の扉がある。水輝は扉の横にあるインターフォンを押した。
「ターゲットって何だ?」
訝りの顔で言ってから水輝はインターフォンに向かって言った。
「あー、と。悪いんだが、入れてくれないか?」
「だから、誰が目標なのよ!? 多輝くん? それとも、奈月さん!?」
話し掛けた水輝の隣で佑が声を荒らげる。水輝は眉を寄せて佑を見た。
「もしかしておれが他の女に会うのが気に入らないのか?」
仕方ないな、と苦笑して水輝は佑の頭を撫でた。インターフォンの向こうから名乗るようにと言われる。水輝は素直に自分の名前を言った。するとインターフォンの向こうで何やら賑やかな音がする。しばしの後、インターフォンから聞き覚えのある声がした。
『水輝クン!? なっ、何でこんなに早く!』
「おー。学か。久しぶりだな」
そう言って水輝は笑みを浮かべた。だがインターフォンの向こうの学は黙りこくっている。水輝は訝りに首を傾げた。
「奈月さんだって理解でいい? それじゃあ、いくわよ!」
佑が手の中につるはしを現す。いきなりドアをつるはしで殴り始めた佑を水輝は慌てて止めた。
「待て待て! 何で壊す!?」
水輝に止められた佑が怪訝そうな顔で振り返る。だが、つるはしで撃たれたドアはゆらりと傾ぎ、鈍い音を立てて向こう側へと倒れた。あー、と間延びした声を漏らして水輝は頭をかいた。
「急いでるんでしょ? 行きましょう!」
そう言って佑が水輝の手を引いて走り出す。おいおい、と困った顔で呟きながらも水輝は佑について走った。
たくさんのヒューマノイドたちのいるフロアを駆け抜けた水輝は通路の奥のエレベーターの前で足を止めた。
「これ、確か優一郎じゃないと動かせないんじゃないか?」
だから先に許可をもらった方が良かったのに。水輝はしかめ面でそうぼやいた。何故かは判らないが、このフロアにいるヒューマノイドたちは水輝と佑を遠巻きにしている。
「わたしが誰だと思ってるのよ! ……あれ?」
エレベーターの傍の操作盤を弄っていた佑が困惑の声を上げる。水輝は眉を寄せて佑の手元を覗きこんだ。
「何だ。動かせないのか?」
弱ったな、と水輝は呟いた。優一郎の仕切るこの地下施設は無断で転移して入るのは難しいのだ。
「って、奈月さんなのよね?」
「ああ。ここにいるんだろ?」
水輝は奈月の気配を感じて床に目を向けた。奈月が泣いている気配がずっとしている。
「ここを通らなくてもこっちから行けるわ」
そう言って佑は手にしていたつるはしで廊下の壁を撃った。うわ、と呟いて水輝は思わず目を覆った。壊れた壁が鈍い音を立てて向こう側に落ちる。地下鉄の駅に次々に壁が落ちる様を水輝は力なく首を振りながら眺めた。
佑はどこでも大体こんな感じです。
水輝はここまでとは変わった感じになってます。