※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 一部 二人の水輝   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


佑は通常営業、水輝はちょっと変 2

「あのな? いきなり壊すのはやめろ。とにかくやめろ」

 

 疲れたため息を吐いて水輝は佑の肩を叩いた。穴をくぐろうとしていた佑が訝りの顔で振り返る。

 

「奈月さんのところに行くんじゃないの?」

「いや、そりゃ行くんだけども」

 

 何でこんなに乱暴なんだ。難しい顔で呟きながら水輝は壁に出来た穴をくぐった。佑に案内されるままに地下鉄の駅の中を走り出す。

 

「乱暴で悪かったわねっ! とにかく、わたしについて来て! 間に合わなくても知らないから!」

「脅すな!」

 

 声を返してから水輝は角を曲がって急ブレーキをかけた。先を走っていた佑も足を止める。

 

「何でこんなところに……」

 

 駅のフロアには巨大な幼虫のようなものがわいていた。道理で人の姿がない筈だ。幾つもいる魔を睨みつけて水輝は舌打ちをした。

 

「苺は何してやがるんだ」

 

 そう呟いて水輝は床を蹴った。手にした青い宝珠を一瞬で刀に変化させ、通路を塞ぐ幼虫型の魔に向かって力を放つ。のろのろとその場を徘徊していた幼虫達は水輝の力に撃たれて断末魔の悲鳴を上げて消えていく。

 

「このあたり、かな?」

 

 床に座りこんだ佑が呟いてつるはしを揮う。水輝は慌てて佑を振り返った。出来た穴に佑が身を躍らせる。

 

「待て! 先に行くな!」

 

 水輝は舌打ちをして残っていた幼虫達に力を放った。刃と化した青い光が白い幼虫を分断する。水輝はそれを見届けてからひらりと穴に身を躍らせた。

 

「奈月!」

 

 じゃない。そう続けて水輝はうんざりして額を覆った。何故か学が小刀を必死の面持ちで構えて蒼白になっている。駆け出そうとしている佑を留め、水輝はしかめっ面で学に言った。

 

「なにやってんだ、お前は。さっきの魔はお前の仕業か?」

 

 呆れた声で言った水輝を睨んで学は唇を引き結んでいる。だがその足が面白いくらいに震えている。

 

「学さん。どいて、わたしの実力は知ってるでしょう?」

 

 そう言って佑がすたすたと近づいていく。水輝は慌てて佑を引きとめようとした。泣きそうな顔をした学が目を閉じて叫ぶ。

 

「なっ、なっ、奈月ちゃんは、護るんだから!」

「は?」

 

 水輝は訝りの表情で学を見た。えい、と声を上げた学が目を瞑って小刀を握った手を突き出す。だが佑は難なくそれをかわした。

 

「ちょっと待て、佑!」

 

 水輝は学に悪い、とすれ違いざまに詫びて佑を追った。うああん、と情けない声を上げて学が廊下にへたり込む。それをちらりと振り返ってから水輝は佑に追いついた。

 

「奈月さんっ!」

 

 大声で呼びながら佑が目の前にあるドアを開ける。その瞬間、水輝は慌てて佑の身体を横抱きにして床に伏せた。二人の居た場所を光が行き過ぎる。目を上げた水輝は部屋の入り口に立つ優一郎を見止めて息を飲んだ。部屋の奥には奈月がいる。その隣にいる翠を見止めた瞬間、水輝は勢いよく身を起こして喚いた。

 

「翠! おれの奈月になにしてやがる!」

 

 翠はいつの間にか中学生か高校生くらいの大きさになっていた。そんな翠が奈月を両腕に抱いて頬擦りしているのだ。

 

「水輝さんっ!」

 

 それまで泣いていた奈月が一瞬呆然とした顔をした後、ぱっと明るい顔をする。水輝は怒りに任せて翠を睨みつけて部屋に入ろうとした。

 

 水輝の前に優一郎が滑り込んでくる。水輝は怪訝に思いながらぴたりと足を止めた。

 

「水輝さん、あなたの好きにはさせない!」

 

 多輝は絶対に護る! 強い口調で優一郎が言う。水輝は訝りの顔をしたまま、頭をかいた。

 

「苺か? いや、おれは奈月に会いに来ただけなんだが」

 

 いいから、退けよ。そう言って水輝は腕を広げて通せんぼしている優一郎に手を伸ばした。何故か優一郎の身体は驚くほど影が薄い。

 

「多輝を殺すと仰ったのは、水輝さんあなたでしょう?」

 

 何を今更……。そう続けた優一郎を水輝は呆れた顔で見つめた。

 

「何でおれがあれを殺さなきゃならないんだよ」

 

 何で優一郎はそんなことを言うのだろう。そう思いながら水輝は何気なく横を見た。いつの間にか佑は水輝の片腕にぶら下がって優一郎を険しい顔で睨んでいる。

 

「だったら、真名にかけて誓ってください。多輝に害を為す事はないと。そうすれば、ここはご自由にお通り下さってかまいません」

 

 そう言って優一郎が嗤う。水輝は訳がわからないままにも右手を軽く上げた。誓う、と言おうとした瞬間、頭がぐらりと揺れる。え、と目を見張った水輝は慌ててよろけた身体を支えた。

 

 深い闇が見える。水輝は目を見張って身体を折った。低い呻きが漏れる。

 

「水輝さんっ! また、闇!?」

 

 まだ居たなんて! 消えなさい! 声を荒らげた佑が光の奔流を水輝の器に叩き込む。その瞬間、水輝は絶叫して天井を仰いだ。

 

「優一郎! 奈月さんっ! 手伝って! まだ、闇が水輝さんの中に!」

 

 佑の声が遠い。水輝は激痛に苦悶の声を上げて胸をかきむしった。酷く冷たいものが身体の底からこみ上げてくる。優一郎は驚いたように水輝の様を傍観している。奈月が翠を押しのけ、腰を上げる。

 

「佑さんっ! 佑さんっ! ちがいますっ!」

 

 翠の手が奈月から離れる。

 

「はっ? 何わけわかんないこと言ってるのよ?」

 

 そう言った佑がより強い光を水輝の中に容赦なく叩き込む。水輝は頭を抱えて叫びを上げた。叫んだ水輝の肌に幾つもの切り傷が内側から出来、血が噴き出す。口からも血を吐きながら水輝はかたく握った手の中に力を呼んだ。

 

「この世に、既に紫翠龍は存在せず。紫翠龍から分かたれた、我はまやかしなり。我が力と器を、真の持主へと返さん!」

 

 奈月が凛とした声で言う。水輝は止めろ、と絶叫した。手にした力を刀の形に変え、水輝は鋭い息を吐き、その刀を自分の胸に突き立てた。

 

 翠が静かに瞼を閉じ、その場から姿を消す。

 

「佑さんっ! その方も、水輝さんなんですっ! 水輝さん、生きてください。生きて、佑さんや立城さんと幸せに……」

 

 水輝の胸から鮮血が噴き出す。水輝は胸に刀を刺したまま、ふらりと歩き出した。それまで傍観していた優一郎が無言で水輝に道を譲る。水輝は霞む視界の中に映る奈月に手を伸ばした。

 

「みずき、さん、心の底から愛してます。ずっと、傍に居たかった。そして、愛してほしかった……」

 

 胸の前に手を組んだ奈月が微笑んでいる。自分勝手な、自己満足のわがままは、これで、おわりにします。そう続けた奈月を水輝は抱き寄せようとした。

 

 透けた奈月の身体を空しく水輝の手がすり抜ける。

 

「さようなら……」

「おれも、おれも連れて行け!」

 

 血を吐きながら水輝は叫んだ。がくんと膝が砕けて手足の感覚がなくなる。水輝の胸に刺さっていた刀がゆっくりと消える。幻のように霞んだ奈月を求める水輝の手が空を切る。

 

「水輝さん、諦めちゃう、つもり?」

 

 どこからか声が聞こえてくる。水輝は奈月に懸命に手を伸ばしながら何度も奈月の名を呼んだ。

 

「おれは……まやかしだ……奈月の、想いに、依存した、ただの、幻だ」

 

 少しずつ意識が遠くなる。はじめから自分の存在などどこにもなかったのだと水輝は殆ど声にならない声で告げた。それならいっそのこと、奈月と共に消えたほうがいい。

 

「主龍神でも無い水輝さんが、そんなこと言ってもただの自己暗示の逃げにしかならないわっ!」

 

 何かが頬を打つ。水輝はいつの間にか傍に寄っている佑を見止めた。水輝に平手を見舞った佑が、消えかけた奈月に向かって光を送り始める。

 

「逃げ……か」

 

 力なく呟いて水輝は微かに笑った。そうかも知れない。自分は奈月のせいにして自分自身の存在する理由をいつの間にかすりかえていたのかも知れない。

 

 だがもう疲れた。深い暗い闇と冷たいものが緩やかに水輝の意識を覆い始めていた。

 

「ひとつの身体に標がふたつ。だから、ダメなのよ」

 

 水輝さん、逃げることは許さないわ。嗤う佑の声が次第に聞こえなくなる。水輝は身体の力を抜いて襲い掛かる闇と冷たさに意識を落とした。




奈月と水輝がとりあえず退場しました。
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