エロシーンはありません。
佑の放つ光の帯が纏わりついているのは奈月の亡骸だ。奈月を形作っていたものが少しずつ形を変えていく。佑は奈月に力を注ぎつつ、床に倒れた水輝にちらりと目をやった。
奈月の形はゆっくりと青年の姿へと変化しつつあった。
「複数の標がひとつの意識を取り合うって状況に問題があるのよ。だから」
そう言って佑は嗤った。周囲にある様々なものの力を吸い込み、自身の力に変換しながら佑はひたすらに光を放ち続けた。
「こんなところでいいわね。自己満足の自己犠牲なんて、もうたくさんよ!」
自分の過去の行動を思い起こし、佑はそのことを恥じた。誰かのためと言いながら自らを犠牲にしていても、結局それはただの自己満足に過ぎない。
光に包まれていた青年の身体が静かに床に横たわる。佑は青年の身体の横に水輝の身体を並べて横たえた。その間に膝をついて座り、声を張る。
「わたしが好きな水輝さんは、わたしも好いてくれている水輝さん。おじさまを好きなあのひとは、水輝さんじゃないってことで!」
佑は左手を水輝に、右手を青年の胸に突き入れた。自分を媒介にして水輝の中にあった標を青年に移す。異様な大きさのものが身体を通る不気味な感触に佑は歯を食いしばって耐えた。
「あ、お、い?」
佑がそう呟いた瞬間、その場に音もなく何かが現れる。黒い羽根のついた赤ん坊が宙をゆらゆらと泳いで青年の上で制止する。次の瞬間、赤ん坊は青年の身体に吸い込まれた。
「地上の王よ!」
宙を見つめて佑は声を張った。すると柔らかな桜色の光がその場に生まれ、次いで光が人の形になる。
「何の御用ですか」
桜は静かに佑を見つめて抑揚のない声で言った。
「奈月さんから、伝言。お手紙書いて、その部屋のクローゼットの中に入れておいたから、読んでねって」
それから。そう続けた佑に桜が無言で頷く。
「桜さんが好きなのは、その人でしょう?」
そう言って佑は目で青年を示した。すると桜がゆらりと視線を動かして青年を見つめる。佑は二人の胸に突き入れていた手を抜いた。桜がゆっくりとした動きで床に横たわる二人を見比べる。
「結局、わたしはおじさまの掌の上で転がされてただけなのね」
そういえば優一郎も同じような事言ってたなあ。そう思いながら佑は苦笑した。桜がゆらりと動いてクロゼットに寄る。扉を開けて一枚の白い封筒を取り出した桜は、それをスカートのポケットに入れて青年に近づいた。
「お連れして宜しいのですか?」
淡々と桜が問う。疲れた肩を揉み解していた佑は目を上げて桜を見た。
「もちろんよ。それから、おじさまに、今まで育てていただいてありがとうございましたって伝えてもらえる?」
佑が告げると桜が無言で頷く。それから、と佑は言葉を継いだ。
「あなたは地上の王なんだから、わたしにそんな丁寧な口調使わなくても」
どう考えても光の公女より地上の王のほうが格上だし。そう続けた佑に桜がやはり抑揚のない声で左様ですか、と答える。桜は身を屈めて静かに青年の身体を抱き上げた。
「では、無礼を承知でひとつ」
桜は感情のない声で言ってからじっと佑を見つめた。
「良かれと思ってしたことが、必ずしもいい結果を生むわけではありません。無意識に恩を仇で返すということもあるかと」
それでは、と一礼した桜が青年と共にその場からかき消える。
「言い捨てて逃げるなんてっ!」
桜の態度に目を吊り上げてから佑は何とか気を落ち着かせた。
「じゃあ地上の王! わたしも無礼を承知でひとつだけ。奈月さんに未練があるなら、わたしのところに来なさい! わたしは……」
わたしは必ず奈月さんを連れ戻してみせる。そう続けた佑の耳にはだが、桜の返事は届かなかった。
部屋は異様に静まり返っている。佑はちらりと床に横たわる水輝を見た。水輝は血だらけになっている。佑は静かに身を屈めて水輝の唇に唇を重ねた。だが水輝はぴくりとも動かない。
「水輝さん、家に、戻りましょう」
優しい声音で言って佑は哀しみのこみった微笑みを浮かべた。返事をしない水輝と一緒に吉良瀬の本邸に転移する。
屋敷はやけに賑やかだった。佑は訝りを覚え、水輝の身体をベッドに横たえてから廊下に出た。水輝の部屋から出ると屋敷の中を慌ただしく行き来しているメイド達が見える。
「あっ! 佑様、おかえりなさいませ!」
年若いメイドの一人がそう挨拶してお辞儀をする。佑は何となくメイドに会釈をしてから周囲を見回した。
「どうしたの? えらく賑やかじゃない」
「はい! お客様が血だらけで……」
メイドが口を濁して辛そうな顔をする。佑は不思議に思って首を傾げた。失礼します、と慌ただしく言ったメイドが廊下を駆けていく。佑は何となくメイドを追いかけた。
失礼します、ととある部屋のドアを開けたメイドが慌ただしく頭を下げる。それからメイドは部屋に駆け込んだ。どうやらここは客間のようだ。広々とした部屋には大きなベッドがあり、そこには一人の女性が横たわっていた。傍にいた執事が立ち上がって恭しく佑に礼をする。
「お帰りなさいませ、佑様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
慇懃に挨拶してみせたのは和也だ。佑は驚きの表情で和也を見つめた。あの時、優一郎を吉良瀬の別邸から逃がしたのはこの和也だ。佑は真顔になってじっと和也を見つめた。
「重森、わたしは、あなたを、信用していい?」
気弱に言った佑に和也がにっこりと笑みかける。
「執事レベルであれば何なりと」
あくまでも笑顔を崩さずに和也が言う。その傍ではメイドたちが慌ただしく女性の身体を拭き清めている。
「ありがとう。それだけでも、十分よ」
そう答えて佑は静かにベッドに近づいた。和也が恭しく礼をして佑に道を譲る。
紅の美しい髪をした女性が横たわっている。血を拭くために女性の身体は剥き出しにされている。佑は心配顔で女性をしばし見つめていたが、ふと気付いて呆れたような表情になった。
「茜さん……。あなた、なんで女装してるのよ?」
「さあ、事情は存じ上げませんが」
眠るように目を閉じた順の代わりに和也が首を傾げながら言う。順の身体はあちこちが血に濡れていた。特に酷いのは股間だ。
「酷い……」
メイドが失礼します、と申し訳なさそうに言ってから順の足を持ち上げる。足を開いた順の股間の様子を見止めた佑は痛ましさに顔を歪めた。
「わたくしが到着した折には既に木村様は倒れられていまして」
和也が淡々と告げる。佑は自分に順を治療するだけの力が残っていないことに無力感を覚えながら俯いた。
「重森、茜さんの治療をお願い……」
「はい。畏まりました」
きっちりとベッドに背を向けている和也が恭しく礼をする。佑は和也に頷いて静かに客間を後にした。
佑はミラクル技を使いました。
本人がこれはミラクル技だと思ってないのが問題で……。
この話は二部に続きます。
良かったらお付き合いくださると嬉しいです!